二つの一人   作:森山 大太

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truth 4

 叫んだ瞬間、目の前が真っ暗になった。さらに、浮遊感が全身を覆う。いや、浮遊感しか感じない。何もないところに、魂だけ浮いているような、たとえるならそんな感覚。

 俺は――死んだのか?結局、神卸には失敗してしまったのか?

 思わずそう考えてしまった、その時だった。

 ――違う。お前は死んではいないし、神卸にも失敗していない。

 魂の中に、直接声が届いたように感じた。

 ――誰だ?俺は今、どうなっている?

 考えただけで、それが自然と音に変わった。不思議だ。

 ――誰?自分で呼んでおきながら、それを聞くのか?

 ――……もしかして、火の神アーラ様で?

 ――その通り。そして今お前は、魂と肉体が乖離した状態になっている。私がそうしたのだ。少し、話があってな。何、心配するな。ここでいくら時間を使ったところで、ヒュラトニアの時間は進まん。

 ――ヒュラトニア?

 ――ああ、ヒュラトニアとは、今の今までお前がいた世界のことだ。そしてそれと兄弟の関係にあるのがアルグニア。お前が、本来いるべき世界のことだ。

 ――兄弟……?じゃあヒュルト・シュバイトが言っていたことって……

 ――ああ……全て、真実だ。何から何までな。ヒュルト・シュバイト……人の身にて、よくあそこまで至ったものだ。まさか、世界創造まで会得するとはな。

 ――そういえば……なぜ俺やシュバイトは、二つの世界を行き来するようになったんだ?神様になら、分かるだろ?

 ――うむ……それを話すために、お前をここに呼んだのだが……すべてのきっかけは、アイリスの気まぐれだった。

 ――アイリスってのは?

 ――ああ、ヒュラトニアにおける最大の謎であり、皆を照らす日でもある、維持の神のことだ。先ほどヒュルト・シュバイトから聞いたと思うが。

 ――それで、気まぐれってのは?

 ――本来アルグニアに生まれるはずだった魂に自分の力を授けて、ヒュラトニアにおける生を与えたのだ。それで生まれたのが、ヒュルト・シュバイトだ。今さっき本人に聞いたばかりだが、単なる好奇心によるものらしい。まったく、勝手に世界をつないだときに、あんなに言って聞かせたのに……懲りないやつだ。

 ――勝手に世界をつないだときって……数千年前の、一回目の異空門戦争のときを言っているのか? 

 ――ああ。あの時は、二つの世界が共存できないか試してみたんだよぉ!とか言ってたが……ちなみに、戦争が起きるたびに日が消えるのは、俺がアイリスを呼び出して説教してるからだ。いらん不安を与えてすまないとは思っているが、分かってくれ。

 ――なんか……がっくりきたよ神様さん。

 ――……こほん。さて、話の続きだが……私の方も、ヒュルト・シュバイトの異質には気づいていた。ただ、放っておいた。神というのは基本、一度離れた世界には手出しをしないものだからな。その原則をやぶってまで、対処することもない問題だった。しかし……私は気付いたのだ。彼には、私たちがあえて人類には与えなかった世界創造の力を手にする可能性があるとな。だからもしもの時のことを考え、アルグニアの一人の少年に、暴走したヒュルト・シュバイトを止める役割と私の力の少しを授け、ヒュラトニアに送り出した。

 ――それが……俺か。じゃあ……俺がヒュラトニアに生まれ落ちてからの全ては、定められた運命だったのか?ルーセルと出会うことも、学校で嫌われることも、明と出逢うことも、全て?

 ――ああ。そうだ。神が与えた運命とは、全てを超越するものだからな。……まあとにかく、そういうことだ。これで君たち二人が二つの世界を行き来するようになった理由は伝えた。後は……確認だ。アールス・ヒュレット。君が殺され、ヒュルト・シュバイトが生き残るという状況を避けるには、君は私を体に卸す必要がある。君もそれをわかって私を呼んだのだろうし、私もその思いに答えるつもりでいる。神卸は成功するだろう。しかしその後、君は自分がどうなるかわかっているか?

 ――どうなるって……?

 ――君の体は普通とは違い、大部分が炎素を基にして構成されている。私が生を与えたのだから当たり前の話だがな。そして神卸というのは、体内の神素を膨大な量必要とする。だからこれまで挑戦してきたあらゆる人間は、体が崩壊して死んでいったのだ。……もう分かっただろう。どうなるか。それでも君は、やるのか?

 ――……ああ。やるしかない……やるしかないさ。やらなくたって、最終的には同じことだろ。

 ――うむ。確かにその通りだな。では、魂を肉体に戻すぞ。……と、その前に。最後に、言いたいことがある。

 ――なんだ?

 ――こちらの事情に巻き込んで、悪かった。アイリスが気まぐれを起こさず、私が君を選ばなければ、君はずっと、アルグニアで幸せに過ごせたことだろう。その未来を壊し、挙句の果てにこのような結果をもたらした私を、許してくれ。

 ――何言ってる。神様が、謝るなよ。

 ――は?

 ――俺は、今感謝してるんだよ。だってさ、今の俺には考えられないから。今あんたが言った、「幸せな暮らし」ってやつが。明のいない「幸せな暮らし」?この世界を知らないでの「幸せな暮らし」?そんなもの、ほしくない。

 ――……

――だから、ありがとな。今の俺の暮らしをくれて。

――……そうか。お前はそう考えてくれるか。じゃあ……こんどこそ、行くぞ。私もすぐ、お前に降りる。

――ああ。

――じゃあ行くぞ……三、二、一、ゼロ!

 カウント終了とともに、浮遊感が消え、視界に色が徐々に戻っていく。まず最初に突き出していた右手が見え、その後に宙を舞うコインが見えた。体の感覚も、徐々に戻っていく。頭から首、肩、腹や二の腕、そして全身へと。そして視界の先には、帝の姿と、ゆっくりと落ちていくコインが映る。

――行くぞ!

アーラの声が、脳内で響いた。

――ああ……来い!

瞬間、体の芯が「燃えた」。体中の炎素が、異常な勢いで消費されていくのが自分でもわかる。全身から、真紅の炎が勝手にゆらゆらと立ち込めていき、俺の体を覆う。熱い。とてつもなく熱い。

しかし、心地よい。もっと熱く、もっと熱く!そう念じるたびに、全身から勢いよく炎が吹き出し、さらに熱く、心地よくなる。湧き上がってくる、無限とも思える力を感じる。

 ヒュルト・シュバイトは一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐにそれを狂気の笑いに変えた。

「いいねえ真琴君!いやアーラ!神になった人と、人に降りた神の戦い!最高じゃないか!……この戦いに勝利して、僕は本当の神になる!いや、神を超えた人になる!」

「やれるもんなら……」

 ――やれるもんなら……

 奇しくも、俺とアーラの声が重なった。

「やってみろ!」

 ――やってみろ!

 コインが、落ちた。

 俺は全力を込めて、右手からありったけの神素を打ち出す。普段の俺とは比べ物にならないほどの、莫大な量。視界を、一瞬にして赤で埋め尽くす。発射時の爆音と反動で気が飛びそうになったが、気合でこらえる。

 明……ルーセル……俺を信じてくれてありがとう。お前ら二人には、迷惑かけたな。

特にルーセル。お前には、本当に世話になった。最初の出会いはなかなか衝撃的だったけど、それもふくめていい思い出ばっかりだ。私生活でも、軍の隊長と副隊長として接した時も、お互い助け合って今日まで来れたことを、俺は幸せに思う。その日々の集大成が、多分今日なんだよな。お互いに姿は見えないし、連絡も取れない。でも信じあえるってのは、積み上げてきた日々がなくてできることじゃない。

本当に、お前みたいなパートナーを持てたことが、俺は幸せでならないよ。でも悲しいかな、お前とは、今日で一旦お別れだ。

だから――だからこそ俺は、お前の想いに答えたい!絶対に!

 お前とは、笑顔で別れたいから! 

 ついに、俺の赤とシュバイトの白がぶつかった。圧倒的な神力を得た者同士の、全力の打ち合い。どちらが勝ってもおかしくない。

 だが俺は、負けられない!

 

 シュン

 

 双方の神素が一点に集約した。その点が、二、三回チカチカッと光った。

 

直後、轟音と共に、視界を完全な赤が閉ざした。

 

 あまりに激しい爆発のせいで、何がどうなってしまったのか全くわからない。神殿の上部は丸ごと吹き飛び、下部は見るも無残な廃墟に成り下がってしまっている。礼拝堂が高い位置にあったため街への被害はないようにも見えたが、詳しいところは分からない。

 だが確かなのは一つ。

 こうして俺は地に足をつけて立っているのに対して、ヒュルト・シュバイトはどこにもいないということ。

「やった……のか?」

 ――ああ。ヒュルト・シュバイトの気配が消えた。おそらく、体が崩壊して、魂がアルグニアの肉体のもとへ戻って行ったんだろう。お前は、やったんだよ。

 俺の疑問に、アーラが答えてくれた。

「そうか……実感、わかないな。なんか」

 これで、全て終わったはず。アーラの言いようから考えると、ヒュルト・シュバイトは死んでも、向江真生は死なないと判断できる。とりあえず、よかったとすべきだろう。ただ、これから向江真生が生きていけるかどうかは、また別問題だが。

 ――それよりお前、ルーセルとやらのとこに行かなくていいのか?もうお前に残された時間は少ないんだぞ?

 神様が、俺を気遣っている。その事実に少しおかしみを感じながら、俺は答える。

「そんなことは分かってるさ。でも、飛神はさっきの爆発で吹き飛んだから、移動手段がないんだよ。ルーセルには悪いけど……」

 ――ははっ。

 アーラは俺の言葉を遮るかのように笑った。

 ――お前、神の力ってやつをなめてないか?空を飛ぶなんて、神卸をした身だったら簡単にできるぞ。方法?簡単だ。飛びたいと願ってくれれば、俺がお前を飛ばしてやる。

 チートだな。そう感じずにはいられない。さすがは神だ。俺はその申し出を快く受ける。

「分かった。本当は泣きたいくらいに悔しかったんだ……頼む。俺を、異空門跡地まで飛ばしてくれ!」

 ――了解した。じゃあ行くぞ!

 アーラがそう言った途端、景色がすごい速度で下へ流れて行った。速い。飛神なんて比べ物にならない。そう感じている間に、今度は景色が横に流れ出した。

このペースなら、もしかしたら間に合うかもしれない

 俺の体が消えてしまう前に、ルーセルに会えるかもしれない。

 

 

 え…? 

 地面に寝転がったまま星を眺めつづけていたルーセルは、視界の隅に不思議なものをとらえた。思わず、見とれてしまう。

 ルーセルの視線の先には、異様な速度で動く、赤い流れ星があった。周りの星々には一切興味を示さず、ただ一直線に進むそれが、ルーセルには際立って美しく見えた。

 ルーセルの視界の中で、その星はだんだんと大きくなっていった。その存在を認識させたいという意思がひしひしと伝わってくる。

 なんだろう、この感じ。少し変だわ。心がざわつく。

 ルーセルは起き上がり、首を捻って考えた。しかししばらく考えても、何も思い当たらない。結局あきらめ、再度ルーセルは地面に寝転がった。まったく、アールス遅いわね……って、もしかして!

 ルーセルは反射的に跳ね起き、立ち上がって赤い流れ星を確認した。

 目が、合った。

「アールス!」

 

 

 間に合った。

 俺は高速で動きながらどうにか大きく息を吸い、叫ぶ。

「ル――セ――ル!」

「アールス!」

 ルーセルが俺の名前を呼んだ。俺は勢いをあえて殺すことなく、ルーセルに向かって急降下する。

「え!?ちょっとアールススピード落とさないと危な……」

 ――お前何するつもりだ!?

 ……と言うルーセルとアーラを無視して、俺はルーセルとの擦れ違いざま、左腕一本でルーセルを抱き上げる。呆然と俺を見ている周りの先遣隊の方々は放っておいて、視界に入る木の中で一番高いものの、一番高い位置にある丈夫そうな枝めがけて再度飛び上がる。腕の中で暴れるルーセルは、強引に抑え込む。

 枝の根元に腰掛け、ルーセルを腕から解放する。するとルーセルは、さっと俺から離れた場所に座りなおした。

「何するのよ!いきなり女の子を強引に抱き上げるなんて……」

 ああ。この声だ。俺が聞きたかったのは。いつもの、少しとがったルーセルの声。この声と会話できるのも……今日で、最後か。そう考えると、言葉の一つ一つがとてもいとおしく感じられる。

 するとルーセルは慌てたように首と手を小刻みに振った

「……ちょっと、どうしたの、そんな暗い顔して。い、今のは別にそんな気にしてないから、大丈夫よ!?」

「いや……少し、思うところがあって。それよりさ、ルーセル。あそこに倒れてるのは、ギア、だよな?」

 俺が指さした先には、ギアと思わしき人物があおむけに倒れていた。そしてその周りには、先遣隊の隊員が集まって輪を作っている。いったい、何があったのだろうか。

「ああ、そうそう!聞いてアールス!私ね、ギアに勝ったの!」

 テンションを突然あげたルーセル。意味が分からない。

「状況説明から、詳しく頼む」

「ああ、えっと……まず私がここについたとき、先遣隊が出発する直前でさ。そのまま突っ込んでったらギアが「俺が隊長だ」っていいながら出てきて、そこでアールスの話を全部したのよ。そしたらギアが「俺との勝負に勝ったらお前の言うようにしてやるよ」って言ったから、私戦って……」

「それでお前が、ギアに勝ったってことか!?」

 ルーセルは胸を張った。

「ええ。そういうことよ。感謝しなさい。あなたのために、ギアを一瞬で蹴散らしてあげたんだから」

 一瞬で?それはいくらなんでもあり得ないだろう。だったら……あっ、もしかして。

「ルーセル。あくまで俺の予測だが……ギアは、手加減してくれたんじゃないか?もしくは、最初からやられるつもりだったか」

 ルーセルは文字通りビクッとして、俺をまじまじと見つめた。俺はその反応を十分楽しんでから、ギアの倒れている方に向かって、思いっきり声を張る。

「ギアーッ!起きてるかー!」

「おーっ!起きてるぞー!やられたふりってのも、案外疲れるもんだなーっ!」

 俺の予想通り、すぐにギアは起き上がり、元気のいい返事を返してくれた。ギアの周囲にいた二、三人の反応が滑稽で、思わず笑ってしまう。

俺は半ば放心状態のルーセルの肩に左手を乗せ、言う。「そういうことだ」

ルーセルはしばらく呆然としていたが、俺が肩をさらに二、三回叩くと、急に暴れ出した。

「なによ……なによなによなによ!そういうことは、あとになってから言えばいいでしょ!なんで今なのよ!少しくらい満足感にひたらしてよ!」

 後……か。その後が、俺にはないんだがな……そう思っても、当たり前だがルーセルには通じない。俺は心の中で、アーラに尋ねる。

 ――あと、どれくらい持つかな?

 ――アルグニアの時間表現が便利だからそれで言うが……あと二、三分、持っても五分と言ったところか。あと……私はそろそろ離れたほうがいいか?二人で話したいから、わざわざここまで来たんだろう?

 さすがは神様。よくわかってらっしゃる。

 ――ああ。頼む。……ありがとな。

 ――それはこっちの台詞だ……じゃあ、私は消える。アイリスにも説教しないといけないのでね。……汝に、幸あらんことを。

 最後だけ神様らしいことを言い、アーラは俺の体から抜けていった。とたんに、全身から力が抜けていく。正直、こうして座っている体勢を維持するのが限界だ。

 後五分。それがこの世界における、俺の命の期限。だったらもう、ルーセルにすべてを伝えよう。

 俺はまだ「むー」といった表情をしているルーセルを左手で手招きする。ルーセルも素直に近づいてきてくれた。「……まあいいわ」。

「それより、あなたの話も聞かせて?ここに一人で来たってことは、成功したんでしょ?……まあさっき突然異空門が消えちゃったから、あなたの苦労は無駄だったわけだけど?」

「あのなルーセル」

「うんうん」

 身を乗り出し、目を輝かせてうなずくルーセルを見ていると、事実を伝えるのがいやになる。ただ、伝えないわけにはいかない。

「落ち着いて聞いてほしいんだけど……詳しくは言えないけど、帝は俺と同じような立場の人だったんだ。それで、この戦争は全てそいつの自作自演だった。説得しようとしたけど途中で無理だって気づいて……俺が、帝を殺した」

「は、はい?アールス、どうしちゃったの?」

ルーセルはぽかんとしている。いつもならゆっくり待ってやるところだが、今は時間がない。

「本当だよ。さっき異空門が消えたのは、帝が死んで、その力で作られたものもまた壊れたためなんだ。信じてくれ」

ルーセルは首を捻りしばらく考え込んだ後、ひとりでに二、三回うなずいた。

「まあここまで来てあなたが嘘をつくとは思えないから信じることにするけど……って、わわわっ!?」

 もう、限界だった。俺は枝から落ちるよりはましだと思い、ルーセルの体に自分の体を預けた。もう体に力が残っていない。よく意識が持っているなと自分でも思う。

「ちょ、ちょっとアールス!?どうしたの……?」

 ルーセルが戸惑うのも当然だ。俺は全てを伝える。

「さっき、帝を殺したって言ったろ。その時に、神卸を使ったんだよ。そうでもしなきゃ勝てなかったから……そういえば、いつかも俺、お前にこんな話したよな」

 ルーセルは顔を少し赤らめていた。それでも、口ぶりだけはしっかりしていた。

「確かに聞いた覚えあるわ……それであなたは無事成功して、ここまで飛んできたはいいけど、疲れてもう動けませんってこと?だったら……」

 ギュッ。実際にそう音がでるくらいに、ルーセルは俺を抱きしめた。俺の顎が、ルーセルの肩に乗っかる。

「ルーセル?」

「あなた今、何もできないんでしょ?だったら、なんでもし放題じゃないの。こんなうれしいことないわ。……ねえあのね。聞いてほしいことがあるんだけど。……私、ずっとあなたのことが」

「待ってくれ」

 俺はルーセルの言葉を遮った。ルーセルが戸惑ったのが顔を見なくても分かった。

「ルーセル。お前が今何を言おうとしてたかは分かる。俺、気づいてるから」

 ルーセルの体が震えた。

「え……?いつ、から……?」

「今日俺が起きた時だよ。ルーセルの流してくれた涙を見て、確信が持てた。……だから、言ってくれなくていい。いや、言わないでほしい。俺はもう……この世界から、消え去る身だから……」

 ルーセルの震えが強くなった。

「え?消える身って、どういうこと……?」

「神卸ってのは、体内の神素を大量に使うものだろ?だから大半の人はそれが足りなくなって失敗する。だが、もともと異世界の人間だった俺をこの世界に連れてきたのはアーラなんだ。だから俺の体は普通と違って、主に炎素で構成されているらしい。だからアーラを卸しても、とりあえずは大丈夫だった。でも、体を主に構成するものを異常に消費したら、どのみち体は崩壊してしまう。ほら、俺の右手を見てみ」

 そう言って俺は、ルーセルの顔の位置に右腕を持っていく。

「あ……うそ、嘘でしょ!?」

 俺の感覚が正しければ――もうひじより先は消えてしまっているはずだ。支えられるものを失った袖が、ものさみしげにぶらついていることだろう。それを見れば、ルーセルなら理解するはずだ。

「だからルーセル、消える身の俺に告白はするな。したってつらくなるだけだ」

 ルーセルの反応はない。俺は続ける。

「でも返事は気になるだろうから、俺はこれだけ言っとく。……俺にはもう、異世界の方に彼女がいる。彼女を唯一無二の存在として愛してる」

 言いながら、何度も意識が飛びかけた。だが必死にこらえた。まだ伝えなくちゃいけないことがある。

「でもルーセル、お前とあえて、ホントよかったよ。それは胸を張って言える。明――あ、俺の彼女の名前な。明がいなかったら、お前のことを好きになってた。間違いない」

「そんなのいや!」

 ルーセルの声は甲高く、震えていた。

「二番手なんていや!あえてよかったなんていう、別れる時の常套句で別れるなんていや!それに……」

 俺の背中に回されたルーセルの腕に力がこもった。

「あなたと別れなきゃいけないのが、一番いやなのぉ……なんでこんな結末を迎えなきゃいけないのよ……十年来の恋はハッピーエンドで終わるって、相場はきまってるのに……」

 ルーセルは涙声でそう言った。俺も残された力を左手に込めて、ルーセルを強く抱きしめる。

「ルーセル……お願いがあるんだ。最後のお願い……聞いてくれないか……?」

 もういつ意識が飛んでもおかしくない。右手の感覚は肩までなにもないし、両足も膝から先の感覚がない。まともに働いているのは、ルーセルを引き寄せいている左手だけだ。

 ルーセルは鼻をすするような音とともに「うん。いいよ」と答えた。

「約束してくれ。三つ」

「……言ってみて?」

「やっぱりその前に、離してくれないか。お前の顔が見たい」

「……分かった」

 ルーセルは、そっと俺の体を、自分の体から遠ざけた。支えを失った俺の体はふらつき、枝から落ちそうになったが、そこはルーセルがしっかりフォローしてくれた。

 俺はルーセルの目を真正面から見て、一つ一つかみしめるように言う。

「じゃあ……一つ目。あのひどすぎる料理の腕をどうにかすること。あれじゃ、お嫁に行けないぞ」

「うう…善処します……」

 ルーセルはそう言いながら、涙を懸命に袖で拭いている。いくら拭いてもきりがないことくらい分かっているはずなのに。

「二つ目。飛神をもっと発展させて、誰でも好きな時に好きなだけ飛べるようなものを作って……それで、空の終わりを見ること」

「空の……終わり?」

「そう。地面からずっと空高く昇って行った先にある、青と黒の境界線。そこが、空の終わり」

「ふうん……ずいぶんと難しそうだけど……覚えておくわ」 

ルーセルは小さく笑った。

「最後。よく聞けよ。……絶対に……絶対に、生きてるうちに俺ともう一度会うこと。そして、俺においしい料理をふるまい、俺をこの世界の空の終わりまで連れて行くこと」

「え……?……うん……うん、分かった……!」 

ルーセルはあっけにとられたようだったが、最後には柔らかく微笑んでくれた。俺も微笑む。

「以上三つ。約束したからには、絶対守れよ。……あと、最後にお願いがある。聞いてくれないか?」

「え……じゃあ、私のお願いも、聞いてくれる?」

 俺は小さく笑ってうなずく。「もちろん」

「ふふ……じゃあ、あなたのお願いから、どうぞ?」

 ルーセルに促され、俺は答える。

「最後に……この世界で最後に見るのはお前の笑顔がいい。見せてくれ」

 やっぱり、別れは笑顔がいい。涙の別れなんて、悲劇にしかならないじゃないか。

「そう……じゃあ……笑いながら、キスして別れましょうか。それが、私のお願い」

 ルーセルは微笑んで言った。

「本気か?」

「本気よ?」

 俺は小さくため息をつく。仕方ないか。迷っている時間はない。もう腹の感覚すら、無くなりつつある。ここでキスしなかったら、後々絶対後悔する。そんな気がした。

「分かった。でも俺もう動けないから……ルーセル、あとは好きにしてくれ」

「ふふ。最初で、最期のキス……笑顔で、ね?」

 俺はおぼろげな意識の中、どうにか答える。

「ああ……笑顔で、な……」

 ルーセルは、ここでやっと、俺に飛び切りの笑顔を見せてくれた。俺はその宝石のような輝きをしっかりと脳裏に焼き付け、どうにか、笑顔を作る。

「じゃあ……アールス、ずっと、好きだったよ……」

「ああ……俺も……好きだったよ。世界で、ぶっちぎって二番目に、な……」

 俺を引き寄せるルーセルの柔らかな力を感じ。

「さよならは……」

「言わないから……」

ルーセルのあたたかい吐息を感じ。

「「また逢う日まで」」

ルーセルの唇を感じた、ちょうどその瞬間。

意識が、溶けた。

最期の空は、透き通るほどに青かった。

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