如月ハルの人間考察   作:はるのいと

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第二章「お人好しブルース 2」

 場所は1年D組――昼休みの教室では相変わらずの4人組が、いつものように昼食を楽しんでいた。そんな中、清水は普段通りの仏頂面で弁当に箸を伸ばす友人に顔を向けた。

 

「如月、ちょっと話があんだけど、いま良いか?」

 

 彼はコクリと頷くと、箸の手を一端休めた。

 

「実はな――」

 

 清水は数日前に担任から託された ”極秘指令” を小声で語り始めた。今から凡そ2か月前のことだ。1年E組に東間雄二という生徒が転校してきた。華奢な身体つきに、大人しい性格。人付き合いも苦手な様子の彼は、中々クラスに馴染めないでいたという。世話好きの清水は、そんな彼を気にかけていたそうだ。そんな中、1週間前に東間の上履きがなくなる、という事件が起こった。そして、その翌日には彼の教科書がなくなった。

 

 心細い転校生に卑劣な行為――クラスメイトたちは皆一応に東間に同情した。だがそんな彼らの思いとは裏腹に、その日を境に嫌がらせは徐々に、エスカレートしてゆく。最近では下駄箱に、ゴミ等を入れらてるのは当たり前となっていた。

 

 陰湿なイジメ――だが不思議なことに犯人が見つからない。思い悩んだ1年E組の担任は、クラスのムードメーカーであり、しかも世話好きな兄貴肌の清水に白羽の矢を立てた。

 

 清水は担任からの要請を二つ返事で快諾した。そして早速、その日のうちから犯人捜しを開始する。だが犯人は一向に見つからない。何の進展も得られぬまま、時間だけが悪戯に過ぎてゆく。そして気が付けば3日が経過していた。とてもじゃないけど俺一人じゃ無理だ……。そう痛感した清水は友人の力を借りることにした。言わずもがな、その友人とは目の前の仏頂面のことである。

 

「――というわけでだ、如月力貸してくんねえかな?」

 

「なに速攻でケツ割ってんのよっ! あんたがいつものように、また調子こいて引き受けたんでしょう? なら自分で何とかしなさいなっ!」

 

 早苗は眉間に皺を寄せながら、清水のボーズ頭を小突いた。

 ミスった、如月と二人きりの時に……いいや、せめて荒川(こいつ)のいないときに話すんだった。苦笑いを浮かべながら、清水は小突かれた頭を摩る。一方、協力要請を受けた如月は、彼の話を聞き終えると同時に、止まっていた昼食を再開していた。

 

「どうにかして東間のこと助けてやりてえんだよ。如月、なにかいい方法ねえかな?」

 

「いい方法?」

 

 清水は無言で頷くと、真剣な真ざしを如月に向けた。すると彼は箸の手を一端休めると、当たり前のように「一つだけある。しかも、とてつもなく簡単だ」と言ってのけた。

 

「マ、マジかっ! 一体どうすれば?」

 

「そんなやつ、ほっとけ」

 

 パッと輝いた清水の表情は、取りつく島もない一言で瞬時に影を潜めた。だがそんなことはお構いなしとばかりに、如月は淡々と弁当のおかずを口に運んでゆく。こいつがこういった厄介事を、なによりも嫌うのは知っている。だけど ”ほっとけ” はねえだろ。しかも親友がこんなに頼み込んでるってのによ……。清水が口を尖らせながら不貞腐れていると、救いの女神が手を差し伸べてきた。

 

「ねえ、いじわるしないで協力してあげなさいよ。たった(・・・)一人(・・)の男友達がこんなに困ってるんだから」

 

 小夜は眉をひそめながら、如月の顔を覗き込んだ。

 すると彼は「たった一人は余計だ」と、憤慨するように吐き捨てた。そして大げさに溜め息を漏らすと、相変わらずの仏頂面で清水に視線を合せてゆく。

 

「僕に出来ることがあるのなら協力はする。だけど今回に限っては、キミの力になれることはなに一つない」

 

「そんなことねえだろ、お前が一緒に犯人捜しをしてくれたら、すぐに――」

 

「賭けてもいい、どれだけ必死に探そうが犯人は見つからないよ……いいや、見つけたとしても、それは誰の得にもならない」

 

 如月の言っていることが、全く理解できなかった。この変わり者の友人は、一体なにが言いんだ? 清水が小首をかしげていると、小夜がなにかを思いついたようにパチンと指を鳴らした。

 

「なるほどね、そういうことか」

 

「えっ、どういうこと?」

 

「マッチポンプよ」

 

 清水の問いかけに、小夜は即座に答えた。そして如月に顔を向けると「でしょ?」と同意を求める。すると彼は吐息を吐きながら無言で頷いた。

 

 マッチポンプ――マッチで自ら火事を起こして煽り、それを自らポンプで消す。問題や騒動を自ら作り出す。そして自身の行為がその根源であるにも関わらず、そ知らぬ顔で巧妙に立ち回る。その後、解決・収拾の立役者役も自ら担って、賞賛や利益を得ようとする。その様な行為を指して用いられる表現である。

 

 全ては東間の自作自演? 嘘だろ……。信じられない、といった表情を浮かべる清水をよそに、如月はいつものように良く通る声で語り出だした。

 

「うちの学園はキミも知っての通り、生徒数3千人を超えるマンモス校だ。喩えるなら、

これは到る所に監視カメラが設置されているのと同じようなものだ。そんな厳戒態勢のなかで、誰にも気付かれることなく特定の人物に、嫌がらせを行うなんて、幽霊か透明人間でもない限り不可能だ。因みにキミは幽霊や透明人間の存在を信じるかい?」

 

 如月の問いかけに、清水は無言で首を横に振った。

 

「そうなるとおのずと犯人は一人に絞られてくる」

 

 苦悶の表情を浮かべる清水に対し、如月は諭すようにこう続けた。

 

「もう一度言う。そんなやつは、ほっとけ。そして、こんなくだらない雑務は一刻も早く放り投げて、キミは陸上部に復帰するべきだ」

 

 ここ数日、俺は部活を休んでいた。理由は自明だ。確かに如月の言ってることは、正しいのかもしれない。だけど東間だって、なにも好き好んで、こんなことをしていた訳じゃないはずだ。恐らく転校してきたばかりで、友達もいなく寂しかったから……。

 

「俺は……お前みたいに突き放すなんて出来ねえよ」

 

「そうか、なら好きにしろ」

 

 如月はお茶を一口含むと、鋭い眼差しを清水に向けた。

 

「これは友人としての忠告其の一だ。いいか? 度を越したお人好しというのはな、ただのバカだぞ」

 

「悪いが、俺はそうは思わねえよ」

 

 睨み合う二人――暫しの沈黙が流れだす。すると小夜と早苗は同時に溜め息を漏らした。程なくして、どちらともなく彼らの睨み合いは終了した。清水は机の上の愛母弁当を片づけると、静かに席から腰を上げる。そして無言のまま教室の出口へと向かった。

 

 お袋が作った弁当を片手に自分の教室に向かっていると、ふいに背後から声をかけられた。振り返らなくても相手は分る。よく聞きなれたハスキーな声――振り返ると予想通り荒川が佇んでいた。

 

「なんか用か?」

 

「如月はあんたのことを思って――」

 

「んなことはお前に言われなくても分ってるっ! でもな、俺はあいつみたいにほっとくなんて出来ねえんだよっ! だから……」

 

 清水は一瞬、口ごもった。ダチだからこそ、俺はあいつにだけはナメられたくない……。暫しの沈黙のあと、彼は自信満々にこう宣言した。

 

「だから、俺は……俺のやり方で東間を助けてみせる。如月にもそう伝えといてくれ」

 

「そっか……じゃあ、今度はケツ割るんじゃないよっ!」

 

 早苗は満足そうに微笑むと、清水の広い背中を力一杯張った。相変わらずのバカ力が……でも、サンキューなっ! 清水はそう思いつつ、早苗に貰った激励を胸に東間の待つ教室へと向かった。

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