サトシはハナダシティへの地下通路を通っていた。
クチバシティを東に抜けて十一番道路を進もうとしていたのだが、通り掛けのトレーナーから、今は十二番道路へ続く場所に大きなポケモンが陣取っていて進めず、ハナダシティから九番道路を通ってイワヤマトンネルを通る必要があると言われ、特に確かめることなく空返事をし、そのままの足でハナダシティへ戻っている最中だ。
トントンと靴の音が地下通路内に寂しく響く。
以前ここを通った時には感じることはなかった寂しさ。
少しでもこの地下通路が長くなればいいのに、と思ったものだが、今となっては早く通り過ぎたい気持ちしかなかった。
薄暗く、距離の目印となるものも特にない。
小さい電灯が等間隔で延々と並んでおり、通路について考えることを拒否するような無機質な道。
それは必然的にサトシを思考の渦に落とし込んでいった。
いままで考えることもなかった。いや、考えることを拒否していた。
自分の考え方について考える、なんてことをすることが通常あるのかどうかという点を思えば、そう卑下することもない。
もし通常の人が、自分は一体何者なのかと自問自答するとするならば、それはある程度精神が定まり、人生の方向性が決まりつつある人間のすることだろう。
決して十四歳の思春期真っ盛りの少年がすることではない。
しかし、サトシはもうそのことを考えなければならない状態になっていた。
ポケモン大好きクラブの会長によると、サトシは狂人であるらしい。
それも、幼少の頃に一時的に得る残酷性では無く、大人のそれと同様の。
全力で拒否したい事実ではあるが、狂うという概念についていろいろと詳細に説明してくれた今、その反骨精神すら折れかかっている。
サトシは狂っている。それもかなり歪な方向に。
「ははっ」
自嘲。
一体どうしろというのか。
正義に狂っているといえば、聞こえはいいかもしれない。
だが本質は、『生き物の生死が自分に関わっている』という状態を極端に嫌うだけの我儘な子供であったという事実のみ。
いや、我儘な子供であればまだよかった。
問題は、その状態に嫌悪感を抱き、吐き気を催すほどのものだということだ。
それはもはや体質。
考え方ですらない。サトシは身体が反応するほど、死というものに敏感になっていた。
普通の人であれば、嫌だなという感情は抱いたとしても、それだけで終わるだろう。
それが普通なのだ。
そして、サトシは普通では無い。
原因として考えることは確かにある。
トランセル、そしてスピアーの死。
他にもポケモンの死やトレーナーの死を目の前で見てきてしまっている。
そこに忌避感を持つことに、誰が文句を言えようか。
―――文句などない。
結果だけだ。
結果的にサトシは、死を嫌うだけの、偽善者にもなり切れない、聖人もどきになっていた。
「どうしようもない人間だね、僕は。」
やはり自嘲的に言う。
悪は許せない、なんて言いながら、善人すらも悪に染めてしまう。
反面、悪を救おうとしてしまう。
ピキピキと罅割れて行く。
このまま旅を続ける意味などあるのかと弱気になる。
自分を保つためには、今からでも家に籠ってお母さんと一緒に過ごした方がよいのではないかとも思う。
ここまでだろうか。
歩くのが億劫になり、暗い地下通路の真ん中で立ち止まる。
そのまま俯き、思考に耽る。
どうすればいいのか、と答えの出ない問答を自分の中で繰り返す。
サトシの頭の中も視界もすべて闇に落ちてしまいそうになる―――――
「ピカ」
「―――?」
ピカチュウが急に声を出したので、なんだろう、と顔を上げると
「むぎゅ」
ピカチュウがサトシの両頬をつねる。
勿論千切るつもりではない。
ぐにぐにとサトシの頬を引っ張ったり縮めたり。
「ふぁいふふんふぁふぉ、ひふぁふゅー」
憮然とした顔でピカチュウの顔を眺め、息の漏れる口で文句を垂れる。
目の前のでっかいやつはいつも通りのニコニコ顔だが、なにやら雰囲気が少し違うように思える。
サトシがハテナマークを頭の上に浮かべていると、ピカチュウはサトシの顔から手を離し、少し屈んだ。
ピカチュウの行動の意味がよくわからないサトシは、そのままピカチュウを眺める。
ピカチュウが屈んだことでサトシの視線も上から下へ。
そして、次の瞬間ピカチュウの腕がサトシの腰に伸びてきて、腰についているモンスターボールを全て取り外し、ぽいぽいぽいと近くに放り投げた。
「うわわ!?なにするんだよピカチュウ!!!」
投げられ、床にてんてんてんと弾んだボールは、一筋の赤い光を吐き出し、サトシのポケモンの形を作り上げた。
クラブ、サンド、コイキング。
皆、一様にサトシの方を見ている。
「ピカチュウ・・・?一体・・・」
「ピカ、ピカピ」
「クラーブ」
「サンドー」
「ココココッコッココココ」
何やらポケモン同志で会話しているようだ。
当然ながらサトシには言葉がわからないため、不思議に思いながらも自分のポケモン達をそのまま見守る。
暫くすると、ポケモン達の会話が終わった。
ポケモン達はサトシの方をおずおずと見ているようだが、クラブがとてとてとこちらに歩いてくる。
「クラブ?何がどうなって――――」
「クラーーーブ!!!!」
「どあああああいってええええええ!!!!」
クラブが大きいはさみを振り上げ、サトシの脛にフルスイングしてきた。
予想外の衝撃に、サトシはもんどりうってコンクリートの床に転がる。
「ク、クラブ!急になにをする――――・・・サンド?」
いつのまにやらサンドが目の前にいる。
サンド? と声をかけようとしたが、くるりと身体を丸めてサトシの腹にたいあたりしてきたサンドにその声を止められた。
「ごっ!?あが・・・おおおおお」
お腹を押さえて床を転がるサトシ。
まったく意味が分からない中での衝撃に、頭はかなり混乱している。
「一体・・・どうなって――――ぶぎゅる」
とどめとばかりに、跳ねたコイキングがサトシの背中に落ち、起き上がろうとしたサトシを再度地面に縫い付ける。
「コ、コイキングまで・・・・ああもう!!」
背中からコイキングをどけて、ゆっくりと立ち上がる。
お腹を押さえつつ立ち上がり、視線を地面から上にあげると、黄色い姿が目に入る。
「ピカチュウ・・・?なにを・・・・だっ!?」
立ち上がった途端、ピカチュウのデコピンがサトシの額を打ち付ける。
ピカチュウにとっては大した威力を込めていないのだろうが、サトシにとっては額が赤く腫れるほどに強い。
「ああーーーーーなんなんだよおぉ!みんなして!!!」
叫ぶサトシ。
どうしようも無い現実に悩まされている少年の叫び声は誰もいない地下通路に虚しく響き渡る。
「ピカピ」
「ううん・・・・?」
憮然とした顔でピカチュウをにらみつけるが、ピカチュウはサトシの後ろを指さす。
その指先が何を指しているのかを確認するように、後ろを振り返る。
サトシのポケモン達が見つめている。
じっと、視線を外す事無くサトシの目を見て、微動だにしない。
「みんな・・・?なにを・・・・」
サトシは考える。
この状況について。サトシのポケモン達が一体何を思っているのか。何をサトシに伝えようとしているのか。
苦楽を共にしてきた仲間たち。
その数を減らしても尚、サトシを見放すことなく付いてきてくれている。
当たり前の事ではない。
モンスターボールという枷があったとしても、その信頼は本物で、掛け替えのないものだ。
そんな単純なことすらも考えから外れてしまっていたのか。
サトシ自身の悩みは自分だけのものではない。そう言いたげな瞳でサトシを見据え、訴えてくる。
もっと信頼してくれと。サトシがどうなろうと、どう考えようと、自分たちは裏切らない。そう心から思えるほどに、サトシからたくさんのものを受け取っていると。
知らずのうちに、サトシは涙を流していた。
膝から崩れ落ち、サトシは、如何に自分が恵まれていたかを察する。
自分には仲間がいる。
たとえ自分がどうなってしまおうとも、どう進もうとも、共に歩んでくれる仲間がいる。
それを改めて感じとった。
「みんな――――あり、がとう。ありがとう――――」
サトシは仲間を、力強く、力強く抱きしめた。