「ちょっと待ってくれ……じゃあ、お前はその力で、異空門を新しく作り、あの戦車も作ったってことか?」
振り返りながらの俺の問いに、向江は苦笑を返した。
「まあ…そういうことに、なるね。正確には、少し違うけど。」
「どういうことだ?」
「新しく作ったんじゃなくて、「前ひらいていた時の異空門」を作ったんだ。それに戦車は、向江真生が形から何から必死で記憶した物をこの世界で再現して、少し改造したものだよ。そっちの方が、圧倒的に楽だからね」
もう、なんでもありだな。あきれてものも言えない。二つの世界をつなげ、大量に兵器を作るのが、「楽」だって?
もしかしたら――向江はもう、俺とは違う次元の人間なのかもしれない。いや、「人間」と言うくくりに入れること自体、間違いではないのか。
もはや、「神」に近い。
「……どうやって……どうやって、そこまでの力を手に入れたんだ?」
当たり前の疑問を口に出すのにも、かなりの精神力が必要だった。
「どうやって…か。長話になるね」
向江は、どこか昔を懐かしむような目をして言った。
「君も知っているように、僕はこの世界で三十四年前、この世界に生まれ落ちた。先代帝の、待望の後継ぎとしてね。でも、君がそうであるように、僕も、人から生まれたわけではないんだよ。」
え?
「いや、お前は、子供ができずに焦った先代の帝夫妻が必死の祈願をした結果、どうにか生まれた後継ぎじゃないのか……?」
「それは間違いだよ。世間的にはそういうことになってるらしいけどね。……正しくは、先代の帝によって拾われた子どもなんだ、僕は。」
拾われた?俺と同じような境遇ってことか。
「ここから先は帝の位を継ぐときに先代から聞いた話なんだけどね…先代夫妻、つまり僕の父さんと母さんが、何度目かわからない祈願をしに、帝都の「謎の神」の神殿の最上階、普段なら誰も入れない礼拝堂に行ったとき、赤ちゃんがそこにいたんだってさ。それで僕の父さんは「神が応えてくれた」と思って、その子を連れて帰って、自らの子供として育てた。それが僕だ。このことを知っているのは、帝宮役員のなかでも、ほんの一握りだよ」
……そんな事情があったとは。ただ―
「それが、俺の質問の答えと何か関係するのか?」
向江は小さく笑った。
「関係するよ。もちろん。むしろ、今の話がけっこうキモだったりするんだけどな」
向江は続ける。
「この間ルーセル君が話してくれたけど、君は北の果てに生まれ落ちた拾われ子なんだよね?そしてこの世界にもめったにいない赤髪で、優れた炎素使いである。…この三つの事実にはある共通点があるんだけど、分かる?」
急に話が飛んだ。正直、訳が分からない。俺の異質な点にある共通点?
「いや、分からない」
向江はため息をついた。
「仕方ないなぁ…教えてあげるよ。どれも、火の神アーラに関係しているんだよ。北の果てってのは、もともとアーラがいた場所だ。そして赤は、アーラを象徴する色である。炎素使いであるってのは言わずものがな。……そう考えると、君は生まれもって、アーラの加護を受けていた、もっと言えば、君をこの世界に連れてきた張本人が、アーラだって考えることはできないかな?」
…うむ。若干の発想の飛躍は必要だが、あながち間違っていない解釈だと思える。
だが。
「それが、俺の質問の答えと、どう関係するんだ?」
さっきから、同じようなことしか言っていない気がする。しかし本心だ。仕方ない。
向江はにやりと笑った。
「同じことが、僕にも言えるんだよ。僕が生まれ落ちたのは、謎の神の影響力がこの世界で最も強い神殿の礼拝堂だ。そして僕の髪は、この世界にはほとんどいない白髪。白は、謎の神の色だ。……だったら、使える神素は?」
「謎の神の……神素?」
信じられないが、それしか答えがない。
否定してほしいという俺の気持ちをあざ笑うかのように、向江は声を張って「その通り!」と言った。さらに続ける。
「僕は、生まれつき、謎の神の加護を人より強く受けていた……つまり、この世界の人々が使えるはずもない第五の神素を使えるようになる土台を持っていたんだよ」
「お願いします!今しばらく、待ってください!」
ルーセルは、地上に降り立った瞬間ちょうど目の前にいた、隊長格と思える男にそう叫んだ。それとともに、ざわついていた周りの視線が一気に自分に集中するのを感じた。
隊長格の男は一瞬あっけに取られたようだったが、すぐに冷静さを取り戻し、ルーセルに尋ねた。
「君は、誰だね?」
よし。
ルーセルは心の中でガッツポーズ。相手にされないという、最悪の事態は避けられたみたい。とりあえずゆっくり話して、時間を稼ぎましょう。
「軍第百七十部隊の副隊長、水素使いのルーセル・ヒュレットです」
隊長格の男は首をかしげ、何かを考え込み始めた。いつの間にか、周りに人の輪ができている。
少しして、隊長格の男は「うーん」とうなってから、はっきりしない口調で言った。
「もしかして君は、この事件の最初の発見者という、ノル村出身の者か?」
ルーセルは少し驚いた。私ってこんな有名だったけ。アールスならわかるけど。
「ええ…その通りです。あなたは?」
「ああ、私は…」
「ごくろうさん。後は俺が話す」
隊長格の男の声は、奥から発せられた声に遮られた。あれ?この声…どっかで聞いたわね。確か…
「まさか、ギアなの?」
ルーセルが発した声は、周りのざわつきを、さらに大きくした。
そしてすぐ、奥からさらに大きい声が聞こえてきた。
「ああ。その通りだ」
奥からゆっくりと歩いてきたギアは、隊長格の男の肩をたたき、「下がってくれ」と言ってから、ルーセルの顔を改めて見た。
「どうも。先遣隊隊長、ギア・カイトです。……どうした、ルーセル?」
「おい、ちょっと待ってくれ。土台があったってだけで、使えるようになるのか?それに、ほかの四つの神素を、どうやって使えるようになった?」
「四つの神素を使えるようになったのは、途方もない鍛錬の成果だよ」
俺の疑問の半分に、向江は即答した。
「君も知ってると思うけど、帝っていうのは、この世界の指導者であると同時に、軍の最高責任者でもあるんだ。だから将来帝になるものには、当然高い神力が要求される」
「だからって、本来自分に適性がある一つで十分なものを、五つもマスターしたって言うのか?」
そうだとしたら、悪いが俺には考えられない。本来神素というものは、一人一つしか適性を示さないものなのだ。その一つを極めることでさえ難しいのに、三十年で、五つを極めるなんて…不可能だ。実際に一つを極めようとしてきた俺から言わせれば。
あきれる俺をよそに、向江は笑った。
「その適性が、最初僕には見つからなかったんだよ」
適性がない?そんなことがあるのか?
「それは、どういうことだ?」
「単純なことさ。僕に適した神素は、謎の神の神素だったんだ。それなのに、帝宮直属の神素の先生が調べたのはそのほかの四つだけなんだもの。見つかるわけがない。…まあその当時は、謎の神の神素なんて考えたこともなかったから、すごく焦ったけどね。……そう、焦ってさ。僕自身が「やっと生まれた待望の後継ぎ」って立場だったからその分周囲の期待も大きくてね…寝る間も惜しんで、四つ全部の神素を闇雲に練習しまくったんだ。そのせいで、先生が倒れたこともあったっけ。まあそのおかげで、四つの神素の先生が交代交代できてくれるようになったから、それはそれでよかったかもだけど」
「……そのおかげで、四つの神素をあやつれるようになった、ってことか?」
「そういうこと。努力して努力して力をつけて、周りの目が失望から羨望へと変わった時は、本当にうれしかった。努力すれば……そう、努力すれば絶対に認めてくれるんだって、あの時初めて思ったよ。だからその後も、一人で修練をつづけたんだ。より高みへ、より高みへってね。もちろん座学もしっかりやったよ。そのおかげで、歴代最高という肩書までもらえた」
「じゃあ、五つ目の神素は、どうやって?」
「きっかけは、始まりの神話について詳しく書かれた本を読んだ時だったと思うけど…そこで、謎の神について興味を持ったんだ。この神だけなんで正体がわかってないんだろう、なんでこの神だけ何で人に神素を授けなかったんだろうって。でもその時は、そこまでだった。ちょうど神素の鍛錬が一番大変な時期だったし」
向江は少し切って、続けた。
「その二年後かな。そのころにはもう四種類の神素を一通り使えるようになってたから、ふと思い出して、少し調べてみたんだ。驚いたよ。調べれば調べるほど、謎しか出てこないんだもの。分かっていることなんて、「確かに存在した」ってことだけ。なんだよそれ、って思ったよ」
そりゃそうだろう。あの神には、謎が多すぎる。
「さすがに諦めようと思ってね。それで僕は最後に、ダメもとでやろうとおもってさ。本で読んでからずうっと、胸の奥で考えていたことを」
だいたい、見当はついた。
「まさかお前…そこで…?」
向江は二、三度、小さくうなずいた。
「そう。多分今考えてるのであってると思うよ。僕はその時、謎の神の神素を使えないかどうか試してみたんだ。確か、月のきれいな夜だったと思う。一人でこっそり、訓練場に行ってね」
向江は視線を上に向けた。
「結構、自信はあったんだ。僕自身、すでに四つの神素を習得してる身だったし。それに、この世界に存在している以上、使おうとすれば必ず使えるはずだと思ってたから。訓練所の的に向かって、「謎の神、力を貸してください」って思いながら、右掌をむけてみたんだ。すると、ものすごくあっさり、できちゃってさ。威力もなかなかのもので、的が軽く吹き飛んで行ったんだ。あの時の感動は、今でも忘れないよ。」
向江は今、すごく嬉しそうだ。何故だかはわからない。
「そこで僕は気づいたよ。ああ、僕はこの神素に適性があったんだなって。それで、このことは人には黙っていようとも思った。この力は、僕だけのものにしたいと思ったからね。その後すぐだったよ。先代が僕の出生の秘密を教えてくれたのは。確信したよ。謎の神の神殿に生まれ落ちた僕は、生まれながらにして謎の神の加護を受けていたんだって」
「……そこでもまた、特訓に明け暮れたのか?」
「いや」向江は首を横に振った。
「その時点で適性のない神素を使えるようになってたことからもわかるように、僕の神力のポテンシャルはもともとかなり高かったんだ。君と同じようにね。だから、そこまで苦労はしなかったよ。うん、楽だった」
向江はああ言っているが、一般的な視点から見たら考えられないほどの努力を積んだのだろう。独力で神素を極めるということは、決して簡単なことではない。
俺は半ばあきれつつ――核心に迫る。
「じゃあ……そうして五つの神素を極めたお前が世界創造の可能性に気付いて、今回の、地球への侵略作戦を思いついたきっかけはなんなんだ?」
やっと、ここまで来た。俺が一番聞きたいこと。
なぜ向江は、今回の事件を起こしたのか。
向江をにらむ俺。俺を眺める向江。つかの間の沈黙。
「逆だよ」
それを破ったのは向江だった。
「逆って、何が?」
「世界創造を思いついたから地球への侵攻を考えるようになったんじゃなくて、地球への侵攻を考える過程で、世界創造を思いついたってこと。……真琴君さあ、五つの神素を使えるってことと、世界創造ができるってことは同じことだって思ってるでしょ」
図星だった。
「……違うのか?」
向江はおかしくてたまらないというように笑った。
「違うにきまってる。あまりふざけたことを言わないでほしいな」
笑いながらの言葉なのに――思わず冷や汗をかくほどの何かがあった。
「いいかい。無から何かを作り出すには、五つの神素を同時に、繊細に扱う必要がある。それも、自分のイマジネーションだけを頼りにね。少しでもずれが生じれば、それは創造物の崩壊に直結する。もうわかったと思うけど、ものすごい集中力がいるんだよ」
五つの神素を同時に、完璧に扱う……確かに、五つの神素を個別に使うのとは、次元が違う営みだ。なんでそんなことに気付かなかったんだろう。
向江は続ける。
「僕も、途中で何度も諦めかけた。やっぱり無理だって、投げやりになった。……でも、僕はどうしても地球への侵略がしたかったし、そのためには異空門をつなぐことができる世界創造の力が必要だってわかってたから、必死に努力して、どうにかできるようになったんだ。まあ、まだマスターには程遠いけど」
やっぱり……分からない。分からないよ向江。俺には。
「そこまでして、どうして…どうしてお前は地球との間に戦争を起こしたがるんだ?俺たちの、あと一つの世界だろ、あそこは!」
「どうして……か」
向江はそう言い、小さく笑った。
「君なら、分かるんじゃないかな……いや、哀川さんというパートナーができた今の君にはもう分からないか。僕はね、あの世界がいやでいやで仕方ないんだよ。君だって、そう思ったから小四の時、家に引きこもったんだろ?」
「お前……なんでそれを……」
それを知っているのは、明だけのはずだ。なぜ向江が?
「君が友達にしたっていう話の内容は、学校で話題になってたからね。ああ、武中真琴も僕と同じなんだなって気づくのはそう難しいことじゃなかった。だから僕は君とだけは話そうと思ったんだ。僕と同じ、君とだけは!」
今の向江の言葉は、今までに聞いたどの言葉よりも重く、強かった。
「この世界の人は、努力すれば認めてくれる。でもあの世界の人間は違う。僻む。妬む。挙句の果てには嫌って攻撃する。しかも、それを容認する!竹下奏音は、その被害者のいい例だ!」
竹下奏音。転校していったという、明の過去の親友。何故ここで出てきた?
「彼女と僕は、同じクラスだったことがあってね。ものすごい努力家だった。あまり知られてないけどね。彼女の背中を見ていたから、僕はこの世界での神素の鍛錬も、逃げずにやれたんだ。計り知れない勇気をもらった」
向江が言っているのは、小二の時の事だろう。ならばこの先は、明の話と照らし合わせれば大体予想できる。
「でも学年が上がって違うクラスになってすぐ、彼女が嫌われ始めたって聞いた。見に行って愕然としたよ。僕には、彼女の行為のどこがいけないのかわからなかった。まともに考えもせずに質問に来る無知蒙昧な連中を拒絶したって、彼女に罪はないじゃないか。それだけの努力を、彼女は積んでいたんだから。能力ってのは、義務じゃなくて権利を生み出すものだ。勉強ができるからって、他人の質問に答える義務はない。あるのは、質問に答える権利だけ。そうじゃないか真琴君!」
俺はうなずかない。ただ黙っている。
「でもまあ、遠ざけるだけなら、それは個人の自由だ。だからそこまで腹は立たなかった。幸い、哀川さんっていう理解ある人がそばにいてくれてたしね。僕も、次のクラス替えで同じクラスになることを願っただけだった」
明の話を思い出す。確かその後、竹下奏音は――
「でもしばらくして、彼女に対して陰湿ないじめが始まったって知った時、僕はさすがにおかしいと思った。だって、嫌いなら近づかなきゃいいだけの話じゃないか。それなのに自分から近づいて行ってからかって、キャーキャー言いながら逃げていく。あほくさい。そんな奴ら、いるだけマイナスだと思った」
向江の言っていることは少し過激だが、間違っているとは思わない。むしろ、賛成だ。
「そのころから、向江真生の世界は陰り始めた。ちょうどこっちで四種類の神素を使えるようになってきて、周りの目が変わりつつあったときだったからね。君も見ていたと思うけど、僕は周囲の人間と距離をおくようになった。……それでその陰りは、強くなっていくばかりだった。最終的に竹下奏音が転校したと知って、向江真生の世界は闇に沈んだんだ。そして僕は決めた。この世界で生きて行こうってね」
「お前は……そんな簡単に、自分の一つ目の世界を捨てたのか!?」
捨てかけて止められた俺だからこそ、言えることがある。伝えたいことがある。
向江、その決断は早すぎる。世界を語れるほど、俺達はまだ世界を知らないんだぞ。
「一つ目?ははっ」
しかし向江は、俺の言葉を鼻で笑った。
「年齢を考えてごらんよ。向江真生の年齢は十七。ヒュルト・シュバイトの年齢は三十四……もう、分かったよね?」
年齢を考えろ……?十七と、三十四…?あっ!
「向江、お前には、生まれながらにして、世界が二つあったのか……?だから」
「そう。その通りだよ。僕には一つ目も二つ目もない。君と違って、あの世界に執着なんてないんだ」
それならば――仕方ないのかもしれない。俺が向江の立場だったらと考えると、俺には何も言えない。
向江は黙り込んだ俺を見て少し笑った後、口を開いた。
「話を元に戻そうか。向江真生の世界が終わって少しの間は、あの世界にいる間もこの世界の事だけを考えて暮らす生活に、僕は満足してたんだ。どうでもいいって考えたら、すごく楽になったよ。君も経験あると思うけど」
「ああ……否定はしない」
「でもそのうち、耐えられなくなってきてね。まあ当たり前だよね。人生の半分が、退屈でしかないんだもの。それに、どうしても雑音ってものは耳に入ってくるからね。あの人がうざいだの、あの人は気持ち悪いだの、本当にうっとうしく感じちゃってさ。ああ、この世界なんか、無くなっちゃえばいいのにって思うようになった。そのころだよ。僕が君の境遇を知ったのは」
少しは分かる。向江の言っていることは、前の俺が考えていたことだから。
「僕は決めたんだ。どうにかしてこの世界の君とこの世界の中で知り合い、協力して、一緒に地球に攻め込もう、そして、どちらの世界の方が優れているか証明してやろうって」
だが共感はできない。今の俺には、失いたくないものが現実世界にはある。
「それからの僕は人生のすべてをそのために捧げてきた。まず、二つの世界をつなげるにはどうしたらいいかを考えた。そこが最大の問題だったからね。そしてすぐ、異空門を使うしかないという結論に至った。どうやれば異空門を再度開けることができるのかを知るために、帝宮にある本という本は全部読んだよ。世界創造の可能性に気付いたのはその時だ」
人生のすべて……か。
「ある程度まで世界創造をマスターするのに、十年近くかかったよ。そして僕は試しに異空門まで行って、実際に開けてみたんだ。でも開かなかった。だから僕はそこにあった異空門を壊して、さっきも言ったように「開いていた状態の異空門」を同じ場所に作った。もちろん成功したよ。そして幸運なことに、その先はいきなりあの世界だった。その時ほど、神に感謝したことはないよ」
向江は嬉々として話す。
「一旦そこで門を閉めて、それからはひたすら具体的なプランを考えた。どうやってこの世界の人々に戦争を認めさせるか。移動手段はどうするのか。実際に攻め込んで総力戦になった時に、この世界は勝てるのか。……すべてに納得できる答えがでるまでに、二年かかった。いろいろと調べながら一人でやってたからね。ちなみに人翼も、この時僕が作ったのを改良したものなんだよ。まあそこから量産体制に至るまでに、いろいろとお金はかかったけどね」
向江は今、本当にうれしそうだ。こんな向江、現実世界では見たことない。
「それであとは武中真琴はこの世界のだれなのかを調べるだけになったわけだ。でもこればっかりは神に祈るしかなかった。調べようがないからね。まさかこの世界の人々一人一人に聞いて回るわけにもいかないし」
確かにそうだ。俺がここに来たとき、向江は俺が話す前に、俺を「真琴君」と呼んだ。向江がそれを知る方法なんて、あるはずもないのに。
「でも、やっぱり神は僕の味方だった。忘れもしない、あの日、そう、君の軍入隊式の日だよ。前で演説していた僕の目に、異様なほどに真っ赤な髪の毛を持った少年がいた。この世界における君の年齢は逆算で分かってたから、かけてみようと思ってね。調べてみたんだ。したら、僕との共通点は何個もあった。唯一の懸念は君が姓を持っていたことだけど、それもこの間ルーセル君が話してくれたことで無くなった。君が僕と同じ拾われ子だって確認できたからね」
すごい。そう思わずにはいられなかった。向江が言っていることがすべて事実なら、向江のこれまでは、たとえるなら途方もなく巨大なジグゾ―パズルを組み立てるようなものだっただろう。あるいは、規格外の長編小説を書きあげるようなものと言ってもいい。
先の見えない、孤独な戦いだ。
「やっと見つけた。そう思った僕は、すぐに温めていた計画を実行に移すことにした。まず異空門の近くの村へ里帰りする君とルーセル君に、異空門を見に行かせ、その際に、侵攻には必要不可欠な移動手段である人翼のテスト飛行を行わせる指令を極秘扱いで出す。そして君の実力を調べるために手合せをする」
だが――向江は孤独であるがゆえに、間違った方向へ進んでしまったのかもしれない。
「君たちが次の日の朝帝都を出発するより先に、僕は隠し持っていた人翼を使い、異空門跡地に向かう。そこで「開いていた状態の異空門」を新たに作り、近くの林の中に攻撃装置を一つセットしておく。確認しに来た君たちに、危機感を持たせるためにね」
「……それで俺たちが死んだらどうするつもりだったんだ?」
あの時は運よく避けれたが、それはつまり、運が悪かったら当たっていたということだ。その可能性は、考慮に入れなかったのか、向江?
「死ぬわけがない」
向江はあっさりと言い切った。
「なんたって、そもそも人には当たらないように作ったんだから。実際にノル村に攻め込ませた戦車を含めてね」
そういわれれば、確かにあの戦車と戦った時も、攻撃は一発も俺に当たる弾道をたどっていなかったし、ノル村の住人にも死者は一人も出ていない。その時は少し気になっただけだったが、そういうことだったのか。……いや待て。
「それはおかしい。ノル村の住人で一人、 砲撃の直撃を食らって死にかけた人がいるんだぞ。どういうことだ?」
「ああ、あの人ね。僕その時空から見てたけど、あの人はもう不運としか言えないよ。一切警戒することなく近づいてきた少女に警告の意味で打ったのが、偶然当たっちゃったんだからね。……そうか……あの人、死んでなかったんだね。よかった」
少し、カチンときた。
「お前、そんな他人事みたいに「黙って」」
向江の凄んだ声。思わず、口をつむぐ。
向江は続ける。
「僕はこの世界を戦争に導こうとしてる身だ。そのための肩書も持ってるし、努力もしてきた。運の悪い一小市民の死なんて気にしてられないんだよ。分かった?」
俺は答えない。
向江はそんな俺を見て溜息を一つついた。
「まあいいや。……それでその後、君たちが帝都に戻ってくる前に急いで帝宮の自室に戻って、君たちの報告を受ける。後は君も知ってのとおりだ。事前に決めておいた通りに素早く指示を飛ばし、行動する。「セキ」の作成もそのためさ。軍を動かすのに、執行部は必要だからね。誰がどこにいるか確実に分かっていた方が、帝都に集合させるには都合がいい。そこで一時的な遷都を発表し、北都での軍の会議で侵略作戦をぶち上げ、皆に多数決をとる。」
「それが通らなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「それは考えてなかった。というより、考える必要がなかったんだ。この世界の人々はみな真面目で無垢だからね。だから少しつよい口調であおるようなことを言えば、確実に乗ってくる。ましてや信頼する帝に言われればなおさらだ。そして可決後、僕の予測通りに日は消え、僕の仮定は確信に変わった」
は?「予測通りに日が消え」、「仮定が確信に変わった」?
戸惑う俺を見て、向江は察したようだった。「ああ、なんだかんだで言ってなかったね」と言ってから、笑みとともに口を開いた。
「さっき言ったよね。「謎の神の正体にもだいたい見当はついている」って。そのことだよ。あのタイミングで日が消えたから、謎の神の正体に確信が持てた。そして、なにを司っているのかにもね……ねえ真琴君、古代ギリシャで考えられていた、世界を構成する四大元素って何か知ってる?」
いきなり、何の話だ?戸惑ったが、答えておく。
「火、水、土、大気だったか?それがどうかしたのか?」
「じゃあ、この世界の、一般的な神素四つは?」
ん……?そんなの、炎素、水素、地素、風素…あっ。まさか。
「分かったでしょ。見事に、対応しているんだよ。そしてこのことと、一回目の異空門戦争の時の終結の仕方を考えれば、ある一つの事実が浮かび上がってくる」
何を言っているんだ、向江は?
「当時の帝は、一人で異空門の向こう側に攻め込み、水素で敵の本拠地を滅ぼしたとされているよね。つまり、神素は地球上でも使えるということだ。ならば……地球を構成しているのも神素だと考えることはできない?」
ガツーンと、後頭部を殴られたくらいの衝撃が俺を襲った。現実世界も、神素で出来ているだって?信じられないが……反対できるだけの理屈がない。
「仮にそうだとして……そのことがどう、謎の神と結びつくんだ?」
向江は嬉しそうに笑った。
「これらのことを考えると、謎の神が司るものは、この世界にはあって、地球上にはないものだと予測できる。古代ギリシャの四元素の中に、対応している物がないからね。だったらもう、一つしかないじゃないか。」
向江は一回切り、続けた。
「謎の神が司っている物はね、平和、譲り合い、協調、持続……一つにまとめて言うなら、現状維持、とでもいえるかな。まあ、そういうものだよ。おそらくね」
現状維持……言われればたしかに、この世界にはあって、現実世界にはない物だ。それどころか、世襲制の帝の統治が何千年と続き、人々には出世欲なんてものはなく、戦争も起こらないこの世界を端的に表したような言葉だとも思える。
「さらに、その現状維持が失われた時が、長い歴史の中で二度だけある。そう。異空門が開き、戦争となった時だ。そしてその二度とも、同じように起きた現象がある」
「日の……消失……?」
「その通り。そして、ここから導き出される事実は一つ。謎の神の正体は、日だ」
「は……?日って、毎日登っては沈んでいく、あの日のことだよな……?」
「そうだよ。それしかないじゃないか」
唖然とする俺をおいて、向江は意見を述べていく。
「五番目の神素が人々に伝えられなかったのは、僕のような人間がたくさん現れるのを防ぐためだったんだろうね。多分、神たちはこの世界に、発展よりも永続を望んでいたんだよ。だから現状維持を司る神が人々を照らす日になったんだ。他の四神がこの世界を去った後の、この世界の唯一の管理者として、この世界を維持させ、見守り続けていくために」