東方裏方物語    作:星の屑鉄

2 / 3


一言:東方の紅魔郷~地霊殿において、一番紅魔郷が楽しいと思う。あの漂うレトロな感じが好きです。




第二話 火炎の舞踏

 

 

 烏は進む。山を出て、森を抜け、湖を越える。そしてようやく烏が止まった場所は、動脈に流れる血のように鮮やかな赤色一色の館だった。太陽は既に山に沈みそうになっている。それが一層、館の赤色を際立たせる。

 

「いつの間に、こんな趣味の悪い館が建ったんだ? 串刺し公じゃあるまいし」

 

 館に向いていた視線を烏の方に戻すと、既にそこにその姿は無かった。陽はすっかり沈み切り、妖怪の時間が訪れる。

 

「手探りの探索は、あまり好ましくないけど」

 

 愚痴を垂れながら、誰も居ない門前に立ち、門を押す。不気味な音を立てながら鉄の格子扉が開く。

 

「約束は守る。そう疑いの眼差しを向けないでくれよ、紫。話を持ちかけた張本人だろうに」

 

 肩を竦めて、やれやれと言った風に大袈裟にジェスチャーしながら、彼は紅魔館へと入って行った。今も尚、高度な侵入防止のための結界が張られているが、それは見事に、第三者の手によって看破される。

 

 門の外、突然その空間に亀裂が入り、割れる。中からは大量の目が映し出されており、空間の裂け目の両端はリボンによって可愛らしく縛られている。その中から、二十歳もいかないであろう、闇夜に輝く金色の長髪の女性が上半身だけを現した。

 

「疑っていませんわ。私はただ、見守るだけ」

 

 それだけを言って、少女の様な女性が空間の中に引っ込み、空間の裂け目は何事も無かったかのように消えてしまった。

 

 

 

 厄介事は天上と地下にある。

 

 それはある種、この地、幻想郷においては常識の様な話だ。天というのは高天原、あるいは天界、もしくは龍神のことを指し、地下とは即ち、地下室や座敷牢、最も代表的なのは地獄のことである。

 

 その常識を当てはめるに、この紅魔館に置いては最上階と、地下室に厄介ごとがあると言える。事実、最上階にはこの館の主、トラブルメーカーのレミリア・スカーレットが居座っている。逆に、地下室にはその妹、フランドール・スカーレットが居る。

 

「下だ」

 

 そんな法則性を参考にして、彼は迷わず地下を選び、階段を無視してひたすら、一階を隈なく捜索した。クローゼットの中からベッドの下まで、何かが隠せる場所全てを見た。しかし、見つからない。最後の部屋、だだっ広い図書館に来たとき、異変は案外早くに見つかった。

 

「……丸見えか」

 

 法則通り、彼は地下室の入り口を見つけた。しかし、地下室の入り口はまるで隠されていなかった。むしろ、扉も何もなくオープンになっている。どことなく、残念そうだ。すぐ手前の三段目までは見えるが、それ以降が見えない闇の中に、彼は自然と足を踏み入れた。

 

「部屋一つのために、地下室?」

 

 彼は目の前の一枚の扉に首を傾げた。意味が分からず、その場で悶々と………十分弱唸り続けた。そしてとうとうしびれを切らして、彼は考察を止めて扉に手を掛けた。

 

「分からないものは、分からない。ぶっつけ本番、当たって砕けろ」

 

 ヤケクソ気味に、彼は部屋の中へと押し入る。部屋の中は暗かった。しかし、夜目の効く彼はすぐさま、ベッドに十歳ばかりの幼女が寝ていることに気が付いた。濃い黄色のサイドテールとナイトキャップが特徴的な、小動物のような子だ。

 

「当たりだ。流石、遣いの烏」

 

 断定した。彼は腕を組み、頭を捻る。

 

「吸血鬼……さて、鬼と同じように扱うのは酷か?」

 

 静かに寝息を立てる幼女を見て、悶々と悩む。

 

「当たって砕けろとは言うが、砕くのとはまた違う。壊しちゃいけない」

 

 その場に座り込み、彼は心頭滅却する修行僧の如く悩んだ。十分に悩んだかと思うと、今度は舟をこぎ始めた。

 

「きゅっとして――」

 

 総毛立つ。背筋に氷水の如き悪寒を浴びせられ、頭の中は警報機が赤色に点滅、鳴りっぱなしだ。虚ろになっていた瞳は、色を取り戻す。

 

「塞の神様、お越しくださいませ」

 

「ドカーン」

 

 言霊が紡がれた。何かを握り、それを潰す様な仕草をした、ベッドの上で横になっている幼女は、いっぱいに目を見開いて驚きを露わにする。

 

「あははは! すごい、すごい! 壊れない人、初めて見たわ! 試したのも初めて!」

 

 そしてすぐさま起き上がり、ベッドから立ち上がって拍手を送る。調子が狂うとはまさにこのことで、幼女は純粋に喜んでいる様子だった。彼は困ったような笑みを浮かべて、座ったまま問い掛ける。

 

「君は誰かな?」

 

「フランドール・スカーレット。ねぇ、ねぇ、貴方は? 貴方のお名前は?」

 

「カズヒコだよ、フランドールちゃん」

 

 言うと、不意にフランドールは頬を膨らませた。

 

「むぅ、私はこれでも495歳! つまり年上なの」

 

「俺はそれの四倍以上は生きている。だから俺が年上だ」

 

 自慢げに彼、カズヒコは言った。フランドールは驚き口元に手を当てる。

 

「えっ、人間じゃないの?」

 

「紛れもなく、正真正銘の人間だよ。神様と仲が良いと、長生き出来るのさ」

 

「不思議、すごい!」

 

 カズヒコは眉間に僅かな皺を寄せた。フランドールの目を見据える。純粋に楽しんでいる様だ。瞳が好奇心に輝いている。

 

「あれ、だとすると霊夢と魔理沙も実は年上なのかな」

 

 フランドールは自然に首を傾げて疑問を口にした。

 

「……霊夢? 魔理沙? 誰それ」

 

 聞き覚えの無い名前に、怪訝そうな顔でフランドールに問う。

 

「えっ、知らないの? 霊夢は博麗の巫女。魔理沙は人間の魔法使いだよ」

 

「今代か。でも後者の魔理沙とやらは、本当に分からないかな」

 

 答えを聞いてもカズヒコの疑問は解決されず、腑に落ちないような顔で悩ましげに溜息を吐く。

 

「どんな人たちか教えてくれるかな」

 

「いいよ!」

 

 二つ返事、笑顔で言った。太陽が苦手とは思えないほど、輝きの強い笑みだった。

 

「えっと、霊夢は博麗の巫女。腋と肩の出た巫女服着てて、貧乏神社で暮らしているの。暢気だけどちょっと怒りっぽくて……思うままに動いているのかな。私にも分け隔てなく接してくれて、不思議な人間。またいつでも遊びに行ってあげる、って言ってくれた。でも、あれから一度も来てくれない」

 

「随分と、自由奔放な巫女だね。神様受けも良さそうだ」

 

 空気が粘ついた。セメントが肩に掛かるかのようだった。

 

「魔理沙は人間だけど魔法使い。本の虫……パチュリーみたいなのじゃなくて、人間なの。思いきりがあって、いつも図書館から本を借りていくけど、決まって私が眠っている時ばかり。だから、あの日から一度も会っていないの」

 

 まるで部屋の中が怨霊の住処になっているかの如き空気だ。液状化した鉛が肩に掛かり、それが固まったかのような息苦しさが、部屋に充満している。

 

「そうなんだ。それで、君の望みは?」

 

「――あはっ」

 

 フランドールの瞳が濁った。性質の悪い悪魔に憑かれた人間のように、理性の色が、水に晒された水性インクのように掠れる。

 

「遊びましょう!」

 

「喜んで」

 

 カズヒコは清々しい笑顔で言ってのけた。フランドールが手に魔力を集中させ、夕日の様な色の炎剣を作り出したことを確認すると、ようやくカズヒコも手を前に出す。

 

「カグツチ様、お越しくださいませ」

 

 部屋の空気が舞い上がる。カズヒコの全身が火のヴェールに包まれる。熱そうな素振りは無い。体が焼かれる様子も無い。

 

「神様の火はちょっと熱いけど、火傷はしないようにね?」

 

「火傷なんてしないわ。その火を、私の炎で切り裂いてあげる!」

 

 フランドールは座ったままのカズヒコ目掛けて剣を構えて突っ込んだ。戦いを楽しむような笑みを浮かべて、音を置き去りにするほどの早さで、横切る様に、入り口に居座るカズヒコを、邪魔な壁事一閃する。

 

 炎の剣は壁を焼き切り、大爆発を起こした。部屋の中が熱波に晒され燃えていく。爆発に晒されたカズヒコは衝撃に吹き飛ばされ、何度もバウンドしながら地下室への階段を逆走させられていた。

 

「あははは! もっと吹っ飛んじゃえ!」

 

 フランドールは枯れ木の様な翼をはためかせて飛んだ。音は置き去りにしないものの、吸血鬼の身体能力は存分に推進力となる。吹き飛ばされたカズヒコに追いつくと、フランドールはもう一度、その炎の剣で無抵抗のカズヒコを一薙ぎして吹き飛ばす。

 

「カグツチ様、立て直しと位置取りの方をお願いいたします」

 

 カズヒコの背中から火の翼が生える。大きな、蝙蝠の様な両翼ははためき、突風と上昇気流を起こして、図書館の中を荒らし尽す。翼に触れた本は塵となり、窓ガラスは液状化する。無駄に派手なその両翼は、まるで天真爛漫な子どもが目いっぱい遊ぶ姿を思い起こさせる。

 

「わぁ、ここの本は魔法が掛かって欠損しない筈なのに、塵になっちゃった!」

 

「あっ、やば。カグツチ様、周りの物出来るだけ燃やさないでください」

 

 フランドールの指摘に、カズヒコの顔が気まずそうに歪む。彼の火の両翼は先ほどまでの勢いを失い、親に叱られた子どものようにしおらしくなってしまった。勢いを無くした火の翼ではカズヒコの体は支えられず、その体は大地に落ち、彼は机の上に着地する。

 

「さて、今度はこちらから。カグツチ様、火の剣を精製、次いで投擲をお願いします」

 

 火の両翼が燃え上がる。まるで日輪のように円を描き、その円の中から次々と火の十拳剣を生み出した。その数十五本、フランドールに掃射される。

 

「てぇい! やぁ!」

 

 火の十拳剣は次々とフランドールの持つ炎の剣に弾かれ、彼女の後方、あるいはすぐ下に落ちて霧散する。

 

「ほら、もう一度!」

 

「迎撃をお願いします!」

 

 突貫してきたフランドールが炎の剣を振るうのに合わせて、カズヒコの火の両翼が鞭のようにしなって剣を弾く。炎の剣を振るう、火の鞭が弾く。振るう、弾く、振るう、弾く、熱い応酬が何度となく交わされ、火の粉が飛び交う蛍の如く振り撒かれる。

 

 嵐の様なぶつかり合いが一時終息を見せる。フランドール自らが距離を取り、手で何かを掴むように動かした。

 

「っ、塞の神様、お越しくださいませ!」

 

 言霊が紡がれると、カズヒコの火のヴェールと両翼が消えた。代わりに、周囲の空気が虚ろなものに変質する。フランドールは手で何かを握りつぶすような動作に入ったが、特に変化は訪れない。

 

「やっぱり、そう。見つけちゃった!」

 

 フランドールが口元を三日月状に歪める。カズヒコは苦々しい表情で、フランドールの動きを一つも見逃すまいと瞬きすら惜しんで見続ける。

 

「てぇい!」

 

 片手持ちした炎の剣が迫りくる。片方の手は何かを握る動作のままだ。炎の剣は直撃するわけではなく、カズヒコの足元を斬りつけ、斬りつけた箇所を爆発させた。彼はなす術も無く、その衝撃によって溶解した窓から外に吹き飛んだ。

 

「くっ!」

 

 地面に落下する刹那、受け身を取って衝撃を逃す。結果、カズヒコ自身は無傷なのだが、その額には玉の汗が浮かんでいた。

 

「不器用なのね!」

 

「……早いね。うん、こんなに早く見つかるなんて、思わなかった」

 

 彼はその場に座り込む。観念したわけではない。動き回る必要性を覚えなかっただけだ。

 

「あれ、もう終わり?」

 

「いや、答え合わせだよ。君の、フランドールちゃんの考えている通り、この体には同時に二柱の神様を宿すことは、原則的には不可能なんだ。だから、防御か攻撃、どっちか一方に偏ってしまう。防御に徹すれば、ここからは千日手だ」

 

 フランドールは嗤った。敗者に向ける嘲笑だった。

 

「だから、これからはちょっと、道具を使うね。千日手は、あまり好きじゃないんだ」

 

 カズヒコは腰に差していた刀を手に取った。宵闇を思わせる群青色の鞘に納められた、装飾の少ないものだ。

 

「カグツチ様の血によって鍛えられたこの剣、今こそ抜かせていただきます」

 

 鞘から刀が抜かれた。フランドールは思わず息を呑む。その刀身は呪いに似た禍々しさと、鍛え抜かれた機能美は目を惹くものだ。しかし、刀身から溢れ出る神力の濃度には、更に目を見張るものがある。

 

「タケミカヅチ様、この刀を依代に、お越しくださいませ」

 

 音が響いた。爆竹のような音が連続して何度も鳴った。刀が雷を帯びて火花を散らし、溢れ出る神力が一層濃くなった。

 

 カズヒコは刀から手を放した。重力に従って落ちる筈のそれは、むしろ宙に浮いていった。

 

 フランドールは動かない。じっとその場で、カズヒコではなく刀を凝視して炎の剣を構えている。

 

「タケミカヅチ様、攻撃、峰打ちでお願いします。殺しはご法度です」

 

 言い終わるや、神の宿る刀はフランドールに向けて飛んでいく。彼女は炎の剣でそれを弾こうとすると、刀は紫電を纏った。炎の剣と紫電の刀、それらが衝突した瞬間に、辺り一帯を巻き込む大爆発が発生した。

 

 衝撃は紅魔館全域に広がった。

 

 

 






絞めの一言:ちなみに、弾幕の美しさは風神録が一番だと思います。色と弾幕の形がとても好みでした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。