艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集   作:しゅーがく

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※あくまで可能性の話です。


一つの可能性 その4

 

 年月は流れ、私もいい加減いい歳になった。長年警備部部長を務めた後に定年退職した武下大佐が老衰で亡くなり、戦時下を駆け抜けた兵士の殆どが武下大佐の後を追うように定年退職と老衰や病気によって亡くなっていった。そんな中、私は軍内部でも異例の大出世を果たしたらしい。

らしいというのも、私自身自覚がないからだ。元々、責任のある仕事を背負って生きてきた身としては、あまり変わることのない事柄だったのだ。横須賀鎮守府艦隊司令部警備部に配属された私は小隊長を経験した後、情報班に配属。数年の経験を積んだ。その後、武下大佐が退職されたので元の小隊に戻されるのかと思いきや中隊長に抜擢。大尉に昇進。この時28歳。

大尉になったかと思いきや、部長になった。少佐に昇進。警備部の規模で部長が少佐であることが問題視されて、一週間後に中佐になった。その後行われた観閲式で横須賀鎮守府艦隊司令部警備部として恥じない警備能力や練兵力が評価されて大佐になってしまった。そう、私は短期間の間に大佐になってしまったのだ。一般のエリート士官コースには居た気がするのだが、いつの間にやら私は佐官になってしまっていたのだ。これには同僚も唖然。母に至っては目が点になり、まだまだ元気な祖父母はフリーズしてしまった程。

 そんな出世街道を皆が徒歩で移動する中、戦車で爆走した私は警備部部長室で執務をしていた。

処理するべく書類そこそこあり、下から挙がって来る報告書、周辺住民の要請、大本営に提出する書類、本部棟に提出するものもある。普通に毎日熟していれば、そこまで苦痛になることのない仕事量だ。面倒な手続きがほとんどない書類ばかりしかない、スリムなやり取りしか行っていないからだろう。普通に軍事施設でこれくらいの階級になると、もう少し面倒な手続きがあるのかも知れないが、生憎そういった話をすることもなかったために知らない。

 

「執務はここまでにして、今日は何をしようかしら」

 

 そんな独り言を呟く。というのも、警備部部長執務室には私以外は誰もいない。基本的に私しか使わない部屋で、時々部下が出入りする程度だ。本部棟の執務室程物を揃えている訳でも、人が出入りすることもないためだ。専ら私の王国(キングダム)だ。私物を置いても良いことにはなっているので、あちこちに物を置いてしまっているが問題もないだろう。

 読みかけの本を手に取った瞬間、扉を叩く音がした。来客のようだ。

本を元に戻して返事をすると、見慣れた顔が執務室に入ってくる。

 

「今日の執務は終わったか?」

 

「はい。終わっています」

 

 天色提督が珍しく、私の執務室を訪れていた。用向きがあると、基本的に誰かを伝令に自身の執務室に呼び出す人なのだが、こうして私のところに出向いたとなると、わざわざそうせざるを得ない状況になってしまっているということだろうか。少し身構えていると、天色提督は気怠げに机まで近付いてきて書類を机上においた。

 

「これは……?」

 

「日本皇国政府を経由して、新国連総会への招致命令だ」

 

「……」

 

 面倒なものを持ってきたものだと考えてしまう。深海棲艦との戦争後、生き残った人類は機能しなくなった国際連合を再結成しようと動き出したのだ。発案はアメリカ合衆国、参加国はそれほど多くもない。基本的に参加国が一票を所持しており全会一致でなければ方針を決めることが出来ないのだが、戦中・戦後の影響から日本皇国の決定が主軸となってしまうことが多くある組織でもある。本部は松代。旧日本皇国軍第二司令部が置かれていた場所だ。戦後すぐに松代から広島へと移されたため、その場所を放棄したものを再利用しているだけなのだ。

 

「内容は……」

 

「仰らなくても分かります。地球上、最も戦力を有している日本皇国軍でも独立した指揮権等を保有しており、国内でも治外法権区域や国外に基地を保有する横須賀鎮守府艦隊司令部に対し、戦力分配若しくは艦娘分散・司令官の処遇再検討……ですよね?」

 

 黙って天色提督は頷いた。

 

「何年も議論している内容じゃないですか。それに日本皇国内の問題でもあり、土地を貸している国との外交になりますよ? 国連は何も関係ないじゃないですか。しかも、天色提督に関しては日本皇国国籍日本皇国海軍の軍人ですから、日本皇国以外の国から指図を受ける謂われはないはずです」

 

「それは新国連が設立した時、最初の国連総会の議題に挙がっている。この件に関しては、元々当事者である日本皇国が独自で解決することで決着が着いた案件だったんだがなぁ……」

 

「というと、今回それを蒸し返されたと?」

 

「その通りだ。終戦から十年も経つと、経済力のあった国は元々あった地盤を用いて復興を行っている。アメリカ合衆国がいい例だ。あの国は国内に豊富な資源を有し、人材も潤沢だ。全国民が総力を上げれば戦前以上に国力を持つことができるはずだ。現にそれは実現しようとしている。新ソ連も同じだな。次に欧州各国。人種や言語、思想で対立を繰り返してきたところではあるが、歴史がある。国の盛衰の経験値ならあの国に勝るところはないだろう。アジア圏は未知数だ。中国は指導者次第、東南アジアは先に復興を進めていた影響で力を付けている」

 

「その中から考えられる、と」

 

「断言はしないが、こういったことのツッコミを入れるということは、それほどまでに自国内に向けるべき目を外に向ける余裕があるということだ。ともなれば、復興が進んでいる国でしかない。新国連に加盟している国でも、おんぶにだっこ状態じゃない国ならば国外の情報を新国連から得ることも可能だからな。何も知らない状態からならば、国連総会事態が情報の宝庫と成り得る」

 

「……それで、この話を持ってきたということは」

 

「察しがよくて助かる。出席時の護衛を頼む。各国要人も護衛を連れているだろうが、問題ないだろう。今回の特別招致されているのは俺だけだから、日本皇国の護衛と区別されていることを知らしめる必要もあるからな」

 

「了解しました」

 

 それだけを伝えると「お疲れ様。日程は後ほど伝える。それまでの間に編成と必要な装備を纏めておいてくれ」とだけ言って執務室を出て行ってしまった。

私は急遽与えられた仕事を熟すため、再び真面目に机へと向かうのだった。

 

※※※

 

 日本皇国は松代。現在、最も安全な国として知られている日本皇国は長野県に位置する都市。新国連の本部が置かれたことにより、各国大使館も東京と共に分館として置かれることも最近は増えてきた。現在ではアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、新ソ連、フィリピン、インドネシアが置いている状況だ。

ここでは本日から数日間の日程で新国連総会が開かれようとしていた。私は軍務で松代を訪れている。

 

「各員、装備のチェック。叩き込んだ会場の構造を思い出しながら聞け。各国要人の護衛に関しても名前まではいい、顔だけでも覚えろ。要人・護衛以外の不審人物を発見次第、速やかに憲兵に連絡する。通信兵は会場警備を担当している憲兵隊との連携を密に」

 

 私は普段の軍服を着ているものの、それ以外は全員BDUを着用している。装備も一般的な日本皇国軍の兵士がする装備ではない、特殊なものも持ち合わせている。

三十人この場にいるが、要人護衛としての数の平均がどれくらいか分からないが、これくらいなら安心できるという数を連れてきている。護衛対象は「そんな多くなくてもいいぞ。五人でも多いと思うことがあるくらいだ」と仰るような人だが、私はそうは思わない。重要性を鑑みれば陛下と同程度の護衛は必要だろう。

 総会に出席する政治家が私たちの方に変な目線を向けていたことを思い出す。日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部警備部といえば、国内外問わず存在の認められいる部隊の中でも精強だと言われている。募集は陸海空三軍から受け付けているという特殊具合ではあるが、募集人員も多くまた勇猛な人材はほぼ全て警備部に志願すると言われている。国内でも"横須賀鎮守府"という存在はかなり扱いが難しいものでもあるが、そういった面が"兵士"としても出てきている。

 

「天色提督から連絡があり、現在、同行している外務省一平外務官と共に向かっているとのこと。会場入りは五分後です」

 

「分かった。全員注目。今回の護衛任務は単純だ。指定区域内を移動する護衛対象について回る。先鋒・本隊・殿に別れ、危険物・人物の確認、近接護衛、後続の監視を行う。これより薬室への弾丸装填を許可、安全装置を掛ける」

 

 全員が私の言ったことに従い、準備を始める。

 

「各員事前通達した班に別れて任務を開始する。本隊は私に着いてこい」

 

 程なくして聞き慣れた声が近付いてきた。どうやら同行人の一平と話しながら来ているようだ。

 

「最近沖でしか捕れない海産物が美味しくて美味しくて」

 

「漁協の活動も活発になりましたからね。数年前は海洋学の研究材料にされているものも多く、卸される数は少なかったです。安全と判断された食材の殆どは皇室や高級料亭に行っていたとか」

 

「はい。この頃は少し値は張りますが手に入りやすくなりましたよ」

 

「沢釣りは前々から嗜む人が多いと聞きますが、海釣りも流行りそうですね。岸壁付近でも美味しい魚は釣れるみたいですよ」

 

「それは今度釣り道具を買わねばなりませんな」

 

「買っても釣ってる暇あるんですかね?」

 

「ないですわ、ははは!!」

 

 天色提督と一平が見えると、私たちは敬礼をする。天色提督は答礼をして腕を下ろしたため、私たちも腕を下ろした。

 

「首尾は」

 

「総員準備完了」

 

「よし。では頼む」

 

「了解」

 

 私は指図して部隊を動かす。先鋒と殿にそれぞれの配置に着くように命令を下し、私を含む本隊は天色提督に合流をした。鎮守府から護衛として着いてきている艦娘の皆にも目配せをし、金剛さんに合図を送る。

金剛さんは擬装をしまっているが、いつでも出せる状態にあるらしい。問題ないということなので、そのまま私たちは天色提督の後を歩いて行った。

 程なくして目的地に到着する。一平と別れると、係に案内されるがままある部屋の前に到着した。そこは新国連総会の行われている会場だ。天色提督は最初から出席するのではなく、決められた時間に会議室に入っていくことになっているのだ。既に先に先鋒が入室しているようで、室内から少し声が漏れて出ていた。

それもそうだ。いきなり日本皇国軍が入ってきたら驚くというものだ。

 

「入るぞ」

 

 そう全員に言って、天色提督は気にすることなく扉を開いて入っていく。

中には国際色豊かに人々が集合しており、それぞれの人の前には自身の国の名前が入ったプレートと国旗を置いている。すぐに誰が何処の国の人間なのか分かる。人物名もその隣にあり、英語で書かれているので簡単に読むことが出来た。

 席の間にある通路を堂々と歩いて行き、先に展開している先鋒隊が囲んでいた壇上の前に立った天色提督を確認する。私は本隊に散開してもらい、殿には退路の確保を行ったのを確認した。

壇上の近くだからこそよく見える。集まっている各国要人の目が私たちに向いていることを。室内に自国の軍隊を連れ込んでいる国はないのだ。それにも関わらず、天色提督は連れ込んでいる。その事実に対して反応しているのだ。

 

「私は日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部 司令 天色海軍大将。新国連総会の席に呼び寄せたのは何処の誰でしたかな?」(※ここからは英語で話されています)

 

「白々しい。私だ。新ソビエト社会主義共和国連邦 総書記 アレクサンドル・ミハエル・ドグワツキーだ。君が呼び出されたのは他でもない」

 

 恰幅のいいハゲ頭に白いあごひげを蓄えた男はそう答える。

 

「現在、世界のパワーバランスは大きく偏っている。率直に言おう。君が指揮する艦隊が地球上のありとあらゆる軍隊に秀でており、また、融通の効かない私兵と化している。その娘共は君の命令しか聞かないのだろう? それに、君の命令次第では世界を滅ぼすのも厭わないとか」

 

「……」

 

「そこで提案だ。日本皇国海軍自体も"艦娘"という戦力を保有しているものの、君程練度も戦闘経験もないひよっ子だ。彼女たちに今後を任せ、横須賀鎮守府艦隊司令部は解散したまえ」

 

 肌にビリビリと電撃が走ったように感じだ。その元は言わずもがな、金剛さんたちの方からだ。見るからに機嫌が悪くなっているのが分かる程だ。だが、それに気付いているのはごく少数にも思える。要人たちは全くなようで、護衛として来ている本隊の兵士も顔が強張っているくらいだ。

 

「原隊は日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部になっているだろうが、現在は新国際連合統合特殊任務派遣軍団横須賀鎮守府艦隊司令部だ。この議題は日本皇国の国権に関わることなく、国際的に公平な決を取るべき案件だ」

 

 そう。横須賀鎮守府は終戦後、世界各地にその姿を現すであろう深海棲艦残党を殲滅するべく、新国際連合設立と同時に設置された新国連機関"統合特殊任務派遣軍(平和維持軍)"に組み込まれていた。その際、日本皇国軍の指揮下から外れた横須賀鎮守府は独自の判断で海を渡り歩いていたのだ。

その点を逆手に取られ、解散を迫られているのが今の現状だ。だが、総書記は大きな勘違いをしている。日本皇国の国情に疎いことは有り得ないが、軍内部や皇室や政府との取り決め、横須賀鎮守府という存在の特殊さを全く理解していないのだ。現に、その特殊さを理解している東南アジア各国やアメリカ合衆国大統領は苦虫を噛み潰したような表情で頭を抱えている。

 

「即刻隷下の部隊を解散し、必要とされる海域に分散したまえ。まだ北極周辺には深海棲艦残党もおるからなぁ」

 

 放漫だ。その一言に尽きる。何がしたいのかもおおよそ検討が付いた。

 新ソ連が戦後世界秩序を見据えて行動していることは、横須賀鎮守府に出向する以前に情報として掴んでいた。潜入した際にたまたま耳にしてしまったことだった。党幹部の会話で「深海棲艦が駆逐された世界、君臨するのは極東の島国などではなく我々だ」というようなことを聞いた。その幹部がかなり上位に位置し、現総書記の腹心であったことを加味して皇国に報告したのだ。

 私のもたらした情報は日本皇国の対新ソ戦略に基盤を形成することに多いに貢献したようで、アメリカと共に強硬姿勢を取ることが決められていた。このことを聞いた天色提督が「レイセンかよ」と呟いていたが、どのような意味だったのだろうか。時々その言葉を天色提督の口から発せられることが多く、それに対する対策を独自で行っていることも知っているのだが……私にはどういう意味だったのかは欠片も分からなかった。

 

「それは承服しかねますね。確かに私は新国際連合統合特殊任務派遣軍団 通称、平和維持軍になりました。ですが、日本皇国海軍から出向しているということと、我々の軍備・物資・人員の全てが日本皇国内から供与されていることをお忘れなきよう」

 

「出向とはいえ、軍籍からは一時的に消され、国境に縛られない地位にいる。新国際連合の一組織としてな。ならば聞くしかあるまい」

 

「だとしても聞くことは出来ませんね。我々は独立した指揮系統を有しています。たとえ新国際連合の組織であったとしても、我々の意向は我々が決め、我々が良し悪しを判断し、我々にのみ我々の善悪を判断します。新ソ連一国の意向等聞くに及ばず、その他にも賛同する国家があったとして、貴方方に彼女たちを制御できるのか甚だ疑問でしかありませんね」

 

「なに……」

 

「では、試しに総書記。ここに護衛として連れてきている艦娘がおります。彼女は金剛と申します。彼女に命令を下してみてもらえますか? 彼女に『現時刻を以て任務を終了とする。これより日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部から一時的に除籍となる。以降、金剛自身が判断し行動すること。私の命令も金剛が判断しなさい』と伝えます」

 

 そう言った天色提督は金剛さんに日本語で同じことを伝える。だが、金剛さんは心底嫌そうな表情をした。

 

「コンゴウ、艤装を装備せよ」

 

「……チッ」

 

「くっ……?! 何故だ?!」

 

「ウォッカと葉巻、キビヤック臭くてかなわないですね。アザラシの皮を代用したそのクソ袋に海鳥でも蓄えて葉巻フレーバーのウォッカにでも漬けてるんですか? 趣味が悪いです」

 

「なにッ?!」

 

 ドグワツキーが顔を歪める。だが、すぐに表情を戻して、無理矢理平静を装って続けた。

 

「ならば横須賀鎮守府から新ソ連海軍 ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地へ出向し、アラスカ・北極周辺の深海棲艦残党撃滅の任を受けたまえ」

 

「断ります」

 

「……理由は」

 

「新ソ連海軍 ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地は設備が不十分です。私を運用できるだけの規模ではありません。それに私自身への衣食住の提供があったとしても、艤装を運用するための燃料・弾薬・資材その他物資がありません。自国で生産されている砲弾や燃料、物資で事足りると考えているでしょうが、それは無理な話です。ガソリンエンジンにディーゼルやハイオク燃料を入れているのと同じことです。それに、もし仮に私が出向して深海棲艦残党撃滅作戦を実行したとして、戦力が私単艦ではできることに限度があります。ならば新ソ連海軍でカバーしようとすると、新ソ連海軍が保有する全作戦参加艦隊を投入したところで、せいぜい四分の一が帰還できればいいところでしょう。本来、他の艦娘と艦隊を組んで連携を取っているところを、通常艦艇が埋めるのですから、それ相応の被害は覚悟して欲しいです。偵察・艦隊戦・航空戦では通常兵器が全く歯が立たないことは、数十年も昔に身を以て体験しているはずです。何せ、深海棲艦から解放された貴方方の国で運用されていた戦闘機が大戦期のものでしたからね」

 

 捲し立てるように金剛は口撃を繰り出す。攻撃ではあるのだが、その内容は事実を並べているだけのこと。事前に調査していれば分かることでもあり、この場にいる新国連参加国の要人たちも分かっていることだった。

 一方でドグワツキーは負けじと反論を繰り出した。

 

「ならば日本皇国から今まで通り供与を受けるがいい。我々から原料となる物資を輸送すればいい。基地設備が不十分であるというのなら、早急に手を打とう。本格的な軍港化を進める。それに我々新ソ連軍は世界秩序のためならば皆、喜んで命を差し出そう。艦艇でも航空機でもある限り使ってみせる」

 

「だとしてもお断りします。新ソ連軍に私たちを運用するノウハウはまるでない」

 

 バッサリと金剛に切り捨てられたドグワツキーは、黙り込んでしまった。金剛はアイコンタクトで「もう反論はないデース」と言ってきた(と思う)ので、俺はドグワツキーに話しかける。

 

「彼女は軍・横須賀鎮守府をなしにしたとしても、新ソ連軍に出向することを選ばなかったですね」

 

「煩い」

 

「解散命令を下したとしても、彼女たちは他の鎮守府・基地・泊地へ転属することはないです。何故なら彼女たちは」

 

「煩いと言っているッ!!」

 

 ドグワツキーが額に青筋を立てて机を叩いた。会議室は静まり返り、ビリビリとした空気が辺りを支配する。

 

「深海棲艦の出現から終戦に至る間に、世界のバランスは崩れた。極東の小国だった日本皇国が、欧州の列強各国や祖国よりも力を持つ等笑止。未開の劣等民族共が深海棲艦と戦い抜いて、挙げ句、"艦娘"という協力者を得て戦勝の立役者となったからと図に乗るな……ッ!! 所詮、力を借りていただけではないか。我々の元に現れたのなら、世界は我々の物だった筈だ!!」

 

「それこそ笑止」

 

「このヤポーシキが……ッ?!」

 

「なんとでも仰ってもらって結構。ご存知かと思いますが、横須賀鎮守府は基本的には日本皇国海軍・大本営・陛下からの命令または私の独断、平和維持軍の活動として行動します。ただし、命令が下されたとしても、私が受理しなければ履行されませんし、命令がなかったとしても私は独断で行動を起こします。所属する艦娘への勅令であったとしても、彼女たちは動きません。私の命令でのみ行動します。何故なら彼女たちは日本皇国海軍に所属していますが、その実、協力関係にあるだけです。指揮系統は完全に軍から独立しているんですよ。ですから、日本皇国が保有する戦力というのは間違いであり、正しくは、日本皇国軍の友軍に該当します。国籍は暫定的に日本皇国籍ではありますが、彼女たちは国籍を持ちません」

 

「知っている」

 

「ならば、この話は以前決めた通りで。平和維持軍として、今後発見されるであろう深海棲艦残党の撃滅を行います。拠点は日本皇国横須賀鎮守府その他、日本皇国海軍が保有する基地・泊地。他国の軍事施設の場合、物資の強奪や作戦活動の邪魔になる諜報活動が行われることがありますからね。他国領域内では、日本皇国租借地となりますから、定められた領域は日本皇国となります」

 

「……クソッ」

 

 どうやらドグワツキーの攻撃はこれで終わりようだ。どっかりと椅子に座り込んだドグワツキーは、俯いて下唇を噛み締めていた。分かってはいたことだが、今後このような問題が生じないとも限らない。それは大本営や陛下も危惧されていたことでもある。

 

「この場をお借りして、私は改めて説明させていただきます」

 

 会場を見渡した天色提督は表情を変えることなく、飄々と宣言を始める。

 

「深海棲艦によって世界経済・人口・文明・技術は停滞若しくは衰退しました。艦娘の力を借りて得ることの出来た平和な世界を、今度は人間同士の争いで乱す訳にはいきません。新国際連合は満身創痍である各国が手を取り合い、共に極限状態を脱し、より良い生活を共に送るために設立されたものです。戦後世界の覇権がどうとか、己の正義が大義の正義であると信じて力を振るうことがどうとか、そのような小事は考えるべきではありません」

 

 話の内容を聞いたからか、護衛で付いてきた艦娘の皆さんが艤装を待機状態にする。砲門を床に向けて構えた姿勢から楽な姿勢へと変える。

 

「ドグワツキー総書記の仰ることも全て間違っているという訳でもありません。ですが正しいということもない。これから議題に挙がるであろう諸問題も双方に正しいと思うことがあり、間違いもあるということをお忘れなきよう。双方が譲歩して解決ヘと導くんです」

 

 突然、会場が暗転。プロジェクタに映し出されいたものが切り替わった。世界地図だ。青色になっているところが新国連参加国であるのは分かるのだが、赤色になっている地域は一体なんだろう。

 

「現在、世界各国で発生している紛争があります。その殆どが問題の根幹に食糧や水、資源があります。少なければそれを分け合うのではなく、独り占めしたくなるのも理解出来ます。多く持っているところから援助を求めることも。ですが、それが諍いへと発展し戦争へ変化することは間違いです。自国内で解決しよう等考えなくてもいいんです」

 

「……だが、他国へ協力を要請すれば相応の見返りを」

 

 何処かの国の代表がそう呟くと、それに天色提督は反応した。

 

「求めて来ることは間違いではありません。無償で提供等、余程余力がある国でなければ出来ませんからね」

 

 映像が切り替わり、紛争地帯での惨状が画像や映像として映し出されていった。そこには無残に殺された人々や、飢えに喘ぎ今にも折れそうな躰で痩せた土地を彷徨う人々が映し出される。そして、痩せた兵士が武器を持って戦いに赴く姿や、時には略奪しているものまでも。

目を覆いたくなる光景がいくつも流れていった。だが、私はその光景を何度も観たことがあったから観ていることが出来た。

 

「そのような深海棲艦による危機が去った今でも、人類存亡は危ぶまれています。世界総人口は十数億人。内、生命に関わる問題を抱えている人口は全体の九十パーセント以上。絶妙なバランスの上に成り立っているんですよ、この世界は」

 

「っ……」

 

「……話を切り替えます。我々は日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部。日本皇国の軍隊であり、日本皇国のために力を振るう兵士です。旧国際連合が定めた当時日本国が達成するべき深海棲艦の領域を奪回した我々は、世界各国の惨状を目の当たりにしました。ここにお集まりの皆さんの領域内で、我々の姿を見ていないという方はいらっしゃいますでしょうか? いらっしゃらないですよね? 定められた領域内の掃討を果たした我々が見たのは、自分の領域を取り返すことはおろか、自国内で紛争をしている国々でした。記録では確かに共に手を取り合って深海棲艦に対抗していた時期があることは確認しています。ですが、力を失ったから殻に引き籠もっていた貴方方は味方同士で物資の取り合いをしていました。諌めるべき政府もまともに機能せず、取り合いに参加する始末。嘆かわしい」

 

 確かに天色提督の言っていることは事実だ。横須賀鎮守府内や軍、政府にそのことは知らされていた。言った先々では何かしら問題を抱えており、深海棲艦の撃滅と共に各国の情勢を見て場合によっては介入させられていたことを。火種になったこともあったのだ。

 

「混乱する国内を治め、力を蓄え来るべき反撃の時までその刃を研ぎ澄ませていた国なんてどれほどあったでしょうか」

 

 ほとんどなかった。アメリカ合衆国は日本皇国の接触までは内政に注力し、国民を治めていた。そして、日本皇国との接触があるや否や、すぐさま行動を開始していたのだ。どれだけ通用するか分からない、下手したら全く歯が立たないかもしれない兵器たちを投入し、コツコツと溜めていた力を全力で使ってきたのだ。その他にも、微力ながら抵抗を見せていた国はいくつかあったという。だが、殆どが内戦が起こっていたり紛争状態であった国ばかりだったのだ。

 

「我々の元に平和維持軍としての任務依頼が届きます。地元漁師が発見した深海棲艦の調査、発見された艦隊の排除が任務である我々に『隣国が我々に食糧を供出するようにと、兵力を以て圧力を掛けてくる。なんとかしてくれ』や『突如侵攻してきた隣国が、我々の重要な水源を占領しせき止めてしまった。なんとかしてくれ』、『奪われた備蓄食料の奪還に力を貸してくれ』等、任務外である事までも任務依頼として届くことの方が多いです。我々は各国の低下した兵力を補填するためのレンタルアーミーではありません。民間軍事会社に契約を取るような形で任務依頼を出されたところで、我々には独自で判断し行動する権利があります」

 

 会場のほとんどの人間が表情を歪めた。

 

「また、各国は武力行使ではなく、先ず交渉をすることを学んで下さい。確かに今までの相手は言語が通じるのか、そもそもコミュニケーションが可能なのか分からないようなモノが相手でしたが、今貴方方が相手にしているのは同じ人間です。そこをお忘れなきよう」

 

 プロジェクタが切り替わり、映像や画像ばかりだった画が変わり、文字だけに切り替わった。

 

「私は極力日本皇国、ひいては人類のために力を使うことを厭わないです。ですが、これ以上は限界です。艦娘の皆は。一々各国の諍いに首を突っ込むのは嫌で、本来は深海棲艦によって滅びに瀕している我々に手を差し伸べただけで、仲間同士での争いにわざわざ力を貸すつもりはないとのこと。また、私自身も戦後からこれまで、各国の諜報機関に狙われることが多く、重大な事件に巻き込まれることも少なくありませんでした。そのようなことならば私はこれ以上、世界のために行動しません。そもそも私は日本皇国の人間ですからね」

 

 天色提督は持っていたのであろう、ある物を机の上に置いた。それは新国際連合統合特殊任務派遣軍団に組織することを証明する物の数々だった。

 

「我々"日本皇国"は無償で食糧を渡したり、無縁である危険な戦場に大事な日本皇国民を送り込む事等しません。したくありません。それは陛下の御意志であり、国民の総意でもあります。自分の親息子兄弟友人愛する人が、汗水流して働いて作った食糧や死ぬかもしれない無縁な戦場で戦うことに賛成しておりません。食糧は本当に困っている人々に救援物資として渡すものであり、不当に巻き込まれる無辜の民を戦場から遠ざけて保護するために軍隊を派遣します」

 

 これまで話していた口調から力が入り、強い口調で天色提督は宣言した。

 

「貴様ら俗物共に与えてやる物資も戦力もないッ!! 私が力を振るうのは、私の背中の後ろにいる何の力もない人たちのためであり、日本皇国のためだけだ!! 私たちにしか出来ない深海棲艦との戦闘をし、深海棲艦によって苦しめられた人々に手を差し伸べるだけッ!! これ以上、我々を、日本皇国を、私たちを巻き込まないでくれッ!!」

 

 バンッ!! と大きな音が鳴るほどに机を叩いた天色提督は「ふんっ!!」と鼻を鳴らした。

 

「以上だ。新国際連合統合特殊任務派遣軍団を降りるが、"深海棲艦"に脅かされているのならば駆けつける。食糧支援も人道支援、軍事介入、政治介入、支援金供出は然るべき組織・団体を通してから交渉しろ。為政者の風上にも置けんな、愚鈍者たちは」(※ここまで英語で話しています)

 

 天色提督は合図を出し、私は場内にいた護衛に合図を出す。これから部屋を出る。先立って先鋒隊が部屋を出ていき、廊下で待っている殿隊に動くことを伝える。私たち本隊は天色提督を囲んでそのまま部屋を出ていった。

出ていくまで、私も場内にいる各国要人の視線を浴びた。なんとも形容し難い視線だ。恨めしくみられているのか、はたまた、殺意に似たものなのか分からない。

 

※※※

 

 会場を後にし、もう用はないと天色提督が仰ったので鎮守府に戻るべく自動車の方へと向かう。道中、各国要人の護衛が巡回しているのに出くわす場面が何回もあったが、彼らは集団が接近するなり携帯していた銃から手を離し、通路の脇に寄っていった。通りがかりに横目で見るが、何か行動を起こそうとしているようには見えない。ただ、脇に避けたようにも見える。

 人ともすれ違わなくなり、新国連の職員もいないような区画まで来ると、天色提督はおもむろに口を開いた。

 

「想像通りだったな」

 

「……えぇ」

 

「そもそも一応、ちゃんとした国家の一軍隊に、何をそんな突っかかってくるんだって話なんだがなぁ」

 

「平和維持軍への出向も命令されなければしなかったでしょうに」

 

「当たり前だ。何故そんな面倒なことを。平和維持軍に出向した後に起こることなんて想像に容易かった上、想像通りのことが起きたからな。他国間の下らん戦争への介入・調停、資源・食糧・その他物資の支援及び運搬と配給ばかり。平和維持軍が力を貸すのは当然のことかもしれないが、必要以上に便利屋と思われていたようだ。前者に至っては牽制だ。領内に俺たちがいるだけで攻撃を受けず、相手は戦意を喪失すると思っている奴らばかりだった。正当性を主張し、力を貸せと脅すのも当たり前。それが通用しないとなると物で釣り、ありとあらゆる考える事のできる手段を否応なく使ってきたからな」

 

「あったそうですね」

 

 そんな話をしながら歩いていると、近くを歩いていた護衛として付いてきていた白露が話しに入ってくる。

 

「何処だったかな? 東欧に行った時、ハニートラップを仕掛けた若い将校がいたよねー。『私は国内でも絶世の美女だー』って、提督のところに忍び込もうとしてあっさり捕まったのが」

 

「居たな、そんな奴」

 

「最初は侵入に成功して提督までありついたけど、あっさり追い返されて二度目を敢行したって言っていたらしいじゃん?」

 

「雪が降ってるのに寒そうな格好で来たからな。それが昼間に会談した将校だと分かった時には心配したな。毛布とコーヒー渡したら『何で手を出さないんだ』って言ってきたなぁ」

 

「なんて返したの?」

 

「手を出した」

 

 こうやって、と続けて天色提督が両手を前に突き出した。それから白露は何も言わず、呆れた表情で私の方を見た。白露が何を言いたいのか分かったので、そのままスルーすることにした。

 

「そんなんで自分の思い通りに動くって思ってたみたいでね、たまたま提督の部屋を通りかかった赤城さんに捕まっても色々言ってたみたいだね。私は途中からしか聞いてないけど、引き取りにくるあっちの兵士が来るまでワーワー言ってた」

 

「そうらしいな」

 

「別に東欧だけじゃないらしいね。他のところでも時々あったって聞くよ?」

 

「まぁ、確かにあったな」

 

「全部振ってたみたいだけど?」

 

「全部振った」

 

「後で写真見せてもらったりしてるけど、皆美人だったよ?」

 

「そうだな」

 

「……ホモ?」

 

「何でホモ?」

 

「だって女の人に反応しないなんて、ねぇ? 巡田さん」

 

 急に私に振られた。

 

「あ、うん。そうね」

 

 聞いてはいたけど、急に振らないで欲しい。それにどうして私の名指しだったんだろう。

そんなことを考える私を無視し、白露が天色提督と話を続ける。

 

「ノーマルだ、俺は」

 

「なら何で……」

 

「知ってて聞いてるのか? 白露」

 

「う、うん。ゴメンね」

 

 それ以降、話が続くことはなかった。すぐに自動車に着いたので、そのまま分乗して横須賀鎮守府へと戻ったのだ。私は装甲車の中で今日のことを考えながら、周囲を警戒しながら帰ったのだった。

 天色提督は新国連総会で強気な発言をしていた。恐らく、日本皇国政府から何を言ってもいいとは言われていただろうが、場合によっては日本皇国の国際的な立ち位置が危ぶまれるようなことでもあったのだ。だが、その場にいた日本皇国政府は無反応を決め込んでいた上、退出する時も他の要人たちとは全く違う態度を取っていたのだ。となると、台本通りの筋書きだったのかもしれない。

新ソ連のキナ臭い動きから、思わぬお釣りが来たのかもしれない。今回の新ソ連総書記と掛け合っている最中の各国要人の反応や、退出の際の様子をつぶさに確認をしていた。その結果、割と日本皇国や横須賀鎮守府艦隊司令部、天色提督についてよく思っていない国家は意外と多いように思えた。初期から関わりのある国々はそのようなことはなかったが、欧州方面の反応はよくなさ気に見えた。ドイツはそうでもなかったかもしれないが、未だに第二次世界大戦での出来事を引きずっているようにも見える。

ともかく、今回の新国連総会は日本皇国の思惑通りに事を運べたのかは、一介の護衛である私には判断しかねることだった。

 


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