二つの一人   作:森山 大太

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encounter 1

 九年間の生活で気づいたことだが、この、「夢の」世界と、現実世界は根幹のところでかなり似ている。

 まず世界そのものだが、この世界についてはよくわかっていない。現実と同じように球体なのかもしれないし、天動説よろしく平面の果てに突然世界の終わりがあるのかもしれない。しかし、どちらにしても現実と同じように日は登り、夜には月と星が空にある。地面は土でできているし、水が流れる川や湖、俺は見たことはないが海もある。もちろん、空気もある。雨や雪だって降るし、ノル村のような寒い地域に行けば、ドカ雪だって珍しくない。

 次に生き物。人間に関しては外見はまったく同じだし、歩き方、話し方、感情表現、はては一日の生活リズムに至るまで、図ったかのように一致している。この世界には病気というものがほとんどないため、医学も存在せず、それゆえ体内の構造まではわからないが、俺は多分同じようなものだろうと考えている。動植物についても、それぞれの名前こそ違えど、姿形は現実とよく似ている。例えば馬に二本角が生えたような姿のラーバであったり、まん丸い実を作る、コメのような植物であるマコであったり。料理の食材にできるものも少なくない。

 そしてそんな環境にあるため、当然人間が作り出すものもそっくりである。スプーン、フォークと言った小道具、タンス、テーブルと言った家具から、家や軍の訓練場、帝宮と言った大掛かりな建設物の構造まで、俺の見た限りではほぼ同じものだと言っていい。

 しかし、もちろん違いもある。

 神素については省略。

 例えば人間性。構造がいくら同じだと言っても、内面はだいぶ違っていると俺は感じている。この世界の人々は、現実の人間と違って「野心」や「欲」といった感情をまったくと言っていいほど持っていない。ひたすらに「協調」や「平和」といったものを望んでいるのだ。ゆえに世襲制の帝の統治が何千年も、何の問題もなく続いているのだし、それ以前まで含めて考えても、この世界の中での戦争は、一度も起きていない。異空門が開いた時に確かに戦争は起きたが、あれはあくまで異世界の軍勢というイレギュラーなものがこの世界に侵攻してきたために起きた戦争だ。この世界の人々が望んで起こしたものではない。

 そしてなにより、みながのどかなのだ。この世界の人々は、野心や欲―つまり、もっと儲けてやろう、とか、むかつくあいつを蹴落としてやろう、とかいう、いうなれば負の競争を引き起こす感情を持っていない。一人一人が自分の仕事をこなし、時には助け合い、時々の休暇を楽しむ、という日常を死ぬまで繰り返すことが、この世界で生きる人々にとっての、最低かつ最高の生活であるために。

 そして俺がこの世界を愛する理由も、ここにある。

 現実のように、生まれてから死ぬまで競争で、それに勝ったものが幸せを手にできる世界の方がいい、という人もいるだろう。俺も、それを否定はしない。

 しかし、そもそもその競争は幸せを求めるためのものであるはずだ。それならば、競争せずとも、周りのみなを敵だと思って日々を過ごさずとも、心の温かい人々に囲まれて、笑顔で生まれて笑顔で生きて笑顔で死ねるような、そんな「幸せ」な生活を送れるこの世界の方を好きになっても不思議じゃない―いや、そうなって当然だと俺は思う。

 だが、俺には現実に、哀川明という彼女がいる。

 明は俺に手を差し伸べてくれる。

 明は俺に競争を求めない。

 明は俺に笑顔をくれる。

 明は俺に「幸せ」をくれる。

 そんな、まるでこの世界をそのまま人間にしたかのような明のことを、俺は絶対に裏切れない。だから俺は、いくらこの世界の方が現実より好きでも、明に会う前の俺のように、現実での生活をないがしろにはできない。そうしたら、明が悲しむだろうから。

 そんなことを考えながら―俺は昨日の昼間より二回りくらい小さい鍋で作ったおかゆを二セット、ルーセルが待っているテーブルに持っていく。気温はまだ、相当低く、鍋から出る蒸気が心地よく温かい。

 今朝、俺は今年一番じゃないかと思うくらいの寒さにどうにか打ち勝ち、起きて支度を始めた。震えながら着替え、いざ朝食を作ろうとして―食材の残りがないことに気付いた。どうしたもんかと悩んでいると、昨晩ルーセルの部屋に行ったときに、かなりの量の食材が置いてあったことを思い出した。ルーセルの部屋を訪ねるとちょうどルーセルが起きたところで、

「きゃー!幽霊よー!」

「何言ってる!俺だよ、アールスだよ!」

「嘘!アールスが私より早く起きるなんてありえないもの!さては、アールスの幽霊ね!」

「勝手に殺すな!」

…というくだらないやりとりを繰り広げた後、話し合った結果、ルーセルの「食材は提供するから、私の分も作って」という提案を俺が吞んで、今に至る。

「お待たせ。ほら。」

「ありがと」

 短いやりとりとともに、ルーセルに鍋を渡し、自分はテーブルの反対側に座る。二人でそろって「いただきます」と言ってから、無言で蓋をあけ、食べ始める。ちょうどいい熱さ加減と、適度なしょっぱさ。我ながらうまい。ルーセルは紅白のスカートに薄いブラウスだけという、見ているこっちが震えてくるような薄着で、黙々とスプーンを動かしている。その速度のはやいことはやいこと…

「なあルーセル。もう少し味わって食べてくれないか…」

 思わずつぶやくと、ルーセルは手を休めることも、顔をあげることもなく答えた。

「いいじゃない。…もぐもぐ…その、…もぐもぐ…おいしいんだから…」

 おいしいんなら、もっとゆっくり食べてくれ……

 という俺の心の叫びが届くはずもなく、ルーセルはそのままの速度で食べ続ける。俺も溜息をつきながら、自分の分がルーセルに比べて全然減っていないことに気付き、慌ててスプーンを動かす。

「ねえアールス。」

 先に食べ終わったルーセルが不意に口を開いた。

「どうした?」

「後で、この料理の作り方教えてくれない?私も、作れるようになりたいから。」

「いいけど…代価は?」

 突然の要求に少し驚きながらも、軽く応じる。しかし代価の要求も忘れない。俺は頼みごとに関しては、基本ギブ&テイク主義だ。

 ルーセルは、ちょっとしたドヤ顔をしながら言った。

「かわりに、昨日私が作った料理を教えてあげるわ。私の料理の技術に感嘆しなさ……」

「却下」

「何で!?昨日おいしいって言ってたじゃない!」

 俺の完璧な拒絶にうろたえながらも、心底不思議でならないといった調子で返すルーセル。昨日の料理…確かにおいしかったけどさ…鍋の汁がマニーデ―この世界のマヨネーズのようなもの―を溶かした水で出来ているなんていうゲデモノ料理、もう食べる気にはなんないよな、普通……

 俺が「それじゃ、代価はいいや。今度時間のある時に、教えてやるよ。」と言うと、ルーセルはまだ不機嫌そうだったが、「分かったわよ……」と言った。

 少ししてようやく俺も食べ終わり、ルーセルの鍋も持って、台所へ向かう。これから二日三日ノル村に泊まる以上、洗物など、やるべきことはしておかないといけない。この家の主人であるルーセルも当然手伝うべきであるはずだが、あろうことか椅子に座ったままテーブルの上に置いてあった雑誌に目を通し始めた。その雑誌の題名は「ぬくもりとやさしさに満ち溢れた台所料理百選」。…その雑誌を読んでいながら、どうしてあんなゲデモノ料理を作れるのか。あの料理に対して「ぬくもりとやさしさ」なんて、対極にあるような言葉だろうに。

 あきれつつ台所にはいり、桶からためてある水を少しくみだし、奥に置いてあるスポンジをぬらして鍋をこする。この世界では下水道はともかく、下から上に水を送らなければならない上水道はまだ整備されていない。そのため、一家に一つくらいは水をためておく桶があり、そこから水を取り出して使うことになる。だいたいの家庭ではかなり大きい桶を家の外に置き、一週間に一回、川から水を桶に組み入れている。帝都の場合は例外で、軍の水素使いが当番制で各家庭を回って水を入れることになっている。そのことからもわかるように、水素使いであれば自分で水を好きなだけ生み出せるため、桶はなくてもすむ。実際に桶に水をためている水素使いなんてルーセルくらいじゃないだろうか。

 ちなみに、使われて下水道を流れる水の行先はというと、ため池でも、もちろんハイテク浄水場でもなく、そのまま川だ。「環境汚染だ!」というなかれ。この世界には環境を汚すような科学物質は存在しないのだ。

 一つ目の鍋をこすり終わり、食器棚に戻す。この世界には病原菌というものがいないので、水で濡らしてこするだけで十分だ。

 同じように二つ目の鍋も洗い終わり、棚からタオルを取り出して手を拭いていた、その時。突然、玄関がノックされた。こんな朝早くに、いったい誰だろうか。振り返ってルーセルと顔を見合わせる。するとルーセルはジェスチャーで俺に出るように指示してきた。確かに台所にいる俺の方が玄関には近いが…アイツ、俺のことを召使かなんかだと思っているのか?顎で使いやがって。

 はぁー、と大きく息を吐いてから玄関を開ける。

 するとそこには、昔から―それこそ俺がこの世界に生まれ落ちてすぐからの付き合いである男が立っていた。ルーセルと同様、見ていて鳥肌が立つくらいの薄着だ。

「お、ギアか。なんだ、こんな時間に」

 俺が男―ギア・カイトにそう尋ねても、ギアは返事をする気配を見せない。俺より頭一つ高い位置にある目で、俺を不思議そうに見つめている。すると今度は、部屋の奥にいるルーセルを同じように見つめ始めた。いったい、どうしたというのか。

「おい、どうしたんだ?」と俺が尋ねる前にはもう、ギアは部屋の前からはしり去って行った。

「邪魔したなッッ……!!」

「「違う!」わよ!」

 俺とルーセルの声が重なった。

「アールス!」

「分かった!」

 全力でギアの背中を追う。

 階段の直前でどうにかギアに追いつき、事情を説明すると、ギアは一言、「なんだよ…」とつぶやき、こんな時間に来たのだから何か用事があったのだろう、もう一度ルーセルの部屋に向かって歩き始めた。

 俺がギアの隣に並ぶと、ギアは不意に、あきれたような口調で言った。

「なあ…お前らさ、結局いつになったらくっつくんだよ?どうせ将来そうなるんだから、早いなら早い方がいいと思うぜ、俺は。」

 ルーセルが聞いたら顔を真っ赤にして騒ぎ出しそうなセリフだが、幸いここにはいない。俺は内心の若干の動揺を隠すように、自然体を装って返す。

「あのなあ……勝手に決めつけんなよ。少なくとも俺には、そういうつもりはないし、ルーセルだって告白してこないんだぜ?だったら、そういうことだろ?……てか、俺たちってやっぱそういう風に見えんのか?」

 そういえば昨日も見知らぬおっちゃんにそんなようなことを言われた気がする。確かにいつも一緒にいるし、俺はルーセルのことを「好き」だ。しかしそれは決してラブではなくてライクだし、なにより俺とルーセルの間の雰囲気は、カップルのそれとは全然違うものだと思うのだが。

 それを聞いてギアは一瞬まじまじと俺を見つめた後、心底おかしくてたまらないといった調子で、頭をかかえながら言った

「お前なあ……そう見えるか?じゃねえよ。どう見たって、そうにしか見えねえよ。少しは自覚しろ。ああ、いいなあ、こういう余裕のある奴は!」

「ああ、そういえば、お前、例のあの子に告白して、即フラれたんだっけ。出会って一年、思い続けて一年。勇気ある告白を「ごめんなさい」で一蹴した、あの子の名前は、確か…」

「それ以上言ってみろ。二度と日の目を見れなくしてやるからな!」

ギアはそういうと、俺を射抜き殺そうというような視線でにらみつけてきた。ただ、会話の内容が内容なので、まったく怖くない。むしろ笑いが出てきそうだ。しかしここで噴出そうものなら本気で殺されかねない。どうにか、こらえる。

 それにしても―久しぶりに会ったが、相変わらずだ。この、ギア・カイトという男は。

 ギアは今二十二歳。俺やルーセルの四つ年上に当たる。世界最北端、ド田舎のノル村のさらに北のはずれに住むヒュレット家とカイト家の、しかも年も離れていない子供同士ということで、小さい時からお互い、一緒に遊んだり、助け合ったりしてきた。ルーセルは何かと相談相手にしていたようだし、俺はこの世界の言語を教えてもらった。ルーセルにとっても俺にとっても、兄貴のような存在だった。

 そして今から十年前、ギアは「ノル村史上最高の天才」という看板を引っ提げて、軍の下部組織である軍校に、一人入学していった。

 その四年後、俺とルーセルが二人そろって軍校に入り、三年の軍校生活を終えて軍に入ると、すでにギアは軍第百七十部隊の隊長だった。十九歳での隊長就任は、その当時の最速記録だったそうだ。

 そして今年の初めの人事移動で、ギアはこれまでの最年少記録を五十歳ほど更新して、軍の執行部となった。俺がギアの記録をぬりかえて十八歳で隊長になれたのは、ギアが俺を後釜に指名した、というのもあるらしい。

 ギアは、俺が軍校に入学してからは常に目標であり、超えていきたい壁だった。それは今でも変わらない。いくら俺の方が若くして隊長になったといっても、神力、行動力、その他全てにおいて俺はまだギアには及ばないのだから。……まあそうはいっても、いじると面白いのは事実なので、いじるときはいじるが。

 ギアとの久しぶりの軽口を楽しみながら部屋に戻ると、玄関にルーセルがむっつりとした顔で仁王立ちしていた。ギアが「久しぶりだな、ルーセル」と何事もなかったかのように言うと、ルーセルは「違います!」と一言言って、ぷいっと振り向いて部屋の奥へと入って行った。いくら恋愛感情はないといっても、あそこまで否定されると…少し、心が痛む。

 なぜだかにたにたと笑うギアをひじで制しながらルーセルの後を追っていまに入ると、テーブルの上に二杯の飲み物が準備されていた。俺とルーセルがしれっとその席に座ると、ギアは愕然とした顔で「俺の分は?」と言った。ルーセル曰く、「変なからかいをする人の分はない」そうだ。おお、怖い怖い…

 ルーセルは、自分の分の飲み物をくみに行ったギアが席に着くや否や、まだ少しとがった感じの残る口調で言った。

「で?ギア、何の用よ?こんな朝早くに。」

ギアは、腕を組みながら返した。

「さっきアールスから聞いたけど、今日お前らノル村に行くんだろ?だったら…」

「だったら?」

 ルーセルがせかす。

「俺の親父とお袋に、悪いけど、俺は今年は帰れねえって言っといてくんねえか。年明け休みだってのに、どうにもこうにもやることが多すぎてな…。」

「おいギア、軍の執行部ってのはそんなに忙しいのか?」

「いや、先輩の話を聞く限り、今年だけ異常にやることが多いらしいんだよ。南の果ての村出身の先輩も、もう先が長くない両親の顔が見たいって嘆いてたしな。なんでも、帝から今現在この世界に住んでいる人の数と名前、性別から職業に至るまで全てをまとめた「セキ」なるものを作れって指令がきたんだとよ。おまけに、これは一年ごとに更新するそうだ。そのせいで俺らはあちこち飛び回って村ごとの人数を確認したり、来年の更新のために制度を整えたり、もう、使われたい放題だよ、こんちくしょう。」

「それは…帝も、大変なことをするものね。この世界の人の数なんて、考えたこともなかったわ。」

 もはや笑みすら浮かべているギアに、ルーセルがあきれた声で言った。確かに、この世界の全ての人の個人情報を手作業で集めようとしたら、とてつもない時間と労力がかかるだろう。年明け休みがなくなってもおかしくない。よく帝も、こんなことを思いついたものだ。

 あと、その名称が少し不思議だ。「セキ」なんて…現実でも、この手のものは「戸籍」というじゃないか。なかなか、面白い偶然だ。

だが他の二人はそんなことを思いつくはずもなく、黙っている俺を差し置いて会話は続く。

「あれ?今思ったけど、その「セキ」ってやつを毎年更新するってことは、ギアって来年以降もうずっとノル村に帰れなくなるってこと?」

「いや…しっかりした制度ができれば、ずいぶん楽になるから、来年は一日二日は帰れるはずだ。…でもマジで、今年だけはどうにもなんねえんだよ…はあ…」

「私からはもう、頑張ってとしか言いようがないわ。まあこれも、軍八千五百人のトップに立つ者の運命だと思って。」

「その通りだ、ギア。頑張れ。ノル村から応援してやる。」

 ギアは突然声を発した俺を睨み付け、音が聞こえてきそうなくらいの歯ぎしりをした。

「この野郎…!他人事だと思いやがって…!今度執行部に人を入れるってなったら、真っ先にお前を推薦してやるからな。覚悟しとけよ。」

「何言ってんだ。ぶっちぎって最年少のお前に、そんな力あるわけないだろ。」

「チッ…ばれたか」

 ギアは本気で悔しそうな顔をしている。ふう。なかなか、危なかった。

 不意に訪れた、一呼吸ほどの沈黙の後、ギアはそれまで一切手を付けていなかった飲み物を一気に飲み干し、さっと立ち上がった。

「悪いな。俺としてはもう少し話したいところだが、もうこれ以上作業から抜けるわけにはいかねえからな。じゃあ、親父とお袋に、よろしく伝えてくれ。あ、あと……」

 ギアは右のポケットに手をつっこむと、何か取り出し、それをルーセルに手渡した。覗き込んでみると、首にかけるタイプのアクセサリーだった。窓からの光を浴びて、きれいな水色の光を発している。

「それは、クウィナへの……まあ、お詫び、か。クウィナに会ったら、渡してくれ。帰れなくてゴメンな、とも言っといてくれ。頼む」

 クウィナというのは、ギアが溺愛(?)している、十歳年下の妹のことだ。十歳差もあって、シスコンなのかと思うかもしれないが、この世界では一年が現実の二倍の早さで過ぎていくため、当然兄弟姉妹の年の差もつきやすくなる。十歳、十五歳差なんてざらにいるし、俺は実際、三十歳差の兄妹を見たことがある。

「ああ。確かに頼まれた。あとな、ギア……」

「ん?どうした?」

「いや、やっぱいいや」

 一瞬でもギアに「モテないのはそのシスコンのせいじゃないのか?」と言おうとした自分が恐ろしい。火事を油で消そうとしたような状態になるのは目に見えているというのに。

 ギアは首をかしげていたが、たいしたことではないと判断したのか、それとも本気で時間がないのか、「じゃ、よろしくな」と言って、玄関の方に歩いて行った。

「待って、ギア!」

 すると、しばらく口を開いていなかったルーセルが突然、ギアを呼びとめた。ギアは居間の扉から顔だけ出して、「なんだルーセル?」と言った。

「ギアって、誰に告白してフラれたの?」

 そのセリフに、俺とギアが固まる。ルーセルがそれを知っているということは…つまり、さっきの会話が、ルーセルに聞かれた?

「ルーセル…どこから聞いてた?」

 ギアの問いに、ルーセルは「いいなあ、こういう余裕のあるやつは!から。」と答えた。

 俺はほっと胸をなでおろす。それ以前の会話を聞かれていたら……

 しかし、それでもギアの表情はひきつったままだ。どう答えるか迷っているのだろう。

「ああ、わかったよ、教えてやるよ!」

 少しの沈黙の後、ギアはやきが回ったかのようにいった。勢いそのままに、全てを暴露する。

「俺が好きだったのは、帝都北ブロック三丁目の八百屋の一人娘の、ジャイカ・ペルシュさんだよ!告白して、即フラれたんだよ!思い出させるなよ、もう!」

 ギアはそのまま「ああ…」というネガティブモードに入ったが、ルーセルには気にならないようだった。しきりに「ジェイカ……ジェイカ・ペルシュ……」とつぶやいている。

「あっ、そうだ!」

 突然ルーセルが、何かを思い出したようなしぐさとともに叫んだ。

「その子、この間アールスに「二年間ずっと好きでした!」って告白してきた子でしょ!私、知ってるんだからね!」

「なっ・・!」

 なんでルーセルがそれを…俺は誰にも言っていないのに、なぜ?

「アールス?本当か?それは、本当なのか……?」

 声のした方を向くと、ギアが俺をにらんでいた。主に「怒り」や「憎しみ」で、ひきつった顔で。こめかみに、青い筋が浮かんでいるのが見える。

「……ギア。その…ゴメンな」

「……ッ!アールスの、このくそ、腹立つ▼*◎□●◇…!!」

 最後の方は、言葉になっていなかった。 ただ、俺をねたんでいるだろうことだけは、どうにか理解できた。

 

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