ワンピースでワクワクさん 作:ゴロリ
たとえデンデンムシで世界に声を届けたとしても、それだけでは民衆の心を動かしにくい。音だけでは状況も分かりづらい。だから、ビラを作って空からバラまくことにした。
とは言え、事件の後からビラを作っていたら、ニュース・クーや政府に先を越されるだろう。政府は「魚人の自作自演である」「魚人が少女を人質に取り無理矢理演技させた」などと言うはず。この後から魚人側の言い分を伝えても、言い訳のようになってしまう。だから、事件前にビラを作ってしまうことにした。
タイガーが罠に嵌められる用のものだけでなく、海軍が現れなかった時のために天竜人の奴隷への同情を誘うようなやつも作っておく。事件が起きたら両方バラまく。起きなかったら同情用のやつだけバラまく。ビラ配りは危険なので、デンデンムシを設置した付近に気球を打ち上げ、時間差で紙を落とす仕組みにする。
ビラは版画で作ることにした。俺の能力を使えば必要な箇所に墨を塗りつけられる。小さな文字でもくっきりと出せる。
文字だけではインパクトが薄いので、フィッシャー・タイガーとカリファが楽しくおしゃべりしている絵も描いてしまうぞ。絵はおもちゃ屋の主人に任せた。
頑張って1週間でビラの準備は完了。その間に、魚人達とハンコックには受信用デンデンムシを集めてもらった。金で買うのと商船から奪うのと両方だ。
さらに1週間で気球とボンチャリも完成。俺が作った。この間におもちゃ屋の主人がカリファ人形とフィッシャー・タイガー人形も完成させた。ハンコック等にはさらにデンデンムシを集めてもらった。合計15匹の受信用デンデンムシが手に入った。また、カリファを一瞬目覚めさせて島の中の移動する場所に印を付けさせた。
この間に演技指導も行った。主演男優フィッシャー・タイガー。主演女優はカリファに声が似ていた元女奴隷。ここは決定。だが、他の出演者も用意することにした。フィッシャー・タイガーに攻撃する海兵が、「お前は騙されたんだよぶあーか!」とか「陸ではただの魚! 死ね!」とかの台詞を叫んでくれるか分からないからね。しかもデンデンムシに聞こえる形で。これがないと聞き手に状況が伝わらない。もちろんフィッシャーを殺す銃声や爆音、魚人側の悲鳴も用意するぞ。
フィッシャー・タイガーは初め演技に乗り気ではなかった。「事実を捻じ曲げてまで政府批判をしたくない」「ズルい手は使いたくない」と言って。俺は「元奴隷が未だに海軍に追われ苦しんでいる」と根気強く訴えた。俺を信奉する元奴隷達にも訴えさせた。結局タイガーは重い腰を上げてくれた。
公平なる審査の結果、海兵役はアーロンに決まった。一番悪そうな演技が上手かったのだから仕方ない。本人も意外と「シャーハッハッハッハッハ! 政府の人間共のクズさを世界に知らしめてやるぜえ!」と乗り気だった。その他の魚人役は残り全員でやる。「兄貴ィ!」「クソゥ、人間共め! なんてやつらだ!」などと発言する役だ。ただし、ジンベエやはっちゃんなどあまりにも演技が下手な魚人は、声が拾われないようにデンデンムシから離れてもらう。
さて、準備は完了。後はそれぞれが各島へ移動するだけ。
一応不自然さを避けるために、キューカ島の近くから順に時間差でビラをばら撒かせる。そのために工作員もキューカ島の近くの島々に多めに送り込む。その中でも人口が多い島を優先する。海軍が強いところや航海が難しいところは精鋭を送り込むが、あまりにも危ない場所は避ける。アラバスタ、シャボンディ諸島、ドレスローザ、ゴア王国ではバラ撒かせる。シャボンディとゴア王国では政府が嫌われているため。アラバスタは原作におもしろい影響があればいいなと思って。ドレスローザはスカーレットに会いにいくためだ。
「最も危険な新世界へはもちろん俺が行く」
俺はかっこよく名乗り出た。「さすがです!」という声が響いた。ハンコック等が見聞色でどこまで下心を読んでいるかは分からない。
俺は意気揚々と新世界へ向けて潜水艦を飛ばした。魚に道を聞くために人魚の娘を一人乗せた。
ところが、魚人島で思わぬ妨害を受けてしまう。懲役を終えたホーディが柄の悪い連中と共に俺を囲んできた。
「ジャハハハハ。ムカつく野朗が一人で俺の縄張りにやってきやがった。殺してくれってことでいいんだよな?」
俺は強くなったが、さすがにこいつ相手に水中戦をやる勇気はない。他の敵の数も多すぎる。
俺は潜水艦をぶっ放して頑張って逃げた。かなり遠回りで新世界に入った。
このため、中継の時間にデンデンムシを島に置くことは叶わなかった。リーダーでありながら一人だけ手柄無し。ちょっと恥ずかしいが、ホーディ相手だから仕方ない。
俺はレッドラインをちょっと出たところでフィッシャー・タイガーの演説を聞くことになった。デンデンムシの受信をオンにする。
「全世界の人間達、聞こえているか? と言ってもそう多くは中継していないが。俺は冒険家のフィッシャー・タイガー。奴隷解放したあのフィッシャー・タイガーだ」
声色から若干緊張が伺える。しかし演技らしさは全くない。ある意味慣れているのかもしれない。普段からウソの冒険を語り元奴隷であることを隠し続けているから。
「俺についての評価はいろいろあるだろう。奴隷を開放した英雄。天竜人に仇なした悪党。余計な悲劇を招いただけの偽善者。まあ俺の評価はどうだっていい。今回お前達に聞いてもらいたいのは、俺が救ったつもりだった奴隷のその後についてだ。今の言い方でぴんと来るやつもいるだろうが、たいていのやつは分からないだろうから簡単に説明しよう」
フィッシャー・タイガーは、人攫いが人をヒューマンショップに売りつけること、ヒューマンショップでの売買か天竜人の一言で奴隷になること、焼印による契約を押し付けられること、逃げても契約は残っていること、海兵に通報されると天竜人の下へ連れ戻されること、などを話していった。
次いでカリファ役の女の話になる。妹と母がいること。貧しいながらも懸命に生きようとしていたこと。人攫いに攫われ、ヒューマンショップに売られたこと。奴隷になったこと。奴隷解放後も海兵に追い回され、裏で汚い仕事をするしかなかったこと。それらを情に訴える形で述べていく。
「私は、私は故郷に帰りたい! お母さんのシチューが食べたい! 妹に服の1つでも買ってやりたい! 苦痛しかなかった奴隷時代、何一つ将来に希望を持てなかった私は、その思いだけを糧に、地獄の日々を耐えてきた! それなのに! どうしてこんなことさえも叶えてくれないの! 私が何をしたって言うの!? どうして天竜人は! 人を不幸のどん底に陥れることを許されるの!? ねえ海兵さん! あなたの正義で私を助けてよ! ねえ! ううっ」
熱のある見事な演技だ。彼女も元奴隷だからな。自分の体験を演技に生かしていることだろう。
「この子は故郷に帰りたいと言って俺の船に乗ってきた。俺は、偽善かもしれないが、この子を故郷の島まで連れてきた。今、ちょうど実家にたどり着こうというところだ。だがな、この子が家にいられるのはひと時だけだ。留まれば海兵に捕まり、天竜人の元へ送り返されてしまう」
「フィッシャー・タイガーさんには感謝しかありません。タイガーさん自分も海軍に狙われていて、人間に嫌われていて、だけど人間の私の願いを聞いてくれた。何より彼がいなかったら今も私は奴隷のままだった」
「まあ、俺の話はいい」
「いいえ、よくないです。タイガーさんはとてもすばらしい人です。賞金首にして追い掛け回すなんて政府は間違っています」
「いいんだ。俺は俺の評価を改めたかったわけじゃない。お前のような存在を、悲劇を、悲劇を生み出している存在を世界に伝えたかっただけだ。知らなければ改善しようもないからな。だが、聞いている人間達よ。お前達はもう知ってしまったぞ。政府が何をしているかということを。特に海軍! 正義を語るなら、この状況に何か感じてみろ! 若い娘の苦しみの声を聞け! 泣き寝入りさせるな! 言いたいのはそれだけだ。ああそうそう、この娘と家族が再会するところまでは中継させてもらうつもりだ。感動の再会を聞かせることができるだろうな。そして自覚してもらう。これを引き裂いたのが政府であるということを」
よし。いい感じだ。
フィッシャー・タイガーは自分の手柄を自慢せず、あくまで人間の問題だということを強調した。この方が善人っぽくて聞いている側は受け入れやすいはず。
まあ、この程度では世界は動かないだろうがね。この後の怒涛の展開を追加したとしても。
ふと、デンデンムシが爆音を拾った。あまり大きな音ではない。これはおそらくボンチャリが爆発した音。政府から攻撃を受けると人形は爆発する仕組みになっていた。
次いで、発砲音が聞こえた。こちらはとても大きい音。演技用の発砲音だな。
「ぐっ。な、何しやがる! なんだてめえらは!」
「シャーッハッハッハ! バカな魚人め! 陸に上がったな!」
「お、お前ら! 海軍か!」
「シャーッハッハッハ! 教える義理はないが、冥土の土産に教えてやろう! その娘は世界政府が用意した罠! お前をこの地へ誘い、陸上で仕留めるため、わざと汚ねえ店から逃がしてお前の船に乗せたのさ!」
「この世のゴミめ……」
「おめえが今から生ゴミになるのさ! 魚類が人間様に逆らうからこうなるんだ! てめえらは調子に乗りすぎた!」
アーロンの演技も勢いがあっていいなあ。わざとらしさが全くない。悪人が板についている。
さすがは魚人街出身者! 憎しみを煽る天才! ナミにトラウマを作り、ホーディ等を暗黒面に落とした男!
「やれ!」
そのアーロンの声と共に、再び発砲音。何度も何度も発砲音。
「ぐあああああ! ああああああ!」
「やめて! やめてえええええ!」
フィッシャー・タイガーとカリファ役の絶叫。すばらしい。とてもすばらしい絶叫ぶりだ。演技でこれができる人間がどれだけいるだろうか。
「あ、兄貴ィ!」
「タイの大兄貴ィ!」
「おのれ、人間めぇ! 大兄貴の善意につけ込むなんざ!」
「仁義の欠片もないわい! なあハチ!」
「にゅー。俺は怒ったら怖いんだぞにゅー」
他の魚人が助けに来たという演技をする。相変わらずジンベエとはっちゃんは下手だ。そのクセ無駄に声がデカいからデンデンムシが音を拾ってしまう。聞いていて恥ずかしくなる。
「兄貴ぃいいいいい! 生きてくれよおおお! 兄貴ぃいいいいい!」
「く、くそっ。へましちまった。俺としたことが。こんな罠に」
「兄貴ぃいいいいいい! クソッ、人間め! 許さねえ! 俺はお前らを絶対に許さねえぞ! 人間! 魚人族の怒りを知れ!」
急に魚人の演技がよくなったと思ったら、この声アーロンじゃん。またアーロンじゃん! いいのかおい! 確かに迫真の演技だが! バレないのか!?
まあ、バレないかもな。ワンピースのアニメで麦わらの一味がモブを演じていても気付かないようにね。
魚人達の涙の叫びが聞こえてくる。そこで音は途切れた。
世界を巡った不幸な事件。フィッシャー・タイガーの死。
ビラがバラ撒かれ、人々はそれを信じ込む。後から政府が「全て魚人達の自作自演である。騙されてはいけない。扇動に加担してはいけない」と発表した。ビラを燃やすよう促しもした。が、それで逆に「政府がもみ消そうとしてるってことは、ビラは真実なのか?」「やっぱり政府はとんでもねえ悪党だ。知ってたけどな」と民衆は政府への反感を強めたのだった。