まさか―もう、こんなことになっているなんて。
俺は目の前の光景を見てそう思った。
なにが「俺たちで守るんだよ」だ。自分が、どうしようもなく憎たらしい。できることなら、俺の神力を全力で使って、目の前の光景を、全て燃やし尽くして―なかったことにしてしまいたい。
ただそれでも、その光景を見ることができている俺の方が、受けたショックは少ないだろう。ルーセルはもう、両手で顔を覆い、自分の視界を遮っている。聞こえてくる嗚咽の中に時折、「うそよ…」とか「いや…」という言葉が聞き取れる。
俺たちの目の前にあるはずのもの―ノル村は、俺たちがたどりついたときには、もうほとんどなかった。消されていた。建物、自然、ヒト関係なく。
異世界軍の手によって。
村全体が破壊され、村人の姿も見えない。逃げ延びてどこかに隠れているか、考えたくはないが―死んでしまったかの、どちらかだろう。こうしている間にも、空に浮かんでいる俺たちを尻目に、さっき撃破したのとおそらく同じものであろう異世界軍の戦車のようなものが、村の外側をかこうように存在する森に砲弾を撃ち込み、爆音とともに壊していく。俺たちの家はもちろん、跡形もない。いつも活気に満ちていた村の中心にある市場は、その面影もない。
完全な破壊。
一方的な蹂躙。
そして―それに対抗する、小さな影。
「クウィナ……?」
最初に見た時はわが目を疑った。しかし、クウィナは確かに、村の南で、戦車四台の前に立ち、戦っていた。覚えたばかりであろう、まだ俺から見たらあまりに未熟な神素玉を使って、必死に。
だが、俺が呆然とその戦いを眺めているうちにも、やはりというべきか、クウィナはどんどん劣勢になっていった。最初のうちは単発だったためよけられていた相手の攻撃が、連携して行われるようになり―始めてクウィナの袖をかすめた、その瞬間。
「クウィナちゃん!」
いつの間にか目を開き、クウィナの状態を認識していたルーセルが、猛然と、クウィナの戦っている場所へと向かった。
強い……やっぱり私ひとりじゃ……
次々と飛んでくる相手の攻撃を懸命にかわしながら、クウィナは考えた。
軍の指令があると森に向かっていったアールスとルーセルを見送り、ああ、アールス兄にちょっとひどいことしちゃったかなー、帰ってきたら許してあげないと、と思いながら家の洗濯物を取り込んでいた時のこと、突然村の方から異様な音が聞こえてきた。何だろうと向かってみると、そこには初めて見る黒い物体と、混乱し、逃げ惑う村人たちの姿があった。
クウィナも最初は混乱した。それでも、どうやらあの黒い物体が何か変なことをしたんだろうということくらいは見当がついた。
どうにかしなくちゃ。まずは現状を、しっかりと把握しないと。
クウィナは自然とそういう思考に至った。得体の知れない物への恐怖は、自分でも気づかないうちに「私は軍に入るんだから」という使命感のようなものでかき消されていた。
と、ここでようやく、最後まで残っていた村人がクウィナの存在に気付き、声を上げた。
「君!早くこっちに!」
そのあまりの焦り様に、クウィナは戸惑った。よく考えてみれば、なんでみんなこんなおびえてるんだろう。さっきから黒い何かはまったく動いてないし。そこまで怖がる必要もないよね。
何があったんですか?と、クウィナが黒い物体に背を向け、村人に尋ねようとした時だった。突然背後で大きめの音がしたかと思うと、ほんの数十メートル先にいた、あの村人のもとで爆発が起こった。村人は二、三メートル浮き上がり、力なく地面に落ちた。
クウィナは慌てて村人のところへ向かった。地面に膝をついて抱きかかえ、意識の有無を確認する。
「大丈夫ですか!?いったい何が!?」
私のことはいいから…早く逃げなさい…
かすれるような声だった。
え?
さっきのは、あの黒いのの攻撃だ…あの丸い筒から、何かを打ち出しているんだろう…
クウィナはさっと顔を上げ、黒い何かを見た。確かに、筒状のものが上部に取りついていた。
村のみんなは一回目の攻撃を受けた時点で避難を始めていたよ。君にも聞こえたろう?あの轟音が。もしかしたら…開いたのかもしれない。あの、異空門が…また、異世界の敵がやってきているのかもしれない…
異空門。クウィナはこの単語を聞いた瞬間、反射的に「嘘、ありえない」と思った。しかし、そう考えればすべての説明がつくこともまた、クウィナには分かった。目の前の黒い何かは異世界からの侵略者で、手始めにノル村を攻めたのであるということ。軍の指令と言ってなぜか北に向かっていったアールスとルーセルの目的が、異空門に関する何かだということ。
そこまで考えて二人のことが気になったが、クウィナはすぐにそれをやめた。心配しなくても、二人なら大丈夫。それより、今は自分のことを。目の前の、名も知らぬ村人のことを。
今からでも急げばみんなに追いつけるかもしれない。早く南へ逃げなさい…
そこまで言って村人の意識は途切れた。
私のせいだ
クウィナは思った。
私が出しゃばらなければ。私が忠告を聞いていれば。私がもっと警戒していれば。
この村人はこうならずに済んだ。
助けなきゃ。
私は手当なんてできないけど、南へ向かっていったみんなに追いつければ。
そう思うといてもたってもいられなくなり、自分よりはるかに背の高い村人を担ぎ、クウィナは一路南へと向かった。
しかし途中で、四つの黒い物体に道をふさがれてしまった。そもそもクウィナが村人を担ぎ、走り出したのは村のだいぶ北に当たるところだったのだ。このころにはもう村の大部分が壊され、クウィナも涙を必死にこらえながら、みんなの無事を祈りながら進んでいた。
諦めるもんか。
背中に乗せていた村人を優しく地面に置き、クウィナは四つの敵と向き合った。私だって、必死になれば、足止めくらいはできる。してみせる。軍校新一年生だもん。
必死に戦ってれば、きっとアールス兄とルーセル姉が来てくれると、信じて。
ただ、思い通りにいかないのが現実というもの。互角だったのは戦い始めてからわずかの間だけだった。四台の連携攻撃に押され、神力を消耗し、かといって引くこともできないクウィナには、もうアールスとルーセルに頼る以外、道は残されていない。その可能性だけが唯一、クウィナの心を支えている。
強い……やっぱ私ひとりじゃ無理……でも……
クウィナは森の中に寝かせているあの村人のことを考える。もしかしたらもう死んでいるかもしれない。今生きていてももう助からないかもしれない。でも、見捨てられない。
二人が来てくれるまでは、絶対に耐えてみせる。
「…ッ…」
初めて敵の攻撃が当たった。袖をかすめただけだが、心にくらった衝撃は大きかった。生まれて初めて敵の攻撃を体に受けたのだ。ちぎれて宙に舞う袖から、どうしても目が離せない。ここにきて、クウィナは初めて恐怖を実感した。足が一瞬すくんで、止まった。致命的な停止。敵の四つの主砲が同時にクウィナに向けられた。
避けられない。
そう悟ったクウィナが行ったのは、悲鳴を上げることでも、諦めて脱力することでも、それ以外のいろいろなことでもなかった。
ただ、祈ること。目をつむり、手を合わせ。
……アールス兄……ルーセル姉……
目を開けたら、空の上だった。
「クウィナちゃん!」
ルーセルがクウィナを助けに向かっている間、俺は生まれて初めて「もどかしい」という言葉の意味を実感した。先を越されたルーセルを追い抜くことはできないし、かといってクウィナに向けられた戦車の砲弾を打ち落とそうとしても、距離的にクウィナを巻き込む可能性もあり、そうなっては元も子もない。
しかしそんな中でも俺は、心配はしていなかった。ルーセルなら大丈夫だろうと信じ切っていたから。
「ルーセル姉……」
「クウィナちゃん……」
そんな俺の期待にたがえることなく、ルーセルはクウィナを助け出し、今、俺の眼の前で抱き合っている。二人とも、目に涙を浮かべているが、口元は綻んでいる。どうにも二人の輪に入れず、ここはそっとしておこうと考えた矢先、「アールス兄……」とクウィナが小さく俺の名前を呼んだ。
「異空門が開いたって、本当なの…?」
「……ああ……そうだ。本当だ」
クウィナがそれを知っていることに驚きつつも、俺は素直に認めた。こうなったらもう、隠す必要はない。これからは、この世界全てをあげての戦いになってしまうだろうから。
クウィナは「そう……やっぱり」とつぶやいてから、「あと一つ……」と続けた。
「あの……あの林の中に、私の……私のせいで大けがしちゃった人がいるの。助けたいの……どうすればいいかな…」
そう言ってクウィナは、かろうじて残っている林を指さした。クウィナが戦っていた場所にほど近く、そのせいでまだ四台の戦車がうろついている。
「その人は、今どういう状態なの?」
ルーセルが尋ねた。
「意識がないの…もしかしたら、もう死んじゃってるかもしれない……」
答えるクウィナの声は暗い。状況は よくわからないが、急を要する事態なのは確かなようだ。俺はルーセルと目を合わせ、意志を確認しあう。ルーセルの眼は、「任せる」と言っていた。
俺は少し考えてから、口を開く。
「じゃあ……俺が敵の注意を引くから、その間にルーセルはクウィナを連れてそのけが人を助けて、安全な場所で治療して、終わり次第合図をくれ」
「どうやって?」
「空に向かって、神素玉でも撃ってくれ。なるべく大きいやつ」
「分かった。その後はどうするの?」
「俺はそのまま帝都に向かう。ルーセルは近くの村の人達に、アーラベラクまで避難するように言ってまわってほしい」
「分かったわ。じゃあ、さっそく」
「ああ」
「あ……ちょっと!」
「クウィナ?」
クウィナはルーセルに抱かれたまま、慌てたように声を上げた。そしてそのままうつむき、声を絞り出すように言った。
「その……ゴメンね、迷惑ばっかりかけて……」
その言葉を聞いて、ルーセルはクウィナを強く抱きしめなおしたようだった。クウィナの顔がルーセルの体にうずもれ、見えなくなる。
「違うよ……クウィナちゃん……」ルーセルはそこで一回言葉を切った。
ルーセルが思っていることは、だいたいわかる。そしてそれは、俺が思っていることと違わないはずだ。
クウィナ、俺達に謝ることなんてない。なぜなら――
「謝るのは、私たちの方なんだから……」
その通り。異空門を確認したあと、俺たちがもっと早くノル村に戻ってさえいれば、もっと被害を抑えられた。あの、いつも年始に帰るたびに温かく迎え入れてくれた村人たちを、守ることができた。ただ俺達は大して急ぎもせず、最悪の結果を招いてしまった。
反省いているし、それ以上に後悔している。ただそれでも、俺たちが後ろばかり見ているわけにはいかない。心の底から悔やんで、涙を流すのは、全てが終わったあとでも、決して遅くはない。
だから今は、あったことは考えない。前を見ながら後ろを考えられるほど、俺もルーセルも器用じゃない。
「ルーセル、行くぞ」
「うん……」
ルーセルはようやく、クウィナの肩から顔を上げた。ゆっくりと、俺の隣へやってくる。クウィナは、ひしとルーセルに抱き着いたままだ。
「俺が先に行く。後の判断は任せる」
「了解。…ねえ」
「どうした?」
背を向けているせいで、ルーセルの表情は見えない。
「死なないでよ」
俺は背を向けたまま答える。
「もちろん……じゃあな」
言い終わるかどうかのうちに、俺は最大速度で、四台の戦車に向かって急降下する。ルーセルはああ言っていたが、面と向かっての戦闘なら、いくら実戦経験がないとはいっても、俺が負けることはないだろう。神力を全力で使えば、一撃で全てを灰にすることもできる。ただそれをするとルーセルたちも巻き込む可能性があり、この後帝都まで全速力で向かわなければいけないことを考えるとできる限り神力をとっておきたいため、ルーセルが合図をくれるまではちょっかい程度の攻撃をしながら適当に逃げるつもりだ。
俺が降下をやめ戦車に攻撃をあて、敵の注意がすべてこちらに向いた瞬間、ルーセルが林に向かって動き出したのが視界の端で確認できた。そう時間が立たないうちに、ルーセルは林から、ふらふらと妙に不安定に飛びながら出てきた。よくよく考えると、ルーセルは今、クウィナとけがをした村人を抱えながら飛んでいるのだ。総重量はかなりのものだろう。一瞬助けに行こうかと思ったが、飛べてるしまあ大丈夫だろうと結論付け、目の前の敵に集中する。
しかし、どうもおかしい。何がって、目の前の敵が、だ。さっきから何十発と俺に向けて砲撃していて、俺も神素でバリアのようなものを作って防いでいるのだが(神素は一定のレベルの神力を得ると自分で形状を思うがままにコントロールできる)一発も俺に当たる弾道をたどっていない。最初は精度が悪いのかと思っていたが、よく観察してみると、狙っているところがそもそも俺のいるところではないのだ。かといって、俺の後ろに何かあるというわけではもちろんない。これはもう、わざとはずそうとしているとしか考えられない。ただ、それはそれでおかしい話だ。なぜ、戦争において目の前の敵を倒そうとしないのか?俺には理由があるが、相手側には恐らくない。現に村人一人は重傷を負わされている。
いやまてよ……本当に、敵には理由がないのか?もしあるとすれば、俺には時間稼ぎくらいしか思い当たらないし、そんなことをする必要は……もしかして狙いは、ルーセルたちなのか?いや、そこまでしてルーセルたちを狙う必要はない、とはいいきれない。もし治療に集中しているところを狙われたら……?
はっとしてルーセルが飛んで行った方向を見て、その瞬間、俺の心配は杞憂に終わった。ちょうど、合図である神素玉が空に打ち上げられたところだった。俺の注文通り、だいぶ大きいものだった。
よし。
俺はひとりでにうなずき、目下俺に当たるわけのない攻撃をしている戦車四台を見下ろす。ルーセルには黙っていたが、俺は最初からこの四台は壊すと決めていた。今後のために、どの程度の攻撃まで耐えるのか調べておきたいというのもあるし、単純に―憎い。こいつらが。
まず手始めに、右手の手のひらで小さい神素玉を作り、一番遠くの戦車に投げつける。すると、その戦車はあっさりとひしゃげてしまった。予想外の弱さ。拍子抜けした。今の一撃で壊せるのなら、正直恐れる相手ではない。
そのせいか、余計に腹が立った。この程度の敵にノル村を壊されたことに。この程度の敵からノル村を守れなかった自分に。
そして気づいたら、いつの間にか俺は村にいた敵の戦車全てを壊していた。怒りで我を忘れるというのはこういうことを言うのだろう。驚いたが、悪い気はしなかった。
「さて、そろそろ行かないと……」
神力の回復のため腰掛けていた岩から立ち上がり、飛神を背負う。今更だが、戦車の中に人が入っていたとしたら、俺は今日いったい何人殺したんだろう。考えると、少しぞっとする。けれど、それ以上は何も感じなかった。感じる必要もないと思った。
ふと、ひしゃげてもう動かなくなった戦車が目に入った。形といい色合いといい、見れば見るほど、現実の戦車にそっくりだ。
そして戦車についたマークのようなものに目が行ったとき、俺は唖然とした。
そこにあったのは、日本国民ならだれでも知っている、見慣れた星条旗―アメリカ合衆国の国旗だった。
「帝は今、どこにいる?」
肩で息をしながら尋ねる俺に対して、声をかけられた帝宮役員はしばらく口をあんぐりと開けたままだった。その心中は察するに余りある。なにせ、人が空からものすごい速度で飛んできたのだから。ただ、それに付き合っていられるほど俺の心に余裕はなかった。「早く答えてくれ!」とせかすと、帝宮役員はまだ意識ここに非ずというような状態だったが、どうにか口を開いた。
「え、ええと、帝は朝から自室にこもっておりますが、誰も入らないようにというお達しが……」
後半は、正直どうでもよかった。俺は帝宮役員を無視して、帝の部屋の窓に向かって、飛神を使って一気に飛び上がる。もう機密も何もない。
運よく、帝は窓を開けていた。俺はそのまま帝の部屋へ入る。
帝は読んでいた分厚い本から顔を上げ。完全に平静をたもったまま、いまだ宙に浮いたままの俺に向かって言った。
「どうしたんだい、アールス君?」
そこから先は、当然のことながら大騒ぎになった。
帝は俺から詳細を聞くや否や全帝宮役員を、長らく使われていなかった会議室に集め、全てを説明した。俺も同席したが、最初の帝宮役員のあわってぷりはすさまじいものだった。それが収まるのを待って、帝はものすごいスピードで指示を飛ばし始めた。帝宮役員は四つのグループに分かれ、それぞれ北地域、南地域、東地域、西地域に里帰りしている軍関係者に事態の報告をして、北地域の者はノル村に、それ以外は北都アーラベラクに大至急集まるように、また執行部の者は地域に関係なく帝都に集まるように伝えてくれ。あと、帝都での執行部の会議が終わり次第私は北都に移るから、そのつもりで、と、まるで事前に決めてあったかのように的確で、素早い判断だった。
その会議が終わり帝宮役員が各地へ散って行ったかと思うと、帝は今度は帝都に残っていた軍の人員を集めことを説明し、帝都の者全てにこの事実がいきわたるようにしてくれと指令を出した。そしてその足で帝都最大の工房に向かい、飛神を急ピッチで作り、出来上がったら北都に届けてくれと頼んだ。俺は終始帝について回っていたが、帝の手際の良さに、ただ舌を巻くばかりだった。
そんななかでも、どうしても俺の脳裏から離れないものがあった。戦車についていた、あの星条旗のマーク。偶然だと願いたいし、そっちの可能性の方が圧倒的に高いだろうが、あそこまで酷似していると、どうしても気になってしまう。俺が見たところ、違っている部分は一つもなかった。
仮に、異空門の向こうの異世界が、俺が本来いるべき世界だとしたら―俺はいったい、なにをどうすればいいのだろう。攻めてきた軍を撃退する分には、俺は現実の軍とやりあうのにまったく抵抗はない。むしろ未知という怖さがない分、楽だとさえ感じる。あの門から出てこれるのは、せいぜい大型戦車レベルだ。それならどうにでもなる。
問題なのはその先―現実の軍をこの世界が撃退した後に、この世界が現実世界に侵略を始めた場合だ。この世界の人の考え方からしてありえないとは思うが、三度目の侵略を未然に防ぐために、敵に我々の強さを思い知らせておきたいという動機のもとでは、ひょっとしたらあり得るかもしれない。そうなったら、俺にとってそれほどつらいことはない。軍の部隊長として先陣切って現実世界に―明のいるところに攻め込んでいくなんて論外だし、かといってこの世界の軍を俺一人で食い止めるなんていくらなんでも無理がある。つまり、断腸の思いで現実に攻め込むか、この世界の軍と戦って一人死ぬかの二択。どちらに転んでも、二人の俺のうち一人は死ぬ。
まさに生き地獄。この表現がぴったりくる状況に、ほんの少しだが、俺は追い込まれたのかもしれない。俺にできることと言ったら、そうならないように願うことくらいか。まあ大丈夫だろう。この世界の人々が、自分たちからの侵攻なんて思いつくわけがない。
「さて、じゃあ始めようか」
今俺は、帝都での執行部の会議に特別に参加を許され、その席についている。俺が報告をしてわずか二日で執行部が集まりきるとは思っていなかった。さすが、というべきか。俺としては早くアーラベラクに向かい、ルーセルやクウィナ、両親や他の村人の安否を確認したいのだが、帝に「現場を知る君にいてほしい」と言われれば、断るわけにはいかない。
こうして卓上の机に座ってみると、あらためて軍の執行部一人一人に、強烈な存在感があるのがわかる。誰しも、神力は信じられない程に高い。戦争においては、現実で言う核爆弾と同等か、それ以上の戦力になる。ひときわ険しい表情をしているギアでさえ、例外ではない。
「現状は知ってのとおりだ。異空門が開いて異世界軍の侵攻が始まり、それによってノル村が壊滅した。」
淡々とした帝の口調。静かな会議室に響く歯ぎしりの音は、おそらくギアのものだろう。
「現在、北都アーラベラク以北に住んでいる人々全員の避難は完了している。軍も今は全員が北地域に集結していて、北候アニアート・スエナの指揮のもと、一日三交代で異空門を監視している。…ここまでで何か気になることは?」
帝の問いに、だれも声を発しない。帝は一度「よし」とうなずいた後、続けた。
「では本題に入る。これからのことだが、まずは一旦、首都を北都に移したいと思う。異存は?」
全員が首を横に振った。
「そしてだ」
帝は少し間を開けて言った。
「これはまだ機密事項にとどめておいてほしいんだが……私は現時点で、異空門の向こうへの、こちらからの侵攻を考えている」
……なんだって?