艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集 作:しゅーがく
月日は流れる。第一志望だった大学に通い始めて二年、成人式を迎えた私は晴れ着姿でパラパラと雪が降る家の前に立っていた。小中学生の頃の友人たちに再開することは楽しみだし、事前に連絡を取った人もいる。だが、今日はそれ以上に心待ちにしていることがあった。
母や祖父母も正装に着替えて記念撮影を終えると、私はゆっくり会場へと向かった。
成人式の会場は横須賀芸術劇場。大きいホールだ。そこに周辺の成人が集まることになっていた。会場に近づくに連れて、スーツや袴、晴れ着姿の成人が増えていき、ホール前にもなると大勢が集まっていた。その中で、連絡を取っていた友人たちと再開しつつ近況報告。そんなことをしていると、同じ中学出身の子たちも集まってきて、懐かしい気持ちになれた。大学でできた友人も好きだが、昔の友人もいい。
そんな成人の中に散見されるのが軍服。既に兵士となっている人や士官学校に通っている人たちの正装は軍服なので、この会場では少し浮いてしまう。こういう式でも軍服でなければならないらしい。友人の中にも数名、軍人になった人がいる。彼ら曰く『俺たちが平和を守る』『先を歩く英雄の背中を追いたい』と言っていた。
やがて開場となり、案内が始まる。出欠を取りつつ、広いホールの中に並んで座っていった。もうここまで来ると、学区とかほとんど関係ない状態だ。近くに高校時代の友人もいる。開場が横須賀芸術劇場だったと聞いて、少し話していたのだ。
数十分話していると、時間になったようでアナウンスが流れる。旧友に再開して熱を帯びたままの成人たちが、静まることは難しい。私は早々に会話を切り上げていたので、舞台の方に目を向けていた。そうすると、どうだろう。幕の向こう側が騒がしい。準備の再確認だろうか。
「只今より、横須賀市成人式を執り行います」
先程まで騒がしかった成人たちが静まり返り、幕の端にいる司会に注目した。見覚えのある人に見えるが、恐らく民間放送のアナウンサーだろうか。
「先ず、横須賀市市長からの挨拶」
幕が開き、中央に壇上が設けられている。垂れ幕で「成人おめでとう」と書かれており、後ろには花壇が設けられていた。凄まじく豪勢で華やかな造りをしている。
市長の挨拶は滞りなく進んでいった。長いということもなく、形式的な文章に独自のアレンジを加えたものを読んでいたのだ。時間にして三分いかないくらいだ。次に地域の代表者も登壇していき、市長と同じく当たり障りのない言葉を話していく。それが何人か繰り返されるが、途中で飽きてくる成人も出てくる。あくびをする声が聞こえてきたり、ヒソヒソと話し声が聞こえてくるのだ。
教育委員会の人からの言葉が終わった時、会場の空気が一変したのだ。私はいち早く気付いており、というよりも事前に聞いていたというべきだろうか。
壇上の上を歩く、一人の男性。年齢は私たちとそう変わらないくらいか、むしろ少し下かもしれないという出で立ち。だが、滲み出るオーラはとてもじゃないが成人程度では出せるようなものではない。壇上に着くまで、成人になった軍人たちは次々に飛び上がって敬礼をしていく。陸海空関係なく。
そして壇上に付いた男性は声を出すが、スピーカからは聞こえてこない。
「あーあ、あれ? マイク入ってない??」
どうやらマイクの電源を教育委員会の人が切っていったらしい。電源を入れ直し、再度確認すると話し始めた。
「あーあ、よし。成人おめでとう……壇上からもちらほら見えるが、先ずは突っ立ってる成人は腕を下ろして着席しなさい」
会場全体を見渡すと、堂々と声を出した。
「市長からずっと紹介があったのに、私だけないみたいだが誰か知らないか? ほら、そこの白袴の成人、どうしてだと思う?」
「へぁ?! 俺ですか?! え、えぇと……予定になかった、とか?」
「正解。君は後で私のところに来なさい。私から成人祝をやろう」
「あ、ありがとうございます?」
「では、自己紹介。私は日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部から皆を祝うために来た、天色だ」
「「「「「「「「「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!??」」」」」」」」」」
「あ、あはは……」
※※※
天色大将の登場に会場は湧く。軍人たちが気付いて敬礼したのは、恐らく軍服での登壇だったから脊髄反射だったのだろう。私たち一般の成人も気付いていた人は大多数ではあるものの、実感を持てなかったのだ。それにアナウンスもなかったというのもある。
はははと朗らかに笑う天色大将は、『悪い、祝辞はないんだ』と言いながら壇上に立ったまま話し始める。
「どうだろう、少し皆に聞いてみたい。正直、こういった式典に出席するのは面倒、さっさと記念品寄越せって思ってる奴は手を挙げろ」
パラパラと手が挙がっていく。中には中学校時代、お調子者だった奴もいる。
「素直で結構。私も同じだ。面倒くさいだろ? それでも、私は事前に言われていれば祝辞は用意したんだが、副官が今朝まで黙っていやがった。起き抜けで準備してこっちに来た訳だが、ぶっちゃけ成人式の祝辞の場にいることしか分かっていない。許さないぞ大尉、一ヶ月嫌いな食べ物の刑だ馬鹿野郎」
あちこちで少し笑い声が聞こえてくる。
「私の肩書や名前で緊張する者もいるだろうが、楽にして欲しい。基本的にはこういう人間なんだ。数え年で言えば今年で三十も過ぎているのだが、気分は皆と同じ若者だ。さて、祝辞らしいことを言わなければ後で怒られるから話そうと思う」
急に空気が引き締まった。
「皆は先の戦争が終戦したことは記憶に残っていると思う。あれだけメディアで騒ぎ立てていたら嫌でも耳に入っただろうからな。どうだろう、日本皇国が戦争をしていたという事実の実感はあるだろうか?」
その問いかけには誰も答えない。
「ある者もいるだろうし、ない者もいるだろう。どちらかを強制はしないが、私個人の意見としては実感を持って欲しい。君たちの目の前で確かに戦争は起きていた。深海棲艦と呼ばれる未曾有の敵を相手に、世界は滅びに貧した。人類滅亡だなんて言葉が現実として迫りきていたことだったのだ。皆の両親は体感しただろう。目の前まで人類史の崩壊が迫り来ていたことに。特に横須賀に住む皆はそうだ」
これまでに感じたことのない緊張感が辺りを包む。お調子者や素行不良だった人までもが黙り、天色大将の方を見ていた。
「だがその危機は脱した。日本皇国は絶望に陥っても尚、抗うことを諦めなかったからだ。世界の終わりに立ち向かい、何を失うことも恐れることなく戦場を駆け回った者たちがいた。非力な人類に力を貸した者たちがいた。未来を切り開くことを諦めなかった者たちがいたからだ」
脳裏にビジョンが流れていく。横須賀鎮守府に行った際に出会った人たち、艦娘の皆、天色大将、父、町中で見かける憲兵、大本営、陛下……。
「諦めなかったから、私たちは未来を掴むことができた。これからは君たちの時代だ。いいか? 成人したばかりの皆に言うには重すぎる話だが、皆の双肩には幾億の日本皇国国民の想いが乗っている。平和を夢見て死に逝った者、家族が安心して暮らせる祖国を守った者、愛する人がこれ以上苦しまないために戦った者、隣に立つ友人がこれからも健やかに生きていくために立ち上がった者。戦乱の時代を駆けた輩の想いと未来を皆に託す。誰も悲しまず、誰も殺されず、誰も飢えず、誰も人を殺めず……皆が笑い、腹一杯食べ、仲良くし、話し合いで解決していく国を、世界を創っていくんだ」
シンと会場が静まり返る。
「改めて、成人おめでとう。戦中の英雄は今には必要ない。これから、君たちが戦っていく番だ。そして、兵士諸君。君たちは戦う術を持たない国民や皆を守るんだ。いいな?」
「「「「「はッ!!」」」」」
「身を盾にして死のうとは考えるな。どれだけ無様でも生きて生きて生き抜いて、最後の最後まで諦めずに守れ。君たちが死んで悲しむ者は多くいると知れ。以上、しんみりさせてしまって済まなかったな」
そう言い残して、壇上から去って行った。
※※※
天色大将の後に祝辞はなく、司会者が顔をヒクつかせていたが、何か不味かったのだろうか。すぐに成人式は終わり、自由にしてもいいと連絡があった。隣の子と話そうと思った時、最初に天色大将に当てられていた成人が会場から飛び出して行き、すぐ慌てて戻ってきたかと思うと何か叫んでいた。
「お、おーい!! 天色提督の成人祝、全員分あるから取りに来いって!!」
そんなことを叫んでいた。私としても会場に残っているのならば、少し話したいと考えていたからいい機会だろう。
高校生の頃の旧友と話し、同窓会云々の話題が回ってくる。小中は合同で、高校は仲良かった人たちだけで集まるようだ。とりあえず全てに出席という返事をし、最後まで一緒に残っていた付き合いの長い友人と共に会場を後にしようと出口へ向かう。
劇場から出ると、扉の前には軍用トラックが何台も止まっており、兵士が何かを渡しているようだった。恐らく、天色大将が言っていた成人祝だろう。
「天色提督が仰ってたのってこれ?」
「そうみたい」
「なるほど、紅白饅頭は伝統みたいだけど紅白……お酒? あぁ……」
「何?」
「これ、毎年配られてるらしいんだけど、そっか、天色提督が……」
「そうなんだ」
「うん。お兄ちゃんの成人の時、持って帰ってきてたからなんだろうって思ったら『天色提督が『飲酒解禁だろ? これ飲んで、酒がどういうものか味わえ』って、日本中の成人式会場で配ってるらしい』って言ってたから」
「な、なるほど……」
紙袋に入れられた酒瓶を配っているのは天色大将と、その他兵士な訳だ。これは、他の兵士や艦娘の皆さんから反対はなかったのだろうか。そんなことを考えながら、出遅れた私たちは終わりがけに列へと並んだ。
着々と列が進んでいき、私の番になった。どうやら私に渡してくれるのは天色大将らしい。
「成人おめでとう」
「ありがとうございます」
「いつぞや振りだな。晴れ着姿、似合ってるぞ」
「あ、ありがとうございます。お久しぶりです」
「ははは、会場で諦め顔していたのが見えた。他のは驚愕というか呆然としていたのに、アレか? 二年前にウチに来た時のことでも思い出していたか?」
「はい。あの時ので天色大将のことも、兵士の皆さんのことも艦娘の皆さんのこともよく分かりましたから。それで、今回は反対されたなかったんですか?」
「特にない。毎年やってるから反対もクソもないだろ。それに、艦娘も護衛として付いてきている。そこらへんに金剛とか居るぞ」
「へ?」
辺りを見渡しても成人ばかりだし、それ以外だとしても係の人や兵士しか見当たらない。
「あー、金剛は髪下ろしてるから分からないかもな。他にも鈴谷とかいるから、鈴谷なら分かるだろ? 今日くらいなら自分の髪色でも目立たないって言って、晴れ着姿で居るはずだが?」
「き、気付かなかったです」
「そりゃそうだろ。目立つ容姿しているが、長いこと変装していると慣れるらしい。そこの兵士、大井だしな」
「うっそ……」
そんな話をしていると、天色大将に大井だと言われた兵士が近づいてきた。武装はしているが、小銃は肩から掛けているからそこまで怖くはない。町中で遭遇する憲兵と一緒だ。
「お久しぶりです、明日香さん。成人おめでとうございます」
「お久しぶりです、大井さん。ありがとうございます」
「はぁー……変装の件ですが、提督の仰っている通りです。外に出歩く際は私たちが基本的には護衛に付き、門兵の皆さんや派遣された特殊部隊が付くこともあります。ですが、基本的には私たちが変装するんですよ。場所によっては私たちでなければならないところもありますし、緊急を要するところへ行くこともありますから」
「そうなんですね」
「ったく、明日香さんの通っていた高校の卒業式、大学の入学式。他にも結婚式だ、創立何年記念式典だと事ある毎に出席したがりますから、私たちとしても止めるのが大変なんですよ。成人式は元々横須賀市長の正式な要請ですから断らないですが、他の式典は別です」
「……皆混乱するので」
「そうですよね? 鎮守府にいた兵士の遺族だからとかなんとかって」
「苦労されてますね」
「慣れてます。提督を振り回すのも、振り回されるのも。私たちは横須賀鎮守府艦隊司令部の艦娘ですから」
そう言って「では、失礼します」と言って大井は離れていった。
「ああ言っていたが、今回の護衛に立候補した奴らが模擬戦したんだが、大井の奴、演習海域で大暴れしたんだぞ」
「立候補して模擬戦ということは、勝ち残った人が護衛に?」
「そうだ。番犬艦隊も解体したから毎回似たようなことをして争ってる。別に手空きの奴が来ればいいだろうに」
この人は本気で言っているのだろうか。二年前、一日だけいたが横須賀鎮守府の人たちのことは十分分かった。皆、天色大将のことを大切に思っていて空回りしながら尽くしてくれているということを。
「……友人を待たせているみたいだな」
「あ、」
「また機会があれば、いつでも待ってるからな」
「はい」
天色大将はそう言って、片付けに入った。周りを見ていると、並び始めたのが最後の方だったのだが、結構帰ってしまったようだ。残っているのは、私の顔馴染みばかり。何か言いたげな雰囲気で私の方を見ている。
再度天色大将に礼を言い、待たせている友人のところへと戻った。
「なになに、明日香ってば知り合いだったの?」
「う、うん」
「詳しく聞かせてよー。確かにこの場に来ていることは想定済みだったけど、これは想定外というか尋問が必要よ? そうよね、みんな!!」
「そうだな」「知りたい!」
友人の声に皆が賛同する。だが、知り合ったキッカケなんてどう説明すればいいのやら。確かに機密解除されているとはいえ、あまり人に話す内容でもない。
誤魔化しながら私は成人式を後にする。
※※※
私は再び岐路に立たされた。大学入学からこの時が来ることを直視し、準備を重ねてきた。周囲の友人たちはあまりそうでもなかったが、私はこれで良いんだと強い意志を持ちながら歩み続けた。大学生だ。遊びもしたが、やはり私は掲げた目標に向かって走ることを辞めなかった。
目標が出来たのは成人式の時だ。一年と少しは、そういう道もありかと考える程度だったが、それからは真剣に向き合ったのだ。走り抜けたのだ。だから私は目標を見失うことはなかった。
そして、辿り着いた先にはまだまだ試練が待ち構えている。
「……」
唾を飲み、門を見上げる。私は目指すのだ。
「何をもたもたしているッ!! 貴様らは郵送で送られた辞令を受け取った時点で人のため、家族のために生命を守ると誓った軍人だ!! 日本皇国のためだけだと考えるな!! 貴様らは命令が下れば何処へでも駆けつけなければならない!! それがたとえ日本皇国のためだけではなく、他国でも同じ!! 言葉が通じなくとも、日本民族でなくとも、我々が日本皇国軍、我々が日本皇国軍軍人であると示さなければならない!!」
ドキリと心臓が跳ね上がり、カバンを背負い直すと走り始める。
グラウンドを目指して走り続けても、道中怒声を挙げる人が絶えることはない。
「貴様らの背中を見て後ろに立つ者が安心することができる!! 背中丸めてると爆撃機の爆弾倉に吊り下げて太平洋に捨てるぞ新兵!! そんな背中だと後ろの者は安心できないぞ!!」
息を切らしながらグラウンドに並ぶ。息を整える頃には集合が終わったようで、前後左右の感覚を確認しながら静かに待機する。
「総員、敬礼!!」
不慣れな敬礼をし、号令が掛かると腕を下ろした。
「これより、第三期海軍士官学校入校式を執り行う」
そう。私は成人式の時に決めたのだ。私は軍人になる、と。戦いはもうないことは分かっている。だが、誰かがやらなければならないことなのだ。父のような人が幾万と命を落としながら、やっと手に入れたこの平和を、私たちが守っていかなければならないと。
天色大将が教えてくれたことを胸に秘めながら、私は共に守っていこうと。人を、国を、世界を。
「では学校長、よろしくお願いします」
「あぁ」
私にどんな適性があるか分からない。だが、何があったとしてもやっていけるように勉強もしてきた。必要な体力や筋力も付けてきた。母や祖父母にも気持ちを伝え、後腐れなく門出を迎えることができた。
周りには同じ考えを持っているとは限らない同志たちがいるが、そんなことはどうでもいい。私のしたいように、私がしなければならないと考えることをしていくのみ。結果は後から付いてくる。人は知らない。もし私だけならそれでもいい。ただ前を向いて突き進むだけだ。
「グラウンドに出てくるまでの道中、教官らから散々に罵声を浴びせられただろう。だが、教官らの言っていることは正しい。罵声ではあるが正論だ。心に留めて、これからの心身鍛錬に精を出し、一人前の士官として卒業してもらいたい」
桜舞い散るこの季節。
「幾億と積み重ねた輩へ報いるため、我らは世界を守らねばならんのだ。貴様らに無様であろうと生き抜き、より多くの命を救わねばならんのだ。精根尽き果てようとも、立ち続けなければならない。貴様らにその覚悟はあるか。覚悟があるのならば行動で示せ!! 小銃、大砲、銃剣、スコップ、ペン、石ころ、木の棒、なんであろうとその手に持て!! 貴様らの一挙手一投足が背中に守る人を助ける!! 隣に立つ戦友を生き長らえさせる!! 各々が同じモノを守ると言うのなら、個々の力が集まり大きくなる!!」
私は軍人になった。
「貴様らは軍人になったッ!! その躰、その生命尽きるまで背中に守る人々を守り抜いてみせよッ!! 我々がしなくてはならないことは人を殺すことではないッ!! 人を助け、人を守り、人を生かさねばならぬッ!! 荒廃したこの世界を蘇らすためにッ!! 未来のために散った幾億の犠牲のためにッ!! 総員、敬礼ッ!!!!」
※※※
海軍士官学校を卒業した私は候補生研修にて海軍舞鶴基地へ出向。舞鶴即応部隊で内勤を経験後、横須賀基地に転属。横須賀基地所属超長距離特務偵察任務部隊に配属。遠方国家に対する情報偵察活動や政府により齎される残存深海棲艦目撃情報を精査し、各地に各海域に点在する日本皇国海軍部隊に対応命令を下す際に必要な情報収集を行う。その後、情報部隊経験者並びに軍務態度や検査・審査の結果、転属が大本営から直接下され、横須賀鎮守府へと出向することになった。
同僚や嘗ての同期たちは『大出世!! しかもエリートコース安牌!!』と散々言われた挙げ句、大学時代の友人にも知れ渡ってしまう。母や祖父母にも伝えると、呆然と私の顔を見つめた後、優しく私の手を握ってくれた。祖父は少し複雑そうな表情をしていたが、特に何か言うこともなく黙っているだけだった。
横須賀鎮守府出向には何かある、と大本営に出頭した際に聞かされた。その『何』が分からないが、ともかく行かなくてはならないことに変わりはない。
着慣れた軍服と官給品、最低限の荷物を持って鎮守府の門を潜る。自由に出入りすることはできないのだが、門兵に書類を出して入るだけだから時間が掛かることもない。
「中尉は慣れてますね」
「何が?」
「いや、こちらにいらっしゃる軍人は皆、どの階級であっても正門前でウロウロしてから決心して入ってきますから。佐官でもそうなんです」
「よく分からないな。身構えることもないだろう」
「そうですよね。……はい、確認が取れました。巡田 明日香中尉、ようこそ横須賀鎮守府へ」
「ご苦労」
私は二十七になっていた。それも当然だ。二十二で士官学校へ進み、二年在学後、候補生として舞鶴に一年出向。横須賀基地に転属し、二年間実務に着いていた。もうそろそろ二十八ということもあり、なんとなく同僚や後輩が結婚していくのを見ると「何だかなぁ」となる。
私の年齢のことは置いておいて、横須賀鎮守府に来るのも久しぶりだった。最後に来たのは士官学校に進むことを決意した二十の時だが、それ以来来ていない。
中を見渡すと、特段変わった様子はない。門兵の雰囲気も景色も、あの時のままな気がする。所属する兵士も、戦時下に配属されていた半数以上が定年や転属になっているみたいだが、記憶に強く焼き付いている空気は何一つとして変わっていなかった。
「巡田中尉、入ります」
「入れ」
「失礼します」
訪れたのは警備棟。普通は警務部隊と呼ばれる、基地内で発生した犯罪や規律違反を取り締まる部隊だが、ここでは『警備』と呼ばれている。
警備棟の警備部部長に着任の挨拶に来ているのだ。
「巡田 明日香中尉。辞令により本日0900より横須賀鎮守府艦隊司令部警備部に転属します」
「確認した。休んでいい」
「はッ」
「巡田中尉には始め、一般警備部隊を受け持ってもらう。三ヶ月程経験を積んだ後、情報工作班へ移ってもらう」
「はッ。三ヶ月一般警備部隊を受け持った後、情報工作班に移ります」
「よろしい」
警備部部長は変わらず武下大佐が受け持っているようだ。以前来た時は中佐だったが、昇進されていたようだ。急に雰囲気が変わったが、どうやら軍務と関係のない話に切り替えるようだ。
「……元気にしているようで何より」
「はい。特に体調も崩すことなく」
「活躍は聞いている。昨年、北海で発生した深海棲艦残党による無差別攻撃、君が掴んで知らせてくれたそうだな」
「はい。端島鎮守府からワイト島に向かった艦隊に同乗しておりまして、ワイト島からリヴァプールへ行った際に街の噂で聞きました。裏を取るためにイギリス空軍に要請し、イギリス政府からドイツ政府、ドイツ空軍へと。偵察結果もドイツ空軍から直接受け取ったため、本国に緊急連絡を入れました」
「ワイト島に向かった艦隊は確か……水雷戦隊だったか?」
「長良、長月、菊月、若葉です。北海の深海棲艦は航空母艦も含まれていましたから、彼女たちには偵察だけ頼んでいました」
「なるほどな」
一呼吸置いた武下大佐は『この後、君の部隊が一階ロビーに集合する。小規模部隊長の経験は士官学校時代に積んでいるのであろう?』と言い、まだ軍服(と言っても制服の方)にBDU用のワッペン等々を渡してきた。
「では、よろしく頼む」
「了解しました」
部長室を出た私はそのまま一階ロビーへと向かう。既にBDUを着て武装した兵士が集まっており、総勢四十人程度。軽く挨拶を交わし、副官に着いた曹長とも数言交わす。軍人になって十六年、横須賀鎮守府配属になって十年のベテランだ。よくある話ではあるのだが、新米小隊長にはベテラン副官が着く。例外はほとんどなく、基本的に小隊長は副官に教わりながら成長していくものだ。
挨拶も終え、早速軍務があると思ったのだが、どうやら今日は既に終わっているらしい。どうも深夜から早朝に掛けての番だったらしく、これから休みに入るという。ローテーションで回っているらしく、今度の軍務は明日の早朝から昼までらしい。それまでは自由時間ということなので、寮に荷物を置きに行く。少尉で女性ということもあり、二人部屋が用意されていた。それぞれの基地で階級や性別毎に部屋割りが決められているみたいだ。同室の者はいないらしく、また、この時期に異動してきた人は私しかいないようだ。しばらくは私の一人部屋になるだろう。
※※※
部屋で仮眠を取った後、夕食兼歓迎会を開いてもらった。鎮守府内で使用していない詰所等の施設を改装した居酒屋に呼ばれた。他の基地にも居酒屋のような施設は基地内に存在していたが、こじんまりとしていることがほとんど。出てくる酒もノンアルコールのビールまたはビールだけだった。だが、ここはどうも違う。様々な酒が振る舞われており、しかも支払いは給料天引きという。つまみも料理ができる酒を飲んでいない兵が作るようだ。
酒を程々に飲み、泥酔状態になる前に全員が切り上げて寮へとフラフラ戻っていると人に出くわす。時間帯的に消灯時間であり、出歩いているのは警備巡回の兵くらいだ。近付いてくる人影に少し警戒するものの、姿が分かると自然と警戒を解いていた。
「巡田中尉か」
「天色大将、お疲れ様です」
「お疲れ。なんだ、歓迎会の帰りか?」
「そうです。上官部下関係なく、あの席ではしこたま飲まされるんですね。ちゃんとセーブしていないとハメを外した部下の制御もできませんから」
説明は受けていたが、やはり横須賀鎮守府は軍に所属していながらもおかしい点がいくつも存在している。須賀鎮守府艦隊司令部が日本皇国に対する治外法権を持っている
ことからも想像に容易い。横須賀鎮守府に出向する日本皇国軍人は基本的に軍内部の異動であるために転属扱いになるはずなのだが、ここに来る場合は出向という形になってしまう。組織外への異動ということになる。そのため、日本皇国軍である以前に『横須賀鎮守府艦隊司令部警備部』という組織の人員としてカウントされてしまう。給料も国から得ているが、形式的には横須賀鎮守府から支払われていることになっている。そのため、様々なことに融通が利く。前借りや金にまつわることは基本的に緩い。全て天色大将の承認で処理されるためである。歓迎会や送別会、部隊での行事等も申請すれば全額出るくらいだ。そんな軍事施設世界中探してもないと言われている。
横須賀鎮守府の特権等、できないことを数える方が早いとも言われている。全てが天色大将の裁量で判断されるため、宣言次第では国家としての独立も可能であるという。これ以上考えると、私の脳みそがショートしそうなために止めておこう。
ともかく、自分たちへの金銭的負担が全く無いために、行事での席は基本的に皆泥酔する程飲み食いするのだ。普段なら尻を蹴り上げられて怒られるのだが、鎮守府ではそうもならない。怒るのが部隊長くらいのため、セーブが部隊長の仕事になってしまっているのだ。
「上手い具合に小隊を管理してくれよ。では、私は私室に戻る」
「はい。おやすみなさい」
それだけの言葉を交わし、私は天色大将に敬礼をする。勤務時間外ではあるのだが、この辺りの礼儀はしっかりしておかなければならないから。
見送った後、私は与えられた寮室に戻って身支度を整えて眠りにつくのだった。明日から始まる新生活に希望と不安を抱えながら。