二つの一人   作:森山 大太

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truth 3

「……て、そういうことなのよ。お願い。少し、待ってくれない?」

 ルーセルは手を合わせ、表情を変えることなくすべての話を聞ききったギアに頼み込んだ。

 ルーセルだって、信じてもらえることを期待して全て――アールスから聞いた全てを話したわけではない。もちろん信じてくれれば御の字だと思っているが、そんなことはまずないだろうとも考えていた。あんな話、信じる私の方がどうかしてる。恋は盲目って、こういうことかしらね。それより、私が狙っているのは――

「そんな話、信じられるか!嘘をつくにしても、もっとまともな嘘をついたらどうだ!」

「そうだ!いったい、何が目的だ、答えろ!」

 これよ。やっぱり、食いついた。周りをかこっていた軍人からの怒声に、ルーセルは内心ほくそ笑んだ。

ルーセルはもともと、これを狙っていたのだ。先遣隊になるくらいなんだから、その意気込みは相当のはず。その人達に対して信じがたい話を根拠に侵攻の延期を要求すれば、間違いなくののしり合いの状態になる。かといって、一部隊の副隊長である私は無視できない。それでとりあえず時間を稼げれば……というルーセルの考えは見事にはまった。我ながら天才的!と、ルーセルは罵られているにも関わらず、少し誇らしくなった。

 ルーセルがわざと黙っている間、どんどん周りからの不平不満の声は大きくなっていく。しかしその一方で、ギアは未だ顎に手を当てて、考え込んだままだ。ルーセルの聞く限り、周りからの声にはまともに考え込んでいるギアに対する文句も、少しだが混ざっていた。それにはギアも気づいているはずだ。なのに動かないことを、ルーセルは不思議に思った。      

まさかギア、信じようとしてるの?

ルーセルがそう期待した瞬間だった。ギアはうつむきがちだった顔をさっとあげ、「静かに!」と叫んだ。年若くても一応隊長だと認知されているためか、周りの声もすぐおさまった。

ギアはルーセルの目を見て、言った。

「分かった。お前の話は信じがたいが、だからって無下に否定もできない。だったら、帝から連絡が来るまでここで待機するというのは、極めて正しい選択だ」

 ギアの言葉に、ルーセルも周りも驚いた。そしてすぐ、周りからより一層の不平不満が発せられる。ルーセルはそれでやっと、自分の役割が果たせたのだと――アールスの役に立てたのだと気付いた。思わず、涙がこぼれ―

「ただし!」

 ―る前に、ギアは逆説の言葉を、力強く叫んだ。周りの声も、再度収まる。ルーセルの涙腺も閉まった。

「ここにいる俺達だって、みな並みじゃない覚悟できている。それを止めようってんだから、お前にも相当な覚悟があるんだろうな?」

「ええ。……アールスのためだから」

 ルーセルの即答にギアは小さく笑い、言った。

「だったら、その覚悟を見せてみろ……俺と勝負して、お前が勝ったら、お前の言うようにしてやるよ。文句はねえよなルーセル?」

 

 

俺も向江も、話し始めてから一切体勢を変えていない。俺は立ったままだし、向江は椅子に深く腰掛け、若干前かがみになったままだ。

しかし、疲れは一切感じない。それほどに、向江の話は衝撃的なものだ。

 向江は言う。

「戦争が起きたからって神が消える理由は、僕にもはっきりとは分からないけど……多分、神様としても、悠然と空の上から眺めている場合じゃなくなったんだろうね。それでどこに行って何をしてるかはわからないけどさ」

「お前は……一人で、そこまでの結論に至ったのか?」

 向江はあっさり「そうだよ」と答えた。

「もっと言えば、この話をしたのも君が初めてだよ。だから聞きたいんだけど……僕の解釈に、何か間違っていると感じた点とか無い?参考までに、教えてくれないかな」

 間違った点?そんなもの……

「そんなもの、俺には分からない。分からないが……矛盾してる点は、少なくともない。俺はそう感じた」

 いきなり「謎の神の正体は日だ」なんて言われても、俺にはそれが正解か間違いかはわからない。ただ少なくとも理論に筋道は立っていた。若干の発想の飛躍は必要だが。

「そうか……うん、そうだよね。いきなり聞いたって、わかんないよね。……だけど、僕は君に否定されなかったってことだけで満足だ。とりあえず、間違いはないってことだからね」

 向江は笑ってそう言った。そして――射抜くような目で、俺を見た。

「だから……あとは君だけだ。真琴君、いや、アールス君。僕、ヒュルト・シュバイトと一緒に――世界を、変えよう」

「世界を、変える?」

「ああ、そうだよ!」

 向江は高らかに叫び、続けた。

「言ったじゃないか!僕は人生のすべてを、この世界の君と一緒にあのくそったれな世界に侵攻して勝利する、そのためだけに費やしてきた!そして、そのために立てた作戦、その過程で得た仮定、全ては完璧で、正しい!現に、ここまでは全て僕の予定通りに進んでいる!」

 向江は勢いよく立たがった。

「だから、あとは君だけなんだ。君があの世界を見捨て、この世界の人間アールス・ヒュレットとしてあの世界と戦って初めて、僕の目的は達成される!あの世界に見限りをつけてからの、この世界での十四年間の日々を、意味あるものにすることができる!」

 俺は向江の勢いに?まれて、何も言えない。

「君だって一度はこの世界だけで生きて行こうと決めたんだろ?だったら分かるはずだ。この世界がどんなに素晴らしいか!その気持ちに、素直になればいい!君が望むなら、哀川さんをこの世界に連れてきたって良い。親戚みんな連れてきたって良い!君が望むことはすべてかなえると約束しよう!だから!」

 向江は体をいっぱいに使って話している。いや、叫んでいる。

「一緒に戦おうよ。アールス君。この世界はあの世界よりも優れていると、証明しよう」

 最後の言葉だけは、いつも通りの向江のものだった。それでも俺は、答えられない。向江の気持ちも、理解できてしまうから。明と一緒にこの世界で暮らせたら、どれほどいいことだろうと、考えてしまった自分がいるから。

 しかしそれでは、今現実で待っている明を裏切ることになる。結果的に、明の四年間を、無に帰すことになる。

 ふう。少し考えて、結論を出す。

「……お前は、この世界が勝てると本気で思っているのか?」

 向江は悠然と座りなおしながら答えた。

「もちろん。そうじゃなきゃ戦争はしかけないよ。……まあ確かに、最初のうちは苦戦するだろうね。でも、何も地球全てを征服しようってんじゃない。僕はそもそも日本としか戦うつもりはないし、いざとなったら僕が攻め込んでいけばいい。そうしても負けるほどこの世界は弱くないことくらい、君にだってわかるよね……あれ?それを聞くってことは……決めたのかい?」

 俺はうなずく。「ああ。決めたよ」

 向江はがばっと立ち上がった。

「よし!それじゃあ……」

「いや。そうじゃない」

 俺は静かに首を振り、続ける。

「俺はお前に賛同できない。俺じゃなく、俺を信じて待ってくれてる明のために。……お前の考えてることも確かに分かる。俺もそう思ったことがあるから。だから、お前のやろうとしてることを否定はしない」

「え……?だったら、だったらなんで拒否するんだいアールス君!?」

 向江の声、顔に初めて必死さが浮かんだように感じた。

しかし俺は、その思いには答えない。

「俺の中での優先順位の一番上は、お前でも、この世界でもなく、明なんだ。俺はお前を否定したいわけじゃない。ただ、ただ明を、明のためになる行動を肯定したい。それだけだよ、向江」

 俺の思いのたけは全て伝えた。後は、向江を説得できるかどうかだけ……

「僕はもう、向江じゃない……」

 俺ははっとして、向江を見た。今の声、ほんとうに向江が発した物なのか?冷え切っているようで、強く燃えていた。うまく言えないが――思わず体が震えるほどに、荒々しかった。

「僕はもう、向江じゃない!ヒュルト・シュバイトだ!この素晴らしき世界の、素晴らしき指導者だ!世界創造という、神の業を習得した者だ!僕の誘いを断るということは、何を意味するか分かっているのか、アールス君!」

「アールスじゃない」

 激高し、眉間に深いしわさえ浮かべる向江に対して、俺はあくまで冷静に返す。

「俺はアールス・ヒュレットだけじゃない。武中真琴でもあるんだ」

 俺は気づいた。もう向江は向江じゃない。心の奥深くから指先に至るまで、完全にヒュルト・シュバイトになってしまっている。説得するのは、おそらく無理だろう。

「……いいよ。いいよ。いいだろう!君がそういうなら!」

 だからこれから俺たちは、武中真琴と向江真生としてでも、アールス・ヒュレットとヒュルト・シュバイトとしてでもなく、武中真琴とヒュルト・シュバイトとして接していかなければならない。そして。

「僕も譲る気はない!それで君も譲らないなら!」

 知らない者同士――本来関わるはずのない者同士が、お互いに譲れない道の上で出会ってしまったら、起こることは一つ。話し合いでもなく、馴れ合いでもなく。

「殺し合いだ、真琴君!どっちの方が意志が強いか、証明しようじゃないか!」

「ああ……望むところだ!それでしか、お前は止められそうにないからな!」

 とうに、覚悟はできている。俺がここで、逃げるわけにはいかない。

「じゃあ……正々堂々と、神素のぶつけ合いっこと行こうか。好きなだけ、距離をとっていいよ。合図は……そうだな、あの時と同じように、コインでいいや。君の好きなタイミングで投げ上げてくれ」

 そう言ってヒュルト・シュバイトは一枚のコインをポケットから取り出し、俺に弾いて渡した。俺はそれを受け取り、背を向けてゆっくりと歩き出す。

 この間の手合せで感じた、圧倒的な実力差。それを考えれば、無謀な挑戦だ。くわえて帝はあの時、おそらく全力を出していなかった。それに対し、俺は全力だった。

 部屋の端につき、振り返る。ヒュルト・シュバイトの表情には、心なしか余裕が見える。

「二つ、確認しておきたいんだが。お前が死んだら、異空門はどうなるんだ?あと、この世界で死んだ魂は、あの世界へ戻るのか?」

「異空門は消えるよ。僕の死とともにね。魂がどうなるかは僕にはわからない」

 ヒュルト・シュバイトは端的にそう答えた。もし先遣隊がすでに侵攻してしまっていたらと一瞬考えたが、ルーセルならきっと大丈夫だと思い、それをやめる。そして、目をつむり精神を集中させる。コインを左手の親指に乗せ、右手を突き出す。

 ふう。一つ息を吐き、

 コインを、弾く。目を、開く。

 これは、はたから見れば確かに無謀な挑戦だ。まともにやったって、俺に勝ち目なんかない。ヒュルト・シュバイトも、それをわかって言ったんだろう。

 だったら、どうするか。まともに、やらなければいい。

 ヒュルト・シュバイトには決してできずに、俺にはできる裏ワザが一つある。生まれながらにして火の神アーラからの加護を強く受けているらしい俺が、アーラの影響力の強い神殿の礼拝堂にいるからこそ、期待できるほどには成功の可能性が高くなる、裏ワザが。そしてそれは。

 今まで誰も成功したことのない、禁断の業でもある。

 コインが俺の視線のラインを通過した。今だ。直感した。

 体中の力を全て腹に込め、叫ぶ。

「アーラッ!どっかで見てるなら、俺の体に降りて来いっ!」

 そう。

 神卸(かみおろし)。

 

 

 ギアの予想だにしない言葉にルーセルはかなり驚いたが、周囲の驚きようはルーセルの比ではなかった。「本気ですか!」「相手にしなくてもいいですよ、こんなやつ!」といった言葉が、雪崩のように押し寄せてくる。さすがにルーセルも少し腹が立ったが、これ以上刺激したらそれはそれで面倒なことになりそうと考え、無言でルーセルを見続けているギアと同じように、沈黙を決め込むことにした。

 ルーセルにとって最大の問題は、相手がギア・カイトであるということである。仮にも元「ノル村の天才」であり、現軍執行部である。幼いころから近くでその力を見て、実感したことのあるルーセルだからこそ、その実力は人一倍分かっている。

 今の私じゃ、絶対に勝てない。どうすればいいの……

 ルーセルは考える。どうしても、弱気になってしまう。

 でもいや。

ルーセルの心が悲痛に叫ぶ。

アールスの信頼にこたえられないのは、いや。いやいやいや!そんなの、絶対にいや!

そして、アールスとの最後の会話を思い出す。

あんなこと言っといて私の方が失敗して……これからどの面下げてアールスに会えばいいのよ!アールスがここに来たとき、笑顔で迎えるって、その後告白するって、決めたんだから!

 ルーセルは、自分の心を奮い立たせる。

 だったら……やるしかないわ!ギアに……私の想いの強さを、思い知らせてやる!

「……いいわ。あなたとの一対一の勝負に、勝てばいいのね?」

 ルーセルはわざと不敵な笑みを作り、ギアに言った。

 その言葉に最初に反応したのは、ギアではなく周りだった。「マジで言ってんのか、アイツ?」というような声が、ルーセルの耳に届く。

 ええそうよ。マジよ。ルーセルは心の中で、そう返す。私の覚悟を、なめないでよね。

「外野は黙れ!」

 突然ギアは叫んだ。一瞬にして、周りは静かになる。

「みてりゃ分かると思うが、コイツは俺の個人的な知り合いだ。俺の立場も神力もお前らよりはよくわかってる。その上で、俺の申し出を受けたんだ。バカにだけはすんじゃねえ。勝敗関係なくな」

 ギアは周りを強烈な眼光とともに見回した。それによって、まだ少し聞こえていたつぶやくような話し声も完全になくなった。風が木々を揺らす音が、自然とルーセルの心の奥まで染み入ってくる。

 ギアはルーセルをその真っ黒の瞳でとらえた。

「じゃあルーセル。どっちが勝っても、恨みっこなしだ。合図は……そうだな、そこのお前、三秒カウント頼めるか?」

 ギアは近くに立っていた一人を指さし、尋ねた。その男は反射的に「は、はい!」と答えた。ギアは軽くうなずき、視線をルーセルに戻す。

「よし……じゃあ、ルーセル、準備はいいか?」

 ルーセルは構えながら答える。「ええ」。ギアも一瞬にして真剣な表情になり、構えた。

「じゃあ……行きます。三」

 カウントが始まった。ルーセルは突き出した右手によりいっそう力を込める。

 アールス、今あなたは何してるの?帝には、あの話、信じてもらえた?それとも今、必死に説得してる最中なの?どうなのか、答えなさいよ。

「二」

 ルーセルは左手を右手の甲にそっと添える。

 こっちは今、かなりやばい状況になってるわ。なんたって、ギアとの真剣勝負に勝たなきゃいけないんだもの。正直、不安しかない。でもね。

「一」

 ルーセルは意識を、右手のひらに集中させる。

 どんな無茶であろうと、どれほどの無謀であっても、私はあなたのためなら、できる。やってみせる。だって、私はあなたのことが――好きなんだから!

「ゼロ!」

 ルーセルは水素を力強く右手のひらから打ち出した。そして同時に、ギアの手のひらからも、力強く地素が打ち出される。

 コンマ一秒たつか経たないかの間に両者のそれはちょうど両者の真ん中でぶつかり合った。思わず耳をふさぎたくなるほどの爆音と、辺りの砂をまき散らす爆風。相まって、周囲に混沌をもたらす。

 しかしそんなことは、右手にすべての意識を集中させているルーセルにはまったく気にならなかった。ルーセルはただ一心に、徐々に砂埃から晴れてきた視界の先、ギア・カイトをにらむ。

 視界が完璧に晴れて――ルーセルには、ギアが少し笑ったように見えた。そしてその瞬間、ルーセルの右手に強くかかっていた圧力がなくなった。視界から地素の茶色が消え、水素の青だけになる。ギアの体を青が直撃し、ギアが後方へ吹っ飛んでいく。ルーセルは反射的に、水素の放出にストップをかける。

「え……?私が、勝った?ギアに?」

 ルーセルは戸惑い、右手で目をこすってみるが、何度やってみても、元いた場所より相当向こう側に吹き飛んでいるギアの姿と、ざわざわと慌てたようにざわめくほかの軍人の姿はどちらも消えない。

「やった……」

 やっと実感がわいたルーセルは、思わずそうこぼしていた。周囲のざわめきも、ギアの安否の確認すら、今のルーセルにはどうでもいいと思えた。ただ胸の奥から湧き上がる感情を、思う存分感じていたかった。

「やったよアールス……私やったよ……」

 全身から力が抜け、膝から崩れ落ちてしまう。無性に地面に大の字になって寝ころびたいという衝動に駆られたルーセルは、そのいきおいのまま背中から地面に寝ころんだ。視線の先にある数多の星の輝きが、ルーセルにはとても美しく見えた。

 あとはあなただけよアールス。これでもう、先遣隊が異空門をくぐることは絶対にないもの。

 私は、あなたを信じてる。だから、あえてすべて終わった後のことを考えとくわね。

まず、笑顔のあなたを、問答無用で思いっきり抱きしめる。そしてそのまま、……告白する。私、もう逃げないから。それで……まあ、あなたはオーケーする。これ、確定事項だからね。

 そしたら……あなたと一緒に、こうやって大の字になって、星を眺めるの。

 日が戻ってくるまで、ずっとね。何日でも。何か月でも……って、それはいいすぎかな。

 とにかく、待ってるよ、アールス。だから、あんまり私を待たせんじゃないわよ。

 大好き。

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