艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集 作:しゅーがく
途中、何度か艦娘にすれ違ったけど、なんとかやり過ごして事務棟に到着したのは、出発してから40分後でした。
事務棟には妖精用の入り口がないから、ネズミとかが入るようなところから中に入り、あちこちを経由して建物に侵入します。
非常階段を登り、最上階に入ることが出来ました。
外は寒かったですが、これも紅提督のためです。
薄暗い部屋に入り、そこから屋根裏に入って屋上に出るつもりです。
自分の背の何十倍という高さの棚の間を歩きながら、入れそうな場所を探します。
ここに置いてあるものは、全部が書類です。ファイルに丁寧に閉じられたものが所狭しと並んでいる様子が、執務室を連想させますが、執務室よりも多くの棚とファイルがあるので圧倒されます。
「どこか上がれるところ、あるかな?」
名目上、私の護衛となっている妖精がそんなことを呟きながら、ひたひたと歩いています。皆同じことを考えてあるいていることが分かり、少し安心した反面、そんなことを言っているということは、誰も入り口を見つけれていないんです。
そんな時、変なものを見つけました。
ファイルが大量に並んでいるこの部屋で、異質なものが隠されるように棚の下に置かれていたのです。
人間ならば気づかないようなところにあります。私たち妖精ならば見つけられましたけどね。
それが何なのか、私はとても気になりました。
「重要書類ですかね?」
「さぁ。でも、こんな厳重な書類で紅提督のところに行ってないのなら、問題があるんじゃない?」
「それもそうですよね」
アタッシュケースにいれられた書類なんて、トンデモなく重要な書類に違いありません。
私はこんな書類だらけの部屋に置かれているものですから、てっきり中身は書類だと思っていたんです。
ですが違いました。
「これ……機械ですね」
側面に空冷ファンのようなものが大量に付けられているアタッシュケースを開くと、中には機械がぎっしりと入っていました。
私は元は地下司令部の妖精です。機械には強いですから、それを少し弄ってみました。
護衛の妖精たちに止められましたが、なんだか気になって仕方がなかったのです。
大きいですが、キーボードを操作して画面を見ます。
『ChemSub Discharged. Do you Stop it? Yes/No』
何かの排出を停止するか? と訊かれました。何かの略だということは分かりましたが、良くないものが出ているんでしょうかね。
「これ、何が書いてるんですか?」
護衛の1人が私に訊いてきました。
「何かを出すのをやめるか? って訊いてきてます」
「ふーん。出すのを止めたらどうです?」
「そうですね。良くないものを出しているかもしれませんし」
そう言って私は『Yes』のところを決定ました。
そうするとファンが止まったのです。
まぁ、これ以上これにかまっていてもどうしようもありません。何かの排出も止めましたし、このまま最上階に上がります。
丁度、周りを見に行っていた妖精が戻ってきて、上に上がるところを見つけましたからね。
ーーーーー
ーーー
ー
戻ってきた妖精から、俺は報告を聴いた。
どうやら、ここから近いところで条件に合う場所は見つからなかった、と言っていた。だが、その他にも報告があったのだ。
事務棟の最上階で奇妙なアタッシュケースを見つけたとのこと。そして、それが何かを出しているようだったので、それを停止させたこと。それを伝えられた。
「それが何を出しているのか、分からなかったんだよな?」
「はい。『ChemSub』というものを出していたんでしょうけど、それがなんだか……。空気で出していたことはわかったんですけどね」
「そうか……」
そう言って、妖精は座り込んでしまった。
「……そういえば、何だか傷、増えてません?」
「あぁ。戻ってきてすぐ、報告しにきてくれたから見てないだろうが」
そう言って俺はバリケードの方を見た。それにつられて、妖精もそちらを見る。そして顔が青くなったのだ。
「バリケードが……」
「つい1時間と40分前に破られた」
から笑いをするが、身体が無茶苦茶痛む。
突破したのはアイオワなど、戦艦組と空母数人。力技で突破してきたのだ。
侵入してきた艦娘を見るなり、俺は妖精たちに避難を指示。俺は暴行を受けていたのだ。戦艦・空母に囲まれたのは、今回が初。大技の回し蹴りを食らい、壁まで吹き飛ばされた後はお察しだ。
「もうあのバリケードは役に立たない。頻繁に艦娘たちが入ってくるようになるだろうな」
「……申し訳ありません」
「何を言うんだ。お前は悪くないだろう?」
そんな時、壊されたバリケードの向こう側で足音が聞こえてくる。
気付いた妖精たちは俺の周りに集まってくる。
逃げるように俺も部屋の隅に座っていた。
何度も暴行を受ければ、こうもなってしまうだろう。
された後は虚勢を張っていられるが、前触れがあるとなるとそうはいかない。
身体が震えるようになってしまっていた。
刹那、扉が開かれる。
肩を跳ね上げ、妖精たちと寄り添う俺の前に現れたのは艦娘ではなかった。
「紅提督?」
警戒してか、拳銃を片手に持っていた巡田だったのだ。
巡田の顔を見た瞬間、俺は意識を手放す。
ーーーーー
ーーー
ー
俺が目を覚ましたのは、妖精たちで溢れかえった私室ではなかった。
ぼんやりと視界が回復する。
ここには4人、人間が居る。全員が同じ色をした服装をしている。
すぐに誰に囲まれているのか、頭が理解出来た。
「気付かれましたか」
「……武下さん」
私室ではないことは理解出来た。だが、ここはどこだろう。
武下がいるということは、横須賀鎮守府の中であることに間違いはないはずだ。
「記憶はありますか?」
漠然とそう言われ、身体を起こそうとする。
だが、身体は起き上がらなかった。身体が言う事を聞かない。
「紅提督は身体のあちこちを打傷、切傷しています。腕に至ってはヒビですよ」
腕のヒビには記憶がある。
俺は”思い出し”、室内を見渡した。
目的は分からない。
「心配されずとも、ここに危害を加えようとする者はいませんよ」
「えっと……」
状況を飲み込み、今置かれている状況を理解した。
俺は脱出できたのだ。となるとここは警備棟になるのだろう。
「……武下さん」
「はい。全容は把握しています」
俺が言おうとしたことが分かっていたみたいだ。
「こちらでも確認済みです。各所に設置されている防犯カメラの映像、多数の妖精たちの証言があります」
「はい。……ですが、報告は無しです」
言葉足らずなのはいつものことだ。
その言葉を理解し、武下は黙って頷く。
「えぇ。紅提督ならばそう仰ると思いましたよ」
「はい。こんなこと報告でもしたら、日本皇国は終わりますからね」
俺への暴行、俺から統率が離れることは反乱と同等と考えられる。それが実際に起きてしまっていたのだ。もしそれが外に漏れようものなら、戦争反対を掲げるデモに油を注ぐことになるのだ。
「それはそうと、どうして俺はここに?」
「それはですね、話を遡ると半日前になります。私が執務をしていると、事務棟の方が訪れたのです」
どうやら俺は、半日も寝ていたらしい。
「私に向かって『紅提督がいらっしゃらないのです。それに最後に見た時は、身体を庇って歩いているように見えました』というようなことを報告したのです。それから私は巡田を招集。情報収集に当たらせました」
「その結果、俺が私室に立てこもっているのを発見した、と」
「はい。提出された報告書によりますと、執務室は机のみ荒らされ、私室へと繋がる扉が壊されていたと。中に入ると、大勢の妖精と身を寄せ合っていた紅提督が居た」
報告書を片手に、武下は淡々と話す。
「身体中の傷を確認した後、本部棟を脱出。こちらの衛生班に治療をさせました」
病院に連れて行かなかったのは、外にこのことが漏れることを警戒してのことだろう。
医務室に行けば、ある程度の治療は受けることが出来る。それさえ取り戻せば、どうにでもなるのだ。適当な理由を付けて、外の病院にかかればいい。
武下は更に報告を続けるのだ。
俺はてっきり終わりかと思っていたが、まだあるのだ。
「紅提督を暴行していた艦娘たちは、ある時間を境に一瞬、気を失い。その後、気を取り戻したそうです」
そう言って武下はある写真を見せてきた。
多分、巡田が撮ったものだろう。
そこに写っていたのは、拳が血塗れのアイオワが倒れているところだ。その血はもちろん、俺の血だろう。
「……それで様子は?」
「酷く混乱しています。それと、執務室及び私室への入室許可が、私に回ってきていますが?」
何を今更。普段は勝手に入ってきていたというのに。
「そんなもの必要ないですよ。わざわざ入室許可書が必要になるような制度も作った覚えないですし」
「そういうんじゃないみたいです」
そう言って、俺に入室許可書を見せてきた。
内容はこうだ。『清掃・修復活動を行う』と書いてあるのだ。
俺の頭は混乱する。どうしてそんな内容なのだろうか。
「艦娘たちは正気に戻ったんですよ、紅提督。彼女たちは贖罪のために、普段なら妖精に任せることも、自分らでやろうと言っているのですよ」
正気に戻ったとはいえ、さっきから武下が”艦娘”という度、身体が震えている。
恐怖が植わってしまっているようだ。
客観的に自分の状態を言っているが、そういう状況に陥っていてもおかしくはない状況だったのだ。精神的・身体的暴行が2週間も続いていたのだ。それに、俺は一切も抵抗をしなかった。全てを抱え込み、耐えたのだ。結果的に、俺が拒絶反応を起こしていても仕方のないことなのかもしれない。
「ご自分でも分かっているようですが、紅提督。現在、貴方の精神は”彼女”たちを拒絶しています」
「分かってます」
俺は深呼吸し、目線を流した。
室内に居るのは武下と西川、沖江、巡田だ。手練だ。
そのままベッドに身を任せ、天井を見上げる。
「治るまで、どれくらいかかるか聞いてますか?」
「確か1日とかなんとか」
「速いですねぇ?!」
妖精の治療を受けている。大体の治療はそれくらいで済んでも、特段違和感はない。
前にも似たようなことがあった。その時もすぐに傷は完治したから、今回はそれくらいが妥当だろう。
「……ありがとうございます」
そう呟き、目を閉じる。
誰に言った訳でもない。そう言いたくなったのだ。
ーーーーー
ーーー
ー
傷も治り、俺は立ち上がれるようになった。
だが、腰はどうも駄目だったみたいだ。激しい運動をする機会もそうある訳ではないが、医務妖精曰く『激しい運動は腰を壊す原因になります』と注意を受けている。
白い第二種軍装を身に纏い、倒れたときには腰になかった軍刀が今は刺さっている。
いつもなら、執務室に置いてあるものだが、どうしてか手元にあったのだ。そして、腰に刺すことに何の躊躇もすることなくしたのだった。
『応、非番の沖江を付けます。彼女に無線機を持たせていますので、何かあればそれを』
そう言われ、先ほど警備棟を出たのだ。
横を歩く沖江は、姉貴と良くしている門兵だ。
「今日帰ってくるらしいですよ」
「そうなんですか?」
「はい。手続きやらなんやらで大本営やら色々なところを回ったらしいですから」
俺はその手続きやらを知らない。何の用事で出ていたのか知らないが、ここ3週間程、横須賀鎮守府に居なかったのだ。
姉貴がいたなら、こんなことももっと早くに終わっていたかもしれない。
そんなことを少し考えつつ、俺は本部棟の前に到着した。
「正気に戻ったとはいえ、ちゃんとした確認はしていません。もし何かあれば……」
沖江は腰にある黒い鉄の塊に手を掛けた。
そう言ったものを所持していることを、俺に暗に伝えたのだ。
そしてそれを向けるのは、俺ではない。艦娘に向けて、だ。
昨日から精神面も良くなっていた。
身体の震えもなくなった。
「抜かないで欲しいものです」
「あははっ……そういう訳にはいきませんよ」
苦笑いを浮かべる沖江に、身体の正面を向けた。
「そうなった時、貴女はそれを抜かなくても良いんです」
柄に手を掛けた。
「私が抜きますから」
本部棟の入り口に向かい、声をだす。
「行きましょうか」
ーーーーー
ーーー
ー
昼間だというのに、本部棟の中には人っ子1人も居なかった。
誰ともすれ違わずに、執務室に到着する。否。誰ともは言いすぎた。妖精とはすれ違った。
一際大きな扉の前に立ち、ノブに手を掛ける。
「私、初めて執務室に入りますよ」
「まぁ、門兵ならまず入らないところですよね」
そんな他愛もない話をしながら、執務室に入る。
そうするとそこには、見慣れた顔が居た。
「紅提督……」
赤城が居たのだ。
他には金剛も居る。
反射で柄に手が掛かった。治したとばかり思っていたが、どうも治ってないらしい。
赤城の陰に隠れている金剛が、柄に掛けた時に出た音に肩を飛び跳ねさせていた。
「何の用だ」
2週間のスパン。久しぶりに交わす言葉は、俺の思っていた以上に冷たかった。
「私たちの変調を昨日から調べ上げました」
冷たい言葉を掛けられたというのに、赤城は言葉を発する。
少し目尻が赤くなっているような気がするが、きっと我慢しているのだろう。
赤城の背後から金剛が出てきて、俺の1m手前にアタッシュケースを置いて赤城の後ろに隠れたてしまった。
金剛の様子がおかしいが、今気にすることでもない。
「原因はその鞄にありました。私たちの変調が認められて13日目。私室に籠城していた紅提督が妖精に命じ、脱出経路の選定のため、事務棟に行った際に見つけたものだそうです」
俺はアタッシュケースに歩み寄り、開けた。
中にはぎっしりと機械が詰め込まれている。そして、ケースの外装にファンがいくつも取り付けられていた。
「妖精たちが発見した時、それは稼動状態にあったそうです。その場の判断で停止させたみたいですが、それがどうやら私たちの変調の原因だったみたいです」
「そうか」
またしても出てくる言葉は冷たい。
「化学物質を放出し、艦娘にのみ特異的に効果を促す作用のあるものだったようです。私たちはそれの影響で変調していたと思われます」
開けたアタッシュケースを閉じ、流れで沖江に渡した俺は、そのまま椅子に向かった。
そして腰を降ろし、膝を立てる。
机は綺麗になっていた。蹴られに蹴られ、凹みまくっていたところも綺麗に元通りになっていた。私室の扉も直されており、14日前に戻ったみたいだった。
「それで?」
出て来る言葉は冷たい。
「っ……」
赤城は言葉に詰まった。
自分たちに意思でそういうことをしていなかったとしても、この様子だとこの2週間の記憶はあるみたいだ。
俺を目の前にし、それを思い出しているのかもしれない。
「沖江さん。それの処分をお願いします」
「はい。任務終了後に持っていきます」
空気を読み、淡々とした返答をする沖江。
「……友人であり、家族」
「っ?!」
そんなことをつぶやいてみる。
「そう言ったが、そんな友人や家族からの暴言・暴行。たとえ本意ではなかったとしても、その矛先を向けられていた俺はどうすればよかったんだ?」
赤城は反撃と言いかけて、言葉を詰まらせた。
「……全艦娘に通達」
命令とは言わない。強制させたくないからだ。
だが、これを言ったところで、言い方が違っていたとしても、強制の意味合いがつてしまうかもしれなかった。
「罰として2週間毎日グラウンド5周。今から行って来い!!」
「「はっ、はいっ!!」」
赤城と金剛は走って執務室を飛び出ていってしまった。向かう先は艦娘寮の後、グラウンドに行くだろう。
と思っていたら、沖江までも廊下に出ていってしまっていた。
急いで立ち上がり、廊下に出て言う。
「沖江さん! 貴女は違いますよっ!」
急反転して戻って来た沖江が、息も乱さずに言い訳をした。
「つい、行ってしまいました」
「はははっ、気にしない気にしない」
そう言って俺は再び椅子に腰掛ける。
グラウンドは騒がしくなり、外を俺は眺めた。
外ではもうかなりの人数の艦娘が走っている。
「……どうしてグランド5周なんですか?」
そんな素朴な疑問を俺に訊いてきた。
特に深い意味はないが、多分、このままにしていたらそれはそれでわだかまりが出来ていただろう。なら、何かしらの罰を与えた方が良いのだ。
と、言おうと思ったが止めた。
「1周なら平気でしょうね。ですけど5周です。相当身体に負担がかかりますよ。それを2週間やり続けることになります。十分、苦しい思いはするでしょうよ」
そう言うと、沖江は苦笑いした。
「それは苦しい思いはするでしょうね」
俺もそうだが、グラウンド5周なんて走るのはとてもしんどい。
毎日やるとなると、かなりだ。
だが、この2週間の罰としては軽いのかもしれない。それを察した沖江は、俺に向かって1言。
「お優しいのですね」
俺はそれに答えなかった。
5周終わった艦娘たちはそのまま息を切らして執務室に並ぶ。俺に一言言うと言って聞かなかったのだ。
全部聞いたが、全てが謝罪の言葉だった。ある艦娘Hなんて『こんなことで償えるとは思ってません。ですから、何か、何かで贖罪していこうと思います』と言って出ていってしまったのだ。
結局、この騒ぎは終末を向かえた。だが、大きな傷を沢山残していったのだ。
俺への精神・身体的な傷が主だったが。
聖夜の前日にとんだ内容の二次小説を投稿するもんですね(ゲスガオ)
ということで、今回で『艦娘、洗脳』は最終回です。
終わり方に無理があるようにも思う読者の方もいらっしゃると思いますが、あえてそういう終わらせ方にしました。理由を求められたら答えづらいですけどね。
ご意見ご感想お待ちしています。