「・・・今、なんと仰いましたか? 大師父・・・」
時計塔の重鎮にして名物講師という、本人にとっては大変不名誉きわまる異名を奉られている「魔術の師」ロード・エルメロイⅡ世は聞き間違いかと思い、確認のためにもう一度問い直した。
ーーが、期待に反して返ってきた答えは、寸分違わず一言一句まったく同じ物だった。
曰く、あの二人だけに任せるのは不安だからお前も一緒に行ってこいーー要約するとそうなった。それ以外には解釈しようのない内容だった。
「・・・あの、私は禄な魔術も使えないからこそ、一級講師であるのにも関わらず祭位(フェス)の階位に止まっているのですが・・・」
ついでに言えば、それが彼を時計塔において立場を微妙で絶妙なものにしている数多い理由の一つだったりする。
「・・・は・・・?「今回の件はゲームっぽい部分が多いからお前の得意分野だろう」・・・? ま、まぁ確かに日本が舞台で宝具が武器の英霊が出てきてカードで召喚というのは、ゲーマーとして燃えるモノがあるのは認めますが・・・いや、しかし・・・」
自分の、魔術師としてはいささか以上にどうかと思う趣味で攻められて、彼の心は大いに揺らぐ。・・・それでいいのか時計塔に一二名しかいないロードの一人。
「・・・え? これを飲めと・・・? 大丈夫なのですか、この薬液は。なにか怪しい臭いがしますが・・・。・・・わかりました、飲みます。飲みますから、そう急かさないでください。服が伸びます・・・あ! コートの裾だけは引っ張らないで頂きたい! 大事な物ではありませんが、大事な色なのです!」
なぜか『赤』に強いこだわりを見せてから、大師父キシュア・ゼルレッチ・シュヴァインオーグが調合したという怪しい液体を飲み干す。
「う・・・、思っていた以上にキますねこれは・・・。・・・で、これはどの様な効果がある薬なのですか?
・・・は? 『身体を性転換させて幼児化する特殊な魔術薬物』・・・?
ちょっと待ってください、流石に理解が追いつかない・・・。え? 考える必要はないから感じろ? なにをバトルマンガみたいなこと・・・う! な、なんだこれ、は・・・まるで令呪が宿ったときのような痛みが・・・しかも、麻婆餡掛けを一気食いしたかのような気持ちの悪さまでもが一緒くた・・・に・・・う、お・・・身体が・・・かわ・・・る・・・・・・」
「・・・で、今ここに居るわけなのだが・・・」
目の前に広がる、日本の成田空港のロビーを眺めながら、ロード・エルメロイⅡ世は嘆息する。
普段であれば、眉間にしわを寄せて苦みばしった表情でやるそれは非常に刺々しさを感じさせるもののはずだったが、あいにくと今の彼は黒髪ロングの可憐なお嬢様系美幼女だ。そんな仕草にも気品しか感じられない。
本人も鏡で見たことによって多少の自覚は生まれており、嘆くような、だがどこか懐かしさと感謝を等分に含んだ様な口調で呟きを漏らす。
「お爺さんに優しくされすぎたからな・・・。さすがに、この身体でお礼に行くほど恥知らずにはなれんが」
『あの出来事』以来しばらくの間お世話になった老夫婦を思い出して苦笑する。
今でも定期的に連絡を取ってはいるが、仕事が忙しくて最後に直接顔を見せたのは何年も前だ。
せっかく日本に来たのだから出来れば会いに行きたいが、この身体ではどこの誰かもわかるまい。最悪、通報されかねない。
それも、不審者としてではなく迷子の女の子として。
この上ない屈辱だ。死にたくなる。むしろ、自分の意志で死を選ぶ。
「まぁ、こうなってしまった以上は仕方がない。とりあえず目的地に行く前に武器弾薬を買い込んでおくとしよう。戦争で一番重要なのは補給だからな」
そう言って彼女は駅を目指して歩き出す。
その駅は世界的に有名な土地名が付いた聖地であり、
多くの巡礼者が集う日本の首都(ロードの主観)。
その名をーー『秋葉原駅』と言った・・・・・・。
ーーキ-ンコ-ン、カ-ンコ-ン
遠くに潮騒が薫る、空の下。
小学校の校舎に、放課後のチャイムが響きわたる。
「イリヤちゃん、一緒に帰ろ?」
「ごめーん、今日はお兄ちゃんと帰る日なの」
ここは冬木の西側に広がる深山町のはずれ、円蔵山の中腹にある私立穂群原学園の初等部。
ベレー帽に、大きな襟と胸元のリボン。そんな可愛らしい制服で有名な小学校だ。
そんな評判の制服を着た子供たちの中に、ひときわ明るく、ひときわ目立つ子ーーそれが、先ほど“イリヤ”と呼ばれた女の子。
五年一組、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだ。
歳は十歳。背丈はちょっと低めではあったものの、目立つほどには低すぎない。
目立っているのは髪と眼だ。
肩よりもちょっと下まで伸びているセミロングの髪は、溶かした銀を流したような、陽光に輝くシルバーブロンド。そして、両の瞳はルビーを思わせる鮮やかな緋色。
日本人離れした外見を理由に人から奇異の目で見られることがあるが、少なくとも今の彼女にはそれを気にしている心の余裕はない。
(急がなきゃ! 急がなきゃ! ああ、もう先生ってば! こんな日に限って、帰りの学級会が長引くなんて!)
今日は、久しぶりにお兄ちゃんと帰る日なのに。
このところ高等部の弓道部が忙しかったらしく、お兄ちゃんは毎日、日が暮れるまで家に帰ってこなかった。そんな兄と、ひさしぶりに一緒に帰れる日だったのに。
幼いイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、兄の顔だけを思い浮かべて、一心不乱に高等部まで駆け抜ける。
穂群原学園高等部は、初等部のすぐ隣。校門同士は、ほんの数十メートルほどの距離しかない。
(いたっ! お兄ちゃんっ!)
彼はそこに立っていた。
名は衛宮士郎。両親の事情で性が違っているが、同じ家で暮らしている、れっきとしたイリヤの兄である。
士郎は自転車のハンドルに手をかけたまま、友人と談笑しているところだったが、相手の友人は猛烈な勢いで駆け寄ってくるイリヤの姿を見つけ、笑みをこぼしーー凍り付いた。
「危ないっ! 避けろ!」
「「・・・え?」」
切羽詰まった制止の声に、“二つ”の声が重なる。
その直後ーー激突。
もの凄く痛そうな音を響かせながら、前しか見ていなかった二人の少女が、もの凄い勢いでぶつかってお互いに吹っ飛びあった。
「お、おいイリヤ!大丈夫か!?」
士郎が慌ててイリヤに駆け寄る。
彼女は持ち前の丈夫さのおかげで無傷だったが、完全に目を回している。
「・・・らいじょ~ぶ、らいじょ~ぶらよ、おひいちゃ~ん・・・」
「そ、そうか。無事ならよかった・・・。ーーそこの君も大丈夫かい?」
イリヤとぶつかって吹っ飛んでいった、もう一人の女の子。
大きなキャリーケースを引っ張っていた黒髪の少女も大した傷はなかったのか、頭を振りながらも落ち着いた声で返事をしてくれる。
「・・・ああ、なんとかな・・・ゲームは守り抜いたよ」
「ゲーム!? いやいや!君の身体の話だよ! 身体の方に怪我はないのか?」
「そっちも問題ないようだ。少なくとも、折れたり取れたりしているパーツはない」
「いやいやいや!!折れてるのも取れてるのも確かに困るけどさ! それ以前に肉体的健康は大丈夫なのかって事!」
「大丈夫だ。問題ない」
「それフラグ!死亡フラグ! 洒落にならない状況で変なフラグ建てるなのは止めなさーい!!」
空気を読まず、状況も考えないボケをかます少女を大声で叱りつける士郎。
色素が薄いため脱色しているわけでもないのに赤銅色に見えてしまう髪のせいで外見的印象が『不良っぽい』になりそうだが、いつも穏やかな笑みを絶やさず、春めいた空気を漂わせているお陰でそういう風評が立ったことのない彼にしては、大変珍しい光景だった。
むろん、イリヤにとっても、こんな兄を見るのは初めてだ。
今まで見たことのない兄の一面を見られるのは嬉しい反面、それを見せたのは見知らぬ少女が最初の一人というのは、素直に喜べることではなかった。
(お兄ちゃんの一番近くにいたのは私なのに・・・!)
幼いながらも女としての嫉妬に駆られたイリヤは、相手の少女を睨みつけてーー言葉を失った。
意外すぎる光景がそこにはあった。
具体的には、彼女が身につけている、『ある物』が意外すぎた。むしろ異常すぎた。
イリヤは思わず『それ』を読み上げる。
「『アドミラブル大戦略Ⅳ』・・・?」
それが自分と同い年にしか見えない少女が身につけている、明らかにサイズが大きすぎてブカブカな、XLサイズのTシャツに書かれているロゴの文字。
『それ』は、かつてこの世界に現界した、とある征服王が通販で購入した縁の品。
『彼』とともに聴いた『潮騒』の記憶。
『友』との間に結ばれた永遠の『絆』。
『王』に誓った絶対の『忠誠』。
揺るぎない、その『証』だった。
ーー実際にはちっこい女の子が、でっかい裸Tシャツを着ている風にしか見えなくても貴重で大事な品なのである。
彼女・・・幼女化したロード・エルメロイⅡ世にとってだけは、だったが・・・。
つづく