艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集   作:しゅーがく

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※『艦娘、洗脳』の続編です。


壊れた関係 その3

 

 昼食も夕食も俺の私室で作ったものを食べ、陽が落ちてから数時間が経った頃。

そろそろ佳名が戻る時間が近づいてきていた。一応、深夜番ということで、執務室の前の廊下に立っていることになっている門兵が居るのだが、それとの交代を見届けた俺は私室で寝る支度をしていた。

時刻は午後11時半過ぎ。

 いつものようにしなければならないことは全てこなし、もう寝るだけとなった時間。

俺は本を読んでいた。切りのいいところで終えて布団に入ろうと考え、キリのいいところを迎えたのが午後11時40分頃。俺は私室の照明を消して、自分の布団に入る。

そして目を閉じたのだ。

 私室は完全に元の姿になっているが、俺には"臭う"。ここにはあの時、ずっと臭っていた消毒液の独特の刺激臭。そして、自分から流れ出た血の臭いが。

少し布団を深く被り、臭いを誤魔化す。だがそれでも臭いはするのだ。

そうか。これは俺の鼻にこびりついた臭いだったのだ。そしてフラッシュバックまでとはいかないものの、ここでの光景が脳裏に浮かぶ。痛みに耐えながら戻ってきて、心配そうな表情をしている妖精たちに手当をしてもらう。そして、妖精たちの入口で焦燥しきった顔の妖精たちが頻繁に出入りしているのを。

時より侵入してくる隠し扉から入ってくる金剛と鈴谷の顔が、ふと頭の中を電流が如く駆け抜けた。その刹那、俺はその隠し扉に目を向けていた。

 

「っ!?」

 

 見てはいけなかったのかもしれない。俺はそのまま凍り付いてしまったのだ。理由は簡単だ。

その隠し扉は壁と同じ素材でできており、パッと見それが扉だということは分からないのだ。だがその扉が、妙に分かる。これだけ暗い中、扉がはっきり見えているのはおかしいことだ。

そして気づいてしまったのだ。

 

「……」

 

 その扉の向こう側に誰かが居るのだ。気配がする。俺の五感すべてがそれを訴えていた。もしかしたら第六感が働き、俺にそれを知らせているのかもしれない。

 怖い。あの隠し扉の向こう側がとても怖いのだ。

漠然とそう感じるようになった時には、もう俺の身体は震えだしていた。寒気が止まらなかった。

ガタガタと震えながら、俺は布団を頭まで被り目をギューっと閉じた。もう何も見たくない、何も聞こえない。そう言い聞かせながら。

だが、それも無駄だった。

 急に私室の中で物音がし始めたのだ。

本部棟内部での虫の目撃情報なんて蚊くらいだ。蚊なんて所詮『ぷーん』という羽音だけを鳴らしている小さい虫に過ぎない。だが、これだけの物音を立てるにはそれなりの大きなでなければ無理だ。

ならこの物音の正体は、最低でもネズミ程度の大きさでないと立てることができない。本部棟の中での人間と艦娘以外の目撃情報は蚊以外ないとなると、新しく何かが入ってきた以外には思いつかない。もしくは、俺が想像している中でも最上級に"いけない者"以外しか思いつかない。

後者であって欲しくない。俺はそう心の中で唱えた。だが、その願いは届られることはなかった。

 

「ふ、ふふ……」

 

 明らかに女の声がしたのだ。今までこの私室でこういった声を聴いたことは一度しかない。大井が勝手に入ってきた時くらいだ。

それ以外では幽霊とかそういうオカルトチックなことはなかったはずだ。そもそもそういうのが居るというのだったら、それ以前から俺も気づいていないとおかしいからな。だったら、今聞こえた笑い声は"生きている者"以外考えられない。

 別の方向で考えてみよう。オカルト的なものじゃなかったとしたら、今特別な事象としては廊下に門兵が居ることくらいだ。

その門兵は2人。どちらかが確認で入ってきたと考えるべきなのかもしれない。だが、そう考えてもおかしい。今いる門兵は2人いるが、どちらも男だ。そんな高い声が出せるとも思えない。『ふふふ』なんて笑うとも思えない。というか、そんな風に笑ってなどいなかった。

確認済み。ならば、考えられることはただ1つ。

 ここにいるのは艦娘の他でも誰でもないのだ。

そもそも隠し扉のことを知っている人数は少ない。俺と巡田くらいだ。艦娘で云えば金剛、鈴谷、大井、吹雪くらいだろう。他にも挙げたメンバーが教えていたら、不特定多数の人間や艦娘が隠し扉を使って本部棟内を移動することが出来る。

 

「許して……許して……許して……」

 

 何だ? 急に何がぶつぶつ言い始めた。

声の発生源からして、俺の寝ているベッドの右隣に立っているんだろうか。それだけは分かる。

だが、どうしても顔を出すのが怖い。声からして女性であることは分かっている。分かっているが、一体誰なのかまでは分からない。もしここで顔を出して、艦娘だったら俺は正気を保っていられない。外で待機している門兵が飛び込んでくること間違いないだろう。

 考えただけでも寒気がする。四肢が震え始める。怖い、怖い、怖い……。

どうして私室に来たんだ。どうして今の時間に来たんだ。

そんなことを心の中で叫びながら、過行く時をただじーっと待った。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 どれくらい経っただろう。

あれから10分くらい声は聞こえていたが、聞こえなくなっていた。だが、それと同時に物音も聞こえなくなっていたのだ。

 この部屋から出て行ったのなら、少なからず物音はさせているはずだ。ならば、まだこの室内にいるのだろうか。

居ないなんてことはあり得ない。私室と執務室の間の扉は、開く時に音が聞こえる。どれだけ静かに開けようとも、絶対に聞こえるのだ。それは隠し扉でも言えることだ。

それに物音がしないというのは、声が聞こえなくなっただけでそれ以外の音は全くしていないってことだ。つまり、ベッドの横に来てから移動していないことになる。

となると、声の主はずっと俺のベッドの横に立っているのだ。

 どうして黙って俺の近くにいるんだ。どっか行ってくれ。

そんなことを、心の中で訴える。だが身体は動かさない。極力寝息に聞こえるように呼吸を整え、胸を上下させる。横を向いている状態ではあるが、いま布団を捲ったら正面に立っているであろう人物を確認することが出来る。

だが俺にはその勇気がない。出来ない。怖い。

 

「……」

 

 自分の心拍だけが聞こえてくる状態がもうかなり続いている。そろそろ身体も限界に来ていた。極度の緊張と、体勢維持で体力を使っている。

身体が固まってきて、動かしたい衝動に駆られている。だが、今動いたら……。

俺はそう考えてしまっていた。

 だが、どうしても自分の身体の反応を抑えることはできなかった。

動いてしまったのだ。顔まで被っていた布団を払い、寝返りを打ったのだ。

そしてその刹那、視界に入ったものは……。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

「許して許して許して」

 

「嫌いにならないで嫌いにならないで嫌いにならないで」

 

「痛くしてごめんなさい痛くしてごめんなさい痛くしてごめんなさい」

 

「私も同じこと受けるから許して私も同じこと受けるから許して私も同じこと受けるから許して」

 

「なんでもやるから嫌いにならないでなんでもやるから嫌いにならないでなんでもやるから嫌いにならないで」

 

「「「「「「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」」」」」」

 

 ベッドの脇に立っている虚ろな目をした艦娘"たち"だった。

おかしい。ここに入ってきたのは1人だったはずだ。どうして、私室を埋め尽くすほどの艦娘がここにいるんだ。

 そういうことを考えられれば良かったが、俺には到底無理だった。

この光景を目にし、正気を保っていられる程に回復などしていない。視界がぼやけ始め、フラッシュバックが起きようとしていた。

頭を抱えて縮こまり、布団を被った。怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……。

怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……。

 

「あ、あぁ……」

 

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 

「あぁぁぁ」

 

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」

 

 心を食い潰してく恐怖に、俺は抗うことが出来なかったのだ。

そして徐々に遠のいていく意識の端に、廊下に立っていた門兵たちが音を立てて入ってくる物音が聞こえてくる。

 

『やばい!! 今のはやばいだろ!!』

 

『警備棟に連絡だ!! 俺は先に入るぞ!!』

 

『紅提督ッ?! しっかりしてください!! 紅提督ッ!!』

 

 聞こえはしたが、反応を返すことが出来なった。

 

 





 本当にPTSDがこうなるかまでは分かりませんが、自分なりに考えて書いています。
そういうツッコミが入ったならば、それなりには検討しますけども、改稿はしないと思いますはい。

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