艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集 作:しゅーがく
用事があればまた来る、とだけ言い残して新瑞は大本営に帰ってしまった。
今更ながら、新瑞も女性になっていた事実を認識しつつも考えていなかったが、新瑞と巡田って妻子がいなかったか? その件はどうなっているのだろうか、と少し気になった。調べるのも野暮だし、積極的に動かなくとも知ることができそうなので置いておくことにした。
一先ず、鈴谷の追いかけっこは終息したと白露が報告した。白露が見つけた時には、ほぼほぼ鈴谷は追い詰められた状況だったらしい。追いかけっこの先頭に辿り着くことに苦労したようで、やっとのことで先頭に至った時には、鈴谷はもうほぼほぼ捕まりかけていたとか。待ったを掛けて、俺が止めるように言っている事を伝えると、皆ぶつくさ言いながら解散したんだとか。その後、鈴谷はTシャツを返しに来る事を白露に伝言を頼むと寮に戻って行ったという。
「で?」
そんな追いかけっこが終わったのはいいのだが、今度は俺への言及が始まったのだ。執務室に押しかけて来たのは、ほぼ全ての艦娘と手隙の門兵。何で門兵が混じっているのかは分からないが、この世界の事を鑑みると当然なのかもしれない。全く理解出来ないが。
そんな彼女らの代表が執務室の中に入り、ソファーに腰を下ろしている。他にも立ち聞きということで入ってきているのもいるが、扉は締められている状態だ。
「説明を求めるデース」
「……?」
金剛は分かる。態度に出ているからな。だが、金剛の隣に座っている翔鶴が状況を理解していない。首傾げてるぞ。そして門兵からも代表者が2名出されていた。
「おう、坊主。儂は代表みたいなものだ。そう変に緊張せずともよい」
「提督?」
何でよりにもよってこの2人なのか分からない。俺の事を『坊主』と呼んだのは杉原軍曹だ。分かってはいたが、俺の知っている杉原は『ヴァイキング』というあだ名が付く程、筋肉隆々の大男だった。だが、こっちに来たらどうだ。どう見てもアマゾネスの女王。筋肉隆々なのに間違いはないが、ゴリゴリという訳でもない。色黒のマッチョウーマンだ。
一方で、もう1人。こっちは恐らく西川二等兵。こういう場に何故この2人を選んだのか分からないが、西川も例外なく女体化している。ただ、青年の方の西川も細い奴だったので、こっちの西川もそんな感じだ。
そしてその他多数。それなりの人数が執務室に集まっていた。
「鈴谷には執務を頼んでいた。順番の前後しているファイルがあったから、一度バラして整理し直して貰っていた。その後に、使用していない本部棟の調査を頼んだ。鍵を紛失している部屋も、中に入れる手段を探して貰っていたりしたんだ。使用していない部屋のピックアップとかも頼んでいた。最後に、備蓄資材の計算が違っていた事に気付いたから、合計の計算と倉庫の確認を頼んだ。そんな事をしていたら明け方になったんだ」
「で、どーして鈴谷が提督のTシャツを着てるデスカ?」
一先ず、何故鈴谷が帰らなかったのかを説明し、本題に入る。鈴谷が俺のTシャツを着ている事は予想外だったが、適当な言い訳はいくらでも考えれる。
「室外に出ることが多かったからな。いつもの格好だと、幾ら夜とはいえ暑かった。汗も多く出て、着ている服がビタビタになったんだ。だから着替えを貸した」
「なら、何故鈴谷さんは下に着ていたんですか?」
「終わって帰る時に、眠気で意識が朦朧としていたんだろう。Tシャツの上から自分の服を着てしまったんだと思う」
あれ? 翔鶴、分かってない様で分かっていらっしゃる……。
「何故、昨日中にそれだけ時間の掛かるものばかりやらせたんだ?」
杉原の質問に対する回答は少し苦しい。
「やれる時にやった方がいいだろう」
これを言えば、何か返って来ることもないだろう。最後は西川だ。
「何故鈴谷さんは逃げたんですか?」
「そりゃ、あれだけの大人数で追いかけられたら逃げたくもなるだろう」
納得しているようなしていないような、そんな表情を皆している。だが、俺がそうだと言い張るのなら、少なくともそうであると思ったのだろう。皆、パラパラと立ち上がり始める。そんな様子を見ていた鈴谷はホッとしたみたいだ。
俺への尋問(?)は終わった。ゾロゾロと部屋の外に出ていく皆を送り出し、俺はやっと一息吐けることが出来た。時間ももう11時になっている。いつの間にやらこんなにも時間が経っていたとは、思いもしなかった。
秘書艦席に座っている白露を見ると、何やら秘書艦日誌を見ている様子。この後は、今の所予定はないので自由にする。
勉強をしようと思い立ち、俺は勉強を始める。昼食の時間になれば、白露が声を掛けてくれるだろう。
※※※
勉強をしていたら白露に声を掛けられ、遅れながらに食堂で昼食を摂った。午後も特にすることがないのだが、俺は勉強を引き続き続けるつもりだ。一方で白露も勉強をするつもりらしく、一度寮に戻って勉強道具を持ってきた。
静かな執務室に、ペンの走る音が2つ。時々休憩を挟みながら、白露の質問に答えつつ過ごしていく。
中学生理科を聞かれたが、以外と覚えているもので答えられた。説明も要求されたが、別の物で例えると白露はすぐに理解したようだった。秘書艦の席に戻って続きを始めるので、俺もやっていた勉強を再開する。
有意義な勉強時間を過ごし、夕食も程々に食べて終業を迎える頃、白露が秘書艦日誌を付けながら俺に話しかけてきた。
「ねー、提督」
「何だ?」
「今日の鈴谷さんの件なんだけどさ」
「おう」
政治学の参考書を読みながら、俺は白露の言葉に返事をする。
「ホントは明け方まで執務してないよね?」
「……っ」
へ? 何故だ?
そう思って顔をあげると、秘書艦の席から白露がこちらを見つめている。その目は何だか淀んでいるというか、ドス黒くなっている。
「食べたりなかったから、提督の私室で夜食を食べた」
「……」
「寮に帰れなくなったから、昨日の夜は鈴谷さん、提督の私室に泊まっていったんだよね?」
「……」
「そうしたら、提督のTシャツを貸してもらったってことで、鈴谷さんが提督の私物を持っている理由になるよ」
「し、白露……」
「でも、そうだね。朝方、全力疾走している鈴谷さんを時雨が見ているんだよ。書類を持ってね。それは別に変なことじゃないけど」
スーッと俺に近寄ってきた白露は、改装を重ねたことによって伸びた栗色の髪を揺らし、ゆらゆらと俺の目の前に経つ。
「泊まるのも本当ならば抵抗するはずなのにしなかった。ということは」
ダンッ!! 俺の机を白露が両手で叩く。
「既に私室に入ったことがあった。断るべきだもん、本当は」
「……白露?」
「じゃ、お疲れさまでしたー!! 私がいっちばーん、執務出来たと思うよ!! おやすみなさーい!!」
パッと顔を上げた白露の表情は笑顔で、先程までの白露とは全然違っていた。どすの利いた声でもなければ、おかした雰囲気も多々酔わせていない普通の白露だ。
さっきの白露は一体何だったんだろうか。俺は何故か気になった秘書艦日誌を手に取り、中を確認する。そこには……。
「鈴谷ぁぁぁぁぁぁ?!?!?!」
※※※
翌日、秘書艦の陸奥は早々に秘書艦の席に座っていた。どうやら、昨日の夜に白露が暴露したらしい。その結果、寮内は大騒ぎ。消灯後だったこともあり、更に食堂の廊下はまだ封鎖中。逃げ場のない鈴谷が皆の折檻から逃げるため、寮を大暴れ。事の真相をよく聞いてなかった陸奥は確認をしていたという。
「あらあら」
「あらあらって……それで昨日はどうなった?」
「すぐに鈴谷が捕まって尋問されてたわね。もう金剛とか怒り心頭で、顔真っ赤にして怒ってたわよ」
「金剛……」
「あと、赤城の笑顔が怖かったわ」
「赤城……」
「ま、私は状況をよく分かってなかった側だったし、翔鶴と扶桑と一緒に傍観よ。長門が大暴れする皆を止めに入ったんだけど、私は断って見てたわ」
「一緒に止めてやれよ」
「ふふふっ、まぁいいじゃない」
秘書艦日誌を置いた陸奥は立ち上がり、おもむろに私室の扉に手を掛けて中に入っていく。あまりに自然な流れだったが、別に止めることもないだろうと放置しておくことにした。
中で陸奥が何をしているか分からないが、時間になるまでは放置しておく。
読みかけの本を読んでいると時間になっていたため、陸奥を呼びに私室に行く。俺が読書している間にも、陸奥は戻って来なかったからだ。そんな探検するところもないだろうし、何処か漁っても面白いモノはないと思うんだが。
私室に入ってもリビングには陸奥の姿はなかったため、取り敢えず廊下に出て突き当りの部屋にいく。そこにもいない。脱衣所、風呂、トイレ、何処にもいない。最後見ていないのは寝室だけだ。
寝室に入るとそこには……。
「何してる」
「……あら?」
「あら? じゃねぇ……」
「陸奥、飯行くぞ」
「……ヤダ」
「おい、
「嫌よ。私、"りむつたこ"だなんて名前じゃないわ」
「……長門呼ぶぞ」
「ごめんなさい」
俺のベッドに入り、頭だけ出した状態でいた。別に嫌じゃないからいいが、あんまりポンポン入らないで欲しい。そんなことは、言わなければ伝わらない訳だが、陸奥の場合は言っても聞かない気がする。
ノロノロと出てきた陸奥を連れて、俺は食堂へと向かう。いつまで続くか分からないが、俺もそろそろ慣れてきた。自然体でいるのが楽だし、まぁ、よっぽどの事はないだろう。そんな事を考えながら。
※※※
食堂で2人、朝食を食べながら話す。話題は色々あるだろうが、陸奥が主に話題を出している。今は鈴谷の一件についてだ。
「さっき間宮から聞いたけど、朝食には普通に鈴谷は顔を出していたみたいね。ゲッソリしていたというか、疲れていたみたいだけど」
「そうなんだ。鈴谷も災難だったな」
「でも美味しいところを一番楽しんだんじゃないの? 鈴谷は」
まだ少し人が残っている食堂の隅で、洋朝食をつつきながら陸奥の話を聞いていた。昨日の秘書艦である白露が暴露した後の話は、俺も深くは知らないのだ。
「結構長いことイジられると思うとかわいそうに思えてくるわ。でも自業自得でもあれば、提督の責任でもあるわよね」
「何故?」
「貴方が思わせぶりな態度をするからじゃないの?」
「そんなことをした覚えはないんだが?」
食べ終えたトレーを端に寄せて、まだ食べている陸奥を待つ。話しながら食べているので、陸奥の方が遅くなるのは仕方のないことだ。
残りのパンを口に入れた陸奥は、手を払いながら咀嚼し、飲み込むと話を続ける。
「それよりも質が悪いのは吹雪よ」
「吹雪?」
「あの子だっていい思いをしている訳だけど、誰からも折檻されることはなかったんだから。それに貴方も」
「俺も?」
陸奥が言う『吹雪も』というのはよく分からないが、それよりも俺が何だというのだろうか。
「鈴谷が言い訳で言ったのよ。『提督も私たちが喜ぶようなこと、飄々と悪びれもなくするんだもん!! 皆、されてみれば分かるよ!!』ってね」
「??」
意味が分からない。俺は何かしたのだろうか。確かに、俺の倫理観とは違うということは分かっているが、行動には影響ないと思ってしていることだった。それに、合わせて振る舞うのは肩が凝るし疲れる。言ってやるのも貸すのも私室に入れるのも嫌じゃなかったからしただけで、それがどう鈴谷の言動に繋がっていくのか分からない。
というか陸奥、しれっと尋問聞いてるんだな。傍観決め込んでるって言っていた癖に。
「はぁーーーーっ」
「……なんだよ」
「ガードが硬かったし、怖い思いをさせたくないって皆思っての行動だったけど、貴方は何かの拍子に変わってしまったのね」
「……っ」
「とんだシゴロだわ」
「失礼な」
そんな話をしながら、食べ終わったトレーを返却しに行き、執務室に戻って今日も執務を始めるのだった。
「きゃ……」
「おぉっと、危ないな」
食堂を出る時に躓いて転びかけた陸奥を受け止めたのだが、それ以降ブツブツと言われるんだが、これは俺が悪いのだろうか。何時も通り執務を熟して陸奥を帰すと、艦娘寮が騒がしくなる。この点だけは何処に行っても変わらない。
貞操観念が逆転していたとしても、変わったところに対して順応するのは難しくなかった。顔と名前が一致しないことも多々あるが、記憶の訂正をするのは難しいことではない。強いて言えば、やはり陸奥の言っていた通りなところをどうにかしなくてはならないのかもしれない。俺が質が悪いとはどういうことなのだろうか。さっぱり分からない。
前回とのスパンが短すぎると思いました? 現実逃避で書いているので勘弁してください(土下座)
第五回から前回までから雰囲気を戻して、割とはっちゃけた外伝らしい外伝を書きました。サブタイトルから出来るイメージと少し違うかもしれませんがご了承ください。
次も書くんだとしたら、スパンは短いかもしれません。それでは。
ご意見ご感想お待ちしています。