ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第八十一話 ライチュウの願望

 ピカチュウは困惑していた。

 

 実際、何を考えているかよくわからない生き物ではあるのだが、この時ばかりは、見てわかる程度には調子を崩されていた。

 

 

 ライチュウがその姿を露わにしてまだ間もない。

 明らかにピカチュウよりも劣る。

 体躯も、パワーも、スピードも、全てのステータスにおいてピカチュウが遥かに勝っている。

 

 だが、すでに数えきれない程に衝突しているにも関わらず、ピカチュウはライチュウに対して直撃を与えられずにいる。

 

 

 空気中の電気を凄まじいスピードで吸収するライチュウにとって、ピカチュウの発する電撃はエサでしかない。

 もちろん直撃すればある程度のダメージは与えられることには違いない。

 それをしたところで戦闘にそこまで影響を与えるものではないのも確かではあるのだが。

 

 

 最初の数合でそれは判断できたのか、ピカチュウは物理攻撃のみで応戦している。

 当然、手加減などしていない。

 何の問題も起きないとは考えてもいるが、このライチュウを早く下してサトシの元へ戻る必要がある。

 

 物理攻撃力のバカ高いたたきつけるも、高速移動を用いた拳の応酬も、すでに実践済みだ。

 

 それなのに、ピカチュウの目の前には目まぐるしく森を駆け巡るライチュウの姿が存在し、まだ一撃も加えられてないことを示している。

 ピカチュウの攻撃はどれも一撃必殺。

 ましてや、それがノーマルポケモンに対して振るわれるのであれば尚更だ。

 

 しかし、届かない。

 あと一歩、紙一重のところでスルスルと躱され、ついでに反撃を一撃叩き込まれて距離を離される。

 

 チャンスかと思えば木々に身を隠し、危ういと思えば途端に攻めてくる。

 

 

 明らかに過去に戦ってきた相手とは性質の異なる戦い方。

 

 これはもはや技の応酬ですらない。

 そして、勝つためのやり方でもない。

 

 ライチュウはどこまでも『負けない戦い方』をしていた。

 

 

 

 ライチュウはマチスの考えの全てを把握しており、その中で自分の役割がなんなのか完璧に理解している。

 

 ライチュウにとって、ピカチュウを倒すということはさほど重要ではない。

 この勝負の決着は、サトシの心が如何に早く折れるか、というところに尽きる。

 

 であれば、サトシの心のよりどころであるピカチュウをとにかく長くサトシの元から離す事が、このバトルの勝敗を決定づけるものになる。

 

 

 ピカチュウにとって、これほどやり辛い相手はいない。

 なにせ、勝ちに来ない。

 これがピカチュウの抱いている困惑の原因に他ならないのだ。

 

 過去、すべて正面から戦い、その膂力を持って打倒してきたピカチュウ。

 ピカチュウは無論の事、相手も正面から挑む者しかいなかった。

 

 そもそもポケモンバトルとはそういうもので。

 純粋な戦闘力と戦略が相手に勝っているかを競うもので。

 

 勝負を長引かせることが目的、なんていう逃げ腰で情けないバトルを展開するトレーナーもポケモンも存在しなかった。

 

 

 

 つまりこのバトルは、ポケモンバトルでは無い。

 マチスが用意した、サトシを壊す為だけに存在するゲーム。

 ピカチュウもそのゲームにおける駒の一つでしかない、とそういうことだ。

 

 

 

 そこまでピカチュウが考え抜いたかどうかはわからないが、ピカチュウをその場に束縛する程度に攻撃し、逃げ回るライチュウに対して、徐々に困惑からイラつきに変わっていった。

 

 

 

 ピカチュウとしては、単純に戦いがしたかったのだ。

 ただ遊びたい、ただ食べたい、ただ走りたい。そんな子供のような理由の無い理由。

 やりたいからやりたいのだ、と。

 単純に自分の進化形とのバトルをしたかった。

 

 他の意図が有るにしろ無いにしろ、歴戦の兵である、ある意味伝説染みたライチュウを目の前にして、戦いたい、戦って勝ちたいと思うその心を否定出来はしないだろう。

 

 

 故に、ピカチュウは動く。

 もはや様子を見る必要などない。

 ここからは、自分のすべてを見せてやろうとばかりに、心を変える。

 

 

 

 

 

「――――――――――――!!」

 

 

 

 

 止まることなく動き回っていたライチュウが動きを止め、踏み馴らされた地面に着地し、雰囲気の変わった相手をそのつぶらな瞳で見つめる。

 

 

 

 ライチュウが感じたのは、ポケモンバトルにおける気迫とは全く別物であった。

 それは、殺気。

 しかしただの殺気などライチュウはそれこそ死ぬほど浴びてきた。

 誰がどれだけいるかもわからない密林の中で銃弾が飛び交うそんな戦場において、殺気など空気のようにそこら中に存在する。

 

 

 ライチュウが立ち止まった理由としてはまだ不十分。

 ではその理由はなんだったか。

 

 

 

 懐かしい――――と、ライチュウはそう感じていた。

 

 

 

 

 

 殺気とは二種類ある。

 一つは、相手から何等かの働きかけがあり、その反動で生み出されるもの。

 所謂、かたき討ちであったり、恨みであったり、報復であったりする。

 

 もう一つは、互いに殺すまで終わらない、殺し合いをするんだ、という空気を作り上げるもの。

 

 

 ピカチュウが発したのは後者。

 小細工など、自分達の間には不要。全力で決着をつけねば禍根が残る。

 それで満足か、トレーナーの言いなりで、心を無にして望む戦いも出来ず、それで満足か、と。

 

 

 

 身体についた無数の傷。

 そして、尋常じゃない電圧を溜めこみ、相手へ瞬間的に叩き込む技術。

 攻撃を接近戦ですべて躱しきる勘の良さと身のこなし。

 

 それらは逃げ回ってつくものではない。

 常に最前線で、自分よりも遥かに強い相手と日常的に戦っていなければ到底たどり着くことができない境地。

 

 そんなライチュウが、戦いを拒むだろうか。

 類まれな力と勘を持つピカチュウを目の前にして、退くだろうか。

 

 

 応えは、否。

 

 

 本気の戦闘を挑まれた。

 それに応えねば、軍人の名が廃る。

 

 当然、軍人はミッションを達成するのが最優先事項だ。

 

 だがこの時は。

 もしかしたら自分に勝るとも劣らない相手と、骨肉の争いができるのかと。

 

 

 

 あのトレーナーにして、このポケモン。

 

 

 ライチュウは立派に狂っている。

 よりハイレベルな戦いを求める戦闘狂。

 自分が傷つくことは厭わず、さらなる技の研鑚と、相手を打ち崩すことを望む。

 

 そして、そのような戦闘をライチュウは数えきれない程乗り越え、その都度相手を消し炭に変えてきた。

 

 

 

 バトルそのものが緩んだ現代。

 クチバジムでのバトルは退屈そのもの。

 誰と何度戦おうとも、このような殺気を放つポケモンなど一体もいなかった。

 

 

 

 

 ライチュウは足元をポンポンと踏みしめ、ピカチュウを正面に見据えた。

 ピカチュウもまた、自身の殺気の意味を正しく理解し、乗ってきたライチュウに敬意を表す。

 

 

 

 これまでの戦いで荒れた森の中。

 風によって、倒された木々の葉がサワサワと音を立てて揺れている。

 

 静かなこの場所において、二体のポケモンの真剣勝負の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

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