艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集 作:しゅーがく
朝食から戻ってきてから、普通に執務を終わらせてグダグダ過ごした。今日は室外に出る予定もなかったみたいで、本読んだり勉強をしている提督を見習って、鈴谷は棚に並んでいる戦闘報告を見ることにした。
戦闘報告は演習から遠征も含めた艦隊行動に対する、編成艦や艦隊旗艦に課せられる提督への経過報告や戦闘詳細を纏めたもの。基本的に手書きをして、それを秘書艦や提督がパソコンに打ち込んで読みやすく変換、印刷して纏めているもの。パソコンの中にもデータが残っていて、提督がバックアップをいくつも取っている。基本的に棚に並んでいる報告には赤城さんがやってる"特務"に関するモノや、工廠が開発している新兵器等々の情報も含まれているみたい。提督から近いところに置かれている棚に関しては、ほとんどの艦娘や兵士の閲覧を禁止しているもので、どうも触れていいのは許可を貰った人だったりするみたい。内容は知らないけど、アルファベットと数字が並んだ背表紙で、それだけ見たら内容は分からない。
鈴谷は直近の戦闘報告を確認することにした。最近は大規模な戦闘はなく、基本的に北方・西方の偵察任務が主で、それ以外には護衛や輸送も含まれている。鈴谷が主に編成される任務は小大問わず戦闘、護衛だ。しかもローテーション。週一でないくらいの頻度だ。
そんなこんなしていると昼食の時間になり、特に何かある訳でもなく提督と遅れて食堂に行って食べた。
午後も何もなく過ぎ去っていく。昼食を食べ終わって1時間程経過しているが、特にやることはない。提督は昼食前に上がってきた報告書に目を通して打ち込みをしているが、私もしなければならない程多い訳でもなく、緊急でしなければならないこともない。
持参しているものもないため、提督にどうしようか言おうと思った時、提督から鈴谷に話しかけてきた。
「鈴谷」
「な~に」
「暇してるなら、酒保とか行ってもいいんだぞ?」
「う~、確かにそうだけど、あんまり席を外すのはよくないかなーって思う」
パソコンの画面越しに、提督が鈴谷の顔を見ながら言う。提督の言うことは最もだけど、秘書艦が離れる訳にはいかないじゃん。というか、普段好きな時間に行けるから別にいいもんね~。今こうしている時間の方が貴重なんだもん。
「そうか。じゃあ、俺の部屋にある本、適当に読んでもいいぞ」
「ほんと?」
「鍵も締まってないから、勝手にどうぞ」
お言葉に甘えて、鈴谷は提督の部屋に行くことにした。といっても、朝結構見ることができたからいいんだけど。私室に入り、取り敢えずは本棚のところに行く。もう一回観察するのは、後でも出来るからね。
本棚には色々な本が収められている。朝は気付かなかったけど、文庫本とハード本だけではなく、新書もあるみたい。国語、漢字、英和、和英辞典もあり、広辞苑も何故か置いてある。何で? ジャンルは様々だけど、どうも自己啓発系はないみたい。思想の本もあったりするから、ぶっちゃけ提督の趣味は読書と言っても多岐に渡るみたいだね。我が闘争、資本論、職業としての学問、宗教社会学論集……最初の二つ目は分からないでもないけど、ちょっと鈴谷には読めないかな。他にも経済学系の本とか、歴史学系の本とかも少しあるみたい。
鈴谷はそういった学問系は苦手なので、大人しく小説を取ることにする。児童・官能モノ以外はあるみたい。恋愛小説はちょっと読み飽きてるし、別のモノにする。アーサー王物語にでもしておこう。ポピュラーな気がするし、読んだこともない。資料室には置いてあったか覚えてないけど、あんまりなかったような気がする。
本を選んだので、提督の私室の観察を始める。やっぱり、掃除と整理が行き届いている。それに今気付いたけど、冷蔵庫にメモが貼り付けてある。内容は買い物リストだろう。色々と書いてあるみたいだ。それに生物も書いてあるから、これは確定だろう。提督は料理をするのだ。
後見てないところは、洗濯物が干してある部屋くらいだろうか。確かに本部棟にはベランダがないから、必然的に部屋干しになってしまうんだろう。確か提督の私室は2LDK。かなり広めに作られていて、本部棟の半分が提督の私室だったと思う。執務室からすぐの部屋はおそらくリビング・ダイニング・キッチン。扉の向こうの廊下から奥に部屋がある。廊下の途中に脱衣所とお風呂、トイレがあった。それに、ダイニングから見える引き扉の向こう側も部屋だろう。廊下の向こう側で部屋干しをしているということは、こっちは寝室ということみたいだ。
何というか、やらしい。
一通り観察を終えて、鈴谷は執務室に戻る。勿論、手には本を持っている。
鈴谷が出てきたことを確認した提督が、本を見て呟く。
「アーサー王伝説にしたのか」
「うん。結構選んだけど、ちょっと鈴谷には早そうなものが多くてね」
「確かに、経済書とか歴史書読んでる鈴谷は想像付かない」
「ぶー!! そんなことないし!! 鈴谷だって読むし!!」
「はいはい。だが、今回は読まないんだな」
「そうだね~。そんな気分じゃないし」
そう言いながら秘書艦の席に座り、鈴谷は本を読み始める。本当なら何か提督としたいところだけど、いくらオープンになったとはいえ、いきなり積極的な事をすると変に思われるからしないでおくことにする。何より嫌われたくないからね。
本を読み始めると早いもので、気付いた時には外は暗くなり始めていた。そろそろ夕食の時間。アーサー王伝説も結構読み進んでいて、ほぼほぼ終わりがけに突入していた。終業には読み終わりそうで、これから夕食を食べて数時間残ったら終わりだ。
「さて、そろそろいい時間だし、夕飯食いに行こうか」
「うん」
これまで本に集中していたけど、よくよく考えたらラッキースケベは全然遭遇できなかった。朝のアレくらいだけど、吹雪の話はもっとあってもよかったと思うんだけどなぁ。
遅めの夕食を食べて執務室に戻る。決められた時間に終業はないが、基本的に秘書艦は眠くなるまでだったり、提督が私室に戻ってしまう時間までいる。私もアーサー王伝説を読み終えるまで残るつもり。それ以降はどうしようかと考えていると、席に戻って提督が唸り始めた。何かあったのだろうか。
「どうしたの?」
「うん? いいや、ちょっとな」
「??」
「夕飯が足りなかった」
「そうなん?」
どうやら夕食が足りなかったらしい。ここで「鈴谷が作ったげる!」とか言えればいいんだけど、生憎鈴谷は料理ができない。やったことがないのだ。レトルトとかカップ麺なら出来るんだけどねぇ。
と考えていると、提督が立ち上がっておもむろに私室に戻ってしまう。気になって後を付けていくと、冷蔵庫の中を漁っているようだ。
昼に冷蔵庫の中までは見なかったが、結構整理されているみたいだ。お菓子とかジュースも入っているが、基本的に食品と調味料ばかり。レトルトのものは一つもない。
中からあれこれと出している提督が鈴谷の事を確認する。
「鈴谷も何か食べるか?」
「え? いいの?」
「いいも何も、一人で食えんだろうが。気不味い」
「ま、まぁ、鈴谷も足りなかったから」
「じゃあ決まり」
思いもしないことが起こった。鈴谷もご相伴に預かることが出来るみたい。これは単純にラッキー。
執務室はもう使わないつもりらしく、戸締まりをした提督は調理に入った。鈴谷は何もできないので、ただ待つだけ。ダイニングに腰を下ろして、残りのアーサー王物語を読むだけ。
丁度読み終わった頃に完成したらしく、目の前には味噌汁とご飯、角煮が置かれた。角煮……。何故?
「作ったやつが余ってたんだよ。味噌汁はわかめ。生のネギを後からかけた。どれくらい食えるか分からなかったから、角煮は同じ器からつつくことになるが、気にするか?」
「大丈夫」
大丈夫じゃないでーす!! 味噌汁は匂いで分かる。ちゃんと出汁取ってるよね? 多分昆布と鰹だと思う。匂いで分かる。角煮も一度鍋に出して温め直したよね。湯気がもうもうと上がってて、角煮も箸で摘むだけでほろほろと崩れるけど、グチャってならずに摘める。
ここからは鈴谷、一心不乱に食べました。美味しかったです。
※※※
ご飯もおかわりしてしまった上に、角煮もさらえてしまった。提督も結構食べていたが、あれだけあった角煮もなくなったのだ。どうやら角煮は前に作った奴を冷蔵庫で保管していたみたいだ。ご飯は昨日、小腹が空いた時に炊いた分の余り。味噌汁は角煮を温めながら作ったみたい。
洗い物は鈴谷がやると言ったのに、提督は『別にいい。あんないい食いっぷりみたらいい気分になったからな』と、シンクの前に立って洗い物をしている。何という……何という……。鈴谷の語彙力ではこれ以上表現は不可能。
お腹も落ち着いて、本棚にアーサー王伝説を戻した頃には午後10時を既に過ぎており、11時になろうとしていた。そろそろ寮の一部が消灯になる時間だ。駆逐艦の艦娘たちが寝るの早かったりする。それが理由だ。基本的に消灯時間は決まっているものの、守っている艦娘は余り多くない。共有スペースだけ消灯し、自分の個室は消灯していないことばかりだ。個室で更に集まって話していることもあるので、消灯時間はあってないようなもの。鈴谷も熊野のところに行ったりするからね。
秘書艦の終業時間もこの辺りなので、名残惜しいけど戻ろうとすると、提督が鈴谷を呼び止めた。
「鈴谷」
「な~に?」
「言うの忘れていたんだが、今日の夜は食堂から寮に抜ける廊下は封鎖される」
「何かあったっけ?」
「点検で床引っ剥がしたり、水回りを見るらしい。妖精が既に行ってる」
「となると……一度外に出てからじゃないと寮には戻れないかな」
「あー、それもなんだが、寮の玄関は施錠されてるぞ」
「え?」
「時々夜更けに出歩く艦娘がいるからって、今日から施錠することになったと赤城から聞いてるんだが」
「おうふ」
変な声が出たが、これはもしかしてもしかすると。
「鈴谷、もしかして寮に帰れない?」
「……」
提督が黙って頷いた。これは何というか、ここまで狙い澄ました感じだと、逆に何かに嵌められているような気がしてならないが、ラッキーなことも重なり過ぎている気がする。
「あ、あははー。どうしようかなー」
「本部棟に寝る場所なんかないぞ」
そう。本部棟には寝る場所がない。基本的にどこの室内も物が置かれている。会議室はあるものの、それ以外は戦闘報告のバックナンバーが収められているところや、新兵器開発の際にヒントを得るために提督が見る本の数々が置かれているところ、資料室という名の図書館、緊急避難用具置き、リネン室、食堂の冷蔵庫や厨房、使用されていない書庫や開かずの武器庫等々。基本的に座るところもなかったりする。椅子がある図書館も管理は基本的に提督が私たちに一任しているから、消灯時間に戸締まりがちゃんとしてあれば入ることはできない。となると、寝れる場所は一つしかないのだ。
「着替えとかないが、明日の朝に寮へ戻って着替えればいい。寝間着はまた、朝の奴を貸す」
「あ、あのその……ほんとにいいの?」
「ん? 別に俺はいいが」
これはあれか? 据え膳食わぬはって奴。昔は男の人が使った言葉らしいけど、今じゃ女の人が使う。え、え? こんなシチュエーション、想定を軽く飛び越えていったんだけど?! 流石に鈴谷もこれはラッキー通り過ぎてる気がするよ!?
一度落ち着いたところで、鈴谷は提督に問いかけた。
「す、鈴谷は執務室で寝ればいいのかな?」
「俺のベッドを使え。嫌ならブランケットでも布団でも出すが、その代り敷布団はないぞ」
「い、いいいいいれす!! 寝させていただきます!!」
「?? そうか? じゃあ、その辺で寛いでいていいぞ。それと、テレビも観ていいからな」
そう言うと、廊下の奥へ行ってしまう。着替えでも取りに行ったのだろうか。すぐに戻ってきた提督は、手にタオルと着替えを持っていた。そのまま鈴谷が座っているダイニングまでやってきて、提督も椅子に座る。
「風呂先入っていいぞ。朝は急だったから溜めてなかったが、さっき溜めたから浸かれるぞ」
「え、い、いいよ別に。後でも」
「あー、これから俺、やることあるから先入ってくれ」
「そ、そういうことなら、お先に」
「鈴谷の着替えとタオルは、朝と同じところに置いてあるから。あと、さっき妖精に頼んで、鈴谷の私室から下着だけくすねてくるように言ったから、もう持ってきてると思うぞ」
「うん、ありがとう。でも何で下着だけ? 着替えはまだしも、寝間着くらいは」
「そう頼んだんだけど、流石に他の最上型にバレずに行くなら下着が限界らしい」
「そうなんだ」
ダイニングから出て、風呂場に行くと妖精さんが本当にいた。2人が待っていて、近くには私の下着が置かれている。
「提督の命令で持ってきました」
「ありがとう」
「いえ、では私たちも戻ります」
「お疲れ様~」
「はーい、おやすみなさーい」
「おやすみぃ」
そう言うと、妖精さんは洗面台から降りて何処かへ行ってしまった。というか、妖精さんは自由に提督の私室を出入りすることが出来るなんて知らなかった。どうも妖精さん用の出入り口が用意されているみたい。
お風呂に入って出てくると、提督は洗濯物を積み上げていた。どうやら、やることとは洗濯物だったみたい。それに、近くに箒が置かれているから、掃除もしたのかもしれない。
「お風呂、ありがと」
「おう」
こっちを見ることなく、洗濯物を畳んでいる提督の後ろ姿は何というか……うん。グッとくるね。
リビングのソファーに腰掛けて、テレビの電源を入れる。観てもいいって言ってたし、この時間帯ってどんなテレビがやってるのかも気になる。テレビを観始めると、いつも見るようなやつよりも面白くて見入ってしまったが、提督は洗濯物を片付けて箒も仕舞ったようだ。リビング・ダイニングにもいないし、どうやらお風呂に行ったみたい。
何だかここまでフリーダムにされると、凄くむず痒い。気にし始めるとよくなさそうだから、テレビに集中しよう。
※※※
そんなこんなで日付が変わる頃に寝ることになった。鈴谷も髪乾かしたし、することもしたからね。提督は私にベッドを使えって言って、自分はリビングにブランケット被って寝転がっている。一応、寝室とリビングを繋ぐ引き戸は締まっているが、どうも寝付きが悪い。
寝よう寝ようとしても、布団から匂ってくる提督の匂いが鼻孔をくすぐる。目を閉じても駄目だった。枕元にはどうも、提督が寝る時に読んでいると思われる本が置いてある。結構簡単な内容のやつみたい。読書灯を点けてそれを広げることにした。栞も挟んでいるみたいじゃないし。
そんなこんな本を読んでいると、眠気が襲ってきた。いい加減寝れると思ったので、本を戻して読書灯を消す。そして目を閉じた。
気付いたのは物音だった。基本的に鈴谷は静かな部屋で寝ている。最上型と相部屋とはいえ、プライベートスペースはある。六畳くらいだけど。ベッドは備え付けで、それ以外の家具は自分で買って揃えていく。窓は付いてるし、扉で仕切られている。隣との壁もそこそこ分厚いのだ。だから、普段は物音のほとんどしない、波の打ち寄せる音だけを聞いて寝ている。だからこそ、物音には敏感だったのだ。
引き戸を隔てて向こう側で物音がしたため、恐らく提督がトイレに行ったんだと思う。しばらくすると、遠いところで水の流れる音が聞こえて来たので、その予想が当たってたことが分かる。
だが、ここからが問題だった。
引き戸が開いたのだ。びっくりして目を開いてしまい、そっちを見る。暗いが目が慣れているので、よく観察出来る。提督はほぼ目を開いていない状態だ。しかも、足元がおぼつかない。見れば分かる、完全に寝惚けている。
その提督はフラフラとベッドに近づき、そのまま。
「ぐぅ……」
「ひぇ?!」
ベッドにするりと入って寝てしまった。鈴谷が入っていることに気付いているのか気付いてないのか分からないが、すぐ隣でスヤスヤと寝息を立てて寝ている。
こ、これは……いよいよ本格的に据え膳食わぬはって奴では、と考えてしまう。だけど無理。緊張して手が出せない。
悶々とうずくまっていると、提督がまたアクションを起こす。寝返りをうった提督の腕が、鈴谷の身体に触れた。そこまではいい。そこから、提督は鈴谷に擦り寄ってきてホールドしたのだ。腕が首と頭に回されて、鈴谷の顔は胸板に押し当てられている。脚は絡められていて、ぶっちゃけ身動きがあまり取れない。硬い、温かい、いい匂い……。もう……思い残すことはない……。
キャパシティを超えた出来事に、鈴谷の脳みそはついて行けなくなった。そのため、強制終了されてしまったのだ。いわゆる、落ちたって奴。鈴谷自身が疲れていたことに気付いてなかったみたいで、限界を超えたみたい。
かなーり惜しいことをしたけど、ま、まぁ、鈴谷にかかればこんなの……うん。無理だったよ……。