読み返したら「あまりにも酷い」と思い、書き直しました。
以前投稿させてもらった旧版は、後日消去します。
ニャー…と、今にも消え入りそうな、弱々しい猫の鳴き声が聞こえてくる。
車かバイクにでも轢かれてしまったのだろうか、体の一部が潰れ、地面が赤く染まるほど血を流している。
もう長くは生きられないだろう、誰の目から見てもそれは明らかだ。
重症を負いながらも、何とか車の来ない路地に逃げることはできた様だが、それまでだ。
じきに力尽き、苦しみながら息絶えるのだろう。
「苦しいか…ここまでの大怪我だと、流石に私の能力でも治すことはできないな…」
暗い目をした黒いスーツを着た男が、傷ついた猫に優しく触れながらそう呟いた。
男は膝を曲げてしゃがみ込み、ゆっくりとその手を、猫の頭の方へと移動させた。
「せめて安らかに…眠れ」
男の掌から黒い“何か”が出現する。
黒い何かは瞬く間に広がってゆき、猫の体を包み込んだ。
得体の知れないものに身を包まれているのだ、当然猫は驚いて目を見開き、飲み込まれんと抵抗する。
しかし傷ついた体での抵抗など虚しく、やがて猫は、この黒い何かの本質を理解したのか…それを受け入れ、ゆっくりと目を閉じた。
猫の呼吸は止まり、心臓も完全に停止した。
そう、今まさに、この猫に“死”が起きたのだ。
猫は死を理解し、それを受け入れ、この世から旅立った。
そこには猫の肉体が、まるで抜け殻の様に横たわっていた。
男はゆっくりと立ち上がり、路地の奥へと歩いて行く。
コツコツと、その場に男の足音が響き渡る。
周りも静かであった、男も静かであった。
男の足は、さっきの場所から50メートル程離れた場所で停止する。
「やあ、待たせたかね?」
男は口角をあげて笑みを作って見せた。
男の目の前にいたのは、一人の少女であった。
高校生なのだろうか…下着は胸にサラシを巻くだけといった、独特な格好をしているものの、その上には学生の象徴たるブレザーを羽織っている。
「しかしここからでは少し遠いな、もう少し歩こうか」
男はそう言って、ビル群の隙間から僅かに見える、窓もドアも通気口すら見られないビル…通称「窓の無いビル」へと視線を向けた。
少女は“案内人”と呼ばれる、高位の空間移動系の能力者だ。
窓の無いビルは…その名の通り、中と外とを繋ぐ出入り口が一つも存在しない。その上核ミサイルを撃ち込まれてもゆうに耐えられる構造だ、普通ならば入る事も出る事もできない。
そこで必要なのが、この少女の様な空間移動系の能力者なのだ。
案内人とは、この窓の無いビルにへと人を送る為の役職の名前…のようなものである。
「…ところで結標君、後ろにいるのは君の知り合いかね?」
「え?」
結標と呼ばれた少女が「何の事?」と呟いた瞬間…彼女の意識は背後に向いた。
何処に隠れていたのか、両手にナイフを握る少年が、凄まじい剣幕で二人の後ろに迫っていた。
完全に不意を突かれた。慌てて結標が能力を行使しようとするが…ナイフの少年の眼中には、結標の姿など一切写っていない。
そう、ナイフの少年の矛先は、結標の隣に立っている人物に向いていたのだ。
「あ…」
勢い良く突き出されたナイフが、黒いスーツの男の心臓を真っ直ぐ貫いた。
ナイフが突き刺さった胸を中心に、みるみると黒いスーツが赤く染まってゆく。
黒いスーツの男の暗い目が、光を失い更に漆黒に染まり、男の体は地面に倒れ伏した。
突然の出来事に、若干パニックに陥りながらも、結標は警戒を解くことなく、ナイフの少年を睨みつけた。
少年はスーツの男の胸からナイフを抜き取り、瞳孔の開いた眼球を見開きながら、声を震わせこう叫んだ。
「ざ…ざまぁ見やがれ‼︎な…仲間の敵討ちだ‼︎お前のせいで…!お前のせいで俺達は…‼︎」
息を乱し、カタカタとナイフを握る手を震わせている。
闇の一端に触れ、異常とも呼べる光景を何度かその目にした結標でも、このナイフの少年からは尋常ならざる何かを感じずにはえられなかった。
「今のは良かったぞ、少年」
結標とナイフの少年の目が動く、無理も無い、何故ならばたった今、心臓を突き刺され死んだ筈の男が、平然とした顔で立ち上がっているのだから。
「相手に気取られずに背後へ忍び寄る技術もそうだが…あの一瞬で私の心臓を貫くとは…
いやはや…見事の一言しか出てこないな、その様子だと…人を刺し殺すなんて初めての経験だろうにな」
スーツの男がパチパチと手を叩きながら、笑みを浮かべて賞賛の弁を述べた。
「こんな所で燻っているには惜しい人材だな、その手の分野では、なかなかの才能を持っているんじゃないかね」
男はゆっくりと少年に近づき、少年が呆気にとられている間にナイフを持つ腕を掴み、動きを封じた。
「そしておめでとう。
よかったじゃないか、君は私を殺して見事に仲間の仇をとることができた。
…もっとも、たった一度殺した程度じゃ、私は死なないがね」
目の前にまで近づいた憎き男の顔を見て、我に返った少年はすぐに、自分の腕を掴んでいる男の手を振りほどき、再びナイフを構えた。
「ーーッ‼︎」
しかし叶わない。
再び黒いスーツの男の肉に刃を突きたてようとする少年であったが、それよりも素早く、男の膝が少年の鳩尾に食い込んだ。
胸に走る鈍い衝撃…同時に襲いかかる嘔吐感から、少年は手からナイフを落とし、地面に膝をついて喉を抑えながら喘いだ。
「安心しろよ、殺しはしないさ」
そう言って男は少年の髪を掴み、顔を上に向けさせ、硬く握った右の拳で少年の顔を力一杯殴った。
少年は鼻を折り、血を流しながら悶絶し、地面を転がっている。
男はそんな少年の姿を背に、血で汚れた拳をハンカチで拭き取りながら、携帯で何処かにメールを送った。
「いやすまない、見苦しいものを見せてしまったね」
男は再び結標の方へと向き直し、先程とはうって変わった優しげな口調で話しかけた。
「いや…それはいいんですが…大丈夫なんですか?」
結標はの穴が開いたスーツから、さっき男が刺された場所を覗き見た。
驚いた事に、肌は見事に結合されていて、まるで最初から刺されてなどいなかったかの様に、傷一つなく塞がっていた。
「あぁ、心配は無用だ」
「…今のは、完全に命を狙っての行動のようでしたが…」
結標が、血を流して倒れている少年を覗き見ながら質問する。
「…さぁな、心当たりがあり過ぎる」
そう言って男は、何処からか手錠を取り出し、少年の腕と鉄の柵とを繋ぎ止めた。
「まぁおそらく、以前潰したスキルアウトの集団の内の誰かだろうな。
気にすることはない、君とは無縁な存在だ」
ふと、スーツの男が腕時計を見て時間を確認した。
時刻は夜の10時を過ぎようとしている。
「…もうこんな時間か、うかうかはしていられないな。
急ごう、君も睡眠時間をあまり削られたくはないだろう?」
まだ腑に落ちないと言った表情をしていた結標だったが、案内人という役目を担っている以上、危険な話を耳にするのはよくある事だ。
その全てにいちいち興味を持って関わってしまえば、命がいくつあっても足らないだろう。
疑問に思う事は多々あるが、結標は詮索しない事にした。
「さて、行こうか」
「…はい」
真っ直ぐに窓の無いビルを見定め、二人は歩き始めた。
目的はただ一つ、学園都市の統括理事長“アレイスター=クロウリー”との対話だ。
男は笑みを浮かべた。
男の名は“
学園都市創設の代から存在する、一人の科学者である。