艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集 作:しゅーがく
執務室で俺が大見得を切ったことで、大井は既にそのつもりでいる。
一方で俺は諦めている。抵抗も無駄だ。
一旦冷静になると、色々と考えれるようになる。例えば、『何故、大井や他の艦娘たちは俺と結婚したがっているのか』だ。
色々と理由は出てくる。
1つ目。鎮守府自体、男があまりいない。しかも、その中で一番接触が多い。
2つ目。提督にそういう気持ちが向くように、何かしらの力が働いている。
どちらかだ。最も、『全員が俺に好意を持った』なんてことは無いだろう。容姿にも性格にも自信がないからだ。
容姿は自分で言っていて泣けてくるので言わないが、性格は人によると思う。
接触を避ける。物静か。偶に意地悪する。力仕事は率先して代わるとか。そんなものだ。至って普通だと思うし、特別何かしている訳でもない。
つまり、俺に惚れる要素なんてものは自分がみたら無いようなものなのだ。自分で言っていて悲しくなってきた。
それは置いておいて、俺は一体どうすればいいんだろうか。逃げる場所も無ければ、武下さんでさえもあちら側に噛んでいる。鎮守府の外に出てもどうしようもないだろうし、大本営に逃げ込むなんて以ての外だ。
「どうしたんですか?」
そんな風に考えを巡らせている俺を露知らず、大井は俺の横に座ってそんな風に話し掛けてくる。ちなみに、金剛たちは退室している。用事があるといって出て行ったのだ。
よくよく考えてみたら、ここまで艦娘に接近することもあまり無かった。
大体は俺が避けていたが、今は避けれそうにもない。
「いや、何も」
「そうですか?」
俺は執務室のソファーに座っている。ただし、大井は俺と肩が当たるくらい近くに座っている。
身体が接触するくらいに近づいたことなんて、俺の記憶の中ではあまり無かったような気もする。というか、俺が避けていたから無かっただろう。
「あの、あなたは……本当は迷惑だとか思ってますか?」
「ん?」
大井がそんなことを言い出した。
正直、今の問いかけに内心『思っている』なんて言っていたが、口からは発せられなかったから良いだろう。
「結婚のことです。前々から私たちの戸籍を作ることは決まっていましたし、準備もあなたに迷惑をかけないように自分たちだけでやってきました」
そりゃそうだろう。知らなかったし。
「今、冷静になって考えてみたんです。私たちは戸籍が出来て舞い上がっていたんじゃないか、って」
俺は黙って聞く。大井の顔を見ると、眉はハの字になっている。
声の調子もそこまで良いとは言えない。
「舞い上がった私たちは、そのっ……『好き』って感情がどういうものか分からないまま、あなたに求婚して、追いかけ回して……」
モジモジと身体を動かしながら、大井は俺の顔を見た。
何というか、その表情に少し見惚れてしまったことは置いておく。
「あなたって私のこと、好き、ですか?」
話の流れ的にも、そういうことを言ってくるんだろうなとは思っていた。だが、思っていただけだ。本当に訊いてくるとは思ってもいなかった。
「どういう意味だ?」
あくまで、俺は平静を装って聞き返す。だが、内心は心臓がバクバクだ。
これまでの人生、こんな風に女の子(?)に求婚されたこともなかった。俺の住んでいる世界とは違うと思っていたからだ。
「そんなのもちろん、同僚とか部下とか、戦友とか、そういう意味ではなくて、女の子として……って意味です」
俺の頭は正常に動いてなど居なかった。パニックを起こし、思考が停止している。
ここから出てくる言葉は全部、俺の無意識での発言になってしまうだろう。
「……どうだろうな」
「えっ?」
「俺が異性との接触を出来るだけ避けてるってことは知ってるよな?」
「はい」
「そういうことだよ」
そういうことなのだ。俺は数秒間の思考停止から開放されて、頭が回るようになった。
今、俺が言った言葉が返事だ。
艦娘を異性だと認識しているからこそ、そういう行動をしていたのだ。多分、本能的にだと思う。
「だけど、『好き』かどうかは別だな」
「えっ……」
大井はあからさまに表情を変えた。眉の八の字がもっと垂れ下がっている。
「なんて言えば良いんだろうな。そりゃ、年頃の男だから、大井たちに向ける目は時には変わってしまうこともあるさ」
「部下とか戦友とか以外ってことですか?」
「あぁ。……俺は男、艦娘は女(?)だ。というか(?)じゃなくて、女の子だな」
「そうですね……。私たちはご飯を食べもしますし、生理現象だって……あ、いや……」
「普通のことだろう? そういうことを鑑みれば、大井たち艦娘は女の子だ」
「……そうですね」
俺はなんて回りくどいことを言っているんだろう。
ただ俺は『艦娘たちを女の子としても見ている』って言えばいいだけのことなのに。
というか、今までの言動を思い返せば既に言っていた。
「なんて言えば良いんだろうな……この場合」
「?」
そう、なんて言えば良いのか分からないんだ。
「あー、面倒だ。……よくよく考えて見れば、大井ってさ」
「は、はい!」
「最初の頃は北上とかに単装砲向けられたり、雪風に機銃撃たれたりしてたけどさ……」
「言わないで下さい。忘れてたのに……」
「ごめん。……だけど、なんだかんだ言って慣れてきただろう?」
俺は話を逸しにかかった。もう、どうしようもないのだ。誰が好きとか、誰と結婚するとか。あ、重婚は良くないと思う。
「そうですね。でも、あの時以来は皆さんに合わせる必要も無くなりましたけど」
「そうだな。……あの時からは足繁く執務室に来てるし、よくよく思い返したら、俺の私室に居座ってたりするよな」
大井のこれまでの行動を話題に変えた。
俺が言っていることは本当で、大井は俺の私室によく居る。執務室から帰ってくると椅子に座っていたりするのだ。それもかなり頻繁に。
他の艦娘は滅多に俺の私室に入らないが、何故か大井は私室に居るのだ。
「あはは……」
笑って誤魔化された気がする。
「そういう時って絶対、北上と一緒じゃないし……。というか、何で俺の私室に来てるんだ?」
「そうですねぇ……特に理由なんてありませんよ。昼間は最低1人は近くにいるので、独りで寂しいとかは感じないでしょうけど、夜は別ですからね」
「ん? どういう意味だ?」
「だってあなた。艦娘は姉妹艦が居なくても、絶対誰かと一緒の部屋になりますし、皆さん仲が良いですよね?」
「そうだな」
どうやら上手く話を逸らせれたようだ。
「朝の6時過ぎから夜の7時くらいまで、秘書艦は執務室に居ますよね? それから秘書艦が自由時間になった後は、あなた独りじゃないですか」
「……そ、そうだな」
ここで会話が止まってしまった。どうしてだろう。
「ん?」
「だからですよ」
「は?」
「夜。艦娘寮は消灯時間まで騒がしいんですよ? 色んな艦種が混じって遊んだり、話をしたりしてます」
「そうなのか?」
「はい」
知らなかった。騒がしいというか、私室に戻ると絶対何かしているから聞こえなかっただけだろう。
「勝ち抜きの腕相撲とかやってますし……まぁそれは置いておいてですね、あなたは部屋で色々やってるじゃないですか。自分で洗濯物とかやってるんですよね?」
「確かにやってるが……それがどういう?」
「私たち艦娘の洗濯物は基本的に妖精さんがやってくれますので、そういう家事はほとんどやらないんです。だから遊んでいられる……。ですけど、あなたは自分でやるって言って自分でやってますよね?」
「そうだな」
知られざる真実だ。妖精さんが洗濯物をやってくれるなんて知らなかった。まぁいいか。
「……あ、回りくどく言い過ぎましたね。コホン。そういう訳で、私があなたの私室にいるってことですよ」
「いや、ドヤ顔で言われてもな……」
俺が私室に戻ると大井がいる。ただそれだけなのだ。
それが、何か関係あるのだろうか。
「私がいれば寂しくはないですよね?」
そういう意味だったのか……。確かに、大井がいる時は話し相手がいるから暇にならない。夜も俺が寝る頃に帰っていくし。
「そう、だな……」
なんだか綺麗に纏められた気がする。だが、俺は考える。
確かに、大井がよく来るようになって寂しくは無くなった。だけど、それと同時に他の艦娘も来ているような気がするのだ。
「だが、大井以外にも来ているからなぁ……」
「え”っ?!」
「金剛……」
「あー」
納得したようだ。といっても、大井が俺の寝ている時に忍び込んで以来だけども。
1回だけ、寝に来たことがあった。別に変な意味ではない。言葉通りの意味だ。
「アメリカに行った時も、赤城に抱きまくらにされていたし……。というか、アメリカ行った時は大体誰かと一緒に居たな。夜は絶対赤城だったけど」
「そんなこともありましたね」
感慨に浸っていると、執務室の扉が勢い良く開かれた。
入ってきたのは金剛だ。
「サテ、大井」
「はい」
「結局どうするネー。大井が『する』って言えば、結婚するって言ってたケド……」
金剛が話していると、扉からぞろぞろと艦娘たちが入ってきた。
全員は入れないだろうから、廊下にも何十人と居るだろうけど。
「えっと……」
大井は俺の顔と金剛の顔を見て考えているようだ。
金剛は難しい顔をしている。大井の回答を待っているのか、それとも別のことを考えているのか。
「あ、あなたは……」
「ん?」
唐突に俺に話が振られて驚くが、更に驚くことがこの後起こる。
「みんなのこと、好きですか?」
一斉に俺に視線が集まる。
俺に突き刺さるものは期待や不安が混じっている。だけど、どういう意味での期待なのか、不安なのか分からない。
「好き、だよ」
みるみる顔が暑くなってくる。多分、俺の顔は真っ赤になっていることだろう。
そんな俺にお構いなしに、艦娘の大群から赤城が出てきて訊いてきた。
「部下としてですか? 戦友としてですか? 異性としてですか?」
恥ずかしげもなく俺に訊いてきている訳でもない。赤城も顔を赤く染めていた。
「どう、だろうな……はははっ」
俺は笑って誤魔化す。今言われるまで、そんなことも考えたことが無かった。
艦娘の認識は、この世界に来た時からはあまり変わっていない。提督という存在を大切にしているということくらいだ。
そんなところに、いきなり異性として好きかなんて考えると変に考えてしまう。
確かに、見た目は美少女・美女揃い。性格だってその辺の女の子と比べものにならないくらいに良いだろう。
皆、俺の返答を黙って待っている。
「1人を選ぶか、みんなを選ぶか……」
大井が肩を跳ね上げた。
俺はそう言って考え込んでしまうが、気付いたら執務室に武下の姿もあった。
いつの間に来たんだろう。
「提督のお好きに出来ますよ。ここは横須賀鎮守府。敷地内は治外法権です」
武下は俺にそう言った。
その言葉で俺は心を決めたのだ。
「大井、ごめん」
「えっ? ……独り占めしたかったですけど、あなたが言うのなら」
大井は分かってくれたようだ。
だが一方で、赤城たちは分かっていない様子。なので俺は宣言する。
「男の夢だな。ハーレムって」
ここまで言って、大井と武下以外は誰も理解していない様子。
「全員、一列縦隊に整列っ!!!」
ビクッと肩を跳ね上げ、赤城たちはすぐに一列縦隊に並んだ。
軍隊ではないが、いや、軍隊だが、こういう訓練を受けてないのに身体が動く辺り、軍艦の時の記憶があるってことだろう。
「みんな、書類は持ってるだろう? ムードも無いが、順番に書くよ」
赤城が弾けんばかりの笑顔で俺に婚姻届を差し出したその刹那、扉の向こう側の空気が変わっていく。そして、その空気が変わった元凶が入ってきた。
「ただいまー! ん? 何ですか、この空気」
俺の姉、ましろが帰ってきたのだ。
時計を確認すると、姉貴が帰ってくるいつもの時間だ。
どう空気が変わったのかというと、艦娘が畏怖している方向で変わったのだ。つまり、テンションが大暴落した。
「何しているんですか、紅くん?」
「見ての通り」
姉貴が赤城が俺に渡そうとしていた婚姻届を取って見ると、俺に何か言うのかと思ったら違った。艦娘たちの方を見たのだ。
「婚姻届? どういうことですか?」
「あ、えぇと……」
赤城が凄い慌てている。それもその筈。
艦娘たちは姉貴にも逆らえないのだ。理由は知らない。なぜだろうか。
「……ここには全艦娘が集まってるんですか?」
「そうなんじゃない?」
ツカツカと執務室に収まっている艦娘の面々を見て回った姉貴は、廊下にまで伸びている列を少しだけ覗くと戻ってきた。
「皆さんコレを?」
「はい……」
ピラピラと赤城の目の前で婚姻届を振る姉貴の様子がどうもおかしい。
なんだろうかと観察していると、よく見たら眉間にシワを寄せている。
「一体、何を考えているんですかっ! 私は許しませんっ!」
「「「「「そんなぁ~!」」」」」
姉貴の背後に狼が見える気がしなくもないが、俺は間に入る。
「何で姉貴が怒ってるのか知らないが、抑えろ」
「もうっ! 紅くんには分からないからいいですっ! それに、貴女たちっ!」
艦娘たちの肩が跳ね上がった。
「紅くんと結婚したいのなら、私を納得させてからにして下さいっ! 大体貴女たちは紅くんよりも~……」
いつの間にか説教が始まってしまった。こうなってしまうと、姉貴が収まるまで待ってなきゃいけない。
俺は戦略的撤退を選択し、コソコソと私室に戻った。
私室の中にいても聞こえる姉貴の説教は、俺は別に聞き慣れているが艦娘たちには堪えるだろう。俺もそこまで怒ることは無い。1名を除いて。
それ以外には怒ったことはないような気もする。
『大体、武下さんっ! 貴方まで何やってるんですかっ!! さっき報告に部屋に行ったらゼ○シィの箱が転がってましたよっ!! この娘たちに用意していたんですかっ!!』
『いえ……私らは付き合いも長いですし、皆さんを娘のように可愛がって……』
『紅くんはただでさえ心労が耐えないというのに、こんなことしてっ!! いや、執務は少ないですけどね……。それでも、馬鹿政府の対応とどアホ米海軍との交渉とゴ○ブリみたいに湧いてくる深海棲艦との戦争の作戦とか考えないといけないんですよ!?』
姉貴も大概、口が悪い。口調は誰に対しても敬語なのに、ヒートアップすると口が悪くなる。だけど、敬語は抜けない。どうしてだろう。
『……』
「あ、武下さんが押し負けた」
ここまで聞いていて思い出したが、まだ今日は執務をやっていない。
朝起こされて、そのまま朝食。逃避行の流れだったからだ。
私室からでは事務棟にいけないので、執務室に出なきゃいけない。だが、出れる空気なのだろうか。
考えていても仕方ないので、俺は私室の扉を開いた。そうすると、執務室には隙間なしに艦娘が正座しており、辛うじて開いているスペースに姉貴が立っていた。
なので俺は扉をそっと閉じることにした。
ほとぼりが冷めるのを待って、それから執務をやっても遅くはないだろうと思って。
結局、2時間くらい説教が続いた後、解散になったらしく、俺は書類を取りに行って執務を始めた。
と言っても、始めたのは午後1時くらいだ。ちなみに、姉貴がどうして怒ったのかは俺には分からない。
これで、『おめでとう これで結婚ねっ!』は終わりです。
最後のオチ要員でましろを出しましたが、題名の通り、ましろが出てきてもおかしくはないんですよね。
次の特別編短編集の投稿はいつになるか分かりませんが、ネタは用意してありますので、気が向いたら書いていこうと思います。