ワンピースでワクワクさん 作:ゴロリ
‐‐奴隷の事情‐‐
奴隷には学がない。天竜人が学ばせないのだから当然だ。
しかし人は人だ。学ばなくとも真似ぶ。言葉を知らない子が親を真似るように。
奴隷が苦しみに耐える時、周囲から耐え抜くための精神論を真似る。
最も一般的な精神論は、差別を自然だと考えること。人は自然に対して怒りを覚えない。嵐や雷に向かって叫んでも無駄だと知っている。天竜人という存在を人から天災へと頭の中で変換していく。と同時に、優位な人が劣位な人を差別するのは自然の法則だと考える。そうすれば差別への苦痛が薄れていく。憎しみの対象ではなく諦めや戦略的解決の対象へと代わっていく。
その後、多くの人間は、自分も法則に従う。自分より劣る人を見つけると、差別するようになる。奴隷が奴隷を差別する。能力や天竜人から受ける寵愛の優劣を理由とする。差別を本気で自然だと考える。そのレベルで思い込まなければ自分の心を守れない。また、差別が楽しいものだとも知っている。傍若無人に振舞う天竜人の楽しそうな表情を知っている。主人の暮らしに憧れている。よって自身が差別する時も同じように笑えるようになる。赤子が親の感情を真似るように。
しかし、世の中には真似ではなく考える者もいる。彼等は差別が不幸を増しているのではないかと疑う。肉体的苦痛、精神的苦痛ともに。そして差別の法則は自然と異なり、自身が他人を差別しなければ差別の連鎖がそこで止まることにも気付く。
勇気を振り絞って差別を止める。だが、そこで何が起きるか。実は差別の信者から執拗な攻撃を受ける。
「差別は自然なものだ。差別をしろ。これが自然でなくなれば自身を守るための言い訳がなくなってしまう」
もしくは、単に天竜人の傍若無人さを真似る。
「いい子ちゃんのつもりか。バカめえ。お前みたいなやつを苛めるのは一番楽しいぜぇ」
執拗な差別を受けた子どもは、耐え切れず差別教に改宗するか、それでも認められないと、心を閉じていく。
何も考えず、ただただ従っていく。賢く強くやさしい子がこうなるのだ。
だが、学のある大人は違う。従うフリをして、差別をせず、心を閉じず、怒りを溜め続けていくこともできる。信念があり戦略を知っているからだ。年齢が増しすぎると気力が持たないかもしれないが。
ワクワクも元奴隷である。天竜人ならず奴隷のこともよく観察している。
『1、差別を自然と考え心を守る者』
『2、差別をしなかったために集中攻撃を受けて心を閉じた者』
『3、従うフリをして沸々と怒りを溜めている者』
この3者、もしくは『4、適当に生きるもの』の存在には気付いていた。
ワクワクが出島に集めた奴隷は弱っていた。弱っているという選別方法のために、本来は少数派である『2、差別をせず集中攻撃を受けて心を閉じた者』が多かった。
ワクワクは何よりもまず彼等の心を開くべきだと考えた。何かをしたい、喜びたい、幸せになりたい、という自らの感情を呼び起こす。そのために常に笑顔で接し、甘やかした。やさしいために心を閉じたのだから、多少過剰に甘やかしても悪人にはなれないと考えた。実際多くの元奴隷はそうだった。むしろワクワクに優しくされて優しさの喜びを知り、他人にも優しく接するようになった。正の循環ができあがった。『3』の者もワクワクの戦略を理解し、従った。ヒューやマックがこれに当たる。
『1』の者は信仰心を消しきるのに苦労するが、それさえ消えれば新しい環境で新しい信仰をするようになる。ワクワクの作った秩序に都合のいい信仰はどのようなものか。実は「エロを利用して楽しくはしゃぐ」は正解に近い。メルセーデやカルマナがこれに当たる。彼女等が『1』にも関わらず弱っていたのは天竜人の仕打ちがそれだけ酷かったからである。
さて、世の中はそう単純ではない。1、2、3、4、いずれにも属さず、確固たる意志を持たず、頭を使わないわけではなく『5、適当にズル賢く生きる人間』もいるのだった。このような連中は嫌われる。自身を守ることができず、攻撃を受け、弱っていく。しかし、ズル賢さのためにギリギリ生きながらえる。テンカイ、ヤーリタイがこれに当たる。
アマエンボンは『5』もあるが実は『3、従うフリをして沸々と怒りを溜めている者』の方がより近かった。もっとも、彼の場合は彼の信念として怒りを否定していた。心を守れず弱ってしまった理由がそれだ。だが、ワクワクの元で回復した後は、再び己の信仰信念によって活動を始める。
「労働には対価を払うべき」
「戦いたくない者には厳しい訓練は必要ない」
「こんなところに幽閉するべきではない。白髭の協力を得て自由な生活を手に入れた方がいい」
全てアマエンボンが彼の信念に基づき理性的に考えた上で発した言葉である。
彼はある意味正しい。そして容易には譲らない。ワクワクは己の正しさと彼の正しさを競い合わせることになってしまった。
正義の対立に興味のないワクワクとしては面倒極まりない。そして己の正義が薄いことを自覚もしている。議論を間違えば思わぬ打撃を食らうかもしれない。ワクワクは奴隷解放という恩を与えたため、現状はアマエンボンより有利である。しかしこれを強く押し出すと恩着せがましくなり施政者として失敗するのは目に見えている。よって曖昧に濁すことで有利な現状を維持することにしていた。
アマエンボンはそういう事情を理解していた。自身の信念を通すためにワクワクから受けた恩を切り捨て、弱点を突いていった。
テンカイとヤーリタイは単にアマエボンの理論に乗っかってワクワクを攻撃していただけである。攻撃する理由は単に嫉妬のため。自身より若いのに大きなことをなしとげた彼が羨ましい。少女にちやほやされる彼が羨ましい。自分も女を手に入れたい。その程度である。アマエンボンも嫉妬はしていたが、どちらかというと己の信念によってワクワクを責めていた。
‐‐ワクワク視点‐‐
出島に帰ってすぐ、うれしい知らせがあった。
魚人島のキタジ一味が兵役を終え、大勢が出島に集まってきていた。
「英雄のお帰りだ!」
「さあ酒を出せ! 宴の始まりだ!」
キタジは俺が帰るなりまた歓迎の宴をやった。俺も東の海の土産を渡したり、冒険談を語ったりした。
俺はとかくちやほやされた。男の魚人は大声で俺をたたえる。かわいい人魚は俺を囲い、笑顔でジュースを注ぐ。酒ではない。年齢的にお酒はまだなのだが、この世界でパッとジュースを出すのは珍しい。それだけ人魚はピュアだということ。
「なんだこれは……」
元奴隷達は衝撃を受けていた。最近俺に対する評価は下がりっぱなしだったからな。
あの人間嫌いなはずの巨大がこれほど俺を慕っているのは衝撃だろう。だが、俺はそれだけのことを成し遂げたのだ。命を賭けて奴隷から解放するとはこういうこと。
テンカイ、ヤーリタイ、アマエンボンの3人がおもしろくなさそうにしている。俺と視線が合うと、気まずそうにそらす。笑える。
「ほらよ、お前も食えよ」
「え、いいのか?」
「当たり前だろ。宴なんだから」
「やったぜ」
いや、テンカイとヤーリタイは早くも宴会に馴染んだ。信念のないことだ。
キタジ一味は兵役で強くなったことを自慢したいようだった。次こそはホーディに勝つためにかなり真剣に鍛えていたらしい。強くなったところを見せ付けると言って、レスリングしたり、水鉄砲を見せたり、棒で木を砕いたりし始めた。
「おい、植物は傷つけるな。頑張って運んだんだぞ」
「す、すまねえ」
ここは重要なので注意しておいたがな。
この自慢大会、おもしろそうだから壁の住人も参加させてみた。
「やってみろ」
「は、はい」
「魚人に勝てないのは分かっている。だが相手にも得意不得意はある。ゲームだと思って楽しんでくれ。もっとも、俺が旅行していた間にサボらずちゃんとやってたかチェックさせてもらうがな」
「あんたはやらないのかい?」
「やるさ。自分がどれだけ強くなったか試すチャンスだ」
魚人と話し合い、相撲、棒術、弓、水泳、かけっこを競技とした。どれにどれだけ参加してもいい。普段レスリングをやっているが、かわいい女の子の胸や股を男の魚人に触らせたくないで相撲に変えておいた。相撲も密着はあるがな。
俺は全競技に参加した。相撲と棒術は安全な範囲で能力も使って戦った。相撲は3回戦敗退。頑張ったと思う。棒術は決勝で八刀流のタコ魚人に負けた。ここは優勝したかったが捌き切れなかった。弓は350人中総合190位だった。微妙だな。水泳は人間の中では5番目。トップ層は皆人魚で底辺は皆人間。かけっこは人間の中で真ん中。トップ層は皆魚人で底辺は皆人魚。
人間の成績について。相撲はヒューが一回、棒術はヒューが1回とマックは2回勝てたが、彼等以外は全敗だった。弓はマックが2位、ヒューが7位の他にも善戦できた。
人間達はかなり落ち込んでいた。諦めて受け入れていると言った方が正しいか。努力など吹き飛ばしてしまう魚人の圧倒的な力。種族差。ヒューだけは負けず嫌いを発動させて「もう一回やってくれ! 今度こそは勝つ!」と立ち向かっていた。
俺は人間達を励ますことにした。
「君達も真面目に鍛えれば彼等より強くなれる」
「えっ」
「は、はい!」
俺の言葉が信じられないようだ。「はい」と返事をした娘達も俺に対する忠誠心でやっている感じだった。
「無理だよ。誰にでも得意不得意がある。相撲で君が地面とくっついた時、魚人は地面ごと抉って投げた。あんなこと人間じゃできない」
アマエンボンが言う。まあ常識的にはできないが、この世界の人間は軽く常識を突破できるからな。
「言っておくが、人間の本物の強者にとってあんなものわけはない。シャボンディ諸島の荒れ様を見た人は知っているだろう。あの巨大なヤルキマンマングローブを次々とへし折る人間もいるんだ」
「それは特別な人でしょ。僕達はふつうの人間なんだ」
まだ粘るか。だが、他の人間は希望を持ったようだ。
「アマエンボン、それはお前が決めることではない。私のことは私が決める」
「でも」
「そうだ。諦めた人間は黙ってろ。俺は諦めねえ。絶対強くなって自由を手に入れるんだ!」
いい感じにやる気になってくれたようだ。明日からトレーニング頑張ってね。
ふと、キタジが近づいてきた。彼の懲役はまだ終わってないので足には枷がついたままだ。また脱獄してきたらしい。
「ワクワク、俺は2年後、こいつらと共にこの星全ての海を冒険するつもりだ。お前も来るだろ? こいつらも仲間に入れてやっていいぞ」
キタジは少し恥ずかしそうに言った。希望に満ちた目で。
だが断る。俺は船長がいいんでね。
「同盟、連合チームにできないか? 俺は船長でいたい」
「同盟、だと……?」
キタジは悩んでいたが、結局は「お前がそう言うなら」と頷いた。とても残念そうだった。
ところで、キタジ一味にはキタジより俺を信奉している魚人、人魚がいる。キタジ一味に入る前の知り合い、おもちゃ関連の友人、俺の奴隷解放に心打たれた者、何か新しいことを期待をしている者、当時奴隷だった者などだ。彼等はキタジ一味を離れ、俺の側についた。その数なんと122。キタジ一味の30%に当たる。これも俺の人柄のなせる技か。
平均身長250センチ、エラ呼吸可、腕力は平均して人間の10倍。こんな魚人がドッと入ったことで、いきなり物凄く強い一味になってしまった。