カツ カツ カツ
障害物の無いコンクリートの通路は、小さい音でもよく響く。
マチスを先頭に、一度来た道を戻る二人と一匹。
ここでマチスに逃げられでもしたら遭難すること請け合いだったが、逃げようとした瞬間ピカチュウのアイアンクローが炸裂して下手したら完熟トマトスープのようになり、コンクリートの染みになってしまうので、マチスは慎重に道案内をしていた。
森の部屋まで行くときにかかった時間はわからないが、すでにそれ以上の時間は経過していると思われた。
昇り階段が多く、何よりマチスの歩く速度が来た時の半分程度しかない。
こちらもあまりはしゃぎたくない状況ではあったので、時間は気にせず素直に歩いてついていった。
暫く歩くと、見覚えのある鉄の扉が姿を現した。
相変わらず、と言えるくらい久々に見るように感じるが、実際は二時間か三時間か。
マチスが力を込めて扉を押すと、特に抵抗することなくゆっくり、甲高い金属音を出しつつ開いていく。
扉を過ぎると、奴隷たちの居る部屋『オモチャ箱』へ戻ってきた。
緊張で周囲が見えなかった時と違って、今は多少落ち着いている。
いや、落ち着いて見せているだけではあるのだが、見せかけだけでも無理やり変えると、中身もそれに準じてある程度変わってくれるものだ。
来た時には見えていなかったものが今になって視界に収まる。
汚らしいボロボロの布きれを身に着けた女性達が台所らしきところに立ち、洗い物をしていたり掃除をしていたりと動いている。
壊れてしまった施設はさすがにそのままだが、正常に動くところでは飽きる事無く重々しい音を立てる柱を回し続けていた。
鉄の扉が開く音に気付いた数人は少しだけ首を振り、サトシの方を向くが、また新しい仲間が増えるのか、といった悲しい目を一瞬だけつくり、また自分の作業へと意識を集中させる。
マチスは無言でその場に立っている。
おそらく、このまま時間をかけても、解放を宣言できる精神状態ではないだろう。
ある種の優しさ、ととられるかもしれないが、サトシとしては一刻も早くスピアーを埋葬してあげたいのだ。
マチスが話し始めるまで嫌らしく待ち続けるなんてことはしたくない。
「―――みなさん!!」
サトシが大声で叫ぶように声を出す。
ピクと反応して、作業の手を止めてサトシの方を向く者が三割ほど。
あとは気にせず作業を続けていたが、サトシは構わず先を話す。
「僕は、マチスとの勝負に勝ちました!!みなさんはもう自由です!!」
事実を告げる。
特に反応はないように思えるが、サトシに向けられる視線が倍に増えた。
もう一度、サトシは大声で告げる。
「マチスは敗れました!敗者、です!!!みなさんが言うことを聴く必要はもうありません!!」
敗者、の部分でマチスの肩がピクリと動いたが、サトシは無視する。
部屋にいる奴隷達は少しずつ作業から手を離し、枯れた声で小さく会話をしている。
それを確認したサトシは、役目を終えたと思い、マチスに話しかける。
「マチス、もう、出口はあいている?」
「イ、イエ・・・コノカードキーガヒツヨウデ―――」
「ありがとう」
サトシはマチスの出したカードキーをひったくり、ピカチュウを従えてさっさと出口へと向かう。
マチスはポカーンとしてその場に立ち尽くしている。
その間にも、元奴隷達の会話は徐々に大きくなり、波立つように広がっていく。
そして、ジムの入口へ向かう鉄扉を開けたサトシは、その通路へ入る前にくるりと部屋の方を向いて、言い放つ。
「ではみなさん、あとは――――――」
そこでいったん区切る。
改めて息を吸い込み、高鳴る心臓と、涙があふれそうになる目を無視し、言う。
「あとは、ご自由に。」
通路へと向き直った怒れる少年は、そのまま鉄の扉をくぐり、ピカチュウと共にその姿を消した。
その後、後ろの方から、散々聞いた軍人の叫び声と、数十人の怒声のハーモニーが聞こえてきたが、サトシは特に何も思うことなく、涙目をこすりながら振り返ることなく前へ進み続けた。
―――――――――――――――――――
クチバシティジムから出た時にはすでに日は暮れ、星が瞬くだけの暗闇になっていた。
時間の感覚は無かったが、なんとなく、もう遅い時間なのだなと思った。
サトシはフラフラと歩きはじめ、人がなかなか寄り付かなさそうな、それでいて日当たりがよさそうな場所を見繕い、腰を降ろした。
大事に抱えていた、白い包みを静かに地面に置く。
そして、持っていたポケモンをすべてその場に出した。
赤い光と供に、三体のポケモンが姿を現す。
いつもは元気な仲間達だったが、この時ばかりは鳴き声一つ上げず―――あのコイキングでさえ―――白い包みを眺める。
「サンド――――お願い。」
「サンドー」
サンドはざくざくと、地面に大き目の穴を掘る。
ちょうど、ポケモン一匹がそのまま入りそうな大きさ。
その間も、サトシはジッと、白い包みの方を見続けていた。
穴が掘られ、サンドがサトシの元へ戻る。
ん、ありがと と小声で伝え、サトシは白い包みをゆっくりと持ち上げ、震える手を無理やり押さえつけ、サンドの掘った穴の前に立つ。
そのまま数分。
サトシはそのまま立ち尽くし、海の風を身体に受け続ける。
ピカチュウもクラブもコイキングもサンドも、何も言わず。
ただその場でサトシと、サトシの手の中を見続ける。
「お別れだね、スピアー。」
そっと、穴の中に白い包みを置く。
少しずつ、少しずつ、時間をかけてその穴に土をかけていく。
ポケモン達も手伝う。
コイキングも尾ひれをパタパタと動かし、手伝おうとはしているようだ。
無言で土をかけ続け、数分で埋め終わる。
目立っても良くないと思い、小さ目の石を墓石替わりに置く。
「スピアー・・・ごめん、ごめんね、守って、あげ、あげっ、ぐ、ああ、ああああああああ・・・・」
抑え込んでいた涙が溢れる。
暗い空に響くのは波の音と、風の音と、一人の少年の嗚咽。
そこには反省と後悔と苦悩と、なによりも愛情が混ざりこみ、そして掻き消えていった。
クチバシティジムリーダーマチスとのバトルは、サトシに軍配が上がり、オレンジバッジを取得した。
だが、同時にまたしても消えない傷を十四歳という未成熟な少年に残していった。
―――――――――――――――――――
サトシが目を覚ますと、見知った天井が目に入る。
「ん・・・寝ちゃった・・・のか」
スピアーの埋葬をし、泣き崩れたあたりから記憶が無い。
ピカチュウが運んでくれたのだろうか、と確認しようと起き上がろうとするが、なにやら身体が重たい。
おかしい、昨日のバトルはこんなにも自分の身体を酷使してしまったのか、と思い返しつつ、首だけ傾けて周囲を確認する。
「――――――――――おせっかいだなあもう。」
サトシの上には、クラブとサンドが重なり、呼吸に合わせて身体を上下させていた。
ベッドに入りきらなかったのか、ピカチュウはサトシのベッドの端に顔だけ突っ伏して寝ており、コイキングに至ってはサトシの枕の下にいるようだ。
・・・直接じゃなかったのは、辛うじてのやさしさかな。
そんなことが頭をよぎるが、愛すべき仲間の好意を卑下するわけにもいくまい。
サトシは覚醒した頭の中で感謝しつつ、皆を起こさないようにしばらくそのままの姿勢で横になっていることにした。
唯一、この状況で困ったことがあるとするならば。
涙を拭うための手が、サンドとクラブの下敷きになっていて動かせないことだろうか。
サトシはゆっくりと深呼吸し、窓から差し込む日の光を感じ、今日はゆっくり休もうと心に決めるのであった。
マチス戦、終了。