HAPPY END   作:KYO

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HAPPY END -AFTER-

 勉強する。勉強する。外国語を、物理を、数学を、科学を、知らない事を勉強する。

 …冬也みたいに睡眠不足になるまで。冬也みたいに目の下の隈が出来て慢性化してしまうまで。

 

 運動する。運動する。球技を、陸上を、格闘技を、体操を、知らない運動をする。

 …冬也みたいに疲労が溜まってしまうまで。冬也みたいに体がガタガタになるまで。

 

 探求する。探求する。私に出来る事、私に出来ない事、冬也に出来そうな事、冬也に出来なさそうな事を探求する。

 …冬也が探していた様に私が出来ず、冬也が出来るだろうものを見つけるまで。

 

 努力して、努力して、そして理解する、この地獄の様な道。

 私は何でも出来てしまう、何でも理解出来てしまう…それ故に、この絶望的な努力の道に挫けそうになってしまう。

 もしかしたら、冬也の才能は努力する事だったのかもしれない。でも、それだけじゃ足りない。その位ならきっと冬也もわかってた筈。

 私は探す。『私のスペア』として生きて、『私のスペア』として死んでしまった冬也の為に。

 

 思えば私は、全て冬也に身を任せて生きてきた様なものだった。

 まじめに勉強をし始めたのだって、冬也が始めたのを真似したから。運動だって、趣味だって、特技だって、全部冬也の真似をして始めて、手に入れたものばかり。

 私自身が行動して手に入れていたのは何も無い。今だって、冬也の真似をして生きている様なもの。冬也の様に、無茶な努力を重ねて。

 成程、私は真似しか出来なかったのかもしれない。冬也の真似をして、そこから私の全てが始まっているのだ。

 …冬也が『私のスペア』で、私は『冬也を演じる木偶人形』か。今更それに気付くなんて、私はやっぱり天才でも何でも無いのだろう。

 

 私が事故にあって意識を失っている間…多分、冬也の臓器を移植している時だと思う。私は夢の中に居た。

 暗闇に包まれていて、自分の体以外何も見えない場所で、何となく死んでしまう事を理解してただ怯えていた。誰かが助けに来てくれるのを、冬也が助けに来てくれるのを待っていた。

 

「よう、夏樹」

「っ!?冬也ぁ!!」

 

 そして冬也は来てくれた。私を助けに来てくれたのだ。

 

「お前は俺の臓器を移植して助かるぜ。お前が死ななかったおかげで俺もHAPPY ENDを迎える事が出来た」

 

 …自分の命と引き換えにして。

 

「えっ…何、それ…何それ!?なんで冬也が!?全然HAPPY ENDじゃないよ!!」

「いや、HAPPY ENDさ。最高ではないが、これで『夏樹のスペア』としての役割を完遂出来たしな」

 

 スペア。自分は私のスペアだと冬也が言ったのだ。想像すら出来なかった冬也の思いを、私はようやくここで、こんな遅すぎるタイミングで理解したのだ。

 

「昔から俺は『夏樹の代わり』を存在理由として生きてきたんだ。なら、その役割を貫き通しでもしないと、俺の生きた証が無くなっちまうだろう?結局どれだけ頑張ってもお前に勝てる事は何も見つからなかったのは悔しいが、『スペアの役割を完遂』して『自分を犠牲にした』という生きた証を残せたから俺は満足さ」

 

 言葉が出ない。涙が溢れる。冬也は壊れてしまっていたのだ。誰も冬也の心に気付かなかったせいで…私が冬也の苦しみに気付かなかったせいで。

 そして私は目を覚まし…真似しか出来ない私の存在理由を定め、生きることを決めた。

 

「ねぇ、まだ…続けるの?もう諦めましょう」

「ダメだよお母さん。私は全部冬也に貰ってたの。だから、今度は私が冬也に渡さなきゃいけない」

 

 私がしているのは、『冬也が私に勝てる事』を探す事。

 故意では無かったとはいえ『私のスペア』として生きさせてしまった冬也の為にと、私が始めた冬也の真似事。

 

「私は見つけなくちゃいけないの。探して、探して、たくさん探して…そして沢山見つけて、冬也に教えに行くの。今の私は、ただそれだけが存在理由」

「夏樹…」

 

 なんとなく、うっすらとだけど、冬也が私をあまり好きじゃないのでは無いかと感じる時が多々あった。

 今考えれば当たり前だ。後から初めてどんどん追い抜いて、どれだけ努力しても追いつけないまま引き離されて…それを延々を繰り返されれば、私だってきっと冬也みたいに嫌になる。

 私だったら絶対に我慢出来ない。絶対に途中で嫌になるか、無理やり我慢し続けて壊れてしまうか…ああ、そっか、壊れてたんだ。

 冬也は、私が何も考えないで真似ばかりしていて、何も考えないであっさり追い抜いて、それでも努力して我慢していたせいで壊れてしまっていたんだろう。今の私も壊れてきてるから、何となくわかる。

 でも私は止める訳にはいかない。私の行動は冬也の真似事。私の命は冬也の命だったもの。私はこの『私のスペア』として生きて死んだ命の為に、生きて探し続けなくちゃいけない。

 冬也は存在証明を完了してHAPPY ENDを迎えた。だから冬也に助けられた私は冬也の真似をして、『冬也を演じる木偶人形』としての存在証明を果たさなくちゃいけない。

 私が冬也に負けるだろうものを見つけられないままの死《BAD END》か。私が出来ずに冬也が出来るだろうものを見つけて、それを冬也に伝える為に死ぬ《HAPPY END》か。

 

 …私は生き続けなくちゃならない。冬也に証明しなくちゃならない。

 私達は双子。同じ苦しみを味わって、同じ証明を果たして…仲のいい双子として、昔みたいに笑いあう事が出来る様に。生まれ変わってまた双子になった時、こんな事にならない様に。

 私は生涯をかけて、私が、『夏樹が冬也の妹である』と証明し、『夏樹が冬也の妹として』生きた証を残すために、ただひたすらに『我慢』と『努力』を重ねて『探求』し続けなければならない。

 

 私の《HAPPY END》は、遥か遠く。

 

 ―――私は今でも、あの時のユメに苛まれながら演じ続ける。

 

――――――――――

 

 冬也が夏樹のスペアだと言っていたのを聞いて、俺は心底恐怖してしまった。

 冬也が異常だから―――それもある。

 冬也が壊れていたから―――それもある。

 冬也が理解出来なかったから―――それもある。

 

 でも、一番俺が恐れていた理由は『俺もああなる可能性があった』という事実に気付いてしまったからだ。

 

 俺の弟は優秀だ。本気で勉強していて、おそらく目指している東大にだって合格出来るだろうというくらいには頭がいい。

 スポーツしか得意な事が無い俺とは違い、それ以外は殆ど俺以上に卒なくこなす。それこそ、俺がスポーツを得意としていなければ、あの双子と同じ様な関係になってしまいかねない程には。

 …そこで気付く。弟はスポーツが苦手なわけではなかった。記憶は曖昧だがむしろ、幼い頃は『俺よりも得意じゃなかったか?』

 

 そして思い出す、壊れてしまっていた事に気付けなかった俺の友人の姿。あいつは何もかも妹に勝てなくて、妹の劣化コピーだと自称して…そして、自分を『夏樹のスペア』だと、あの時宣言していた。

 怖い。怖い。もし弟が勉強以外にもスポーツを始めたら?それこそ俺には何も無くなる。弟の劣化コピーになる。…いや、俺は勉強がまるで出来ないから、『弟のスペア』にすらなれない。

 それはつまり―――俺の居る意味が無くなるんじゃないか?

 

 勿論人間の存在がそれくらいで無くなる訳が無いのは馬鹿な俺でも理解できている。…それでも感情は別なのだ。恐怖は、俺に訴えかけてきている。

 負けたらどうする。スペアにすら慣れなかったらどうする。あいつはスペアでもああなった。なら、それ以下の俺は―――

 ―――生きた証も、存在証明も、何もかも、どうしようもないのではないか?

 

 最近運動量を増やした。体がボロボロになる限界ギリギリを見極め、極限の領域で自身の才能を引き出し続ける練習。

 いや、実際すでにボロボロなのかもしれない。それでも、俺は『弟よりスポーツが得意』という立場を維持し続けるために自分を成長させ続けなければならない。

 自分を信じろ。弟よりも俺には才能があるはずだ。でも油断するな。隙を見せれば追い越されるぞ。

 俺が全てにおいて弟に劣るという存在の死《BAD END》か、僅か一つでも弟を超えている才能を維持し続ける存在の生存《HAPPY END》か。

 

 この恐怖が時の流れと共に癒えるまで、俺はただ自分を鍛え続けるしかないのだ。

 

 ―――そう、自分の存在価値を守り続ける為に。

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