艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集 作:しゅーがく
俺が着替えた後に、佳名も私服に着替えるために寮に向かう。
本来ならば俺が付いていく必要はないのだが、与えられた任務であるが故に俺は付いていく必要があった。
執務室を出ると、廊下に立てかけられていた執務の書類に目が留まる。俺が少し前に済ませた書類だ。
まだここにあるということは、鈴谷はグラウンドから戻ってきていないのだろう。
佳名を引き連れて歩く。
本部棟の1階まで来ると、艦娘とすれ違うようになる。どうやら5周を終わらせて戻ってきているみたいだな。
「あっ……紅、ていと……」
何か聞こえた気がするが気のせいだろう。
俺はそのまま出入り口まで向かい、本部棟を出ていく。横を歩く佳名がそんな俺に話しかけてきた。
「良いの?」
「良いんです。気にしないでください」
そう言いつつ、俺は門兵の寮がある方へと足を向けた。
途中、心配そうにしている門兵の集団とすれ違ったが、何を心配しているのだろうか。
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佳名が私服に着替えると、そのまま買い物に向かう。
買い物には佳名の運転で向かった。俺が運転しても良かったんだが、佳名は頑なにカギを渡してくれなかった。なので、今回は佳名に運転してもらうことにしたのだ。
自動車自体は鎮守府にある鎮守府管理のモノを使う。私用で使いたい時は、事務所で手続きをすれば貸してくれる。限定されるが、酒保でも貸してくれる。冷凍車とかそういうものになるけどな。
買い物にはそこまで時間が掛からなかった。食材を買うだけだったからな。
佳名も女性用日用品を買っていたみたいだ。ストックが足りなくなってきたんだと。
「そろそろ帰りますか」
「そうだね」
そこまで遠出した訳ではないが、行きよりも時間を掛けて帰る。というよりも、少し道が混んでいたのだ。軍の輸送部隊で列を作っていたからだ。
行先は横須賀鎮守府なんだけどな。
なので少し時間を潰す、ということで喫茶店に入ってもらうことにしたのだ。
俺も佳名も喉が渇いていたから丁度良いと思ったのだ。
「コロンビアで」
「私はモカ」
ぽつぽつと空席のあるシックな雰囲気を漂わせている喫茶店に入った。若干暗いので寝てしまいそうだが、濃いコーヒーの匂いがそれを打ち消してくれる。
周りの客も静かにコーヒーを飲みながら打ち合わせや、読書をしている。
「かしこまりました」
店員に注文をし、一息吐く。
通された席は窓際のテーブル席。4人掛けのところで、どちらもソファーになっているところだ。俺と佳名は向かい合って座る。
ポケットから携帯電話や財布を出して隣に置き、少し目を閉じた。
そうすると佳名が話しかけてきたのだ。
「……やっぱりまだ」
「怖いに決まっているじゃないですか」
佳名は"あのこと"についてよく触れてくる。
心配しているのか、それとも女々しいから早く立ち直れと言いたいのか……。俺には分からないが、あまり触れられて欲しくない。
脳裏に浮かんでくるのだ。フラッシュバックしそうになるから止めてほしい。
薄暗い店内なのに目がチカチカし始め、突如、強烈な頭痛が頭を襲った。前兆だ。
『…………なんで!!』
不味い。
佳名はまだ気づかない。この段階で気づいていたら、それはそれで凄いが。
だが、自分で伝えられない。口が開かない。
『どうしてここにいるの!? 早く死ねッ!!』
蹴とばされ、地面に転がっているのだろうか。
目の前が真っ暗になったかと思ったら、その光景が見えてくる。
近くには薄気味悪い笑顔をしている艦娘が数人、俺を見下ろしているのだ。
『ほらっ!! ほらっ!! 痛い? ねぇ、痛い?』
『つまんないから踏んずけちゃえ!! あっはははは!!』
痛い。
『ほら、止めてって言ってみなよ。痛いんでしょ? 抵抗してみなよ』
『血が出てきたわ。……汚らしい。とっとと死なないかしら』
痛いっ……。
視界がぼやけ始める。だがはっきりと分かるのは、自分が何をされているのか。そしてそれをしているのが艦娘で、どんな表情をしているのか。
『最近鍛えているんだが、パンチがどれだけ強くなったか分からない』
『ならあそこのゴミで試してみない? ××の一撃、鍛える前でも強かったから、あばら何本折れるのか楽しみねぇ』
やめて。
『おっ、サンドバッグ』
『おらぁ!! へっ、いい気味だぜ』
やめてくれ……。
寒気がし始める。そこそこ着こんできたはずなのに、どうしてだろう。いろいろな艦娘の顔でその光景は移り変わっていく。そして……。
『骨までいったかなぁ?』
『折れてはないと思うよ。でもさっきの様子見てると、そうとう歩きづらいみたいだね。もうちょっとやろうか』
やめてくれぇぇぇぇぇ!!!!
遂に目も見えなくなった。ただ、自分の叫びだけが耳にこだまする。
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気づいたら俺は車の中で寝ていたみたいだった。そういえば俺は佳名と買い物に来ていたんだったな。忘れていた。
それにしても車内は寒い。それに車内で寝そべっていたからか、身体が痛い。
腰をさすりながら起き上がり、窓の外を覗いている。どうやら喫茶店の駐車場みたいだな。それに車内には誰もいない。
佳名はどこに言ったんだろうか。
「……くそっ」
さっきのはきっとフラッシュバック。何がトリガーになってそうなったのかは知らないが、俺は治ってなどいないことがはっきりと今ので分かった。
考えていれば当然だ。暴行を受けてから救出まで1週間。その間に身体に植え付けられた痛みと恐怖はそう簡単に消える訳がないのだ。今でも寒気がしている。
俺は頭を掻き、車内にいない佳名を探した。
窓から外を見て、キョロキョロとしてみる。そうすると佳名が帰ってきたのだ。
「あれ? 起きた?」
「……すみません」
「フラッシュバックしていたね。店内だったから近くのお客さんに手伝ってもらったよ」
それは今の俺の現状を見ればすぐに分かる。
「ありがとうございます」
「うん。……じゃあ帰ろっか。迷惑かけちゃったし」
「はい」
そういって、佳名さんは運転席に座る。俺はそのまま後部座席に座ったまま、帰路に就いたのだった。
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車内から荷物を下ろし、本部棟の俺の私室まで運び込んでいる時に鈴谷とすれ違った。
泥だらけになっていたが、別に気にも留める必要はないだろう。トラックを引いて転んだりしたのならそうもなる。
私室に運び込み、食料品を冷蔵庫に仕舞うと執務室に戻る。
俺が私室で色々している時に離れていた佳名が戻ってきて、色々と俺に報告してきた。
「書類は提出したみたいね。さっき鈴谷さんから受け取り確認証を受け取った」
「そうですか」
「あと……」
「あと、何ですか?」
てっきりそれだけだと思っていたが、どうやらまだあるらしい。
「本部棟から一度出て戻ってきたんだけど、どうも変」
何が変なのだろうか。
「具体的に言うと、雰囲気。艦娘たちの雰囲気が変なの」
「……俺には関係ないですね」
机に出していた本を手に取り、開いて読もうとしたが、佳名にそれを止められてしまった。
少しムッとした表情を向けるも、話を続けるのだ。
「何か独り言言ってるし、艦娘によっては誰もいないところに向かって話しているんだけど」
何だそれ。確かに変だな。だが、俺には関係ない。
「変と言われても、俺にはどうすることもできません」
「でも……」
俺にはどうすることもできないのだ。
だが佳名は食い下がってきた。
「分かっているだろう?」
強い言い方になってしまったが、それが俺の今出来ることだった。
俺の精神状況的に、そういう対応はできないのだ。
だがそれでも佳名は食い下がってきた。俺は直接見た訳ではないから判断出来ないが、見た本人でしか判断できないことがあったんだろう。
それを口頭で伝えられても、俺にはそれがどれほど重要なことなのかも分からないし、そもそも今の俺にはどうすることもできないのだ。本当に。
「……もう。私は言ったからね。確かに紅にはPTSDの症状はあるけど、それを無視してでも解決する必要があるからこうして言ったんだから」
俺はこの時、屁にも思っていなかったが、この言葉をちゃんと聞いておくべきだったと後悔したのは数時間後のことだった。
……下手に何か書くとネタバレになりそうなので、控えておきますね(汗)
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