如月ハルの人間考察   作:はるのいと

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第二章 「お人好しブルース 4」

 今から数週間前。それは清水が転校してきたクラスメイトの為に、一人必死で犯人探しをしていた頃だった。東間は下校中に誰かに呼び止められたそうだ。振り返るとそこには黒縁メガネをかけた、無表情の男子生徒が一人佇んでいたという。 言わずもがな如月ハルである。

 

「駅まで一緒にどうだい?」

 

「う、うん、僕は別にいいけど……」

 

 東間は微妙な表情で頷くと、二人は暫く無言で神無月駅を目指した。そして程なくした頃、ティータイムの何気ない世間話のように如月はこう呟いた。

 

「キミの自作自演、バレるのは時間の問題だよ」

 

 途端に東間の顔色が青ざめ始める。だがそんな事はお構いなしとばかりに、如月は数枚のコピー用紙を彼に手渡すと、更にこう続けた。

 

「そこでだ、ここにバレた時の対処法を書いておいた。いざと言う時の為に今のうちに一言一句、全て完璧に暗記しといてくれ」

 

 東間は手渡されたコピー用紙に目を向けた。そこにはクラスメイトたちに対する謝罪の仕方や、言葉を発するタイミングや仕草等が、事細やかに明記されていた。それは、さながらドラマの台本のようであった。

 

「事が露見すれば、キミは必ずクラスメイトたちから吊し上げをくらう。そうなった時、あの陸上部のボーズ頭は、自分を犠牲にしてでも必ずキミを庇うはずだ」

 

「まさか……僕なんかの為にそんなことまで――」

 

「いいや、賭けてもいい。彼はね、馬鹿が付く程に救いようのないお人好しなんだよ」

 

 如月は溜め息を一つ漏らすと、呆れるように苦笑いを浮かべた。そしてすぐにその表情を隠すと、鋭い視線を東間に浴びせた。

 

「もう一度言う。そのコピー用紙に書かれていることを、今すぐに全て暗記するんだ。そうすれば、最悪な結果だけは避けられる」

 

「……どうして、こんな事までしてくれるの?」

 

 コピー用紙に目を落としながら、東間は蚊の鳴くような声で尋ねた。

 

「決まってるだろ、只の暇つぶしさ」

 

 暇つぶしって……相変わらず全くもって素直じゃねえ。まあ、あいつらしいと言えばあいつらしいけどな……如月は俺が犯人捜しを開始した時から、最悪の事態を想定していた。あいつは今から東間に自作自演を止めさせても、もう遅いと踏んだんだ。だからこそあの時、 ”ほっとけ” と素っ気なく言ったわけか。そうすれば、俺がムキになるだろうと予測して……あの野郎、ったく釈迦の掌で踊らされていた、孫悟空の気分だぜ。

 

「清水君のおかげでやっと気付いたよ。今までどれだけ、自分が無意味なことをしていたのかを……」

 

「俺は何もしてねえよ。礼なら如月に――」

 

「勿論、如月君にもお礼は言ったよ。だけど僕はやっぱり清水君のおかげだと思ってる。友人が欲しければ待ってばかりいないで、自分から歩み寄らないと……清水君といて僕はそれに気付かされたんだ」

 

 東間は清々しい微笑みを浮かべた。そこには以前までの、おどおどした少年の姿はどこにもなかった。そして彼は清水を見つめるとこう続けた。

 

「……本当にありがとう」

 

 東間は最高の一言を残し、爽やかに転校していった。因みにスマートフォンのアドレス交換は、既に済ませているので、「何かあった時は、いつでも連絡して来いっ!」と、いつものように兄貴風を吹かしておいたのは言うまでもない。

 

 さてと、それじゃあいつに事情説明でも求めるかな……。清水は軽く笑みを漏らしながら、如月のもとへと向かった。あいにく1年D組には如月の姿はなかった。荒川と三島にあいつの行方を尋ねてみたが、二人は首を傾げるばかりだった。っということは、恐らくまた図書室だろうな……。清水は早速、図書室へ向かった。

 

 発見――活字中毒の友人は、相変わらずの仏頂面を下げながら、小難しい本を読んでいる。よっしゃっ! 清水は心の中で気合を一つ入れると如月のもとへと歩みを進めた。

 

「そんな訳の分らん本読んで面白いか?」

 

()()()からないと(・・・・・)、面白くはないだろうな」

 

 清水の問いかけに、如月は本に視線を落としたまま答えた。

 相変わらず嫌味な野郎だ……。清水は苦笑いを浮かべると、軽く吐息を漏らしながら、如月の向かいに腰を下ろした。そして暫しの沈黙の後、東間との一件を彼に問いただした。

 

「――と東間は言ってたけど、これは一体どういうことだ?」

 

「事実無根だ」

 

 本から顔を上げると、如月は静かに清水を見据えた。

 

「それはねえだろ。お前が裏で糸を引いてたのは、もうバレてんだぞ?」

 

「そんな面倒なことをして、僕に一体何のメリットがある?」

 

 俺の為に一肌脱いでくれた……だめだ、こっぱずかし過ぎて、とてもじゃないけど言えねえ。

 

「それともキミは親友の言葉より、あの自作自演の虚言癖を患ってるやつの言うことを信じるのかい?」

 

 冷たい微笑み――何と汚い手を……こう切り出されたら、首を横に振るしか出来ねえだろうがっ! だめだ、口で負かすのは到底無理だ。まあ、最初(はなっ)から分っていたことだけど……。

 

「……そうか。じゃあ、東間の勘違いだな」

 

「ああ、そうだ。勘違いは誰にでもあるさ、許してやってくれ」

 

 ったくどの口でほざいてんだか。折角、人が素直にお礼の言葉を述べようとしてるのに……もうやめだ、やめっ! 清水が憤慨しながら、ふくれ面を浮かべていると、如月は更にこう続けた。

 

「因みにお礼の言葉を述べたいのなら、聞いてあげてもいいよ」

 

「……一体何に対するお礼だ?」

 

「さあ、それくらい自分で考えたらどうだ?」

 

 自分が裏で糸を引いていたことは、絶対に認めたくない。だがお礼の言葉は欲しい。加えてその理由は俺に考えろ、と? 何とこいつは強欲な野郎なんだ……だがこんな俺にもプライドはあるんだ。一泡吹かせてやるっ!

 

「お前に礼をいうことなんて無いよ」

 

「本当か?」

 

「ああ、皆無(・・)だ」

 

 ヤツの十八番を奪ってやった。清水が心の中でほくそ笑んでいると、如月は不機嫌そうに鼻を鳴らし、読んでいた本に視線を戻した。清水はそんな素直じゃない親友を見つめながら、心の中で ”ありがとう” と呟いた。

 

「――聞こえていないようなので、もう一度言うぞ。さあ、どうする? 清水信二。ドロップか、それともコールか?」

 

 如月の良く通る声で、清水は半年前の回想から無事帰還した。そうだ、あの時もこいつにまんまとやられたんだ。ということは今回も……間違いない、ブラフだっ!

 

「コールだ」

 

 清水はチロルチョコを、机の中央に寄せた。途端に静まり返る教室――。

 

「では、オープン」

 

 如月の声と共に両者のカードがめくられた。すると黒縁メガネの奥がキラリと光る――嘘だろ……。清水の目に飛び込んできたのは、なんとロイヤル・ストレート・フラッシュだった。これ以上はない、最強の役。それは完璧な敗北だった。軍配は2年D組――途端に2年E組の生徒たちから、一斉に溜め息が漏れる。ま、またもこいつにしてやられた……。清水が俯きながら項垂れていると、如月が静かに口を開いた。

 

「残念だったな……因みに半年前に聞けなかった、()()の言葉を今ここで述べる、というのであれば、今回の勝負はノーカウントにしても構わないぞ」

 

 この野郎、あの時のこと未だ根に持っていたのか……だがいつも言うように、こんな俺にもプライドはあるんだ。お前の思い通りになんてさせてたまるかっ、今回も一泡吹かせてやるっ!

 

「親友を助けるのは、人として当然のことだ。だからお前に借りは無い。皆無(・・)だ。よって礼の言葉を述べる必要も無ねえ。これまた皆無(・・)だっ!」

 

 どうだ? 今回は二連続だ。清水の宣言に、如月は珍しく肩を震わせて笑った。そんな時だった、2年D組の教室に女子生徒たちが続々となだれ込んできた。だが彼女たちは何故か一応に皆、憤慨した表情を浮かべている。

 

「あんたらいつまで遊んでんのよ。ほら、さっさと掃除に取り掛かるわよっ!」

 

 早苗が大声で皆に促すと、男子生徒の一人が顔の前で手を振りながら口を開いた。

 

「荒川、喜べっ!うちの如月大先生が清水に勝ったんだよ。だからもう掃除なんてする必要はねえのっ!」

 

「なにバカなこと言ってんのよ。 ”掃除は二クラスで行う、その方が効率がいいから” って先生の鶴の一声でさっきそう決まったでしょ。如月にもそう伝えたわよね?」

 

 早苗の問いかけに、如月は無言を通した。すると彼女は、溜め息を漏らしながら彼の顔を覗き込んでゆく。

 

「……あんた、もしかして皆に伝えてないの?」

 

「ああ、悪い。ついうっかりしてた」

 

 如月があっけらかんと呟いた瞬間、両クラスの男子生徒たちからは盛大な溜め息が漏れた。

 最後の最後にまたやられた……この野郎は、最初から俺に礼の言葉を言わせたいが為に、こんなまどろっこしい真似を……。清水は静かに親友の顔を見据える。そこにはいつもの無表情あった。はははっ、認めてやるよ……あっぱれだ。

 

 その後は、みんな揃って清掃を開始した。そんな中、清水は先程から疑問に思っていたことを如月に尋ねてみた。

 

「あのロイヤル・ストレート・フラッシュ……あれイカサマだろ?」

 

「悪いがもう勝負はついてる。よって時効成立だ」

 

 悪びれる様子もなく如月は言ってのけた……ったく、俺の親友はこのように、素直でもねえし愛想もねえ。誠にもって本当に厄介な野郎だ。だがいざという時には面倒事をスルリとかわし、厄介事は出来の良いおつむで、サラッと解決してくれる。本当は、身内に激甘のツンドラ朴念仁なのである。なのでそんな親友に俺は敬意を込めてこう言うのだ。

 

「イカサマに時効なんてあるかっ、このツンドラペテン師がっ!」

 

 清水はホースから出る水を如月に向けた。すると水しぶきが太陽に照らされて綺麗な虹がかかった。はははっ、プール清掃もたまには悪くねえ……。清水はずぶ濡れの如月と、綺麗な虹を見比べながら満足気に微笑んだ。

 

 

 

                            「お人好しブルース」完 

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