Fateプリズマ☆ロード   作:ひきがやもとまち

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久し振りに更新できました。活動報告に書いた諸事情によって遅れに遅れまくってしまい、本当に申し訳ございません!
その分、ネタは(正確には妄想)貯まりに貯まっているので全部ぶち込んでみました。
文字数の事情によりセイバー・オルタの活躍が次回になってしまった事だけが残念です。


4話「運命の夜(IF)」

「・・・・・・ここは?」

 

 瞼を開けたとき、彼はまたしても自分が一人であることを知った。

 霧に包まれた世界で、いくら見回してもそれ以外の存在が見あたらないことなど、今更すぎて知る必要すらない。

 

「なるほど、これが『バカは死んでも治らない』と言う言葉の寓意か」

 

 と、少女は今回も自らの肩を揉んだ。

 魔術刻印を蝕む天使の『歌』を受けた時もそうだが、魔術刻印を持たないロード・エルメロイⅡ世に対しては例外なく、心を殺す類の呪いは直接精神に働きかける作用をもたらすらしい。

 

 しかしなにも子供の姿になってまで、肩こりを精神世界に持ち込ませなくとも良いのではなかろうか? 若返りの効果か、あるいは性転換で骨格が変わったからなのか、先ほどまで感じていなかった慢性的な肩こりがぶり返しているのだが・・・。

 

 仮にこれが何万何億という人間に苦汁を嘗めさせ、命を奪ってきた最も強大で最も原始的な呪いの効果だったとしたら、呪い云々に関係なしに死にたくなる。

 主に魔術に人生をかけてる三流魔術師として、あまりのお粗末さに首吊り自殺くらいさせてくれても良さそうなものだろう。

 さすがに非道すぎる現実の苦さであった。

 

「とは言え、今回は別の存在から放たれた呪いの籠もった一撃なのだ。多少の違いくらいあるだろう。・・・むしろ、有ってくれ頼むから。

 これで死んだりしたら今度こそ本当に殺されかねない。

 グレイだけでなく、他にも色々と怖い知り合いが増えているのだから・・・」

 

 冷や汗を垂らしつつ、ロード・エルメロイⅡ世ことヴェルベット・ウェーバーは心胆を寒から湿る。

 別段自分からそう望んでいるわけではないのだが、毎回のように命が掛かった事件に首を突っ込まざるを得なくなっている件について、一部知人たちの間で問題視されていることを、彼だったときの彼女は気付いていた。

 

 彼ら曰く

 

「シャーロック・ホームズだろうがナポレオンだろうが、アーサー王だろうがヘラクレスだろうが、少々文学や歴史、伝説や神話上で目立った程度の相手の真似を先生がする必要はない」

「左様。私とて十年前までは彼が対した人間だと思っていなかったとは言え、それが間違いだったと言うことを今では思い知っている。

 だいたい、彼の本質は魔術師ではない。誰よりも深く相手の底を見抜く才能は他の追随を許さぬだろう。

 なればこそ、魔術勝負などで散らせてよい人材ではないと思うのだが如何に?」

「押しつけた責任の一端があるわしが言うのも気が引けるのだが、あやつを御しきれるのは彼しかいない。彼になにか有ってわしにお鉢が回ってきたら、明確に寿命が尽きる。

 是非とも彼には長生きしてもらい、わし以上に肩身の狭い立場を共有してもらいたい」

「『絶対領域マジシャン先生』!」

 

 直ぐに思い出せたのだけで、なんか重い。

 あと、バカ弟子のフラットは死んでよし。

 

「挙げ句が今回の理由も『親子』がらみ・・・私は本当にあの頃から何も変わらず、何も成長していないのだな。

 ーーまぁ、だが今回の“アレ”に関しては、なりたかった自分となんら関係していないことが救いと言えば救いだろうな」

 

 苦笑しつつ、彼女は自分が此処にきた理由を思い出す。

 

 黒と漆黒と黄金の色をした三騎のサーヴァントが織りなす全力戦闘。それは世界を歪めるに足る力であり、エヌマ・エリシュ単発だけでも許容限界を大幅に上回る。

 鏡面界の強度では数秒持てばいい方だ。

 

 当然のように一瞬で崩壊した鏡面界から、命辛々脱出できたまでは良かったのだが、そこで思わぬアクシデントと遭遇してしまう。

 本来であれば交わることのない平行世界同士が交わりすぎた結果、一部で交錯現象が発生し、何処かの平行世界の穂群原学園の弓道場で弓の修繕を行っていた少年が、運命と出会った夜を再現するかのごとく、自室にいない妹の身を案じて深夜十二時の穂群原学園校庭を囲むように聳えるフェンスの近くまで来てしまっていた。

 

 そんな彼を襲った一撃が、必殺必中で心臓を穿つ慈悲深き紅い魔槍ではなく、気高き理想を叶える手段として暴君となる道を選んだ騎士王が持つ、呪われた黒き聖剣だったのは運命のいたずらか、はたまた人類救済のために戦い続ける赤い弓兵の願いを世界が聞き届けた結果だったのか。

 

 神ならざる身としては判断しかねるが、それでもあの瞬間、彼は確かに死にかけた。

 一瞬、あとほんの一瞬だけつぶやくのが遅ければ、間違いなく彼は黒きオーラに包まれて、呪い殺されていたことだろう。

 だが、この世界においても運命は彼を守り抜いた。

 

 彼は死の瞬間ーーエクスカリバー・モルガンが命中する寸前にこうつぶやいたのだ。

 

「ーーじいさん」

 

 ーーと。

 

 この世界の彼には、義理の父が存命している。死んではいないし正義の味方になりたかったと言う遺言も残していない。

 だが、それでもなお彼は確かに、そして確実に息子への強い影響力を保持していたらしい。なにしろ、息子が父に対して捧げる尊敬の念が彼の命を救うことになったのだからーー。

 

 お“爺さん”。

 この一言だけで、ロード・エルメロイⅡ世が動くのには十分すぎる理由となった。

 

 その結果、黒いオーラを受けたのは、魔術のいろはも知らず出来損ないの魔術使いですらない平凡で優しい少年ではなく、魔力除けのアミュレット程度とは言え、一応ながら対魔力Dをパラメータに持つライダーのサーヴァント 征服王イスカンダルをその身に宿した幼い少女版ロード・エルメロイⅡ世ことヴェルベット・ウェーバーとなったのである。

 

「我ながらバカバカしい顛末だが、なってしまったものは仕方がない。

 なんとかこの呪いから脱出する方法を考えるとしよう」

 

 一見すると前向きに見える姿勢でもってロードは解決策について吟味しだした。

 だが、言うまでもなく彼女が優れた魔術師であるなら脱出は容易なのだ。端的に言ってエーデルフェルトの宝石魔術による流動させ、蓄積させ、制圧する手法を用いれば、あの時の結界のごとく破壊できてしまうのだ。

 なにしろ、今のこの身はサーヴァント。魔力の塊でありエーテル体の結晶だ。乗っ取りどころか完全征服できなければ可笑しいとすら言える。

 

 そう、優れた魔術師がこれほど多量の魔力を手に入れられれば不可能ごとなど殆どない。それでも不可能があるので有れば、それはサーヴァントそのものではなく、魔術師であるマスターにこそ原因がある。

 

「つまり私には才能が全くないと、そう言うことだな」

 

 欠片ほども気にしていない口調でつぶやきながら、彼女は霧の中を彷徨い歩む。

 方向は分からないが、行きたい場所、たどり着きたい場所は、ずっと前から知っている。

 ならば、もう迷わない。躊躇うことなく歩み続ける。

 前方へと続いている道を、霧によって阻まれる事など幾度となく経験済み。今更すぎると言うものだ。

 

 だから彼女は進む。

 前だけ見て歩む。

 道など無くていい。

 

 彼女の記憶巣には、かつて主が見せてくれた背中がハッキリと刻み込まれている。

 

 あの背中を追ってここまで来た。

 これからも、あの背中を追って歩み続けるだろう。

 だから、道はいらない。無くていい。

 なぜなら彼女にとっての道とは、歴史上最大の覇王が歩んだ人生そのものなのだから・・・・・・。

 

 

 

 

 

「ーーん? 景色が変わったのか・・・?」

 

 霧の中を真っ直ぐに彷徨いながら歩み続けた果てに彼女を待っていたのは、最果ての海ーーではなく、どこかの城の牢屋だった。

 

 陰鬱な場所だ。時計塔にも似たような場所はあるが、此処とは本質的に纏っている空気が違う。根本的に想いが異なる。

 

 此処にあるのは恩讐だ。呪いじみた執念だけが数百年分蓄積されて、城全体を覆っている。牢屋から出たくらいでは、この時間による呪縛からは解放されないだろう。

 

「数百年間積もり積もった願いが執念となり、やがては妄執と言う名の「この世すべての悪」となる・・・か。

 ーーまるで聖杯戦争そのものな場所だな」

 

 かつて自分の人生を決定づけた戦いを想起させる呪われた場所に、多少の感慨を抱いたが故の発言だったのだが。

 

 

 ーーまさか、反応が返ってくるなどとは、彼女も予想だにしていなかった。

 

 

 

 

 

「・・・聖杯? お前は誰だ? エインズワースの人間じゃ・・・ないな。

 ーーもしかしてお前は美遊を・・・俺の妹を知っているのか・・・?」

 

 弱々しい声。

 聞く者が聞けば明らかに拷問を受けた故だと分かる声質でもって問いかけてきたロードに問いかけてきたのは、驚いたことに彼女自身が庇って守った少年だった。

 

(いや、違う。彼ではないな)

 

 だが、即座に彼女は己の出した答えを否定する。

 ロード・エルメロイⅡ世が論文書くときクラッシュ&ビルドを旨としている。自分でだした答えだからと固執して、本来の目的を見失うことなど彼女にとっては論外の選択だ。

 

「君はもしかして・・・こちらの世界とは異なる平行世界の衛宮士郎君なのか?」

 

 名を呼ばれ、ハッとなって顔を上げた彼を見てロードは自分の推測が正しかったことを確信する。

 

 大方、多数の偶然が重なった結果なのだろう。

 縁を持つ複数の存在が一つ所に集中して存在してしまい、ただでさえ薄くなっていた次元の壁を一時的に壊し、きわめて限定的なながらも平行世界同士を融合させた空間を作りだした。自分が呼ばれたのはただの偶然・・・ではなく、美遊・エーデルフェルトの、平行世界の聖杯が元居た世界で願った最後の願望、その残滓が縁を持つもの同士を引き合わせて苦しむ兄を救ってくれることを願ったのだろう。

 

 もっとも隔離空間だけは違う理由で構成されているのかもしれない。

 そう思う理由は非常にシンプルで、固有結界でも同じ現象が起こせるからだ。

 

(我々が生きる世界に住む彼に魔術師としての素質がなかったとしても、別の平行世界に生きる彼には何かしらの特殊な資質ーーたとえば空や架空元素などの属性があったとしても不思議ではない。

 これらは二重属性や五大元素と違って純粋な魔術の素養とは言い難い代物だからな。一般人の中に眠っている可能性だって否定はしきれん。・・・私には一切無かったがね)

 

 

 ーー英霊は時間も空間も超越した、英霊の座に存在している。

 それ故に世界線に捕らわれることなく、如何なる平行世界だろうとも召喚を可能たらしめるが、人間を喚ぶことだけは万能の聖杯を持ってしてもできない。

 

 ならば、自分たちの事情を知っている英霊を呼んで解決を願おう。

 邪魔が入らないように平行世界同士をつなげた隔離空間作り上げちゃうぞ☆ どうせだから違う世界のお兄ちゃんの力も借りちゃうもん★ うふ♪

 

 ・・・こんな感じではないだろうか?

 あまりにご都合主義すぎて途中に変なテンションが入ってしまったが、これくらいしか異常すぎる状況の説明が付けられない。

 

(だいたい『平行世界の運営』は第二魔法、二百年続く日本の名門魔術師一族、遠坂のお家芸だろうに。神秘のつまみ食いでしかない現代魔術科の私では明らかに畑違いだ。解析など到底できん。

 ーーまぁ、どちらにしても今の未熟な私にできることと言えば・・・)

 

 ロードは自分のポケットから取り出した草を一口含むと軽く咀嚼してから、

 

「失礼」

「なにをするん・・・んむぅ!?」

 

 相手の口に自分の唇を押し当てて、口内に舌を進入させる。

 相手の舌を感覚で探り出すと念入りに絡み合わせ、時間をかけて唾液を練り込ませる。

 

 ベルベット・ウェーバーことロード・エルメロイⅡ世は冷静に、取り乱す様子など微塵も見せずに淡々と作業をこなしていくが、相手の少年衛宮士郎はそうはいかない。行くはずがない。

 

 只でさえ、こちらの彼は正義の味方の呪いに取り付かれている。異性との交流など、学校の後輩で妹分の間桐桜一人がいる程度だ。

 ・・・美遊? 義理とは言え妹を異性に数える最低な兄にはなりたくない。

 第一、彼女は小学校低学年くらいの年齢だ。仮にも高校生である自分が異性に数えていい相手ではない。

 

(そそそそそうだとも! 女子小学生は異性じゃない! 女の子だ! 断じて異性なんかじゃない・・・って、落ち着け俺! たかが小さな子とキスしただけじゃないか、冷静になれ。

 そう、こう言うときはまず円周率だ!

 3、4、1、バストサイズは78くらいで意外と大きい・・・!?)

 

 衛宮士郎。人に成りたがっている機械と評される人格破綻者。

 女子小学生にキスされて動揺しまくる、身体は健全で健康的な男子高校生。

 思春期。童貞。彼女いない歴=年齢。

 ファーストキスの相手は初対面の幼女。

 

 ・・・・・・色々とダメダメすぎる正義の味方だった。

 

「ーーん。

 どうやら痛みは退いたようだね」

「・・・ふぇっ!? い、痛み・・・?

 ーーあれ? 本当だ、いつの間にか痛みが消えてる・・・」

 

 キスで頭をやられてトリップしてた史郎は今の今まで気づけなかったが、日常的に与えられている拷問の激痛によって半ば麻痺しかけていつつもズキズキと鈍痛を訴え続けていた体中の傷が、キスをしている間に治り始めていた。

 

 ドルイドたちに伝わっていた古い時代の白い魔術。

 弟子のカウレスならば原始電池を応用してオドを賦活させて回復力を劇的に早められるだろうし、ドルイドの霊薬でもあればこの程度の傷、一瞬で完治させることができるだろう。

 

 たとえ彼でなかったとしても、優秀な魔術師だったなら自力で行う治癒魔術だけで瀕死の重傷を癒すことだって当たり前のようにできる。

 

 だが、彼にはーー彼女にはできない。

 それが努力では決して埋められない、終生にわたって追いつくことが叶わない、絶望的なまでに隔絶している持って生まれた才能の差。

 

「痛み止めの薬を口に含ませ、血液と並んで魔力を通しやすい体液の唾液に付着させた。それを君に直接口内摂取で与えたのだが・・・すまないね、私の未熟さが原因で完治には至らなかった」

 

 怪我を治療した側が、怪我を癒してもらえた方に謝罪する。ある意味で非常に奇妙な光景なのであろうが、ここに彼の内弟子がいたら、また違った感想を抱いたのかもしれない。

 

 曰く、「とても師匠らしいと、拙は思います」

 

 ーーと。

 

「まったく、毎度毎度同じ結果が続くといい加減にイヤになってくるよ。

 やはり、いつだって間に合わなくて、必要なときに必要な力がないのが私と言うことなのだろうな」

 

 それは確かに諦めの言葉だった。少なくとも、額面だけを見て字面だけを追えばそう感じる。そうとしか感じられない。

 

 彼が十年の歳月を生きる中で味わった諸々を実感していない者には伝わらない、伝えられる術を人間は持ち合わせていない。

 

 だから衛宮士郎は彼女の言葉を素直に“誤解”して理解した。

 彼女もまた、自分と同じなのだと。

 同じように不可能ごとに挑んで失敗し、己が身の程知らずにすぎなかったのだと分かり、後悔に打ちひしがれているのだろうと勘違いしてしまった。

 

「ーーそうか、君もなのか」

「・・・ん?」

「俺も君と同じだよ。

 俺は・・・失敗しちまったんだ」

 

 苦しげで悲痛な訴え。咎人による贖罪と、罰による救済。

 

 ーー罪深きものよ、己が罪を償い許されよ。

   裁きに服す贖罪こそが、罪人の果たすべき義務であるぞ。ーー

 

 

 傷の痛みと孤独の痛みに後悔の痛みと、そして何より“運命”による激痛に苛まれている者の声だった。

 絶望が彼の心を蝕んでいた。罪悪感が彼の精神を腐らせかけていた。

 劣等感、羨望、自罰自戒自業自得etc.

 ありとあらゆる失敗が彼を内部から浸蝕し、腐食し、増殖し始めている。

 

 そう、これはまるでーー

 

「天使の歌による呪い、かーー」

 

 ロードは自分が通ってきた道を振り返る。

 今はもう無いが、あそこには確かに霧が満ちていた。

 

 呪いの霧が。

 正しい意味での呪いが。

 人の思考に忍び込み、そのあるべき姿を根底から捻じ曲げてしまう、最も原始的な呪いの霧が。

 

「ああ、そう言えばアレも生き物をまったく別の生物にする神秘ーー置換魔術と祖を同じくするかもしれない、似たところがある魔術体系だったな。

 なるほど、世界中からかき集めた礼装や魔具や器の中にAladiahが混ざり込み、城ごと乗っ取られ掛かっていたとしても置換魔術に特化しすぎたエインズワースは気づけない。

 なにしろ、アレに気づき、アレを殺すには、アレを食らう必要があるからな。それができる英霊など反転でもしてない限りは存在すまい。仮にグリムリーパーを収集していても持ち主とセットでなければ、口うるさいだけの箱でしかないのだからな」

 

 ロードは周囲を眺めてため息をつく。

 やれやれ、一度は解き放たれた真実によって、再び『あの城』に閉じこめられるとは、と。

 

 彼の告戒はつづく。

 

「美遊を取り戻すために・・・俺はエインズワースと戦った。

 使えるものはなんだって使ったさ。

 そして美遊を・・・このクソったれな世界から・・・解放してあげられたんだ」

 

 本来であるなら誇るべき業績。それを語りながら、なぜその口調は自責にまみれた自罰的なものになっているのか?

 

 そう言う呪いなのだ、この天使の“歌”は。

 

 彼は妹の美遊が救われたかどうか知らない。別の平行世界のことなど知る由もない。そのはずなのに、彼はこうして知らないはずの己が罪に裁かれ、贖罪し続け、呪いに浸され続けている。

 

 放っておけば、一生自分の精神に引きこもって出てこなくなるだろう。

 それでは流石に、ここへ自分を喚びだした美遊の願いの残滓に対して申し開きがたたない。

 できる限りのことはしようと、ポケットからあの時と同じように使い捨ての魔術礼装、葉巻ならぬチュパチャプスを取り出して口にくわえる。

 見た目はお子さまそのものだが、これが今のロード・エルメロイⅡ世が誇る最強装備、レールツェッペリンでヘファイスティオン相手に決戦を挑んだときと同様に覚悟の現れだ。・・・誰の目にもそうは見えないだろうがそうなのである。

 

「美遊は、またここに戻ってこさせられちまう・・・!

 ああまでして運命の鎖からは逃げられなかったんだ・・・きっと捕まる。また捕まっちまう!

 ああ、わかってるさ。俺が最低な悪だってことは・・・!

 けど・・・どうか・・・頼む・・・!

 美遊を救ってやってくーー」

「誰かを救って得られる満足感など、脳の誤認にすぎないさ」

 

 えーー?

 絶望に殺され掛かっていた衛宮史郎の精神に僅かながら光が戻る。

 

 それが見えているはずなのに、ロードの態度に変化はない。

 いつも通りに淡々と講義を始める。

 

「誰かを助けても自分が救われるわけじゃない、自分が助けたと思っても本当に相手が救われたかどうかなんてしれたものじゃない。

 誤解で勘違いですれ違いで思い違いで、ひたすら滑稽なだけの繰り返しが、私たちの生きている世界だよ」

 

 誤解だと、当時の彼と同じく彼女は言い切った。

 自己満足ですらないーー人体の欠陥なのだと、当時も今も変わらず告げる。

 

「それでも、私たちはその誤認の世界で生きている」

 

 目の前の少年が、びくりと眉を動かした。

 赤銅色の瞳には自分の姿が映り、自分の瞳にも彼の痛々しい姿が映り込んでいることだろう。

 だが、しかしーー

 

「鏡で見た自分の姿と、相手が見ている自分の姿は、きっと違っているのだろう。

 脳の規格が異なっているのだ、同じものを見ても、同じ色を見ても、同じ話をしていても、同じように感じているとは限らない」

「・・・・・・」

「世の中のことは全てそうだ。

 魔術に限らず、人外に限らず、常識の世界ですら誰もが皆知っている当たり前の事として知っている。

 誤解と、誤認と、すれ違いと、思い違いで、互いが相手とつながっているのだと言うことをーー」

「それはーー」

 

 それは養父が否定した世界。

 人類皆誰もが幸せに暮らせる幸福な世界の実現をーーこの世から苦しみや悲しみを無くし、恒久的な平和をもたらす。そんな馬鹿げた願いを本気で抱く変わり者であり、災害で死にかけていた衛宮士郎の命を救った正義の味方の“正義”。

 

 

 

 ーーそのはずだ。

 

 

 

 本当のことを士郎は彼から聞いていない。

 あんな風になりたいと、自分を助けてくれたときの彼が、あまりにも嬉しそうな顔をしていたから、憧れた。

 正義の味方になりたいと。

 正義の味方になれば、彼になれるのだと。

 彼はそれをこそ望んでいるのだと。

 

 そう信じて生きてきた。それだけを信じて疑おうとは思わなかった。

 だって彼は士郎にとって、本当のヒーローだったのだからーーーー。

 

『その男が五年前、本物の奇跡を手にしたことを知っているのは君と私くらいだったのだがね』

 

 

 ーーあ、れ・・・?

 

『何度も言ってるだろう。

 僕は正義の味方じゃない』

 

 ーーそうだ。確かにじいさんはずっとそう言っていた。

 俺がじいさんを「正義の味方」と呼ぶ度に、決まってじいさんはこう言うんだ。

 

「僕は正義の味方なんかじゃないよ」

 

 ーーって。

 

 そして俺は、そんなじいさんに笑って返し、

 

「はいはい。

 じいさんは謙虚だな」

 

 

 

 

「ーーっあ・・・」

 

 そうだ。なぜ今まで気付かなかった?

 答えはすぐ側にあった。否、常に自分とともに戦ってくれていた。

 

『英霊エミヤ』

 

 遠い未来、ここではないどこかの世界、

 俺ではない俺が至った未来の英霊。

 

 世界と契約した人類の守護者。

 俺と“切嗣”が目指した理想の到達点である、一を殺して全を救う英雄。

 

 ーーああ、そうか。そうだったんだな。

 アンタが俺だったのなら、当然そうなる理由はソレだよな。

 

 本当に、なぜ今まで 気付かなかったのだろう。

 自分は尊敬しているといいつつ、相手(切嗣)のことをなにひとつ、理解しようとしたことが無いじゃないかーー。

 

「はは、滑稽だよな・・・。じいさんみたいな正義の味方になりたいって思ってたのに、じいさんが正義の味方かどうかなんて考えたこともなかったよ」

 

 今になって思い出す、忘れていた、忘れていたかった都合の悪い過去。

 

「すべてを救える願望器を手に入れたんだぞ。

 なのに、その“使い方”が解らないなんて・・・!」

「祝う? 神稚児が成長して人に近づくことを?」

「僕は正しく成ろうとして間違い続けた。

 間違いを正そうとして際限なく間違いを重ね続けた。

 そうして、どうしようもなく息詰まった果てに、都合の良い奇跡を求めたんだ」

 

 

「あ、あああ・・・・・・」

 

 止めどなく思い起こされる切嗣との想いでが今までの罪悪感を押し流し、より一層の痛みと絶望を与えてくる。

 

 なぜ、今なんだ?

 なぜ、もっと早く気づけなかった?

 なぜ、切嗣が生きている間にもっと話しておかなかったんだ?

 なぜ、俺は切嗣を正義の味方を信じておきながら、切嗣自身のことをまったく知ろうとはしなかったんだ?

 

「あああ、ああああああああああああっ!!!!!!!!」

 

 手遅れだ。何もかもが手遅れすぎる。

 もう遅い、何も取り戻せない。全部失ってしまった。

 切嗣も桜も慎二もジュリアンも、妹の美遊さえもが遙か遠くにある。過去の世界だけで生きているーー

 

 

 

 

 

「大きいと信じ込んでいた己の小ささを知ったかね?

 結構、ならば顔を上げて分を弁えぬ高みを目指して足掻きたまえ」

 

 ーーっえ?

 先ほどと異口同音に、だが決定的にナニカが異なる声で反応を返した士郎に、少女の姿をした征服王の臣下は堂々と王の口上を民草に伝える。

 

「己の領分に収まる程度の夢しか抱かないような、そんな賢しい兄と兄妹になんてなっていたら、美優君はさぞかし窮屈な思いをしていただろう。

 だが君の欲望は己の埒外を向いている。

 二千年の時がたとうと未だ同じ夢を抱き続け、駆け続けたのに未だ満足してない大バカがいるんだ。君程度はバカに収まるレベルの些細なバカで、今回のもバカが起こした小さな失敗だよ。いくらでもやり直す機会くらいはあるさ」

「そう・・・かな・・・?」

 

 本当にそうなのだろうか?

 切嗣は死んだ。もう居ない。

 美遊は何処かに飛んだ。もう居ない。

 やりなおそうにも相手が居ないのだ。これでどうやって、何をやり直せと言うのだろう・・・?

 

「最後になにか受け取らなかったか?

 愚かな自分が望んだ名誉ではなく、代わりとして与えられた使命とかをさ」

「ーーあ・・・」

 

 

 ああ、そうだ。本当に俺はなんでこうも忘れっぽいんだろう?

 切嗣の最期の言葉ばかりに囚われて、他の言葉は何一つ思い出そうとすらしなかった。

 

 

 

 

「生きていてくれてありがとう・・・」

 

 

 

 

 それは□□士郎が死に、衛宮士郎を生んだ言葉。

 衛宮士郎の原点にして始まり、英霊エミヤに「その先は地獄だ」と言わしめた言葉。

 

 

 なぜ、始まりの言葉を忘れていたのだろう?

 いや、常に覚えていたのに、何故使おうとしてこなかったのだろう?

 

 アレが転機。

 死を受け入れていた弱さは生きたいと願う強さへと変わったはずではなかったのか?

 俺を救ったときの、あの嬉しそうな顔が忘れらず、その幻影を被ろうとして正義の味方を目指したのではなかったか?

 いつか自分も、あの時の切嗣のように笑えるのなら、それはどんなに救われるのだろうと憧れ、ずっと追い続けてきたのではなかったか?

 

 

 

 その果てに待っていたのが、コレか?

 こんなモノを、こんな絶望を、こんな独善を俺は美遊と切嗣に押しつけていただけなのか?

 

 

 ああ、また思い出した。

 切嗣は確かに言ってたじゃないか。

 

 最後の夜に、空を見上げて、星に願いを駆けるようにーー。

 

 

 

「士郎・・・君には結局・・・

 ・・・・・・いや。

 そうか、そうだな。

 それなら安心だ」

 

 

 俺は、あの言葉の続きを考えたことが一度もない。

 

 あの時に切嗣が星になにを願っていたのか、どんな想いで星を見ていたのか。

 

 ただそれだけを考えて。それだけを俺が思い描く衛宮切嗣という理想の正義の味方像を元にして考え続けてきた。

 

 ただの一度として。

 一人の父親、衛宮切嗣について考えたこともない。

 一人の生きている人間、衛宮切嗣について知ろうとしたこともない。

 

 ただの押しつけ。ただの傲慢。ただの願望。単なる、俺個人の願い。

 

「ーーああ、そうか。そうだった。そうだったんだよな。

 俺は正義の味方を目指していたんじゃなくて、義務として正義の味方にならなきゃいけないって思い続けていただけなんだよなーー」

 

 一人になってしまったから。

 自分以外の何もかもを失ってしまったから。

 だから、縋った。解りやすく、手っ取り早い理想に。

 手を伸ばせば届くだろう理想に手を伸ばした。

 

 ただそれだけの行為、ただそれだけの人生。

 

 だからこそ、今から自分はフリダシに戻ろう。

 最初に出会った言葉を、自分を生んでくれた言葉をこう使おう。

 

 

 

「美遊・・・生きててくれてありがとう・・・」

 

 

 

 ーーと。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・今度こそ、この筋金入りの大馬鹿者め、と笑いに来ても良さそうなものだったのだがね」

 

 

 声音が変化し、悼んでいるような、慈しんでいるような、喜んでいるような、

 そして、何処かしら嬉しそうな声でつぶやかれたその言葉に顔を上げると、そこにはもう彼女の姿は綺麗さっぱり消えていた。

 煙のように、幻のように、白昼夢だったかのように。

 

 

 

 ーーと、その時。

 

 

 コロン。

 

「ん?」

 

 鎖につながれて動けない四肢を無理には動かさず、顔だけ動かして視線を床に向け、今の音が聞こえた辺りに目を向ける。

 

 そこにあったのはーー

 

「チュパチャプス・・・?」

 

 まさしく、それ。チュパチャプス。

 

 ちなみに商品名はイスキャンダリュ。

 キャッチコピーは「世界の果てまで駆け抜ける旨さ!」

 

 

「ぷっ、なんだよそれ。くっだらねぇ」

 

 衛宮士郎は笑った。

 そう言えば美優を送り出すときも、自分は上手く笑えていなかったなと思い出しながら。

 

「さて、それじゃあ考えるとするか」

 

 壁に背を預けて衛宮士郎は想いを馳せる。

 どうせ動けないし出られないのだ。やることがないし、何もできない。

 

 ならば考えよう。

 絶望するのはいつでもできる。

 今は今できること、今やりたいこと、今会いたい人たちのことを考えて、理解するよう努めよう。

 

「まずは美遊についてだな。アイツはいろいろ我慢しすぎるから、何してほしいか良くわからんし、俺がそのぶん考えてやらなくちゃ。

 その後はじいさん。死んじまったからって、俺の中の記憶まであの世に持ってかれた訳じゃない。思い出してけば今までよりずっと切嗣の理想を理解できるし、近づける。

 あの嬉しそうな笑顔を浮かべた訳も理解できる」

 

 何とも忙しい。

 つい先ほどまで絶望することと後悔することだけが自分の役割だったはずなのに、今ではすっかり“これから”について考えるのに大忙しだ。

 

「それらが片づいたら、最後に俺自身の今後について。

 自分がこれからどうしたいのか、どうやってあの笑顔に近づくか、どんな兄貴になりたいか、どんな家族を作っていきたいか・・・ああ、忙しい。家で家事をこなしてる方がずっと楽だったなぁ。これじゃ料理の腕が落ちちまう」

 

 笑顔を浮かべて牢屋の壁を眺める少年の姿は不気味だが、いまはそれすらも清々しく写るほど眩しい笑顔で壁ではなく、自分たちの未来を見つめている。

 

「とりあえずは、美遊と再会したときに言う第一声からだな。

 流石にそれが「破廉恥な格好へ兄としての注意」だったら、お兄ちゃん泣くよ・・・」

 

 ははは、と楽しそうに笑う彼は本心から冗談で言ったつもりだったが、何処かに存在している平行世界の一つでは本人以外の前で同じ事を言ってしまっていることを彼は知らない。

 

 知らないことは幸せである。

 すなわち、未来になにが起こるか知らないことは人生にとって最良の幸福なのである。

 

 

「明日は何が起こるのか、未来は何が起こるのか、世界は滅ぶのか救われるのか、俺が救うのか、はたまた全然関係のない誰かさんが訳わからない方法で救っちまうのか。

 本当に何が起こるかわからん未来ってのは楽しいもんだな。

 やっぱり生きてると、退屈しなくて良い」

 

 

 今回も自覚はないだろうが、ロードが今までもたらしてきた変化の中で最大のモノがコレであることを、彼女はまだ知らない。誰も知らない。知る術がない。

 

 だが、今この時、この瞬間。

 世界はわずかに、だが確実に進むべき方向が変化した。

 

「あ~した天気にな・あ・れ、っと」

 

 牢屋から出られない彼には関係のない天気を、彼は冗談で口にした。

 

 まさかそれが事実となっていることなど、知る由もない事だったが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・? 海岸線の形が元に戻っている?

 おかしい、これほど健康な世界では無いはずなのだが・・・」

 

 城の頂上、高い尖塔にある小部屋から城と世界を眺めているダリウス・エインズワースは戸惑い気味にそうつぶやく。

 

 計算違いが起きている?

 計画を修正すべきだろうか?

 

「・・・いや、その必要はない。ないはずだ。

 私が迷う必要など欠片ほどもない。あってはならない。

 眠っている間に私が知らない来客があることは許さない。

 何がどうなっていようとも、私は計画を遂行する。遂行せねばならないのだ」

 

 ダリウス・エインズワース。

 エインズワース家現当主ジュリアン・エインズワースの実父を名乗る偽物。

 エインズワース全ての父にして、初代エインズワースから連綿と続く、魔術刻印に記録されたダリウスの人格そのもの。

 エインズワースの後継者がエインズワースの魔術刻印を受け継いだとき、すでにダリウスによる人格の置換は始まっている。

 

 だが、忘れてはならない。

 常に大事を成そうとする者を妨げてきた者が、正々堂々たる勇者とは限らないと言う、非常なる現実を。

 竜を倒した勇者を倒すのは魔王ではなく、小物の盛った毒だという事を、決して忘れてはならないのだ。

 

 

 もっとも。

 エインズワースに限れば、既に手遅れになっているのだがーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、では皆さん始めましょうか。

 我々の我々による、本当の聖杯戦争を」

「やっとかぜよ。

 待ちくたびれたきに」

「うひゃひゃひゃ!

 楽しいよなぁ、マスター!

 ・・・あれ? 俺、マスターいたっけか?」

 

つづく




久し振りなので誤字脱字多いと思いますがご勘弁を。
見つけたら直していくつもりです。
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