そう青い顔をしなくてもよかろう、サトシ君。
別に悪い事ではないぞ?
――――訳が分からない、という表情じゃな。ふふ。いいじゃろう。より詳しく、話してあげるとしよう。長話は得意なのでな。ふっふ。
そもそもだ。サトシ君は『狂う』という意味について考えたことがあるかね?
―――狂うは狂うだ、と。なるほどなるほど。では質問を変えよう。
サトシ君は、一体何をもって狂っていると判断しているかの?
―――――答えられん、か。つまり、明確な定義もなく、相手を見て狂っていると、異常者であると断じていたわけだ。
いやいや、別に悪いことではないさ。
むしろそれが普通だろうさ。
しかしサトシ君は多くの狂人がいる世界に足を踏み入れておる。
人間の裏面を知っておくことはとても大事なことじゃよ。
そこのところを、しっかりと覚えておくとよい。
狂っている、ということは、平たく言えば他の人と違っている、ということだ。
自分にとって当たり前だと思っている事柄が、他人のそれとは違う。
まあよくある話じゃな。自分の意見が他人とぶつかる。
しかし、五人や十人と意見が違う、などというレベルではない。
数十人、数百人の持つ常識と自分の常識が異なる。
そして、大多数の意見が正しいものだと認識できない。
むしろ、自分の方が正しいのだとも思ってしまう。
この状態が、所謂狂気というものだ。
思ったより普通のことじゃろう?
狂気とは意外と近くにあるものじゃ。
ただ勿論、その度合いには違いがあるがな。
サトシ君の年齢じゃと、そうじゃな。
道を這っている蟻を踏みつぶす友達はおらんかったかな?
子供が三十人集まれば、一人くらいはそういう子がおるじゃろう。
命を無下に扱う行為じゃ。
子供は残酷、なんて言葉もある。
それも一つの狂気じゃな。
どうじゃ、親近感が湧いたかの?ふふ。
―――それは子供のやることだ、か。行為としてはそうじゃが、それが大人になったからといって何が違う?
殺す対象が虫けらであろうとポケモンであろうと人であろうと、やっていることの本質は変わらない。
自分の力を振りかざし、弱者を虐げる。
その行為が、たまたまこの世界、この時代においては少数派であっただけ。
理不尽だとは思わないかね?
ただ数が少ないというだけで狂っていると判断されてしまう。
どうじゃ、こう聞くと、別に狂っているというだけでは大したことないと思わんか。
―――おおそうじゃな。サトシ君の場合を教えてあげよう。
ふふ、言っておくが、サトシ君の事例はかなり興味深い。
サトシ君はな。
一言で表すのは難しいのう。
たとえば正義。平和。善事。綺麗事。そのようなものを感じる。
―――ん?それの何が狂っているのかって?いい事だろう、と。
いいことかどうかはこの際置いておこう。
先ほど挙げたもので表すならば、サトシ君は『正義に狂っている』のじゃよ。
厳密に言うと正義とも違いそうじゃがの。
狂気とは常に複雑な想いを持つものじゃ。それは、これからサトシ君自身で見つけていくとよいじゃろう。ふふふ。
まだわからないという顔じゃな。
ここで言う正義というのは、サトシ君にとっての正義のことじゃ。
ポケモンが殺される、親しい人が傷つけられる、自分自身が虐げられる。
そのようなことに、異常に敏感になっておるじゃろう。
普通の人が思わない域で、強く反応してしまっている。
よいかね。これが、他人と違うということじゃ。狂っているということじゃ。
―――生き物を殺すことはいけないことだ、と。では、逆に問うぞサトシ君。
神のすることは良い事かね?
別に信仰心を試しているわけではないぞ?一般論の話じゃ。
神や聖人といった者たちは、全て正しい行動をするかね?
――――なるほど。それは正しいと。
では、戦争はどうかね。
人と人が武器を持ち、兵器を駆使して殺しあう。
その行為は正しいかね?
――――正しくない、間違えていると。ふふ。
ならば、聖なる戦争はどうかな?
神や聖人が旗を掲げ、悪しきものを罰せよと人々を薙ぎ払う。
どうじゃ?んん?正しい者が正しくないことをしておるな。これはどうなんじゃ?
――――それでも戦争は駄目だ、と。
ふふ、サトシ君。そこじゃよ。そこが重要じゃ。
神だろうとなんだろうと、自分の方が正しいと。
そう思っている事が肝心かなめなのじゃ。
普通の人は今の問いになんと答えると思う?
正解は、『無言』じゃ。
答えなど無い。神も正しいし、戦争も仕方がない。
時代や人々によってはそういったことも当然起こり得る。
そのジレンマに悩まされる者もいる。
だがサトシ君は悩む事無く、戦争は悪だと断じた。
たとえどんな悪行を積み重ねた者であろうとも、生かすと。
少なくとも自分は殺さない。殺すはずがない。何故かと言われれば、それは自分だからだ、と。
自分が自分であるが故に、自分の所為で命が無くなることは無い。
結果的にそうなったとしても、自分の所為では無い。どっかの誰かが勝手にやったことだ、と。
サトシ君、もしや、マチスに同情を感じてはおらんか?
数十、いや、もしかしたら数百の命を快楽のために奪い尽くし、今なお貴い命を弄ぶ。
そんな最底辺の人間ですら、殺すことはならんというのかね。
いつ命が失われるかわからない状況でいた先ほどのトレーナー達。
彼ら彼女らの方が悪なのではないか、などと考えておるのではないかね。
それは異常じゃぞ?サトシ君。
救われるべき人を憎み、罰せられるべき人に同情する。
どこに正当性がある?君自身も、マチスなど死んでしまえばと思っておったハズじゃろう。
なのに何故救った人たちを恨む。憎む。蔑む。
君は紛れも無く良い事をしたのじゃ。
皆に嫌われており、さらに命を奪う人間を打倒し、その存在を消した。
素晴らしいじゃないか。誇ることだ。
決して苦い顔でトボトボ歩くことじゃない。
誇る事だ。自分はマチスの悪行を暴き、人々を救ったと。
―――――だが、君はそれを善しとしない。
どんな理由があるにしろ、生き物を殺傷することは悪だと。
成程。それこそ正に聖人の考え方であろうよ。
先ほどの聖戦などといった矛盾は抜きに、聖人であろう。
ではサトシ君、最後の問答だ。
数十人、数百人という単位では無く――――もっと広い範囲。数千人数万人数億人と異なる思想を持ち、それを我が物とし、正しいと心から思っている事。
狂人であるな?まぎれも無く、常識外れの狂人であるな?
では、その狂いに狂っている狂人が、その考えを広めたらどうなるか。
自分はこう考えている。君は理解できるかね?と。
そして、それに同意し、さらに広がる。
気付けば、その狂人の考えを至高とする人間が数百人数千人数万人と膨らむ。
さあ、これは狂人と言えるかね?
理解者が居る。同士が居る。他人に理解できないというジャンルから外れる。
よいか、サトシ君。
こうなった狂人がなんと呼ばれるか。
『聖人』または『先導者』と呼ぶのだ。
そしてこれこそが、世の中の流れを生み出し続ける理である『信仰』というものなのだよ。
狂人転じて聖人と化す。
皮肉じゃろうサトシ君。
今まで狂っていると散々罵られてきた人間が、ある一点を切っ掛けに聖人となるのだ。
崇め奉られる対象となるのだ。ふふ、面白いじゃろ。
サトシ君、君はどうなるかね?
極端に死を嫌う狂人となるか、同士が無限に広がり続ける聖人となるか。
それとも、自分の気持ちを隠し続け、普通の振りをして生きるか。これもまた選択じゃな。
本能に忠実になりなさいサトシ君。抑え込むことなど何もない。
思うがままに狂い、思うがままに進むといい。
―――ほうほう、そんな動物のような行動でいいのかと。
ふふ、もちろんじゃとも。
『狂』という漢字を思い浮かべなさい。
獣辺に王と書くのじゃ。
獣の王。言い得て妙じゃと思わんか。
本当に狂うということは、獣の王ほどに獰猛で、欲望に忠実でなければならんということじゃ。
儂やサトシ君などまだまだ甘ちゃんじゃよ。
さて、これくらいでよいかの。
これ以上サトシ君の頭を悩ませると、そこのピカチュウに殺されてしまいそうじゃからな。
殺すのを嫌うサトシ君にとって、その展開になるのは避けたいことでもあろう。
ふふ。サトシ君の成長を楽しみにしておるよ。