ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第九十話 狂って狂って狂います。

 そう青い顔をしなくてもよかろう、サトシ君。

 別に悪い事ではないぞ?

 

 

 ――――訳が分からない、という表情じゃな。ふふ。いいじゃろう。より詳しく、話してあげるとしよう。長話は得意なのでな。ふっふ。

 

 

 

 

 そもそもだ。サトシ君は『狂う』という意味について考えたことがあるかね?

 

 

 ―――狂うは狂うだ、と。なるほどなるほど。では質問を変えよう。

 サトシ君は、一体何をもって狂っていると判断しているかの?

 

 

 

 ―――――答えられん、か。つまり、明確な定義もなく、相手を見て狂っていると、異常者であると断じていたわけだ。

 

 いやいや、別に悪いことではないさ。

 むしろそれが普通だろうさ。

 

 しかしサトシ君は多くの狂人がいる世界に足を踏み入れておる。

 人間の裏面を知っておくことはとても大事なことじゃよ。

 そこのところを、しっかりと覚えておくとよい。

 

 

 

 

 狂っている、ということは、平たく言えば他の人と違っている、ということだ。

 自分にとって当たり前だと思っている事柄が、他人のそれとは違う。

 

 まあよくある話じゃな。自分の意見が他人とぶつかる。

 しかし、五人や十人と意見が違う、などというレベルではない。

 数十人、数百人の持つ常識と自分の常識が異なる。

 

 そして、大多数の意見が正しいものだと認識できない。

 むしろ、自分の方が正しいのだとも思ってしまう。

 

 

 この状態が、所謂狂気というものだ。

 

 

 

 思ったより普通のことじゃろう?

 狂気とは意外と近くにあるものじゃ。

 

 

 

 

 ただ勿論、その度合いには違いがあるがな。

 

 

 サトシ君の年齢じゃと、そうじゃな。

 道を這っている蟻を踏みつぶす友達はおらんかったかな?

 子供が三十人集まれば、一人くらいはそういう子がおるじゃろう。

 命を無下に扱う行為じゃ。

 子供は残酷、なんて言葉もある。

 それも一つの狂気じゃな。

 どうじゃ、親近感が湧いたかの?ふふ。

 

 

 ―――それは子供のやることだ、か。行為としてはそうじゃが、それが大人になったからといって何が違う?

 殺す対象が虫けらであろうとポケモンであろうと人であろうと、やっていることの本質は変わらない。

 自分の力を振りかざし、弱者を虐げる。

 その行為が、たまたまこの世界、この時代においては少数派であっただけ。

 

 

 理不尽だとは思わないかね?

 ただ数が少ないというだけで狂っていると判断されてしまう。

 どうじゃ、こう聞くと、別に狂っているというだけでは大したことないと思わんか。

 

 

 

 ―――おおそうじゃな。サトシ君の場合を教えてあげよう。

 ふふ、言っておくが、サトシ君の事例はかなり興味深い。

 

 

 

 サトシ君はな。

 一言で表すのは難しいのう。

 

 たとえば正義。平和。善事。綺麗事。そのようなものを感じる。

 

 

 

 ―――ん?それの何が狂っているのかって?いい事だろう、と。

 いいことかどうかはこの際置いておこう。

 先ほど挙げたもので表すならば、サトシ君は『正義に狂っている』のじゃよ。

 

 厳密に言うと正義とも違いそうじゃがの。

 狂気とは常に複雑な想いを持つものじゃ。それは、これからサトシ君自身で見つけていくとよいじゃろう。ふふふ。

 

 

 

 まだわからないという顔じゃな。

 ここで言う正義というのは、サトシ君にとっての正義のことじゃ。

 ポケモンが殺される、親しい人が傷つけられる、自分自身が虐げられる。

 そのようなことに、異常に敏感になっておるじゃろう。

 

 普通の人が思わない域で、強く反応してしまっている。

 

 

 

 よいかね。これが、他人と違うということじゃ。狂っているということじゃ。

 

 

 

 

 

 ―――生き物を殺すことはいけないことだ、と。では、逆に問うぞサトシ君。

 神のすることは良い事かね?

 別に信仰心を試しているわけではないぞ?一般論の話じゃ。

 神や聖人といった者たちは、全て正しい行動をするかね?

 

 

 

 ――――なるほど。それは正しいと。

 

 では、戦争はどうかね。

 人と人が武器を持ち、兵器を駆使して殺しあう。

 その行為は正しいかね?

 

 

 ――――正しくない、間違えていると。ふふ。

 

 

 

 

 ならば、聖なる戦争はどうかな?

 

 神や聖人が旗を掲げ、悪しきものを罰せよと人々を薙ぎ払う。

 どうじゃ?んん?正しい者が正しくないことをしておるな。これはどうなんじゃ?

 

 

 

 

 ――――それでも戦争は駄目だ、と。

 

 ふふ、サトシ君。そこじゃよ。そこが重要じゃ。

 

 

 神だろうとなんだろうと、自分の方が正しいと。

 そう思っている事が肝心かなめなのじゃ。

 

 普通の人は今の問いになんと答えると思う?

 

 

 

 正解は、『無言』じゃ。

 答えなど無い。神も正しいし、戦争も仕方がない。

 時代や人々によってはそういったことも当然起こり得る。

 そのジレンマに悩まされる者もいる。

 

 

 だがサトシ君は悩む事無く、戦争は悪だと断じた。

 たとえどんな悪行を積み重ねた者であろうとも、生かすと。

 少なくとも自分は殺さない。殺すはずがない。何故かと言われれば、それは自分だからだ、と。

 自分が自分であるが故に、自分の所為で命が無くなることは無い。

 結果的にそうなったとしても、自分の所為では無い。どっかの誰かが勝手にやったことだ、と。

 

 サトシ君、もしや、マチスに同情を感じてはおらんか?

 数十、いや、もしかしたら数百の命を快楽のために奪い尽くし、今なお貴い命を弄ぶ。

 そんな最底辺の人間ですら、殺すことはならんというのかね。

 いつ命が失われるかわからない状況でいた先ほどのトレーナー達。

 彼ら彼女らの方が悪なのではないか、などと考えておるのではないかね。

 

 

 

 それは異常じゃぞ?サトシ君。

 救われるべき人を憎み、罰せられるべき人に同情する。

 

 どこに正当性がある?君自身も、マチスなど死んでしまえばと思っておったハズじゃろう。

 なのに何故救った人たちを恨む。憎む。蔑む。

 君は紛れも無く良い事をしたのじゃ。

 皆に嫌われており、さらに命を奪う人間を打倒し、その存在を消した。

 素晴らしいじゃないか。誇ることだ。

 

 決して苦い顔でトボトボ歩くことじゃない。

 誇る事だ。自分はマチスの悪行を暴き、人々を救ったと。

 

 

 

 

 

 ―――――だが、君はそれを善しとしない。

 どんな理由があるにしろ、生き物を殺傷することは悪だと。

 

 

 

 成程。それこそ正に聖人の考え方であろうよ。

 先ほどの聖戦などといった矛盾は抜きに、聖人であろう。

 

 

 

 

 ではサトシ君、最後の問答だ。

 

 数十人、数百人という単位では無く――――もっと広い範囲。数千人数万人数億人と異なる思想を持ち、それを我が物とし、正しいと心から思っている事。

 

 狂人であるな?まぎれも無く、常識外れの狂人であるな?

 

 では、その狂いに狂っている狂人が、その考えを広めたらどうなるか。

 

 

 自分はこう考えている。君は理解できるかね?と。

 

 

 

 そして、それに同意し、さらに広がる。

 

 

 

 気付けば、その狂人の考えを至高とする人間が数百人数千人数万人と膨らむ。

 

 さあ、これは狂人と言えるかね?

 理解者が居る。同士が居る。他人に理解できないというジャンルから外れる。

 

 

 

 

 よいか、サトシ君。

 こうなった狂人がなんと呼ばれるか。

 

 

 

 

 

 

 

『聖人』または『先導者』と呼ぶのだ。

 

 

 

 そしてこれこそが、世の中の流れを生み出し続ける理である『信仰』というものなのだよ。

 

 

 

 狂人転じて聖人と化す。

 皮肉じゃろうサトシ君。

 今まで狂っていると散々罵られてきた人間が、ある一点を切っ掛けに聖人となるのだ。

 崇め奉られる対象となるのだ。ふふ、面白いじゃろ。

 

 

 

 

 

 サトシ君、君はどうなるかね?

 極端に死を嫌う狂人となるか、同士が無限に広がり続ける聖人となるか。

 

 

 

 それとも、自分の気持ちを隠し続け、普通の振りをして生きるか。これもまた選択じゃな。

 

 

 

 

 

 

 本能に忠実になりなさいサトシ君。抑え込むことなど何もない。

 思うがままに狂い、思うがままに進むといい。

 

 

 

 

 ―――ほうほう、そんな動物のような行動でいいのかと。

 

 

 ふふ、もちろんじゃとも。

『狂』という漢字を思い浮かべなさい。

 

 

 獣辺に王と書くのじゃ。

 獣の王。言い得て妙じゃと思わんか。

 

 

 本当に狂うということは、獣の王ほどに獰猛で、欲望に忠実でなければならんということじゃ。

 儂やサトシ君などまだまだ甘ちゃんじゃよ。

 

 

 

 

 さて、これくらいでよいかの。

 これ以上サトシ君の頭を悩ませると、そこのピカチュウに殺されてしまいそうじゃからな。

 殺すのを嫌うサトシ君にとって、その展開になるのは避けたいことでもあろう。

 

 

 

 ふふ。サトシ君の成長を楽しみにしておるよ。

 

 

 

 

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