哀しい人に憑依した   作:極大成功教の信者

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繰り返しになりますが、色んなパターンのある『トリスタンとイゾルデ』の複合なのでちぐはぐかも知れませんがお許しください。



第2話

 

 

 

予想以上にモルオルトとの決闘後、トリスタンは苦しんだ。

先に相対した騎士、モルオルトの剣には毒が塗られており、彼の斬りつけられた脇腹は治癒することはなく、腐り始めていたのだ。徐々に腐敗していく中でトリスタンは唯一この毒を癒せるのがモルオルトの縁者であるアイルランドの姫君、イゾルデだという事を知った。

しかしながらモルオルトを殺した己を治療するわけもない。トリスタンはアイルランドの仇なのだ。そこでトリスタンはタントリスと名を偽り、単身アイルランドに渡ったのだった。

 

 

 

♦︎♦︎

 

 

 

毒は傷口を壊死させ、身体を蝕む。

高熱が身を焼き、強烈な頭痛に意識が朦朧とする中、トリスタンはふらふらとアイルランドの街を往く。いきなり王女であるイゾルデに毒を癒してくれなどと言ったところで取り合っては貰えないだろう。何らかの対価が必要だ。それを用意する為にもトリスタンは毒に蝕まれた身体に鞭を打ち、それを引きずっていた。

 

それ以外にもトリスタンには懸念があった。

彼は知っている。生まれながらに持っていた、いや生まれる前に手に入れた知識によって。

 

『トリスタンとイゾルデ』

 

ヨーロッパで人気の高い民謡の一つである。

素晴らしい騎士であったトリスタンと2人のイゾルデという女性をめぐる悲恋劇。ケルト系のディルムッド・オディナとグラニア妃の物語に原典を持つとされるこの物語もまた、哀しき恋の話である。趣味と言えば読書くらいだったトリスタンになる前の彼の記憶にも残っていた。

 

思えば大凡に無頓着な私でも、決して軽くない衝撃だった。

気が付けばその物語の主人公になってしまっていたのだ。これが勧善懲悪のめでたしめでたしで終わる昔話ならいざ知らず。終始、人の恋愛というものの難しさを語る悲恋劇の主人公とあっては戦慄したものだ。どうにかして同じ目に会うことは避けたい。小心者であり、21世紀に生きた日本人的な感覚が抜けきらない私からすれば、権力や色々な事が絡んだ三角関係など情念が燃えるわけもなく、ただ胃が痛いだけだ。

 

 

つまり、ここは一つのターニングポイントである。

物語のトリスタンは治療を受けた姫の美しさに惹かれ、マルク王が娶ったその後も忘れる事が出来ずに悲劇の道を進んでいく事になる。簡単に言えば私がイゾルデに懸想をする事がなければ良いのだ。しかし、そう上手くいくはずもない。これまで少しばかり勝手をしてみた事もあるが、結局は物語の大筋を外れた事はなかった。この身が『トリスタン』である限り、イゾルデ姫に魅了されるのは必定やもしれぬ。

 

 

数日後、トリスタンはいくばかりかの金品と街を荒らす不届き者を縄で縛り上げ、イゾルデの元へと向かった。

 

 

 

♦︎♦︎

 

 

 

そこは煌びやか、そして荘厳な広間だった。

上等なカーペットが敷かれ、一目で分かる高級な調度の数々が豪奢なシャンデリアに照らされる。王の甥として数々の貴族主催のパーティーに足を運んだことのあるトリスタンにとってもこれほどまでのモノは見た事がなかった。

 

ああ、だがなによりも目を引くのは広間の中央。

この空間の中においては高級であることは分かるがあまりに簡素な椅子。しかし、それが良いのだろう。そこに座す彼女こそが何よりも美しい。砂金を散らしたかのような美しく、艶やかな金の髪。サファイアを嵌め込んだかのような煌めく蒼い瞳。完成された美とでも言おうか、西洋人形のような精緻を極めた顔立ち。

 

 

金髪のイゾルデであった。

 

 

トリスタンは胸が高鳴るのを感じた。

いや、これはいけない。この想いに身を任せれば辿り着くのは地獄だ。そう言い聞かせて振り払う。謂わばこれは反射のようなものだ。一目で惚れたわけではない。美しい彼女に対しての当然の反応だ。

 

「貴方がタントリスかしら?」

 

「え、ええ、その通りでございます。イゾルデ様」

 

椅子から立ち上がると彼女はこちらへ歩み寄る。

膝をつき、首を垂れたトリスタンの前で立ち止まり、彼女もまた床に膝をつけ、トリスタンに顔を上げるように言った。

 

「そう、貴方が。わたくしに癒して欲しいという傷は一体どちらでしょう」

 

目線の高さが同じになり、真正面かつ至近距離でその容貌を見ることになったトリスタンはほんの数秒我を忘れて見惚れていた。しかし、慌てて目を逸らし、纏っていたローブを脱ぎ捨て、傷口を曝け出す。

 

「とある折に受けた傷でございます。どうかイゾルデ様、この傷を癒してはくれませんか」

 

しかし、返事がなかった。

訝しむように目線を戻すとイゾルデは表情が厳しく、纏った雰囲気も柔らかかった先ほどとは打って変わって鋭い。

 

よもや、バレたか。モルオルトの毒だと気付いたのかもしれない。

トリスタンは内心冷や汗を流し、最悪の事態を想定した。王城に武器など持ち込めるはずもなく、フェイルノートもカテーナも今は帯びていない。たとえ無手でもコーンウォールで最優の騎士として凡百の輩に遅れを取るつもりはないが、毒を受けた我が身では強がりか。

 

戦々恐々、じっとりとした汗が肌を濡らす。

だが、張り詰めていた空気が弛んだ。イゾルデも元の柔和な笑みを浮かべている。ほっと一息、トリスタンは安堵した。

 

「ええ、もちろん。苦しむ人を救う、わたくしにしか出来ない事ならばなおさらに。タントリス、どうぞ養生なさってください」

 

 

 

♦︎♦︎

 

 

 

それからまた数日。

熱も下がり、病後特有の倦怠感こそあれど、毒が抜けきった身体は実に爽快だった。

 

イゾルデの元でここ数日を費やし、養生に努めたトリスタン。彼女の献身的な治療を受ける中で彼はさらに姫に惹かれていた。身を滅ぼすと分かっていてもこの燻る想いが消えることはない。此処に来てようやくトリスタンは本当の恋というものを理解した気がした。

 

「イゾルデ様。貴方のおかげで私の身はすっかり良くなりました。ああ、言葉では伝えきれぬほどの感謝を貴方に」

 

「タントリス、ええ、わたくしも貴方とお話しが出来てとても楽しかったわ。良ければまた遊びに来て頂戴」

 

ふわりと花が咲いたような笑みでイゾルデは語る。

遊びになど恐れ多く、なによりコーンウォールの騎士であり、アイルランドの仇である己には不可能だ。だが彼は知っている、これが今生の別れではない事を。またすぐに私達は再開するのだ。

 

「せめてもの礼に、竪琴を奏でる事をお許しください。故郷では随一との誉れも頂いたものです」

 

用意していた竪琴を取り出し、弦を弾く。

騎士として、戦士としての鍛錬の合間に覚えたモノ。武術を絶賛されようと所詮は人を傷つける術、嬉しくはなかった。だが、この音楽を讃えられた時には喜びに震えたものだ。傷つける為ではなく、誰かの心を癒す為。血に汚れた己にも真っ当に人に誇れる事があるのが何よりも嬉しかった。

 

独特の透き通った音色が広い部屋にこだまする。

 

トリスタンは葛藤している。

まず間違いなく私はイゾルデ姫に心を奪われてしまった。それは己が『トリスタン』だからか。いや、違う。たとえ『トリスタン』でなくても、私はこの女性に恋をした。その見た目の麗しさに惹かれ、心の優しさに惚れ込んだ。

この先に待つのは苦しみだけだ。ならば逃げ出してしまおうか。このままアイルランドに残り、コーンウォールには帰らない。だが、そんな事をしたところでタントリスでは姫である彼女と身分が違い過ぎる。それにもしトリスタンだとバレれば処刑されるだろう。マルクへの恩義も忘れた不孝者にもなる。

 

結局、辿る道は変わらないのかもしれない。だが、そんなことは忘れよう。今この時だけでも私は、私の身を焦がす情熱をこの音色に乗せて。

 

「とっても綺麗な音、本当に上手ね。タントリス」

 

微笑む彼女と共に。

 

 

 

 

 

 

 





原作参加については多分ないと言いましたが、本編である『トリスタンとイゾルデ』と『アーサー王物語』を終わらせないと構想も出来ないのでなんとも言えませんね。つまり未定です。
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