二つの一人   作:森山 大太

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encounter 2

 ギアはその後ひとしきり俺に罵詈雑言を浴びせていたが、「あっ、やべえ!」と突然叫ぶと、ものすごい勢いで玄関から出て行った。「じゃあな、二人とも!」という言葉に、若干ドップラー効果が発生していたような気がする。まあ実際、気のせいだろうが。

「なんか…嵐が過ぎ去ったあとみたいだな……」

 俺がギアが開けっ放しで出て行った玄関を眺めながらつぶやくと、隣に立つルーセルも「同感……」とつぶやいた。ヒュー、と、冷えた風が入ってくる。もうだいぶ日は登っているというのに、空気はまだだいぶ冷え込んでいる。

 少し肌寒いが、心地よい冷気を味わっていると、ルーセルは首だけ俺の方に向けて言った。

「さて…じゃあ、私たちも出発しましょうか。アールス、飛神、準備できてる?」

 飛神というのは、帝からもらったあの「空を飛べる機械」に、俺が昨日の晩につけた名称のことだ。由来は、「神」素で「飛」ぶことから来ている。

「ああ。それは大丈夫だ。ただ……」

「ただ?」

「昨日買った魚、どうやって持ってく?あれを抱えて空を飛ぶってのは、なかなか無理があると思うんだが」

 昨日買った魚は、少なくとも俺の片腕の長さくらいはあり、その上、かなり重い。いつもならラーバに乗せればいいので苦労はないが、今回ばかりは別だ。

 俺の言葉を聞いて、ルーセルは「そういえばそうね」と言った後、少し考えてから、「二人で抱えて持っていくってのはどう?」と提案した。

「うーん、それは結構危険じゃないか?俺たちにはまだそこまでの飛行技術はないと思う。もし途中で落っことして、歩いてる人の頭にあたったら……」

「まず間違いなく、死んじゃうわね」

 ルーセルは俺の言わんとするところを察して、また考えこみ始めた。

 しばらく二人で考えていたが、なかなかいいアイデアは出ず、結局あきらめることになった。ノル村に何も買って帰れないのは残念だが、俺たちは軍に所属している以上、帝の指令は絶対だ。両親も、話せばわかってくれるだろう。

 一回自分の部屋に戻り、朝の段階で用意していた飛神とその他いろいろを詰めたバックを手に取る。泥棒なんてものがこの世界にはいないとは分かっていても、窓や玄関の戸締りを気にしてしまうのはかぎっ子の性だろうか。

 俺が部屋を出た時にはもう、ルーセルは飛神をしょって、俺のより一回り大きいバックを肩にかけていた。俺が「飛神は隠しとけよ。一応、機密事項だろ」と指摘すると、あわてて飛神を下ろそうとした。しかしあわてすぎてバックと絡まったようで、なかなか進まない。思わず笑ってしまうと、若干涙目で、恨めしそうに睨まれた。

 やっとのことでそれが終わると、ルーセルは「行くよ」とだけ言って、ずんずん歩き始めた。

 昨日相談して、この寮の屋上から飛び立とうということは決まっている。飛び上がらなくて済む分だいぶ楽だろうし、なにより人目を避けることができるからだ。…何?それが昨日あんなビビってた奴の台詞かって?

 さっさといってしまったルーセルを追って小走りで屋上に着くと、ルーセルはすでに飛神をしょって、俺を待っていた。

「さっさと準備して。競争、するんでしょ」

「え?俺、そんなこと言ったっけ?」

「言ったわよ。昨日。腑抜けたこと言ってないで、早くしなさい!」

 そういえば…確かに昨日、調子に乗ってそんなことを言ったような気がする。だが、今は正直、そんな気分じゃないな…。どちらかというと、まったり、景色を楽しみながら飛んでみたい。

 その旨もルーセルに伝えると、ルーセルは一瞬むっとした顔になったが、すぐに、完璧なまでの無表情になり、無機質な声で言った。

「ふうん、そうやって逃げるんだね……」

 あからさまで、幼稚な挑発。……しかしながら、それだからこそ妙に腹が立つ時もあるし、相手もいる。今が、その良い例だ。

「ほお…よほど、自信があるようで。……負けたら、何してくれるのかな?」

「そうね。帝都で一番のパフェは食べたから、今度はケーキなんてどう?」

 よし、乗った!

「じゃあ……よーい、ドン!」

 自分でも驚くような速さで飛神をしょって、フライングを決める。

「あっ、ずるい!」

「お前だって昨日、フライングしただろ!お返しだよ!」

「くぅーっ!」

 ルーセルも屋上から、全力で飛び立つ。

 俺も、ルーセルも、のっけから全力で、ノル村を目指す。

 

が。

 ノル村までの半分も行かずに、二人ともばてた。

「なによこれ…めちゃくちゃ効率悪いじゃないの……」

「まあそういうなよ。まだ試作品なんだろ、これ。」

 最初の十分くらいは、俺もルーセルも、快調に、今まで感じたことのない感覚を楽しみながら、抜きつ抜かれつのデットヒートを繰り広げていた。

 しかしあまりに必死になり過ぎた。神素は、自然のものを自分の神力で集めて使うため基本上限はないのだが、人それぞれに一定時間に使える神素の量には限度がある。その上限を、俺とルーセルは無自覚のうちに超えてしまったのだ。 

 そして当然、神素が使えなくなれば飛べなくなってしまう。俺もルーセルも、あと少しで墜落の憂き目にあうところだった。競争なんて言っている余裕もなく、肩で息をしながらどうにか協力して体勢を整え―今はしごくゆっくり飛んでいる。

 考えてみれば、帝はあくまで「競争のため」ではなく「試作品」の「最終テスト」として俺とルーセルに飛神を渡したのだ。ルーセルが言うように、俺たちが思っていたよりもかなり対神素効率が悪いというのも確かに事実だが、それは俺たち二人の高望みのせいだ。むしろ、何も考えずに全力で飛んで一時間持ったことを賞賛すべきなのかもしれない。この世界における最速の移動手段であるラーバと比較しても、おそらく倍くらいの速度は出ていただろう。ゆっくり飛んでいるはずの今でさえ、ラーバより遅くない。

 もしかしたら―この「飛神」なるものは、この世界で、何か、現実で言うところの産業革命のようなものを引き起こすきっかけになるかもしれない。天啓が下りてきたかのように、俺はふと思った。おそらく帝が一人で考案、設計しただろう(いかな帝都最大の工房の技術長といえど、これは作れないと思う。失礼だが)飛神の内部構造やロジックは俺には分からない。だがこうしてここに二台あるのだから、三台目、四台目も作れるだろう。やがて、何年かかるかは分からないが、量産できるようになれば、飛行以外にも、使い道はぐっと広がるはずだ。これまでできなかったことを可能にする様々な方法が、世界各地で同時多発的に生まれていくに違いない。そしてその発明を、今よりもっと対神素効率が良くなり、一般人でも使えるようになった飛神が北から南、西から東へと運び―発明と発明の邂逅がさらなる発明を呼び、技術がものすごい勢いで発達し――そうすれば、もしかしたら――

「あっ、見てアールス。もうアーラベラクが見えるわ」

 俺の、荒唐無稽な思考を中断させるかのように、ルーセルが叫んだ。かなり大きい声だったため地上に聞こえていないか心配になったが、運よく視界の範囲に人はいなかった。

 空から見ると―地上から見上げるよりも、何倍も壮観だ。北都アーラベラク。

 この世界は、分かっている限りでは帝都を中心とした円状の構造をしている。だがすべての地域を帝が直接支配しているわけではなく、その円を、北に九十度、東に九十度、南に…という風に分けていってできた四地域に、退役した軍の執行部を「候」として、その地域における地方領主のようなことをさせている。

 その候がいる場所が、東西南北プラス都で呼ばれる、その地域最大の都市なのだ。例えばこの北都アーラベラクには、おととし就任したばかりの北候アニアート・スエナがいて、北宮のなかでわずかばかりの仕事をこなしている。

 俺とルーセルが軍校時代の三年間を過ごしたこの都市は、ほかの三都―東都ガテンベラク、南都アンナ―カベラク、西都フイリナベラクの、どの都市よりも栄えていて、かつ美しいと言われている。栄えているのは、あの戦乱の後、ただの原っぱになってしまった北地域復興の中心都市として多くの人が訪れ、多くのものが流通した名残だと、軍校の教師から教わった。

 美しいと言われるのには、火の神アーラの神殿が存在するというのが大きい。

 本来神の神殿というものはそれぞれ東西南北の僻地にあり、アーラの神殿も昔はノル村よりもさらに北にあった。

 しかし、あの戦乱の折、不幸にも異空門がその神殿より南に開いてしまった。すべてが終わった後時の帝が異空門周辺を立ち入り禁止にし、神殿もまた、その領域に入っていた。

 このままでは神殿が、神を祀る場所が忘れ去られてしまう。そう危惧した当時の神殿の管理人が帝に移転させてほしいと直訴し、それが認められてアーラベラクに移ってきたんだそうだ。

 それゆえアーラベラクには他の三都にはない美しさと、どこか荘厳とした雰囲気がある。俺が他の三都に行ったのは指令で何回かだけだが、それでも断言できる。建物一つで街全体の雰囲気まで変わるか!と思うかもしれないが、それならこう考えてほしい。もし東京からスカイツリーが、あるいは大阪から通天閣がなくなったとして、その街が一切変わらないなんてことがあるだろうか、と。この世界における「神殿」とは、あらゆる意味で「象徴」なのだ。

 だいぶアーラベラクが近づいてきた。周囲の建物の二倍近くの高さのある神殿の真っ赤に染められた壁が、赤いと認識できる。ルーセルはもう競争なんて忘れているのか、俺の右隣をゆっくりと飛んでいる。二人とも、もはや飛ぶことに何の不安も感じていない。

「ねえアールス」

 不意にルーセルが言った。

「どうした?まさか……」

 言いかけて、左足で脇腹をけられた。ゴスッ。体勢が崩れかける。

「お、お前な、いきなりは危ないから」

「それ、昨日もやったでしょ。三度目は、容赦しないからね」

 俺の言葉にまったく反応せず、こめかみをひきつらせてルーセルが言った。こうなったらどうしようもないのは、長年の経験から分かっている。

「分かった分かった。もうやんないから、このネタ。それでいい?」

 ルーセルはまだ何か言いたそうな感じだったが、「…次はないからね」とだけ言ってから、表情を落ち着かせて、「あのさ」と言った。そこで言葉を切る。

「帝って昨日、「試運転してくれ」って言ってたじゃない?だったらもっと、何というか、変な飛び方で飛んでみない?どうせやることないしさ、ただ飛んでるだけじゃつまんないわ。」

「変な飛び方って……例えば?」

「そうね…こう、くるくる回ってみたり、円を描きながら飛んでみたり…」

 身振り手振りでルーセルが説明するのを見る限り、どうやら現実でいうアクロバティック飛行をしたがっているようである。確かに面白そうな提案ではあるが……

「危なくないか?」

ルーセルはなぜか胸を張った。「大じょーぶよ」言いながらもう、くるくると回り始めている。

「そんなはしゃいで、墜落しましたじゃ話になんないぞー」

 あまりのはしゃぎぶりを俺が見かねて言っても、ルーセルは「だから大じょーぶよー!」とかえすばかり。高速で回転しているせいで、声の響き方すら、おかしくなっている。

 どうせなら…あのまま、神殿の壁にでもぶつからないかな……

 俺がそんなどうしようもないことをふと思った瞬間。俺の思いが別の形で天に通じたのか、それまで高速旋回しながらの高速回転という無謀飛行をしていたルーセルが、視界の中から消えた。下を見ると、俺の予想通り、地面へ重力そのままに落ちていっている。何故だかはわからないが、飛神が使えなくなったようだ。

「アールスー!助けてー!」

 自力で立て直すのは無理だと判断したのか、ルーセルが叫んだのが聞こえた。結局、大丈夫じゃないじゃんか。まあ、予想はしてたけど。

 俺の神力はだいぶ回復していて、今はほぼマックスの状態だ。ルーセルの落下速度や地面との距離から判断しても、余裕で助けられる。

 よし、ちょっと、懲りてもらおうか。

 その余裕を使って、俺は少し意地悪をすることにする。具体的には―

「ルーセル!」

 と叫んで、

 全力で助けにいくそぶりを見せ、

 実際に少し下降してから、

 ぴたっと、止まって、

 ルーセルを「お前なんて知らない」という目で見て、

 ついでに、あきれたように首を左右に振る。

 さて…これで怖がってくれれば、あの見ているといらいらする無謀飛行もしなくなるだろう。

 そう思ってルーセルを再度見ようと下を向き―見た瞬間にはもう、俺は全力でルーセルに向かっていた。

 一秒かからず、俺はルーセルに追いついた。背後にまわり、徐々に落下速度を遅くしていく。

 なぜ俺は、悠長に意地悪なんかしていながら、慌ててルーセルを追いかけたのか。

 そうしなければ間に合わなかったから、ではない。

 ルーセルの目から流れた、一粒の滴を見たからだ。

「ごめん。ふざけすぎた」

 両腕でルーセルをかかえ、顔を正面からとらえる。ルーセルの頬には、滴の垂れた跡が、しっかりと残っている。

「ごめん、じゃないわよ……」

 ルーセルは顔を上げると、自分から俺の首に手をまわした。そのまま、体をあずけてくる。俺もルーセルの体を支えるために、ルーセルの背中に手をまわし、抱きかかえる。脳裏に明の顔が思い浮かぶが、今回ばかりは仕方がない。その画像を脳裏から消し、顔を俺の右肩に乗せているルーセルの嗚咽と体温に意識を集中させる。辺りには、怖いほどに何もない。風の音さえも、小鳥のさえずりさえも、ここには存在しない。

 しばらくして、ルーセルの呼吸から乱れがなくなった。これで離れてくれるだろう。そう思った矢先、ルーセルはあろうことかさらに俺にしなだれかかってきた。

「ルーセル?」

 呼びかけても、反応がない。ならば今の俺にできることはただ一つ。ルーセルが何かアクションを起こすまで、このまま無言を貫くことだ。いくら原因がルーセルの無謀飛行といえど、悪いのは間違いなく俺なのだから。仮にも何か間違えれば死人が出るという状況でふざけて、あのルーセルを泣かせた、俺が。

 お互い抱き合ったまま、ルーセルは、動かない。俺は、動けない。時間ばかりが、過ぎていく。

「本気で、怖かった」

 耳の後ろから聞こえてきたルーセルの声は、いまだ震えていた。しかしそれでも、ルーセルは言葉をつなぐ。

「いつも何故か一緒にいて、偉そうにしてるのに、何で勝負しても勝てなくて、結局全部あなたに頼って、迷惑かけ通しの私のこと、本気で、見捨てられた、と思った」

 その発言の内容は、看過できなかった。

「ルーセル、あのな」「でも」。ルーセルの言葉が、俺の言葉を遮った。

ルーセルは俺の首に腕をからめたまま、顔だけ上げた。俺の顔の、真正面から、俺の瞳の奥まで見通さんかというまなざしで、俺を見る。

「でも、あなた、アールス・ヒュレットに見捨てられたなら、私、ルーセル・ヒュレットも、これまでかな、仕方ないかなって、思ったりもした」

 言葉が、言いかけていた言葉が、のど元で止まる。今のは、嘘偽りのないルーセルの本心だろう。俺が、ルーセルにとって、そこまでの存在だったなんて、知らなかった。だとしたら、俺は―

「助けてくれて、ありがと。」それだけ言うと、ルーセルは、強引に俺の手をほどき、いつのまにか再稼働していた飛神で、宙に浮いた。「にしても、不思議なものね、これ」様子はもうすでに、いつものルーセルのそれに戻っている。

「ほら、いつまでも呆けてないで、行きましょ。お昼までには、ノル村につきたいわ。」

 いまだ動けない俺を見て、ルーセルが微笑んで、言った。ルーセルの、こういう後腐れがないというか、ひきずらないところは純粋に好きだ。ルーセルが空中なのに差し出した手を握りながら、俺はさっき言いかけた言葉をようやく口に出す。

「ルーセル、あのな」

「何?」

「俺は、お前のことを、何があっても、見捨てないよ?」

 ルーセルは―顔を赤くした。我ながら、言っていて恥ずかしい。でも、これは伝えなくちゃいけない。

「それ、本気で言ってる?」

 ルーセルは、赤くなった顔を隠すかのように、そっぽを向きながら言った。

「もちろん。他の何を信じなくてもいいから、これだけは信じてくれ」

「約束よ?」

「ああ。約束だ」

 お互い顔を見ないでの会話。それでも、伝わってほしいことは、伝わったはずだ。俺は逆に固まってしまったルーセルを引っ張るように動き出す。ルーセルもすぐに俺の横に並んだ。何事もなかったかのように、再び一路、ノル村へのフライトを再開する。

 無言で飛びながら、俺の頭に、ルーセルの言葉がよぎる。聞いてしまった、ルーセルの本心。俺に見捨てられたなら、しょうがない―つまりルーセルにとって俺は、この世界の何よりも信頼でき、失うことのできない存在だということになる。それはすなわち―俺のことが、この世で一番大事ですという宣言ではないのか?

 だとしたら俺は―ルーセルに、伝えなくてはいけないのかもしれない。俺にはもうパートナーがいるんだ。だから、決してお前のことは、「愛せない」よ、と。

 

 

 何が起きるわけでもなく、残りの飛行をルーセルとの取り留めのない会話をしながら過ごし、ついにノル村が見えるところまで来た。やはり空を飛ぶというのはよいものだ。景色を楽しみながら、移動にかかる時間を大幅に短縮できる。いまだ日は、天頂付近にある。

 周囲を森で囲まれたノル村の家々がはっきり見えるようにまでなったころ、隣を飛んでいたルーセルが不意に止まった。

「アールス、どこに降りればいいと思う?」

「どこって、もう少し飛んでから、適当な場所で降りればいいんじゃないか?」

 ルーセルは少し考え込んでから返した。

「私もそう思ってたけど、それだと歩いてノル村に入っていくことになるでしょ?……それって、絶対怪しまれると思うんだけど。」

 確かにその通りだ。いつも俺たちは、ラーバに乗ってノル村に入っていたため何も怪しまれることはなかったが、今日は違う。堂々と歩いて行ったら―まさか帝都からここまで歩いてきたわけではないだろう、でもラーバを使ったのならここまで乗ってこない理由はない、いったい、どうやってここまで来たのか、ということを聞かれるに違いない。そうなったら、だいぶ面倒だ。まさか飛神のことを話すわけにはいかないし。

「それもそうだな。……ルーセルは、どうすればいいと思う?」

「私としては、いっそのこと私たちの家まで一気にいっちゃって、さりげなーく過ごしてさりげなーく帰るってのが一番だと思うんだけど」

「うーん、そうだな、そうしよう。どうせ、荷物おいたらすぐ異空門まで飛ばなきゃいけないしな」

「そういえば、そんな指令も出てたわね……さっさと済ませて、ゆっくりしましょ」

「全面的に賛成」

 再度、並んで動き出す。ここまで来ると、もう辺りは一面雪景色だ。照り返しの光がすごい。空気もだいぶ冷え込んでいるはずだが、しばらく神力を使い続けて体があったまっているため、あまり気にならない。むしろ、心地いいくらいだ。ルーセルにいたっては途中で上着を脱ぎ、今は腰に巻いている。

 見慣れたはずの我が家も、空からだとだいぶ違って見えた。ノル村の中心から離れ、森の中にギアの家と並んでぽつんと立っているその姿は、どこかノスタルジックだった。いるかもしれない両親とカイト夫妻に見つからないように、慎重に近くの森の中へ着陸する。飛神をちょうど積もった雪で隠れるような位置に置き、荷物だけ持って自宅に向かう。

 森から出てくるところを見られないように恐る恐る歩いて家に着くと、幸か不幸か、両親はどちらも不在だった。おそらく、そろって村の中心へ買い出しにでも行っているのだろう。鍵なんてものが存在しないのが当然のことのように勢いよく玄関を開けたルーセルに続き、俺も中に入る。視界に入るのは、いつ来ても変わることのない、光景。

「帰って、きたね。今年も」

 靴を脱いで家に上がっていたルーセルがつぶやいた。

「ああ」

 俺も靴を脱ぎ、ルーセルの隣に立つ。俺がここにきてから、常にそうであったように、左隣に。

「まあ今年は、だれかさんのせいで一日遅くなっちゃったけど?まったく、迷惑なことだわ」

「お前…帝に対して、そんなことを言っていいと思ってるのか?失礼だぞ!」

「は?いや、帝のことなんて言ってないし。あなたのことだし。昨日寝坊したの、もう忘れたの?」

「お前こそ、昨日「チャラにしよう」って言っただろ。忘れてるのはそっちだ!」

「あれ?そんなこと言ったっけ?」

 はあ…思わずため息がでる。こいつ、完全にとぼけてるな。せっかく感慨に浸ってたというのに、台無しだ。変わってないのは、この家だけではないということか。俺とルーセルもまた、何も変わっていない。

「あ!やっぱり!アールス兄にルーセル姉だ!久しぶり!」

 突然、背後から声が響いた。この声、もしかして――

「クウィナ!久しぶり!」

 予想たがわず、声の主はギアの妹、クウィナだった。玄関の戸の隙間から除くように見ていたのが、俺たちを確認するなり、勢いよく入ってきた。クウィナのテンションの高さにつられるように、ルーセルのそれもまた上がっている。

「一年ぶりか、クウィナ。元気にやってたか?」

「うん、アールス兄!ずっと元気だったよ!」

 満面の笑みで言うクウィナ。その笑顔を見て、帰りを喜んでくれる人がいることは幸せだと実感する。

 クウィナはその顔のまま、さらに続けた。

「ねえねえ聞いて!私、軍入隊決まったんだ!」

「「ホントに!?」」

 俺とルーセルの驚きの声がきれいに重なった。

 クウィナが言っていることは、正確には「軍校入学が決まった」だが、意味はほとんど同じだ。

 この世界には二種類の学校が存在する。一つ目は、どこの村にも存在し、その年齢になったら入学が義務付けられている村校である。イメージとしては、寺子屋に近いかもしれない。クウィナは、今年村校を卒業する年齢だ。

 そして二つ目が、村校の「神素」科目において優秀な成績を残した人だけが入学できる、いや、しなくてはいけない「軍校」だ。軍校は北都、南都、西都、東都の四都にそれぞれ、計四校ある。人選については、まず村校が「この子なら」と思った人の成績を各地域の軍子に送り、そこで選ばれた二十五人だけが、軍校に入学できるという制度をとっている。つまり世界全体で二十五かける四の百人しか入ることのできない、超エリート校なのだ。

 軍校という名前からもわかるように、卒業したら軍に入隊することになる。そのため軍校では三年間、ひたすらに神素の扱いを学ぶ。一年目は自分が最も適性を示す神素を見極め、二年目は座学と訓練。三年目になると、もうただひたすら訓練をし続けるだけの日々になる。俺の経験からすると、一、二年目はともかく、三年目は結構つらい。

 それでも子供たちみんなが軍校入学を目指しているのは、ひとえに軍に入隊することが「名誉なこと」とされているからだ。

 しかしクウィナの場合は少し違う。どうやらクウィナは俺とルーセルに対して憧れのような感情を持っているらしく、アールス兄とルーセル姉に追いつきたい!という一心で軍校を目指している―と、カイトおばさんから聞いた。その夢が、ついに達成されようとしている。憧れの対象として、一人の友人として、純粋に嬉しい。

 クウィナは驚いた俺たちをみて、心底嬉しそうな表情をした。

「ホントホント!あと三年待ってて!絶対、アールス兄の部隊に入るから!」

 ……それは……

「クウィナ。水を差すようで悪いが、残念だけど、部隊は自分では選べないぞ?」

「え!?そうなの!?」

 クウィナの顔が突然陰った。横から向けられる、ルーセルの視線が痛い。分かってるよ、俺だって。今余計なこと言ったってことぐらい。

「え……軍って、確か百七十部隊あったよね……百七十分の一……無理だよ、そんなの……」

 つぶやきながら、どんどん表情を曇らせていくクウィナ。今にも泣きだしそうだ。なんとかしなければ……

 するとルーセルが突然「はあ」と肩をすくめて、一歩前に出ると、クウィナの目の前で屈んだ。クウィナを見上げるような体勢になり、右手でクウィナの頭を撫でている。

「そんな心配しなくても大丈夫よ。どうにかなるわ」

「ホント?

 クウィナが顔を上げた。

「ホント。私に任せて」

「……!ルーセル姉ぇー!」

 クウィナは叫びながら、ちょうど顔の高さにあったルーセルの胸に飛び込んだ。ルーセルはクウィナの背中に左手を回し、右手で頭を優しくなでている。

 俺は抱き合う二人の間に入って行けず、このまましらばっくれていようと思っていたが、ルーセルの鋭い視線が俺に向けられ、そういうわけにもいかなくなった。いまだルーセルにひしと抱き着いているクウィナの肩に手をかけて、一言

「クウィナ。悪かった」

 と言った。しかし、クウィナは返事をしない。ルーセルもクウィナを注視している。

「クウィナちゃん?」

 何秒か経って、見かねたルーセルが呼びかけて、ようやくクウィナは顔を上げた。ゆっくりと顔を俺の方に向け、少しうるんだ眼で見て一言、

「アールス兄なんて、大っ嫌い!」

 

 

「「アールス兄なんて、大っ嫌い!」ですって。クウィナちゃん、やっぱりかわいいわぁ…ああ、あんな妹がほしい!」

「おいおい、それはもう無理な話だろ。諦めろ。父さんと母さん、もうどっちも八十歳超えてんだぞ」

 サクサクと、歩を進めるごとに、森に雪の音が響く。「異空門の調査」という正直ばっくれてもいいような指令を完遂しにクウィナと別れてからもうしばらく歩いた。そろそろ飛神の置き場所に着くはずだ。俺としてはまだクウィナに許してもらっていないのが心残りだが、それは指令を終えてからでも遅くはない。クウィナならきっと許してくれるはず。

「それはそうと、お前あんな無責任なこと言って大丈夫なのか?軍の新入隊員の所属、帝が一人で決めているって噂、知らないわけじゃないだろ」

 軍の配属場所の決定方法は一切明かされていない。それゆえいろいろな可能性が論じられている。帝の独断であるとか、執行部が話し合って決めているとか、部隊の戦力が等しくなるようにされているとか。もしかしたらギアなら知っているかもしれないが、聞いたところで教えてくれないだろう。ああ見えて、律儀な奴なのだ。

「なあに、どうにかなるわよ。いや、どうにかするのよ。あなたが、ね」

「おい、無責任すぎるぞルーセル。俺にどうしろってんだよ。帝に「かわいい知り合いをぜひ自分の部隊に」って、直訴しろってか?」

 自分でも意識しないうちに、少し語調が強くなっていた。ルーセルは少し驚いたようだったが、すぐに返した。

「ちょっと、本気にしないでよ。あなたに任せたってどうにもならないことくらいわかってるわよ」

「じゃあどうすんだ」

「ギアに頼みましょうよ。かわいいかわい妹のためだもの。あの手この手で、どうにかしてくれるんじゃない?」

 なるほど。

「確かに執行部にいるギアなら、できるかもしれないな…それも「クウィナのため」だし…帝に土下座とかしてもおかしくないな」

「ええ…その図が、頭に浮かんでくるようだわ」

 二人して、ギアの土下座姿を想像する。なんか笑えるな。ギアには悪いが。それはルーセルも同じなのか、口元に、ほんのわずかだが笑みが浮かんでいる。

「あ」ルーセルがはっとしたように言った。

「そういえば、ギアからもらったアクセサリー、クウィナちゃんに渡すの忘れてたわ」

「あ…まあ、指令が終わってからでもいいだろ。カイトさんにギアが帰ってこれないってのも言わないとだし、俺も謝んないとだし。一気に済ませちゃおうぜ」

「そうね。今度は忘れないようにしないと…。ところでアールス、飛神置いたの、この辺だったわよね?」

「いや、もうすこし向こう、ほら、あの木の下だっただろ」ちょうど視界に入った木を指さす。

「え?そうだっけ?」

「そうだったよ。……しっかりしてくれよ、副隊長さん。」

 ルーセルはまだ解せない顔をしていたが、俺が雪の中から一発で飛神を取り出すと、なんとも言えない表情をしてポリポリと頭を掻きはじめた。「あれ…?」俺が二台目を手渡すと、「ありがとうございます、隊長さん」とおどけた感じで受け取った。

 慣れた手つきで飛神を背負い、周りに人がいないことを確認して、林冠まで慎重に浮上する。ルーセルと呼吸を合わせて、

「せーの!」

 ビューン。一気に最高高度まで到達する。地上を見下ろして確認するが、やはり見られた様子はない。ふう。

「さて……ルーセル、どうやって異空門を探す?」

 ルーセルは少し考えてから答えた。

「とりあえず低空飛行で、北に向かってみましょう。案外、あっさり見つかるんじゃない?」

「そうだといいけどな…」

 二人並んで、北へと向かう。見渡す限りの、雪、雪、雪。そしてわずかばかりの、木の緑。目を凝らして門のようなものを探すが、なかなか見つからない。せめて色や大きさが分かっていれば楽なのだが、今となってはそれは誰にもわからない。帝も言ったように、最後に確認されたのは数千年前なのだ。もしかしたらもう、さびたり腐ったりで、門自体がなくなっている可能性もある。そうだったら素直に「すいません、発見できませんでした。」と報告するしかないよな……。

 しかし…このだだっ広い北の森の中で一つの建造物を何の手がかりもなく探すなんていう指令、今更だが無茶ブリが過ぎる気がする。いくら空を飛べるからって、限界というものは存在する。そんなこと、あの帝なら分かっていないほうがおかしい。

 それでも、昨日の帝の口調には、俺たちは絶対に異空門を発見するという確信が感じられた。俺とルーセルがすんなり指令を受けてしまったのも、帝の調子に乗せられたからかもしれない。

 ならば帝の確信はどこから来たのか。俺たちに対する信頼?飛神という、新たな移動手段の性能?どれも、しっくりこない。考えるだけ無駄だろうか。

 もうしばらく飛んでも、門らしきものはまったく視界に入ってこない。いい加減目も疲れ、集中力も切れかかっている。隣のルーセルも、ものすごくげんなりしているように見える。

「ねえ、一回引き返さない?これきっと、すごく時間かかるわよ。飲み物とかないと、やってられないわ」

 ルーセルがだいぶ大きいため息をついてから言った。もういやだあ!とでも言いたそうな表情だ。俺もルーセルに負けないくらいの溜息をつく。はーあ。

「そうだな。昼ごはんも食べてないし。そんな急ぐこともない……」

 偶然視界に入ったものに、思わず目を奪われる。ここからちょうど北西に少しいったところ、探している異空門が直接見えたわけではないが、あるとしたらそこだろうと思える場所があった。

「ルーセル、あそこ見てみ。変に木が生えてないとこがある。ひょっとしたら、門があるんじゃないか?」

「え?どこよ?」ルーセルは目を細めて必死に探しているが、なかなか見つけられないようだ。

「ほら、あそこ。木がないせいで、丸く地面が見えてるだろ?」

「あ!分かった分かった!確かに変ね。門の周りには木が生えないなんて話は聞いたことないけど、期待は持てそう」

「だろ?村にもどるのは、あそこを確認してからでいいよな」

「ええ!アールス、よく見つけたわ!これさえ終われば、家でのんびりできるのね!……そうと決まれば、さっさと行くわよ!ほら!」

 ルーセルはものすごいスピードで飛び出した。相当な鬱憤がたまっていたんだろう、かなりの速度が出ている。これでもし異空門がなかったら……? ルーセルに言う前に、一人で確認した方が良かったかもしれない。

 そんなことを考えている間に、ルーセルはもう確認できる位置までついたようで、止まっておそらく下を見ている。

 ただ妙なことに、ルーセルはそれを何秒も続けている。門があったならすぐに笑顔でこっちにすっ飛んでくるはずだし、もしなかったら、考えたくはないが、憤怒の形相でこちらに向かってくるだろう。どちらにせよ、とどまっている理由はない。ひょっとしてあまりのショックに放心状態にでもなったのか?

 ここにとどまっていてもどうしようもないので、俺もルーセルのもとへと向かう。どうやってルーセルを立ち直らせるか考えながら。

「ルーセル、あったのか、無かったのか、どっちなんだ?」

 背後から俺が尋ねても、ルーセルは下を見続けたまま動かない。

「あったにはあったわ。それらしいものが」

「なんだ、じゃあこれで指令は終わったな。さっさと帰ろうぜ。」

 拍子抜けした。あったならそれでいいじゃんか。何かほかに問題が?

「待って」

「どうした?」本当にどうしちまったんだルーセル?そんな深刻な声で。

「門の中が緑色に見えるのは、私の気のせいかしら。そうだと信じたいんだけど」

 は?門の中が「緑色」だって?

 慌てて俺もルーセルの横に並び、下、丸く、茶色に染まった地面を見る。確かにそこには、結構な大きさの門のようなものがあった。遥か昔から存在しているはずなのに、鮮やかな色をしている。風化の跡もない。

 問題は、門の扉に当たる部分が、際立って鮮やかな緑色をしていることだ。伝承にしたがうならば、異空門には開け閉めをする扉の部分は存在せず、異世界とつながっていないときは単なる空洞だということになる。上から見ている今だったら当然茶色であるはずだ。それが緑色ということは―

「いやルーセル、お前の見間違いじゃない。確かに緑だ。それはつまり、」

「門が、開いた、ってことになるわね」

 そういうことだ。数千年ぶりに、異空門が開いた。今度ここから出てくるのは、災禍だろうか、それとも幸福だろうか。きっと、前者だ。

「もっと近くで確認してみよう。いろいろ、調べないと」

 地上に向かおうとした俺のコートを、ルーセルはつかんだ。

「待って。落ち着いて。危ないわよ。昔みたいに、門の中から敵が出てくるかもしれないのよ。ここは、まず帝に」

「それじゃ遅い」俺はルーセルの言葉を遮った。

「ここから帝都まで行く間に、昔みたいに門の中から軍隊が出てくるかもしれない。そうなったら、まず間違いなくノル村は壊滅する。その危険を覚悟で帝都まで戻るっていうんじゃ、俺は止めないから、一人で行ってこい。俺は残る」

 ルーセルははっと息をのんだ。「落ち着いて」なんて自分で言っておいて、かなり動揺している。だがそれは仕方のないことなのだろう。伝承の中の「異世界」というものを実際に見たのだから。俺がそれでも落ち着いていられるのは、自分自身が「異世界」の証明だからだ。一つと二つは違うが、二つと三つ以降はあまり変わらない。単数か複数かは大きい。

「いいかルーセル。俺たちは軍だ。ここに来たのだって帝の指令を受けたからだ。こういう時に矢面に立たなくて、いつ、何をするんだ?」

 俺らしくもない説教じみたことを言ってルーセルの手を払い、再度降下をする。

 地面に降りたち、改めて門を眺めると、思ったよりの大きさに圧倒された。三階建ビルと同じくらいだろうか。門の中は森のようで、木々が生い茂っている。こちらとの違いは雪が積もっているかどうかだけだ。

「ちょっと、置いてかないでよ」

 背後からルーセルの声が聞こえた。さっきの声とは同じようで違った。

「なんだ、結局来たのか」

「もちろん。あなた一人残して逃げるわけにはいかないわ」

 そういって笑うルーセル。

「ところで、何を調べるの?」

「本当に門が開いているのか、門の向こう側はどうなっているのかはもう見たから……誰かががこっちに入ってきた様子もないしな……あとはそうだな、向こう側に入ってみるか?」

「こんな時に冗談はやめて。そこまでする必要は……」

「……!!危ない!」

「は?」

反射的に体が動いていた。きょとんとした顔で立っていたルーセルを抱きかかえて、全力で横っ飛び。

「ちょ、何すん……」

ルーセルの声は、俺たちの横をかすめるように飛んできた「何か」、その着弾音によってかき消された。周囲に土煙が巻き上がり、視界が遮られる。

「何!?何が起きたの!?」

 俺の懐からはい出たルーセルが言った。勢いよく地面にぶつかったせいで、顔や服、あらゆるところが土で汚れている。

「俺にもよくわからない。……それより今は、次の攻撃に注意しろ」

「え?攻撃って……?」

「ああ。多分、異世界軍からの攻撃だ」

 あの時、俺は見た。この世界には存在しないはずの、現実世界で言うところの戦車のようなものの主砲が、俺たちに向けられていたのを。それが確かなら、おそらくあれは異空門の向こう側から来た敵の軍隊だろう。もう異世界の侵攻は始まっていたということだ。

 俺は油断していた。いくら異空門が開いたからと言っても、いきなり戦争なんてことにはならないだろうと勝手に思い込んでいた。今俺とルーセルが助かったのは、単なる幸運でしかなかった。

 繰り返されてしまうのか。何千年か前の、あの悲劇が。

 それだけは、防がなければ。この世界の住人として。

 視界が晴れた。ルーセルと背中を合わせ、周囲を警戒する。言葉を交わすことなく意思疎通ができるのは、十八年間ともに過ごし、訓練してきたからこそだ。

「丸い筒がこっちを向いてるのが見えたら、迷わず全力で攻撃してくれ」

「丸い筒?……よくわかんないけど、分かったわ。あと」

「あと?」

「背中は任せたわ。……一度言ってみたかったのよ、この台詞」

「……後ろから攻撃されたい?」

「……ゴメン」

 お互いの声はいつになく真剣だ。内容は置いといて。

 まるで砂時計をにらんでいるような感覚。警戒し始めてから何秒たっただろうか。実際は一分ないだろうが、感覚的には遥かに長い。しかしここで、集中力を切らすわけには―

「そこッ!」

 突然ルーセルが叫んだ。背後で、神素を固めるときに生ずる特徴的な音がし、すぐに遠くで爆発音。

 今ルーセルが放ったのは、おそらく神素玉だろう。神素を好きな大きさに固めて打ち出す、攻撃手段の基本中の基本だ。それでも、まさか実戦で使う日が来るとは思っていなかった。

「やったかルーセル?」

「多分。確信はないから、どうにかして確認しないと」

「分かった。じゃあ、このまま、ゆっくりと見に行こう。前はルーセル、後ろは俺で。案内頼む」

「了解」

 二人で背中を合わせたまま、ゆっくりと歩き出す。ルーセルに遅れないように後ろ向きで歩いて行くのは大変だが、死ぬよりはましだ。

 俺が思ったよりも早く、ルーセルは歩を止めた。

「確認完了」ルーセルが一転、朗らかな声で言った。「もう前向いていいわよ」

 言われるがままに前を向くと、真っ白な雪の上に、黒い物体がいくつも転がっていた。中には相当な大きさのものまである。

「これが、残骸ってことか?」

「多分。そうとしか考えられないわ」

 近くにあったそれの一つを拾い上げながら尋ねると、ルーセルは自慢げに答えた。しかしすぐに真剣そうな表情になり、足元の残骸を拾い上げて言った。

「それにしても、一体どういう技術でできてるんでしょうね、これ。残骸見たってただの黒い塊だし。まさか生き物ってことはないわよね?」

「当たり前だ。生き物じゃないだろ、どうみても」俺は答えて、残骸を投げ捨てる。

「こういうのは、カガクって言うんだ、多分」

 「カガク」という部分だけ日本語で言ってみると、ルーセルは案の定眉をひそめた。

「カガクって、何?」

「便利なものだよ。すごく。でもこの世界には必要ない物だ」

 俺の答えはルーセルを混乱させるだけだった。

「ますますわかんない。てか何でアールスはそんなものを知ってるの?」

「いろいろとあるんだよ、俺にも。それ以上は聞かないでほしい」

「……あなたがそう言うなら……分かったわ。聞かない」

 真面目な面持ちで言うと、ルーセルは意外とあっさり納得してくれた。根掘り葉掘り聞かれるものと思っていたが。

「というよりルーセル、俺たちこんなとこでゆっくりしてるひまはないぞ。早くノル村に帰って報告しないと。」

「そうね。後のことは、それから考えましょ。……ねえアールス」

 ルーセルはごくわずか―長年一緒にいた俺にしかわからないくらい、表情を曇らせた。

「今度は、大丈夫よね。私たちは神素を武器として使えるようになったし―数千年前みたいには、ならないわよね?ノル村が焼け野原になるとか、そんなことはないわよね?」

「ルーセル」

 俺はうつむくルーセルの頭を手のひらで二回ほどたたいた。

「ならないんじゃなくて、俺たちで守るんだよ」

「うん……そうだね、そうだよね。そのための軍だものね。信頼してるわ、隊長さん」

「こちらこそ、副隊長さん」

 そういうと、ルーセルの顔に笑顔が浮かんだ。

 

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