艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集   作:しゅーがく

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※あくまで可能性の話です。
※視点はとある人物の娘です。話の途中で正体が判明します。


一つの可能性 その2

 

 母から聞かされた話、何も知らなければ眉唾物だったと思う。だが、風呂上がりに祖父が言っていたのだ。『お前のお父さんは英霊になった。お前の生きる未来のために戦ったんだ。さっきの話は少し信じられなかったかもしれない。だが、確かにお前のお父さんは壮絶な人生を遂げた。俺たちよりも先に逝きよってからに』と。

私が信じ切れていないことを見抜いていた祖父は、そう言ってお風呂に向かったのだ。

 自分の部屋に行き、早々に床に就いた私は天井を見上げて考える。亡くなった父のこと、母のこと、祖父母のこと、毎年来るお姉さんのこと。

私は何も知らなかった。本当に母の言っていたことが本当だったとして、私はそれを知ってどうすればいいのか。気付いたら私は眠りについていた。

 

※※※

 

 ある日、母に言われて正装に着替えていた。もうすぐ大学生にもなろうといい、手続きも済ませて日々を過ごしていた私は、もう着ることもないだろうと思っていた高校の制服に袖を通した。

母は有給休暇を取り、祖父母も正装に身を包んでリビングに集合する。前の土日に言われていたことだったが、どうしたと言うのだから。私は何も聞いていないので、ただただ制服を着てきただけだ。

 朝食を食べ終えて身支度を整える。全て終わってからも、家を出るとは一言も言わないために私はテレビの電源を入れた。

高校も卒業しており、大学入学まではアルバイトにも応募するつもりはなかったため、気ままに遅い時間に起きていた。早起きしたのなら、と最近見ていない朝のニュースを見ることにしたのだ。

 

『もう桜も満開になり、花見スポットは大きな賑わいを見せています。春の行楽シーズンに突入し、皆様旅行の予定を立てていることでしょう』

 

 アナウンサーがそんなことを言っている。

 

『さて、本日の話題ですが、一面はこちらです。アメリカ合衆国、日本皇国主導で設立が決定された新国際連合についてです。一昨日、アラスカで開かれた日米会談で、深海棲艦による秩序の崩壊と終戦による人類秩序の再構築に伴い……』

 

『国際連合とほぼ同じ条約を設けつつ、新国連安全保障理事会常任理事国にはアメリカ合衆国、日本皇国、イギリス、ドイツ、ソ連が……』

 

『先の戦争でソ連は一度崩壊し、ロシア連邦となっていました。ですが、十五年ほど前に当時の大統領であるウラジミール……』

 

『参加国は現在十数ヶ国あります。その内の一つであるイスラエルが死海文書に記された救世主を日本皇国……』

 

 難しいことを言っていてよく分からない。去年辺りから新国連という組織を作るというニュースは流れていたが、それが実現しようとしているみたいだ。それくらいしか分からない。前の国連がどういうものだったかは習っていて知ってはいるが、それとあまり変わらないのだろうか。

そうこうしていると、家を出る時間になったようだ。母は『もうそろそろ出るわよ』と言って戸締まりの確認を始めたので、私も家を出る準備を始めた。

 

※※※

 

 母が通勤で使っている白いセダンに揺られ、私は横須賀の街を眺める。小さい頃から建物が新しくなったり、ショッピングモールが出来たりと忙しなく成長を続けている。時々出てきて買い物を楽しむこともあるが、横須賀市街はいつでも面白い。横浜や東京方面に遠出をすることもあるが、やはり地元だと安心感が違うように思える。

 横須賀市街からそのまま出ていき、海の近くまでやってきた。中学生の頃に来た社会科見学で来たことがあったが、何をしに来たかまでは覚えていない。もしかしたら横須賀基地の見学だったかも知れない。

そんなことを考えていると、左側に高い壁がずっと続く道に出てくる。右側は普通の景色ではあるのだが、左側の高い壁に圧倒されて異様な光景を作り出していた。

そんな道を数分走っていると、左折していく。壁か窪んでいるところに入り、誘導灯を持っている人の指示に従って駐車をした。母も祖父母も降りていったので、私も助手席から降りるとそこには大きな門があった。

 

「……すごい」

 

 そんな言葉が自然とこぼれてしまうほどに大きな門だ。何がぶつかっても曲がることのなさそうな太い鉄製で蝶番も大きい。門の前には武装した兵士が立っており、重厚な警備だ。

兵士が立っているということは、ここは軍事施設なのだろうか。というか、どうして軍事施設に来たのだろうか。

 

「ほら、行くわよ」

 

「あ、待って」

 

 母は表情を強張らせて、門の前に立つ兵士に近づいていった。カバンから何かを取り出し、それを見せると兵士がどこかへ連絡をする。すぐに門が開き、私たちは中へと通された。

入る時に気付いたのだが、この軍事施設に『横須賀鎮守府』という看板が建てられている。いつか話した父のいた場所だ。

 中に入ると、塀から飛び出るような形で建てられている建物に通された。中には老若男女の兵士が休憩していたのか、小銃を机や椅子に立て掛けている。彼らは椅子に座ってお茶を飲みながらテレビを見たり、同僚たちと話をしていたみたいだ。私たちが入ってくるなり、小銃に手を伸ばすがすぐに引っ込める。

警戒されていることが手に取るように分かる。何故? 私たちは日本人だ。そう考えてしまうが、母や祖父母の様子を見ている限り、そうおかしい反応ではなかったみたいだ。

 

「お三方には身体検査を受けてもらいます。手荷物、X線、レントゲン、金属探知機を用いますがよろしいですか?」

 

「はい」

 

「ではこちらに」

 

 兵士が二人出てくる。若い兵士が四人。女性三人と男一人。私たちそれぞれに兵士が付くようで、身体検査が始まる。

 別室に通されると、そこでいきなり服を全て脱げと言われる。少し渋ったが母も祖母も脱いでいくので、私も脱いだ。その後、病院服のようなものを渡されてそれに着替えるとX線、レントゲン、金属探知機で検査をされる。手荷物は脱いできた服と一緒に目の間で検査された。どうやら通信機器、撮影機器、録音装置等の持ち込みが禁止されているらしい。民間人ならばまず持っていない小火器も同じらしく、ちらっと見えたチェックリストに項目があったようだ。

検査は数分で終わり、そのまま着て来た服を着ると建物から出るように言われる。その際、建物から出ると武装した兵士が十人付いてきた。案内兼監視? 護衛? そんなことを言っていたが、よく分からない。

 歩くこと数分、建物が密集しているところに到着した。途中、グラウンドのようなところや、草木が生い茂っている場所もあった。隣を歩く兵士で見えなかったが、かなりキレイに整備されているようだ。

建物には看板が立てかけられており、そこには『警備棟』と書かれている。警備棟に何故案内されたのか、もしかしたら何か検査がまたあるのかと勘ぐってもみるが、特に何があるという訳でもないみたいだ。中に入り、第一会議室と書かれた場所に通される。

第一会議室の中には人が集まっており、軍服や私たちのような格好をしている人たちも集まっていた。人数にして十数人や二十人程度といったところだろう。席はかなり空いている。

 私たちが最後だったようで、席に座るように言われて私たちは腰を下ろした。そうすると、私たちが入ってきたものとは違う扉から人が入ってきた。新聞やテレビで見る人だ。有名人。

彼はそのまま進んでいき、壇上で足を止める。私から見て右側によく知っているお姉さん、ましろさんが立っていた。

 

「今日はお集まり頂き、ありがとうございます。私は日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部 艦隊司令長官、鎮守府司令の天色です」

 

 そう言い放った天色海軍大将は話を続ける。

 

「かなり前から参加出欠を行っていましたが、大事なかったでしょうか?」

 

 その問いかけには誰も答えない。特になかったようだ。

 

「ありがとうございます。では、本題に入らせていただきます」

 

 ホワイトスクリーンにプロジェクタが映像を映し出す。私はさっきまで目的も目的地も知らなかったが、他の人たちは知っているのだろうか。そんな疑問が浮上してきたが、それは映像で一気に解決した。

 

「日本皇国海軍が先の戦争にて、極秘として立案・実行した作戦に参加された方が多くいらっしゃいました。国内では軍の出撃・帰還の情報は出ていたかと思われますが、ここに機密解除とお集まり頂いた皆様の家族・親族を失った理由を深く存じ上げない方々への情報開示を行おうと思います」

 

 はい? どういうこと?

 

「深海棲艦との戦争で失われた命は数知れず、その中でも極秘中の極秘であった横須賀鎮守府艦隊司令部が関与した戦闘にて戦死された方の状況報告と、回収可能であった遺品の引き渡しを行います。ありとあらゆる海上・陸上での作戦に参加し、軍事活動にて輝かしい武勲を挙げられた名も知れぬ英霊たち。彼らは祖国である日本皇国に帰って来たのだ、と報告させてください」

 

 シンと静まり返る会議室。一方、天色海軍大将が指示を出すと、次々と箱が運び込まれてきた。ヒノキに黒い漆が塗らた箱の上に、日本皇国の国旗が被せられている。八つだ。丁寧に並べられた箱を、天色海軍大将はゆっくりと見て私たちの方へと視線を移した。

 

「左から石川 太一伍長、三階級特進で准尉。高槻 誠憲兵上等兵、二階級特進で伍長。御鷹 くるみ主計少尉、三階級特進で少佐。安達……」

 

 一人ひとりの名前を読んでいく。手元で何か見ている訳でもなく、それぞれの名前を間違えることなく言っていった。

 

「巡田 孝一郎曹長、三階級特進で中尉」

 

 ドキリと心臓が跳ね上がる。父の名前が挙がった。私から見て一番右端の箱だ。今気付いたが、それぞれの箱には装飾はない。だが、国旗の下に何かが置かれているように見える。

 

「以上、八名。彼らは横須賀鎮守府艦隊司令部所属陸戦部隊として特殊任務に参加しました。では、資料を配布します」

 

 それから始まった説明は、私の耳には入ってこなかった。専門用語が多かったというのもあるが、話のスケールが大きかったことが何よりも大きかった。作戦立案から配属された部隊、作戦要項、参加した戦闘詳細。死因を事細かに説明されていく。その作戦は確かに名前を聞いただけでは分からなかった。だが、場所やどのような目標があったのかを聞くと驚きを隠せない。

号外になるほどの大事だったり、今の日本皇国を形作る上で必要不可欠なものばかりだ。天色海軍大将の言う通り、まさに私たちにとっての英霊だ。

そして私の父の番が回ってきた。母からは聞いていたが、父が参加した作戦についてはよく分からなかった。母もここまで詳細を聞くことはなかったらしい。私に話してくれたのは、どうも葬儀の際に聞いたことだったとか。当時、機密扱いされていた作戦だったために多くは語れなかったのだろう。

そして、全ての説明が終わる頃には、会議室に集まった人々はヘトヘトになっていた。四時間も続けざまに説明を受けたからだ。いくら座った状態で、飲み物をもらっていたとしても疲れるものは疲れる。休憩を言い渡されると、皆が兵士の誘導でお手洗いに行ったり等をする。戻ってくると、疲れで誰も話すこともできなかったようだ。精神的疲労もあるのだろう。

 十数分もすると、話は再開される。ずっと立ちっぱなしだった天色大将は表情を変えることなく、疲れた素振りも見せることはない。

そのまま話を再開したのだった。

 

「さて、私たちの戦友を家族の元に帰したいと思います。皆さん、それぞれの箱の前に集まって下さい」

 

 全員が立ち上がり、さっきの休憩中は兵士が周りを囲んでいて近づくことのできなかった箱へと近づく。

私には父の記憶はあまりない。だからだろう、実感はまるでない。だが、母も祖父母も箱へと近付いて行き、ゆっくりと中を開く。その光景を私は、三人の肩の間から見ていることしかできなかった。それは他もそのようで、全員箱へと意識を集中している。だが、私は違った。周囲に意識を飛ばすことができた。

そんな中、声が聞こえてきたのだ。

 

「本当によかったんですか? 遺品は焼却処分し、遺書のみだと規則で」

 

「いい。これでいい。誰になに言われようが俺は皆に帰って欲しかった。家族のいる場所に」

 

「怒鳴り散らして"連れて帰ってこい"って無線越しに怒られたって皆言いますからね。あの時だけは『提督が怖い』って。でも、皆分かっていたんですよ」

 

「そうだな。これは俺のわがままだ。幾千幾万と数えきれない程、深海棲艦に殺された。そんな中でこのような形で帰って来れる人なんていなかった。大概が遺書や戦死通知書だけだからな」

 

「生きた証を、ですか。私たちには無縁ですね」

 

「あぁ。そういえば前作った……無縁仏の共同墓地はどうなっている?」

 

「私が毎月行ってますが、だいぶ前から非番の兵が」

 

「ったく、非番は休むか家族サービスしろって言っとけ。聞かなかったら名前教えろ。頭叩きに行く」

 

「はいはい。あ、でもそんなことしたら彼らの部下、新入りが驚いちゃいます」

 

「確かになぁ……この前、驚きすぎて漏らした奴いたな。変なあだ名付けられてないか?」

 

「付けられてましたよ。『小便嬢ちゃん』だとか」

 

「新入りが可愛いのは分かるが、可愛がるのも大概にしろって言っとけ」

 

「了解了解」

 

 天色大将がそんな考えてこのようなことをしたなんて、思いもしなかった。そして、これは話の内容から察するに軍機違反なのだろう。あえてそれを犯すなんて……。私には考えもしないようなことをする人だ。そして、その話から、共同墓地の話になっていたがどういうことだろうか。

 箱の確認も終わり、受け取りを済ませた母たちが私に声を掛けてくる。

 

「どうしたの?」

 

「あ、いや……」

 

「そう。でも良かった。お父さんのことを知れて」

 

「そうだね……」

 

 少しすると兵士がやってきて、『箱は重いから帰る時に運ぶ』と言ってどこかへ行ってしまった。そろそろ帰る時間らしく、自分の席に戻って身支度を整えていると、再び兵士がやってきた。妙齢の女性兵士だ。

 

「巡田 明日香さん。ご同行願います」

 

「へ?」

 

 急に現れた兵士によって、私はどこかへ連れて行かれた。母には兵士が『帰る頃までにはお返しします』と言っていた。

 

※※※

 

 警備棟を出て、十分程度歩くと別の建物に到着した。警備棟よりも大きく、というか大きすぎる。学校の校舎並だ。否。それ以上に大きい。

看板には『本部棟』と書かれている。隣には『寮舎』とだけ書かれている。本部棟ってどういう意味だろうか、と考えている間にもすぐ中へと連れて行かれる。中に入ると、外ではほとんど見かけなかった人が、たくさん歩いていた。艦娘だ。テレビで赤城を何回か見たことがあるが、艦娘は須らく特徴的な格好をしているため、すぐみ見分けることが出来ると言っていた。確かにこれは見分けることが容易だ。容姿端麗で基本的に和服やセーラー服、ブレザーを改造したような服装をしているとのこと。その言葉通りだ。

 横を通り過ぎる艦娘たちはお辞儀をしていくが、聞いていた話と違っていて少し驚いている。もっと無関心だと聞いていたんだが、違っていたのだろうか。

 階段をいくつか上り、たどり着いたのは最上階だった。部屋の前で立ち止まり、妙齢の兵士は『ここに入ってください』と言ってきた。私は言われるがまま、ノックをして入っていく。

中は質素な作りというか、書斎のように思えた。壁は全て本棚で埋め尽くされており、所狭しと本やファイルが収められている。部屋の中央には二人用ソファーが一脚と一人用ソファーが二脚、背の低い机を挟んで置かれている。どちらも年季が入ってはいるものの、かなり手入れがされているみたいだ。その奥には窓があり、手前に一際大きな机と、その近くに小さな机が置かれている。大きな机の上には筆記用具や書類等が置かれており、さっきまで誰かがそこにいたかのような雰囲気を醸し出している。

 

「すまない。席を外していた」

 

「あ、いえ……」

 

 棚と棚の間にある扉の一つから、さっき壇上の上にいた人が出てきた。さっきよりかは表情は穏やかに思えるが、どこか圧倒される雰囲気を持っている。

 

「自己紹介は省略しよう。そこのソファーに掛けてくれ。少し話がしたい」

 

「はい」

 

「赤城、茶を淹れてくれ」

 

 いつの間にか部屋にいた赤い袴の女性、天色大将が『赤城』と呼んだ女性は別の扉へと消えていった。

 私は言われるがまま、二人用ソファーに腰を下ろした。どちらに座るか考えたが、近いほうがいいだろうと考えたからだ。

 

「君は巡田の娘、で間違いないな?」

 

「はい。巡田 明日香といいます」

 

「そうか」

 

 何だろうか、この雰囲気は。天色大将は正面の一人用ソファーに腰を下ろし、赤城はその後ろに黙って立っているだけだ。既に茶を淹れて、私たちの前に置いた後なのだ。

 

「四時間と少し、疲れただろう? 私としても、ちとやり過ぎたような気がする」

 

「あはは。確かに少し疲れました。ですが、父のことを知れてよかったと思っています。つい最近まで、何故父が亡くなっているのか知りませんでしたから」

 

「そうか」

 

 それ以上、何も言わない。だが、話を切り替えてきた。もしかしたら、これが本題なのかもしれない。

 

「先程、箱の確認の際、君だけがあの場で様子が違っていたんだが、何かあったか?」

 

「え……」

 

 何故そう思ったのだろう。あの時、確かに私は周囲の行動とは違っていたと思う。だが、話をしていた天色大将とお姉さんに気付くことが出来たのか。甚だ疑問だ。

 

「……たまたま聞こえてしまったんです。お二人の話している内容が」

 

「……」

 

「気になってしまって、少しそちらに意識を集中していました」

 

「そうか。素直でいいことだ」

 

 知っていた? 私が会話の内容を聞いていたことを。

 

「今のも要件の一つではあるのだが、本題はここからだ」

 

「はい」

 

 今のが要件じゃない? 他言無用や口止めとかそういうものだと思ったのだが、違うのだろうか。確認をしただけ?

 

「毎年お宅に伺っている者からの報告では、ぶっちゃけよく分からない点が多い。だからこうして直接様子を見ておこうと思ってな」

 

「ましろさん、でしたっけ?」

 

「あぁ。本来は俺が出向くつもりだったんだが、アレや赤城たちに止められてたからな。それに、巡田で以降も以前も所帯持ちの戦死者はいない。彼の遺族の様子くらいは確認して、報告くらいはさせて欲しいんだがな」

 

「あはは……」

 

「今でこそいいが、あのようなご時世では何があるか分からないからな。奥さんと一人娘遺した彼の代わりに、面倒を見ようとお節介を焼いていた。十四年振りくらいだが、立派に成長していて何よりだ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「苦労されたか? お母上は」

 

「どうでしょう。忙しなく働いておりますが、体調を崩すこともないようで」

 

「お祖父上お祖母上は?」

 

「同じく。祖父は定年退職しており、年金を受給しています。毎日平和に過ごしていて元気です」

 

「ならよかった」

 

 天色大将はそれを聞くためだけに、こうして私と呼び出したのだろう。彼の言葉から、これまであったことを思い出していると、確かに苦しい局面に何度か入ったことがあった。進学する時が特にそうだ。その度に母や祖父母に相談していたが、家の様子を見る限りお金がそうあるようにも見えない。なのにも関わらず、私に好きなようにするといいと言ってくれていた。高い学費でも、進学塾に通う時も快く許可とお金を出してくれていたのだ。よくよく考えてみれば、そのお金は恐らく天色大将の『お節介』なのかもしれない。

 

「……だが、行事では辛い思いをさせてしまったかもしれないな」

 

「い、いえ……」

 

「全く。ウチの頭でっかちや艦娘共と来たら、すぐに『止めろ』『立場を考えろ』『大事になるから勘弁してくれ』と揃って言いやがる」

 

「??」

 

「何でもない。ともかく、だ」

 

 姿勢を正した天色大将は私の目を真っ直ぐ見た。

 

「君もいい年だ。自分のことは自分で決めて行動していくことになる。そんな中、困って立ち止まることは多くあるだろう。そんな時はこれまで通り、お母上やお祖父上、お祖母上を頼れ。分かっていることだと思うがな」

 

「は、はい」

 

「それでもどうしようもない時は私を頼れ。電話でもいい、直接来て門を叩いてもいい。『巡田の娘だ』と言えば話しも聞くし門を通して面会もする。相談だって受ける。ここが長い奴らは全員名前を覚えているから、今日のような面倒な検査もあまりせずに来れるはずだ」

 

 確かにあればやりすぎな程面倒な検査だった。

 

「二年前、こんなことがあった。毎年お盆や命日にお邪魔している家で問題が起きていた。家主の娘が悪い輩に不当な金を要求されているとか。丁度取り立て屋が来ていたところで、話を聞いた訪問した者が報告を挙げた」

 

「……」

 

「すぐに調査が始まったが、その界隈では有名な組織がやっていたことらしい。訪問から三日後、私の無許可で非番の兵士たちが組織のアジトに乗り込んでボスを引っ捕らえて警察に突き出したそうだ。あのアホ共、現役の兵士だぞ?」

 

「あ、あは、あはは……」

 

 わ、笑えない。

 

「憲兵でもあるから、出来ないことはないんだがな。捜査権は警察にあったんだ。そうだな……確か、君をここに連れてきた兵士もそのアホ共の一人だな」

 

「あの人が……」

 

「アレも昇進したな。副官ポジに収まってるけど、上官は固っ苦しい新人少尉だから姉さん部下? 時々敬語で怒る声が聞こえてくる」

 

 話が逸れていっている気がする。そう思っても、特に不快とは思わない。天色大将に合わされて緊張したけど、普通な人だった。母から聞かされていた、父の葬儀の時に『おじさん』って膝に抱き着いた時、苦笑いしてたっていうから性格は何となく分かってはいたけど。

 

「さっきの例は極端なものだが、俺も兵士たちも極力手を貸せる。場合や規模によっては大問題に発展する可能性もあるが、その場合は私が止めるから」

 

「ありがとうございます」

 

「いい。皆が俺を上官とかそういうもの以外で見てくれるからな。それに応えているだけだし、居心地のいい環境を作ってくれているからな」

 

「そうなんですか? 確かに、先程の話を伺っていると、他の軍隊とは全く違うイメージを抱きましたが」

 

「そうだろうさ。ここ、私の執務室で機密書類とかゴロゴロ置いてあるところなんだが、ここに案内してもらったのも理由がある」

 

「え?」

 

「他の部屋だと、巡田の娘と聞いて無遠慮で入ってくるぞ。二トントラックと一緒に帰りたくないだろう?」

 

 無遠慮で入ってくるのと、二トントラックがどんな関係があるのだろうか。

 

「ここから無闇に入ってこない……こともないか。新入り以外は勝手に入ってくる」

 

「艦隊司令の執務室なのに、ですか?」

 

「あぁ。ノックなし、予告なし、要件なしの三なしで来る」

 

 思ってたのと違う。形容し難い気分になる。すると刹那、執務室の扉が勝手に開く。

 

「坊主!! 酒ダァーーー!!」

 

「うるせぇ、杉原軍曹。あと勝手に執務室に来るなって言ってるだろうが。暁たちにまた怒られるぞ」

 

「それは勘弁願う……。ん? そちらの嬢ちゃんは?」

 

「巡田の娘、明日香さんだ。今日の予定聞いてなかったのか?」

 

「聞いてたが基本、聞き流すのが主義でな。そもそも俺の配置は正門じゃない」

 

「把握しとけ飲んだくれのヴァイキングが」

 

 溜息を吐きながら、杉原軍曹(?)を追い出した天色大将はソファーに戻ると、冷めかけたお茶を取って飲んだ。

 

「赤城」

 

「はい」

 

「今何時だ?」

 

「もうそろそろ五時といったところでしょうか?」

 

「あー、分かった。すまないが外に居る沖江曹長にも言って、食堂の間宮と腕に自身のある奴集めて飯作ってくれ」

 

「了解しました。あ、そういえば警備棟に行かれた後に漁協から連絡がありまして、『魚貰ってくれや。一杯食うやつおるだろ?』とのこと。そろそろ埠頭に漁船が二艇到着します」

 

「それを先に何故言わない……」

 

「……美味しいんですもん、お魚」

 

「受け取れないって言ってるだろうが、加賀はいつも突き返すんだが」

 

「……駄目ですか?」

 

「……分かった。分かったから、下ろしの指示は間宮に。ほらさっさと行け」

 

「はいッ!!」

 

 赤城が出ていくと、天色大将が頭を抱える。『全く。いつまで経っても治らない』と呟きながら頭を掻き、顔を上げた。

 

「みっともないところを見せたな。済まない」

 

「いいえ。……もしかして、父のいた頃からこのような?」

 

「もう少しマシだった、と思いたい。外部から人が来きても、自重しようともしないからなアイツらは」

 

 ここまで話していて、なんだか横須賀鎮守府と天色大将、艦娘について考えが変わったように思える。軍事施設でありながら、何というか空気が温かい。すごく居心地がいいと感じてしまった。まだ数時間しかいないというのに。

 

「父は……天色大将と横須賀鎮守府に配属されてよかったと思っていると思います」

 

「……どうしてだ?」

 

「こんなに賑やかで楽しいって思える場所、国中を探してもないです。ましてやそれが軍事施設だなんて」

 

「……」

 

「よく覚えていない父のことも知ることが出来ました。母からも聞くことが出来ますが、このように天色大将とお話していると、きっとこんな感じだったんだろうなー、と思えるんです。父がここで何をしていて、何を成しすために生きたのか」

 

「そうか……」

 

 しばし静寂が辺りを包む。包んでいたのだが、今度はドタドタと走る音が聞こえてきたかと思うと、執務室の扉が勢いよく開かれた。

 

「提督ーぅ!!!! 今日はパーティーって本当デスカー?!?!」

 

「提督提督!! 鈴谷も、鈴谷も手伝い行っていい??」

 

「しれー!! 武下さんがグリル出すって言ってました!!」

 

「提督、お野菜が足りないと間宮さんが」

 

「門兵さんたちがグラウンドで何かしてるわ!! 何あれ!!」

 

「雷ちゃんっ、今日は外から人が来てるのですっ!! それ関係なのです!!」

 

「天色大将!! 買い出し行ってきます!! 事務棟から全車出払いますがいいですか??」

 

「昼寝していたのに叩き起こされた。不幸だわ……」

 

「しっかりしなさい、山城。……あ、提督。本日は宴なのですか?」

 

「榛名頑張ってきます!!」

 

「あ、何を頑張るのさ、榛名ー!! あ、司令!! 私もカレー、作ってきます!!」

 

「「「「「「それは止めて!!!!」」」」」」

 

「大将ーーぉ!! 新瑞長官と総督がいらっしゃってます!! あと、見覚えのない車両が……」

 

「はいはい邪魔邪魔。報告します。先程長官と総督、陛下、騒ぎを聞いた民間人までもがいらっしゃいました。どうするの?」

 

「早く来いって赤城さんが言ってたー。提督おっそーい!!」

 

 ワラワラと執務室に人が雪崩込んできて、口々に色々と言う。そこには艦娘も兵士も関係ない。皆が訴える中、天色大将が大声で言った。

 

「お前らうるせーーーーー!!!! 重要な内容から優先だ!! ほら出た出た!!!!」

 

 全員を一度追い出した天色大将は、一息吐いて呟く。

 

「巡田や皆はこんな未来を残すために戦ったんだ。ありがとう」

 

 そう呟くと、「まぁ、いい時間だし予定も無ければ夕飯食って行ってくれ」といい廊下へ私を連れ出す。そこには人人人、人の波がある。

 

「ほら退いた退いた。話は行きながら聞く。順番に頼む」

 

 後ろ姿を見せながら歩く天色大将の背中は、世界を救った人物よりも別の何かを感じ取った。世界を救うというよりも、背中を見せて守るというような雰囲気を。




 
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