艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集 作:しゅーがく
フェルトに任せておけば大丈夫だと思っていた時期が俺にもありました。
非常事態宣言を赤城に伝えに行ったフェルトから伝えられたことは、俺にとっては凶報だった。
『艦載機による哨戒機増強』『巡回に艦娘も参加』『番犬艦隊を急行』だった。至って普通の対応なんだが、最後のが問題だった。
どういった意図の非常事態宣言か、赤城には伝わらなかったのだ。なので、手の開いている『番犬艦隊』から数人派遣されることに。フェルトは秘書艦なのでそのまま合流。そういうことになっていたのだ。全員でなければ意味が無い。
ということで、俺は現在姉貴に連れられて移動中。フェルトとオイゲンが同行だ。他の『番犬艦隊』は色々あって手が放せないらしい。その色々というのは、ビスマルクに日本語を教えているということだが、手が掛かるとオイゲンが愚痴を零していた。
そんなことはどうでもいい。俺はずっと背筋がゾワゾワしているのだ。
今から向かう先で、何かとんでもないことが起きるのではないかと、俺の第六感がそう告げている。
「着きました。さ、紅くん。入って下さい」
「あ、あぁ」
ダメだ。口数が減っている。
それにフェルトもオイゲンも俺が感じている悪寒は感じていないらしい。
姉貴に案内されて入ったのは、警備棟の中にある普段使わない大会議堂。100人は収容出来る広さがある。
そんなところに何の用があるというのだろうか。
中に入り、俺はすぐに後ろを振り返った。
「すまない。用事を思い出した。今すぐ取り掛かる必要のある案件だ。可及的速やかに案件を処理したいから、今すぐ執務室に戻る」
「はいはい。そんな案件ないですよね。現実を見てくださいよ」
「あー。俺には何も見えなかった」
そう。見えなかったのである。大会議堂を埋め尽くした門兵女性隊員を。しかも何やら頭に犬耳のカチューシャを付け、尻尾をぶら下げている。全員が、だ。
逃げようとする俺を、姉貴は首根っこを捕まえて逃さまいと引っ張る。
ちなみにフェルトとオイゲンは門兵たちの姿に行動不能に陥っていた。
「あー! 逃げるなんて酷いですよっ!!」
「逃げてません。今から案件を処理しに行くんです」
俺は出入り口に向かって逃げようとするが、相変わらず姉貴の手からは離れられないでいた。
いつの間にこんな力持ちになったのだろうか、ウチの姉貴は。
「うぅ……これまで、横須賀鎮守府艦隊司令部と”紅提督”に尽くしてきたというのに……」
「うぐっ」
言い方がアレだが、たしかにずっと横須賀鎮守府で警備をし、時には戦闘や救助活動にも駆り出されていた門兵。門兵たちからそんな言葉が出てしまっても、仕方のないことなのだ。
「ここに転勤になって早◯年……。是非にと志願して来た私たちではありますが、◯年ですよ! ◯年! 前線基地で色々な問題を抱えている勤務地で守るべき国民に敵意を向けられ、あまつさえ私も敵意を向けてしまった。しかも、『横須賀鎮守府の兵になるんだってねぇ! あたしゃ、娘がそんな昇進して鼻が高いよ』って喜んでいたお母さんが、この前手紙で『何時になったら結婚するんだい? もう少ししたら25だろう? 周りのお友達は結婚してるよ?』って!」
後ろを振り返らない。何故ならその声、聞き覚えがあるからだ。
基本的に門兵全員の顔は覚えている。もしも集まった門兵の中に部外者がいれば、見分けが付くくらいだ。声はあまり覚えていないが、良く世話になっている門兵の声は覚えていた。
この後、延々とそういう類の内容を聞かされながら抵抗を続けたが、30分で俺は抵抗を止めた。
話が重いのと、疲れたのである。
「ましろさん、ありがとうございます」
第一ボタンを外して座り込んでいると、沖江さんが姉貴に話しかけてきた。
「いえいえ。まぁ、話を聞いたら同情してしまって」
「ふふふ。あんな風に言いはしましたが、軍属になった時点でそういうことは投げたようなものですけどね」
それを聞いて逃げようかと思ったが、どうせ止められる。俺はそのまま大人しくすることにした。
「職場結婚も良いんですけど、横須賀鎮守府勤務の人って夫妻持ち多いんですよね……。外に出て合コンしてみても、職業を答えたら引かれたり……」
まぁ、腕っ節強い人はあまり好かれないだろうな、と内心思う。
「引かれなくても原隊聞いたりだとか、勤務先聞いたら同じく引かれますよ……」
最後の、俺のせいか? 俺が悪いのか?
「……そういえば聞いたことありませんでしたが、沖江さんの原隊って?」
「日本皇国海軍第一憲兵師団ですよ……。憲兵です、憲兵」
一番の古株だからそうだろうなと思っていたが、やはりそうだったか。
「腕っ節が強い上に、お小言が多いんじゃないかって……。もし法規に反したことをしたら、”お仲間”にしょっぴかれるんじゃないかって」
これは俺も流石に不憫だと思う。
憲兵というだけで、かなりの偏見だ。だがこういう認識が憲兵に対してあるということは、それだけ軍が正常に機能しているということ。『憲兵は怖いんだぞ』というのがちゃんと浸透している証なのだ。
「そんなことを言うような野郎はきっと、やましいことでもしているか、したことがあるんですよ。そんなことも気にしない人がきっと居ますって」
座りながら見上げるような態勢で、聞いていた俺は話に入っていく。たまにやってしまう悪い癖だが、フォローのつもりで言った。
そんな俺の視界の端で、こめかみを抑えている姉貴がいた。
どうしてそんなリアクションをしているのか分からなかったが、すぐに分かる。
門兵たちがワラワラと俺の周りを囲み始めたのだ。そして下世話な質問をぶつけてくる。普段なら訊いてこないようなことだ。
「紅提督、紅提督」
「なんですか?」
「彼女とか居ないんですか?」
「ブッ?!」
最初の質問なそんなものだった。ちなみに俺は答えていない。姉貴が答えた。
「こっちに来る前は『彼女居ない歴=年齢』でしたよ」
集まっている門兵たちの何処かで、何か聞こえた。
「ねぇ、今、『ジュルリ』って言った人いましたよね?!」
「知らないです。ささ、続き」
虚しくも抑え込まれ、次の質問が飛んできた。
「好きな娘とか居ないんですか?」
「あのですね……」
少し溜息を吐いて口を開こうとするが、姉貴に塞がれる。
「居ないですよー。多分」
俺の口を塞いだ姉貴の手をどかし、間髪入れずに飛んできた質問に答える。
「おすすめの娘がいるんですけど、どうですか?」
「えっと……」
「ほらほら」
何だかもう、しっちゃかめっちゃかになっていた。
俺は助けを乞うべく、視線をキョロキョロとする。そうすると、連れてきていたフェルトとオイゲンが目に入った。
口では言わないが、助けを求める。必死に目でフェルトとオイゲンに助けを求めた。
「ん? どうしたんですか?」
姉貴がそんなことを俺に訊いてくるが、俺はそれどころではない。
俺の意図がフェルトかオイゲンに伝わるか伝わらないかだ。
ちなみに2人とも、状況を上手く飲み込めていないのか、ずっと静観していたのだ。
「えっと、紅提督? どうしたのだ?」
察しが悪すぎるフェルトに少し溜息が出たが、どうやらオイゲンは分かったみたいだった。
「紅提督ぅー。この後、『特務』があるって」
この時程、俺は悪い顔をしたことがなかっただろう。
オイゲンが出した助け舟に飛び乗るかのように、俺は言葉をまくし立てる。
「ほら、だからあるって言っただろう? じゃ、そういうことで。赤城が待ってるからさ。ほら手を離してくれよ。離して。離して下さいお願いします」
俺の腕首を握っていた姉貴の腕を振りながら、俺はズルズルと自分が出せる力の限りを出して、扉の方向へと歩いていく。
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ーーー
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結局、姉貴を引きずって執務室に戻った。そしてどうしてか分からないが、あの場所に居た門兵数人が付いてきていた。
ちなみにいつものBDUではなく、私服みたいだ。多分、持ってきておいてあったんだろう。
ということはつまり、色々と示し合わせていたということになる。
フェルトは執務室に到着しても、状況は変わっていない。だがオイゲンは違っていた。
俺が何を考えているか分かっているみたいで、色々と助け舟を出してくれている。
「なぁ、姉貴」
「なんですか?」
「取り敢えず、訳は分かった」
俺はそう言いながら、椅子に座る。
「そうですか。……では、決めるのは紅くんですからね」
「……そんなこと言われてもなぁ」
そう言いつつ、背もたれにもたれかかる。
その状況を見ていた、フェルトはようやく口を開いた。
「一体……どういうことなんだ?」
「俺が訊きたいところだが、まぁ、良いだろう。……軍人でしかも、憲兵やら特殊部隊やらの人間だからといって、結婚出来ないという女性隊員が……」
「が?」
「……なんて言えばいいんだろうな?」
そう言って、俺は姉貴の顔を見る。
それに答えるかのように、姉貴はフェルトの質問に答えた。
「紅くんに求婚中なんです」
そういうことらしい。この状況を見て、そして話を聞いてこれを察しないのは、鈍感な奴だけだろう。
一方でフェルトは顔をしかめていた。どうしてしかめているのか分からないが、フェルトが顔をしかめると怖いからあまりして欲しくない。
そんなフェルトを知らずか、姉貴は俺にあることを教えた。俺のステータスだろう。
「紅くんは若くして日本皇国海軍中将。救国の英雄。そして日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部の司令官で、大本営に太いパイプを持っている人物でもあります。さらにこれまでの実績が評価されており、大本営やはたまた天皇陛下から注目を浴びていますね。士官学校出ではありませんが、将官ですので給料は普通の会社で言えば上級階級程度は貰っています。高身長・高収入です。学歴は……まぁ仕方ないです。一応、国家公務員ですので安定していますが、軍人ですので戦死する可能性がありますね。作るご飯は美味しいですし、家事は万能。家のことならたいがい出来ますね。物静かな性格ですし、あまり怒らないです。だらけていても掃除はしてくれますし、いろいろやってくれますね」
長い。姉貴の俺のステータスの語りが長い。
それに、付いてきていた女性隊員が俺と姉貴の顔を往復して見ていた。
言いたいことはあるが、姉貴の言っていることは間違っていないし、訂正する気もない。真実だからだ。だが、間違いがある。それを言ったら最後、何が起こるか……。
刹那、オイゲンの悪い笑みが見えた気がした。
「あー、ましろさん? 訂正しますと、給料は多分それの数百倍は貰ってますよ、紅提督」
「あっ……」
オイゲンが特大の爆弾を投下した。
それに関しては、俺は今まで隠してきていたことだ。艦娘でも数名は知っている程度のことだ。赤城や長門、吹雪、『番犬艦隊』とかしか知らないことを言ってしまったのだ。
それを聴いた女性隊員たちは、オイゲンに詰め寄る。
具体的な額を聞き出そうとしているんだろう。
「どれくらいが、具体的に」
「えぇと、先月の明細をこの前みましたけど……たしか、桁が8こくらいあったような……」
「「「「えぇええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」」」
よく言うだろう。高収入な男性と結婚する云々って。
俺は慌てて話を取り繕った。
「いやいや、所得税とか年金とかあるだろう。それで色々持って行かれるから、手元に残るのは少ないぞ」
焦りを見せないように、俺は説明した。オイゲンたちが税やらを理解しているとは思えないし、俺の居た世界と法律はあまり変わらないみたいだから、この世界の住人である女性門兵たちもそれで納得してくれるだろう。
俺が甘かった。姉貴があるものをポケットから出したのだ。それは俺の先月の給料明細。そこには税の差し引きやらが書かれている。それを見られると不味い。すごく不味い。
「じゃじゃーん。ここには先月の紅くんの給料明細があります。なになに……オイゲンさんが言っていたことは、どうやら間違っていないようですね。紅くん。嘘はいけないですよ」
悪魔だ。俺はそう思った。
それと同時に、女性隊員がゴクリと喉を鳴らしたのが聞こえた。
「高収入、厚い人望、家庭的……」
「現代日本に珍しい男性……」
「玉の輿……」
「年下っ……」
おい最後2人。
「……えっと、ですねぇ」
ジリジリとにじり寄ってくる女性隊員から逃げるように、俺は執務室を動き回っていた。そして徐々に俺の包囲網が出来ていく。
最後、俺は部屋の隅に追い詰められた。俺の目の前には女性隊員が並び、俺の顔をずーっと見ている。口は開かない。
「怖い、のですが……」
「怖いですか?」
1人が口を開いた。その人は門兵の中でも色々と世話になっているといえば、なっている人。南風さん。諜報系に優れていて、巡田と共に鎮守府で起きた事件の裏方を任せていた人物。
珍しい赤黒い髪色でロングストレートな南風さんの黒い瞳が俺の目を捉えた。
息がもう少しで当たるのではないだろうかという距離。他の3人も同様に、息が当たる距離に居た。
「そりゃ、ここまで近寄られれば怖いですよ。しかも、年上の女性ですし」
墓穴掘ったのではないだろうか。
俺は直感的に、そう感じていた。
「……と、とにかく! 俺に求婚する理由が分かりませんが、あまり過激なのはよして下さい。心が持ちません」
そう俺は宣言し、追いやられていたところから脱出すると、椅子に座った。
一応、離れてくれたが、今後が心配だ。色んな意味で。
俺は後で胃薬を買いに行く決心をしたのであった。
2回目になります。まぁ、ここからなんですけどね(捨て台詞)
とりあえず、よろしくお願いしますね。
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