ありえんヒーロー   作:サイバケティックスロー

1 / 1
第1話

◇◇◇◇

 

はぁっ...はぁっ..はぁっ...

 

少年は息を切らしながらほの暗い路地裏をひた走る。

 

地面には先ほどまで降っていた雨で小さな水溜まりが出来ていた。

 

その水溜まりに少年は躊躇なく足を踏み入れる。

 

バシャッと水が跳ねた。靴の中に水が滲みる感触が何とも不快だが、それでも足を止めることは出来ない。

 

もし立ち止まってしまったら今以上の不快感が襲ってくることを知っているからだ。

 

だから少年は速度を落とすことなく走る、ひたすら走る。

 

少年の名は―緑谷出久―。

 

彼はこれといった"個性"の無い、このご時世では珍しい"無個性"だった。

 

そんな普通故に悪目立ちしている出久は己の一日を振り返る。

 

"今日はとことんついてない"

 

まず、普通に登校、そして授業を受けて、それから放課後にかっちゃんに少し絡まれた.....うん。

 

それまではいつも通りだ....問題はその後。

 

偶々帰り道にヒーローとヴィランとの大捕物が行われていたので、大のヒーローオタクの出久は多くの野次馬と共に、ヒーローが良く見える位置に立った。

 

目の前に広がる光景は、見栄えの良い衣装に身を包んだヒーローが、技名を口にしながら腕を伸ばしたり、ビームを撃ったりして各々の個性を存分に発揮しているという、この超人社会ではありふれものだったが、それでも無個性の出久は何度見ても新鮮で夢中になってしまうのだった。

 

きっと"それ"が災いしたのだろう。

 

強盗犯がものの数分でお縄になったのを確認した出久は、そろそろ帰ろうかと先程足元に下ろした鞄へと視線を移した。

 

 

 

無かった。其処に在る筈の鞄が忽然と姿を消していた。

 

 

「えっ....」

 

 

数瞬、固まった出久は元に戻ると、慌てて付近にいたおっさんに、自分の鞄を見てないかと色や形状を伝えて確認する。

 

「ん?あれ坊主のだったのか?....さっき誰かが持って行っちまったよ...やけに足の速い奴だったなぁ...」

 

.....やられた

 

"個性"が出現してからというもの、それを犯罪に使う者が大勢表れた。特にひったくりや、すりなどは一瞬気を抜いただけで被害に合うほど激増した。ヒーローのおかげで抑えられてはいるが、それでも数が数だ、漏れは出てくる。

 

そんな世の中、出久が置き引きをされたと判断したのはごくごく自然の考えだろう。

 

辺りを見回しても自身の鞄を持った人物は見当たらない。おっさんの話の通りなら犯人はきっと速く移動出来る個性の持ち主だ。無個性で特に鍛えてもない中学生の足では到底追い付けない.....

 

もはや自分ではどうすることも出来ないので、出久は近くにいた警官とヒーローに犯人を捕まえてくれるように頼んだ。

 

元はと言えば自分の管理能力の無さが引き起こした事で、余計な仕事を増やしてしまったと負い目を感じていたが、ヒーローも警官も双方快く出久の願いを聞き入れ、『安心しろ絶対取り返してやる』と言ってくれた。

 

思わず涙腺が決壊しそうになったが、何とか堪えてお願いしますと頭を下げた。

 

これが最初の不幸。

 

 

続いて二つ目の不幸はヒーローに自宅まで送っていくかい?と言われたのを、そこまでご迷惑をかけるわけにはいかない。と断って一人とぼとぼと俯きながら帰宅していた時に起きた。

 

明日には帰ってくるかな....とか考えながら歩いていると...

 

ドンッ

 

おっと、何かにぶつかってしまった。そういえば下ばかり見てて、前を確認して無かった....

 

内心反省しながら、出久が視線を上げると、額に青筋を浮かべた"如何にも"な金髪の男がこちらを見下ろしていた。

 

 

....大変まずいことになった...

 

 

「すいまっぐえ!?」

「おい、てめぇこらっ!!下ばっか見て歩いてんじゃあねぇぞ!」

 

すぐに謝ろうとしたが、謝罪の途中で襟首を掴まれた。

 

今謝ろうとしてたのに!っ息が出来ない!!

 

それから数秒間睨まれた後、乱暴に離された。思わず尻餅をついて、ゲホゲホと咳をついた。

 

「あ~ぁ....ったくよぉ....服に皺が出来ちまったよ...なぁ、これ...どうしてくれんの?」

「あの....えっと....その」

 

男の言いたいことはわかる。きっと金銭の要求だろう。男の差し出した掌に財布を置けば、そこから何枚か札を抜かれて終了だ。しかし、それは出来ない。何故なら現在出久はびた一文も所持していないからである。無論、財布を所持していたとしてもおいそれと差し出すことはないが....

 

出久の煮え切らない態度に苛ついたのか、金髪の男は袖を捲る。男の太い腕には刺青があった。なるほど、こういった脅しは慣れているようだ。

 

「おい、ガキ....さっさとしねぇと...

 

男が拳を振りかざす、それだけでも充分に脅威的だが、加えて男の拳頭が徐々に赤熱していく。

 

「お前、顔に根性焼き一気に四つ作ることになるぜ?」

 

冗談じゃない!顔に四つも火傷を負って帰ったら、母さんがひっくり返るぞ!?

 

出久は徐々に近づいてくる男を何とか止めようと、自分の身に起きた事を偽りなく話すことにした。

 

「ちっ違うんです!」

「あ?」

「あの、実は.....」

 

それから出久は身振り手振りを加えながら、懇切丁寧に男へ説明した。こんな可哀想な中学生へさらにひどい仕打ちをするのかと、男の良心へ訴えるように...

 

「...そっか、そりゃついてねぇな坊主....

 

出久が必死に語る様子から、でっちあげの嘘では無く真実だと判断したのか、男は同情の言葉と共に振り上げた拳を下ろす。同時に赤熱していた拳頭が元の肌色に戻った。個性を消したのだろう。

 

良かった.....そんなに悪い人じゃ無かった....

 

 

中学生から金を脅し取ろうとする時点で充分に悪人なのだが、出久は安堵から少し冷静さを欠いていた。

 

そして、尻餅をついた状態から、立ち上がらんと脱力した足に力をこめたところで男が再度声を発した。

 

「....じゃあ」

 

じゃあ?

 

「金はいらねぇよ、代わりに殴らせろ。話を聞く限りじゃあ、お前無個性だろ?....前からやってみたかったんだよ、無個性狩りってやつをさぁ!!」

 

さすがに思考が若干麻痺していた出久も気づく。

 

前言撤回だ!滅茶苦茶たちの悪い奴だぁ!!

 

それからは、ひたすら走って逃げた。

 

随分と長くなってしまったが、以上が事の顛末、回想である。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「待てやぁ!くそガキィ!!」

 

「わわっ!....」

 

男が腕を振るたびに、ジュウジュウと当たったら凄く熱そうな音が聞こえてくる。加えてこの怒声だ。出久のちっぽけな精神は大分滅入っていた。

 

知らず知らずのうちに随分と路地の奥まで来てしまった。路地の先は両側に聳え立つ建物と、どんよりとした天候のせいでよく見えない。このまま真っ直ぐ走ったところで、埒が明かないと判断した出久は進行方向を横へ曲げた。一本道に見えた細い路地には、何本か横道があった。その先がどうなっているかは、わからないが願わくば大通りへと繋がっていることを祈りながら出久は飛び込んだ。

 

....くそ!

 

飛び込んだ先を見据えて内心で悪態をつく。道の先は大通りへ繋がっているどころか、周囲を建物で囲まれた一坪ほどの空間。ようは行き止まりだった。

 

やばいやばい!どうする!?

 

必死に思考を巡らせるが、良いアイデアは出てきそうにない。もし飛行能力や壁を這い上がれる個性が僕にあればっ....

浮かび上がるのは無個性故の個性への憧ればかりだった。

 

「やっと追い付いたぜっ...ハァ..てめぇ..ハァ...ここら辺はよく知らねぇみてぇだな...ハァ」

 

すぐ後ろから息を切らしつつも、獲物を追い詰めた事から優越感に染まった声が聞こえてきた。慌てて後ろを振り返るが、振り向いた瞬間に襟首を掴まれ、そのまま壁へ押し付けられる。

 

「ハァ....一発じゃすまさねぇからなぁっ!」

 

必死に両手で男の拘束から逃れようとするが、丸太並みに太い腕はびくともしない。身体が壁づたいに押し上げられて、両足が徐々に地面から離れていく。

頭の位置が上がったせいで、排気口から出る生暖かく、ねっとりと絡みつくような風をもろに浴びることになった。....しかも変な臭いもするし....

 

降り注ぐ不快な風と襟首を締め上げられる苦しさから顔を歪めている出久へ渾身の力が篭った熱い拳骨が迫り来る。

 

 

 

そして、出久の頬まで数センチという距離まで近づいた拳は器用にも"ピタリ"と動きを止めた。

 

よもや粗暴で中学生へ一方的に暴行を加えようとする男が寸止めなどという方法を用いようとは.....

 

.....うん。違うな、そんな筈はない。

 

なぜなら目の前の男は明らかに動揺していたからだ。普通自分の予想どおりに事が運んだ時に、人はこんな表情をしない。

 

腕が奇跡的なタイミングで止まったのも驚愕により身体が硬直したせいだ。

 

では何故男は身体が硬直するほど驚いたのか....

 

理由は出久にもわかった。

 

 

それは出久と男の間に、より正確に言うならば出久を押さえつけている男の腕に落ちてきた....いや....『垂れてきた』

 

そう、まさしく垂れてきたのだ。半透明な....やけにヌルヌルしている、ヨダレのような液体が。

 

そんな得体の知れないものが突然自分の腕に垂れてきたら誰だって驚く、私だって驚く。

 

その液体の量は多かった。未だ呆気にとられ硬直している二人の間に垂れ続ける。まるで、『上を見ろ』と言わんばかりに....

 

二人は先程までの経緯が全て無かったかのように、息を合わせるかの如く同時に上を見た。得体の知れない恐怖は敵や味方の垣根など軽く凌駕してしまうのだろう。

 

 

そして、二人の視線の先には...

 

 

排気口から身を乗り出し、剥き出しになった歯の間からヨダレを垂らしながら此方を見下ろす

 

"異形の怪物"がいた。

 

 

その怪物を出久は知っていた。いや、出久だけではない、男の方も目の前の怪物には見覚えがあった。

 

その怪物の容姿は世界的に有名な、とある怪物《クリーチャー》と酷似していた。

 

故に正体の分かった二人はまたもや同時に叫ぶ。

 

「「エッ...エイリアンだぁぁあぁあ!?!?」」

 

 

◇◇◇◇

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。