「遅くなってすいませーん!」
その時、ガララッと教室のドアが開いて、一人の生徒が入ってきた。
「おー、若松、そういえば久しぶりだな」
世界史の先生と入れ替わって教室にいた担任が言う。
「は、はい…」
「とりあえず席に着け」
若松碧(あおい)。超が付くほど有名な大人気アイドルだ。
幼少期は子役タレントで、その頃から人気があったらしい。噂によると、最近では、女優やモデル業にも手を伸ばしているそうだ。
私より少し遠くにある席に若松さんが座った瞬間、チャイムが鳴る。次の教科は、現代文だ。
世界史は苦手だけど、現代文はどちらかと言えば得意な方だ。前の授業で懲りたこともあるので、今度は寝ないで授業を受けようと思う。
「そこ、緑川!」
早速呼ばれた。今度はちゃんと聞いていたから大丈夫だ。
「はい、この時の主人公の気持ちは…」
「正解!」
よかった、大丈夫だった。レッスンの後に予習しておいたお蔭でもあったのだが。
ちらと周りをを見回すと、居眠りをしている人が何人かいた。若松さんもその中の一人だった。
「じゃあ今度は…春日!」
「へっ!?」
詩織と伊織は…二人とも熟睡(というほどでもないが)していた。ちなみに真純はちゃんと先生の話を聞いていた。
「「か、春日って…伊織(詩織)の方だよね!?」」
「いいや、二人共だ。一問めを春日詩織、二問めを春日伊織に答えてもらう」
「「「聞いてませんでした!」」
「二人共立ってなさい」
あ~…私の二の舞になってしまったか…。
「じゃあ、かわりに秋月と若松」
真純はともかく、若松さんは答えられるかな…と思ったその時、若松さんは顔を上げた。
「「はい」」
「まず、第一問を秋月」
「はい、『花咲くとき』です」
「正解。次、第二問を若松」
「はい、『心』です」
「正解。二人共よくできたな」
わ、若松さん、すごい…! 寝ていたと思ったら、ちゃんと答えたし…。やっぱり、何と言うか違うなあ…。
○
現代文の授業が終わり、次の化学は別室で行われるので、教室を出ようとした時だった。
「あっ、筆箱忘れた」
「先行ってるね」
「うん、分かった」
机の上にある筆箱を持ち出すと、教室に残っていた若松さんとたまたま同時に教室から出た。
「あ、若松さん」
「何だったら、一緒に行く?」
「……うん」
若松さんとは、特別親しいわけでもない。しかし、誘いを断って一人で行くのも心細かったので、二人で行くことにした。
廊下を歩いていた時、私は口を開いた。
「…若松さんって、凄いね」
「え?」
「だって、昔からあんなに人気があるし、授業だって当てられてもちゃんと答えられてるし」
「それは、まあまだまだだし、あの時はちょっと仮眠とってたし、勉強したところがたまたま出ただけだから」
「でも、私より凄いよ。私なんか、まだデビューしたばっかだし、頭良くないし、眠いとすぐ寝ちゃうし…」
責めるように言ってしまった。少し苛立っていた。
「そういえば、緑川さんってアイドルデビューオーディションに受かったばっかりなんだよね」
こくんと頷く。もしかしたら私は、若松さんにひがんでいるのかも知れない。私よりも有名で、頭が良くて、羨ましいと思っているのかも知れない。
私は、若松さんとの差を感じてしまった。仲間の真純や、他のアイドル達といった、私より優れた人はいっぱいいる。その中でも、特に凄いと、私は思うのだ。
それに比べたら、私なんて…。
「緑川さん」
若松さんが言う。
「努力することを忘れないで。努力することで、きっと夢に近づけると思うから」
この一言で、私は目が覚めた。
きっと、若松さんは昔からずっと努力を続けてきたのだろう。そして、ここまで来れたのかも知れない。それなのに私は、何で勝手に嫉妬したりしたのだろう。
「……うん」
若松さんの目は本物だった。若松さんより下の私にそんな言葉をかけてくれる。
やっぱり、もう少し頑張ろう。