さよなら、しれえ   作:坂下郁

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 ケガから復帰した提督と、彼の不在の間に着任した雪風。二人の切なくも短い交流。

(20160816 一部改訂)


I
第一話 さよなら、しれえ


 真っ白な第二種軍装に身を包み、鎮守府の正門からやや離れた所に立つ一人の男、手で顔の前に庇を作り少しでも夏の太陽を遮ろうと無駄な努力をしながら、再び歩みを進める。

 

 この男は、この鎮守府の提督である。数週間前に負った大怪我から復帰を遂げた。

 

 

 

 なぜ後方で作戦指導に当たる提督が大怪我を負う羽目になったのかーー? 

 

 その答えは大本営の主導で行われた大規模な遣南作戦にある。ついに発見された深海棲艦の根拠地、大本営は自身の保有する近衛師団を中心に、各拠点の戦力を結集し一大艦隊決戦を挑んだ。結果的に深海棲艦に大打撃を与え、勝利と言ってもよい成果を上げた。ただその代償として、遣南作戦に参加した多くの艦娘が犠牲になり海へと還っていった。

 

 勝利とはいえ、敵を殲滅した訳ではなく、お返しとばかりに、残存の深海棲艦により各地の基地は強襲を受け大きな被害を被った。この提督が率いる鎮守府も例外ではなく、大規模な空襲により少なくない被害を受けながら、何とかこれを撃退した。提督はその際の戦傷で入院を余儀なくされていた。

 

 そして敵の反撃もそこまでだった。以後深海棲艦の活動は急速に鎮静化していった。もちろん、今でも散発的な攻撃はあるが、かつてに比べれば軽微なものに留まっている。

 

 

 誰もがこの戦争の行方を確信し始めていた。人類は、艦娘は、勝利すると。

 

 

 

 この鎮守府から遣南作戦に参加させた艦娘のうち、六名中五名までもが轟沈の憂き目にあった。その中には提督のケッコンカッコカリの相手である扶桑も含まれている。割り当てられた作戦は、いわば『()西村艦隊』というものだった。フィリピン東方を南下、レイテ湾に突入すると見せかけ、敵の前衛艦隊を誘引するというもの。

 

 提督は熟慮に熟慮を重ね、自分が最も信頼し、最も愛する扶桑を旗艦に据え、以下山城、最上、時雨、山雲、満潮から成る艦隊を出撃させた。十分な装備と練度をもって臨む以上、損害はあっても轟沈はない、そう自信を持って送り出したが、かつての戦いと同様に時雨だけが帰ってきた。

 

 

 

 帰らぬ扶桑を港で待ち続ける日々を送る提督。ある日、水平線に小さく艦影が見えた。

 

 「ふ、扶桑かっ!?」

 

 喉が張り裂けんばかりに叫び、大きく手を振りながら全身で自分はここだぞ、早く帰ってこい、と扶桑の名を呼ぶ提督の目に、空にぽつぽつと黒い点が増えてゆくのが見えた。それらは急速に鎮守府に接近し、爆撃を開始した。

 

 轟音と爆風、破壊されたコンクリート片が飛び散る港で提督は呆然としていた。敵の艦載機に喜色満面で手を振っていたのかーー悔しさのあまり目眩がしてくる。汗か血か、とにかく顔を何かが伝うのを感じ右手で拭おうとしたが、肘から下が原型を留めずに裂けている。ああ、やられたか。不思議と痛みはなく、闘志が湧いてきた。こいつらが俺の嫁をーーーー鎮守府への道を何度も転びながら駆け戻り、血まみれの自分に悲鳴を上げ駆け寄る艦娘を押しのけ作戦司令室へと急ぐ。

 

 空襲は鎮守府の施設にも被害を与え始めている。自分が港でぼんやりしている間に初動が遅れてしまった。防空戦隊の出撃、対空砲の展開、艦娘の避難など矢継ぎ早に指示を出した。すでに自分の執務机は血まみれになっているが、そんなの構うか。扶桑はもっと痛かったに違いない、苦しかったに違いない。見てろよ、お前の仇は俺が絶対取るからな。不意に一機の艦載機が機銃掃射をしながら接近してくるのが窓越しに見えた。それが自分の覚えている最後の記憶となり、今に至るーーーー。

 

 

 

 

 思い返しても、あの時の自分は何と腑抜けていたのだろうか。扶桑を始めとする五人の轟沈、それに続く空襲での被害、おそらくそのことを艦娘達は許してくれないだろう。だが、せめて一言詫びねば。だが何と言えばいいのか。その逡巡が鎮守府へ向かう足を鈍らせ、行きつ止まりつしながらの足取りとなった。だがもう自分は今、鎮守府の正門まで目と鼻の先にいる。

 

 

 意を決し、正門を守る二名の衛兵ーー正確にはその役を務める龍田と天龍に敬礼を取り、声をかける。

 

 

 「夏も終わろうとしているな……長らくの不在、誠に申し訳なく思う。本日より現職に復帰する」

 

 だが答礼は得られなかった。それどころか彼らは固い表情を崩さず正面を見続け自分は無視されている。覚悟はしていたが、ここまでとは……。悄然としながら、正門をくぐろうとすると、唐突に声がした。正面を向いたまま龍田が、少しだけの柔らかさを声色に乗せ応えてくれ、自分の返事の前に天龍も応じてくれた。

 

 「そうねぇ……もう夏も終わるのねぇ」

 「そんな季節なんだなぁ」

 

 会話には乗り遅れたが、それでも、こちらの顔も思わずほころぶ。

 

 「あぁ、そうだな。まだまだ暑いから、君たちも体には気を付けるんだぞ」

 

 

 そのまま慣れた道を進み、鎮守府の内部へと足を進める。不思議なほどの静けさが、建物を支配している。長い廊下を進むと、六駆の四人が向こうから歩いてくる。ほんの数週間だが、ずいぶん懐かしく思える。にんまりする顔を押さえ多少は威儀を装い敬礼をする。廊下の中央を歩く自分を避けるように二手に分かれた四人も敬礼の姿勢を取る。

 

 久しぶりだな、と喉まで出かかったが、それは声にならなかった。彼女達はそのまま自分をやり過ごし歩き去って行ったからだ。思わず振り返ると、視線の先には廊下の中央に立つ長門と陸奥がいた。合流した六人の声が聞こえてくる。

 

 「お疲れ様なのです、長門さん。司令官のこと、どうしましょう?」

 「んー……まぁ、この期に及んでやってもらうこともあまりあるとは思えんが……。まぁ組織としてはいない訳にも行かぬからな」

 

 いたたまれなくなり、足早にその場を立ち去り、そのまま自分の部屋である作戦司令室へと向かう。

 

 

 「なんだこれは……」

 

 思わず声が出た。ドアには規制線を示す黄色と黒のテープが貼られ入室できないようになっていた。一体何がどうなっている、と思いながらドアノブに手を伸ばすと、唐突に高い声で呼び止められた。

 

 

 「そのお部屋は入室禁止ですよ」

 

 ワンピース様のセーラー服(怪しからんぐらい丈が短い。あとで指導しなければ……)にあどけない容姿、頭にはレンジファインダーを二つ、まるでげっ歯類の小動物の耳のように載せ、首には大きな双眼鏡を掛けている少女だ。

 

 これは……陽炎型駆逐艦八番艦の雪風か。だが自分の鎮守府にはいなかったはずだが……。こちらの疑問を見透かしたように、雪風が話しはじめる。

 

 「はいっ、雪風はつい先週転属になったばかりです。……それで、あなたは誰ですか?」

 

 「自分はこの鎮守府の提督で、数週間前に戦傷を負い入院していてね……。何とか今日めでたく現場復帰したという訳だ。まぁ……めでたいかどうかは別だが、な」

 

 そうなんですか、と驚き目を丸くし視線を気ぜわしく動かす姿は、リスとかハムスターを彷彿とさせる愛らしさだ。思わずクスっと笑ってしまった。

 

 「何が可笑しいんですか、しれえ?」

 

 そうか、この子は提督ではなく司令と呼ぶ方なんだな、と我ながらどうでもいい所に感心しつつ、イヤ悪い悪いと、軽く詫びる。頬を膨らませて抗議の意を示す雪風の口から出たのは、当然のことでもあり、そしてその可能性を考えていなかった自分の迂闊さを思い知らされるのに十分だった。

 

 

 「……でも、雪風が着任の時に挨拶した方も『しれえ』って言ってましたよ」

 

 数週間もの間、軍事施設に責任者不在という訳にはいくまい。きっと自分が復帰するまでの間の代行とかその類だろう。雪風に詳しいことを聞こうとするが、要領を得ない。

 

 「難しいことはよく分かりませんっ! しれえはしれえですからっ。しれえは、今の時間ならきっと食堂でみんなとおしゃべりしているはずです。雪風がご案内しますので、ついて来てくださいっ」

 

 いや、君よりはるかに長い事この鎮守府にいるんだがな。だがせっかくの好意を無碍にするのも悪いと思い、雪風の後を付いて食堂へと向かう。

 

 

 

 結果として、止めておけばよかった、そう思ったが手遅れだ。食堂の入り口で雪風と立ちつくし、目の前に広がる光景をただぼんやりと眺めることしかできなかった。

 

 おそらくは士官学校を出てからまださほど経っていないだろう若造が、艦娘達の輪の中心になり、皆と笑いさざめきあっている。さきほど廊下で自分を無視した六駆の四名も、満面の笑みを浮かべながらアイスを食べている。

 

 何か言おうとしたが、口がぱくぱく動くだけで言葉が出ない。すでにこの鎮守府は自分の居場所ではなくなっている、それを思い知るためだけに自分はこの場に帰ってきたのか。唇を噛み俯く自分に、雪風が優しい声で声をかけてくる。

 

 

 「……しれえ、行こう?」

 

 

 

 誰もいない中庭のベンチに、やや離れて座る自分と雪風。

 

 「……雪風はみんなの所に行かなくていいのか? 俺と居ても仕方ないだろう」

 

 やや拗ねたような俺の言葉を気に留めるようでもなく、雪風は首を二、三度横に振る。

 

 「雪風はヘンな子だと思われてるので、いいんですっ!」

 

 にぱっと音がしそうな笑顔でこちらを見返す雪風。だが表情と発言の内容が合ってないのが気になった。

 

 「ヘンな子ってなんだ?」

 

 最初は誤魔化そうとしたり話を逸らそうとしていた雪風だが、重ねて尋ねてゆくと、仕方なさそうに重い口を開き始めた。その内容は荒唐無稽とも衝撃的とも言え、人によっては確かに変人扱いするだろう、そう思わせるのに十分だった。

 

 

 「雪風は、戦没した魂が見えてしまうのです。……雪風も遣南作戦に参加しました。そしてほとんど轟沈寸前の重傷を負いましたが、何とか復帰できました。でも、それからです。哨戒や作戦で遭遇した深海棲艦に、二重写しになっているように艦娘の姿が見えるようになっちゃたのです。最初はびっくりしました。そして怖くなりました。いいえ、戦うことじゃないです、けれど仲間を撃てるわけないじゃないですかっ!! 何度も検査してもらいましたが、目に異常はなく、やがて雪風は壊れている、そう言われて元いた鎮守府で厄介者扱いされるようになっちゃいました。……そうですよね、鎮守府の中でも、それが見えるようになったんですから」

 

 「つまり轟沈した艦娘の姿が見える、ということか」

 

 「艦娘だけじゃないです、人間もです。雪風の経験でしかありませんが、深海棲艦と二重写しに見えるのは、轟沈したことを納得してなかったり、恨んでたりする艦娘のような気がします。すごく険悪で怖い空気をまとっていました。でも、鎮守府で見かける艦娘は、沈んだことには納得してても、何かそれ以外で心残りがあって彷徨っている感じがします。雪風にはみんなが生きていた時と変わらない姿で見えるので……その、他の人と区別がつかないのです。……しれえ、どうして雪風はこんな能力を突然身に付けちゃったんでしょう……?」

 

 彼女の問いには答えられない。だが、それが理由で気味悪がられ転属させられたのは容易に推測できる。自分のその指摘に、雪風はこくん、と頷いた。同時にこの話に不思議と興味が湧いた。この際人間はどうでもいい。自分の関心はただ一つ。雪風を正面から見据え、頭を下げて頼み込む。

 

 「なあ雪風、頼みがある。お前は艦娘の魂が見えるんだろ? なら、この鎮守府で扶桑を見かけなかったか? 俺の嫁なんだ。俺の不手際で、例の遣南作戦で轟沈させてしまった。大本営の連中はカッコカリなんてふざけたことを言ってたが、俺はこの戦争が終わったら、本気で扶桑と結婚するつもりだったんだ。なのに……。いや、扶桑だけじゃない、山城、最上、山雲、満潮、みんなはどうしている? この鎮守府にいるのか? なあ、教えてくれっ!!」

 

 

 雪風は自分の剣幕に怯えつつ、視線を彷徨わせながら口ごもっている。それでも何か言おうとしたその時、サイレンが鳴り響き、府内一斉放送が入った。

 

 

 「艦娘の諸君、たった今大本営から緊急電が入った! 心して聞くように! 本日ヒトフタマルマルをもって、帝国海軍は深海棲艦との戦争の終結を宣言するとのことだ!! 長い間の苦闘、まことにご苦労であった!! ついては、ヒトフタサンマルに中庭に集合せよ」

 

 

 中庭って……ここかっ! 集合時間まであと三〇分弱。自分と雪風は慌てて中庭の一角にある林の中に隠れる。

 

 

 

 集合時間を待たずに、ほどなく全ての艦娘が中庭に集合した。若造も時間より早く現れた。そして彼のスピーチが始まる。深海棲艦との戦争の始まり、人類の苦闘、艦娘の登場など、つらつらと話が続く。

 

 「……以上述べたように、ついにこの戦争を終結に導くことができた。知っての通り、自分は士官学校を出て間もない新米であり、本来であればこのような場に立つ資格はない」

 

 全くその通りだ。我ながら見苦しいと思うが、本来ならあの場に立っているのは自分だったはずだ。

 

 「数多の尊い犠牲の上に、私はたまたまこの場で皆に戦争の終結を宣する栄誉を与えられただけに過ぎない。本来であればこの栄光は、今は亡き先任提督にこそ相応しい」

 

 そうそう、分かっているじゃないか、この若造は。……ん? 今は亡き先任提督?

 

 「全員、慰霊碑まで進めっ。先任提督、愛妻の扶桑殿、山城殿、最上殿、山雲殿、満潮殿に黙祷っ!!」

 

 

 若造を先頭に全員が中庭のはずれに向かい歩いてゆく。そこには、忘れるはずもない、扶桑の髪飾りを模したような形の碑が建てられていた。全員がその前で目を閉じて祈りを捧げている。何分経っただろうか、若造……いや、司令官が解散の令を発しても、誰一人頭を上げず黙礼を続けている。その姿を悲しげに眺めながら、司令官は立ち去った。やがて、ぽつりぽつりと艦娘が口を開き始める。

 

 

 「提督、あの世で扶桑と仲良くやっているか? こちらのことはもう心配いらないからな。前世では戦えぬまま戦の終わりを迎えた私に、存分に活躍の場を与えてくれたこと、末代までの誇りとさせてもらうぞ」

 

 長門が目の端にうっすら涙をためながら、それでも誇らしげにしている。

 

 「……きっと貴様は今も悲しんでいるのだろうよ。だがな、扶桑達五人は、最後の瞬間まで貴様のために全力で戦い、胸を張って沈んでいったんだぞ。万全の状態で敵と撃ち合えること、戦船にとってそれがどれほどの幸せであるか、貴様に分かるまい。貴様はその晴れ舞台を扶桑達に与えてやったのだ。誇れよ」

 

 眼鏡を直しながら、超然とした風に武蔵が言う。

 

 「秋月は今でも、少し提督を恨んでいます。ごめんなさい、でも、どうしてあの時、私たちをもっと頼って下さらなかったんですか? 提督を、皆さんをお守りするためにこの姿に生まれ変わったのに、提督は私たちを退避させた。もしあの場に私が居たら、作戦司令室に機銃掃射なんてさせなかったのに……。作戦司令室は、いまもあの日のままです。誰もあそこには行こうとしないから……」

 

 そこまで言うのが限界だったのか、秋月はしゃがみ込んで泣きだした。

 

 「僕だけ生き残ってしまったけど……。ごめんね、許してくれるかい? 扶桑も山城も、他のみんなも本当に勇敢に戦ったんだ。もちろん君もだよ、提督。他の人が忘れてしまっても、僕だけは絶対に忘れないから。そのために生かされたんだと、僕は思うんだ。でなければ……」

 

 どこか遠くを見るように、時雨がつぶやく。

 

 

 

 その後も艦娘達の言葉が続くが、もう頭に入ってこない。

 

 

 

 

 「……雪風、俺は……死んでいるんだな」

 

 「はい。でも、最初は気づかなかったのです」

 

 気まずそうに雪風が答える。なるほどな、今の自分は魂だけの存在、ということか。そうか……あの空襲の日に、俺は機銃掃射をまともにくらったんだ……。龍田も天龍も、六駆の四人も長門も、俺を無視した訳じゃなく、雪風以外の目に映っていないんだな。

 

 「なぁ……自分も魂だけなら、どうして扶桑に会えないんだ? やっぱり彼女は……いや、彼女達は俺を恨んでいるんだろうな」

 「違いますっ、しれえ。扶桑さんは、ずっとしれえの傍にいますっ」

 「なら……どうして……」

 「それはしれえがご自分が死んだことを理解せず、扶桑さんに恨まれていると思い込んでいるので、見えないだけです。……しれえ、深呼吸をして、目を閉じてください」

 

 雪風が自分の言葉を遮るように、言葉を被せてくる。真剣な表情の彼女のいう通り、二、三度深呼吸をして目を閉じる。

 

 

 唇に柔らかい感触がして、思わず目を開けると、目の前には扶桑が立っていた。

 

 「やっと気づいてくれましたね、あなた。私があなたを恨むだなんて……ひどいわ……」

 

 泣き真似をする扶桑を慌てて宥めようとすると、すぐに笑顔を見せて小さく舌を出す。あぁ……何も変わっていないじゃないか! たまらずに扶桑を強く抱きしめる。柔らかい体も、抱きしめると自分を押し返すような豊かな胸のふくらみも、何も変わっていない。

 

 「あ、あなた……少し恥ずかしいです。みんなが見てますから」

 

 扶桑を抱きしめたままで振り返ると、ニヤニヤしながら山雲が、つまらなさそうに山城が、顔を赤くしながら満潮と最上が立っていた。

 

 「お、お前たち……俺を恨んでいないのか……?」

 

 声が震えているのが分かる。自分の命令で沈んでいった者に、その思いを聞くこと自体無思慮かも知れないが、聞かずにはいられなかった。

 

 「提督は……あれだけ多くのみんなに慕われ、僕たちに愛されているのに、一人で自分の殻に閉じこもっていて……。そこは反省してほしいところだよ」

 「あれだけ万全の装備にあれだけの練度で臨んだ戦いよ。やり切ったっていう充実感はあっても、悔やむことも恨むこともあるわけないでしょっ!!」

 

 最上と満潮がほぼ同時に声を上げる。

 

 

 あぁ、俺はなんて馬鹿だったんだろう。扶桑を抱きしめる手を離し、空を見上げる。我慢しても涙があふれるのが止められない。その俺を、今度は扶桑が抱きしめる。

 

 「行きましょうあなた、これからはずっと一緒ですから」

 

 気がつけば、綺麗な光の泡にみんながつつまれ、足元から半透明に変わっている。俺は扶桑にちょっと待ってくれ、と言い、雪風へと歩み寄り、目線を合わせるため中腰になる。

 

 「ありがとうな、雪風。君のおかげで大切な人が傍にいることにやっと気が付いたよ。やっぱり君は『幸運艦』なのかも知れないな。だから、君に気付いてほしい魂が寄ってくるんだろう。けど、君一人で抱え込むことはないぞ。お礼と言っては何だが、提督として最後の仕事をさせてくれないか? 今君を頼ってきている連中は、俺達が一緒に連れて行くよ」

 

 

 

 不意に吹いた風に思わず目を閉じた雪風が目を開けた時には、目の前にはもう誰もいなかった。そして、自分の目には、すでに不可思議な存在が映っていないことにすぐ気が付いた。少しだけ寂しさを感じながら、雪風は鎮守府の中へと歩きはじめる。

 

 

 「さよなら、しれえ」


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