さよなら、しれえ   作:坂下郁

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 終戦後に、小さな片田舎の町で出会った元提督と北上の、静かな生活。


第二話 スーパー北上

 ぼんやりした街灯が点々とある細い田舎道。港というか、まぁ漁港程度だったかな、とにかくそこからとぼとぼ歩いて来たけど、夜は真っ暗だねぇ。あーもーやだ、これ以上歩けないや。てゆかね、なんか目の前がくらくらしてきたんですけど。

 

 ちょっとだけ休憩、そう言いながら私は、目に留まった建物に寄りかかるとずるずる腰を下ろして、立てかけてあった波々した錆びたトタン板で自分の前を覆って風除けにした。これで道路から私は見えないね、うん、安心。ところで、今寄りかかってるのって何の建物だろ、これ。よく分かんないけど、いいや。壁とか薄汚れてるし、窓も割れてるねぇ。今の私と同じかぁ。ふぁ……あ、だめだこれ、睡魔に連れてかれるパターン……。

 

 

 

 朝になっちゃったよ……眩しいよー……誰ぇ、風除けどけたのは? 冷たい風に体がぶるっと震えて気が付いた。体育座りのまま器用に寝てたんだねぇ、私。手を額の前にかざして朝日を遮りながら眠い目を無理に開けて前を見る。逆光でよく顔が見えないけど、男の人っぽいね。ああ、私?

 

 「アタシは……北上。まーよろしく」

 

 深海棲艦との戦争が終わった今、軽巡とか雷巡とか言っても、ねぇ? いくら人工的に造られた体に仮初めの魂を宿した存在っていっても、長い間一緒に人間と戦ってきた訳だし、戦後の事でそれなりの配慮があったのは嬉しかったなー。退職金も請求権がもらえて、希望者には住宅、進学・就職の斡旋も受けられたりとかね。いつの間にか身近な人間と、まぁ大体は提督だけどさ、カッコカリからケッコンカッコマジとかやっちゃう子もいたしね。

 

 

 でも私にはなにもない。大破した体の応急処置だけ済ませて外の世界に出ちゃった。

 

 

 戦後も意外とのんびりできなかった。気づけば酸素魚雷はほとんど降ろされて、クレーンが付いた工作船だった私。終戦直前に不覚にも空襲で大破しちゃってさー、応急修理しかしてないのに民間に貸与されたんだよ。いやー、働いたねぇ。でもその間に色んな手続きの申請とか請求の期限が過ぎててさー。気づいたら退職金も貰えずに退役の手続きが終わってた。いやー世間の風は冷たいねぇ。で、ここの物影が温かそうだったから、ちょっと間借りしてたんだよね。ダメ?

 

 あれ? 目の前のエプロン付けた男の人がぷるぷる震えてる。やべ、何か怒ってるみたい。あちゃー、私何か変な事言っちゃったかな? こ、ここは一つ場を和ませた方がいいよねぇ。

 

 「まぁなんて言うの? こんなこともあるよね」

 

 ……まずった。目の前の男の人がかんかんに怒ってる。

 

 男の人はエプロンのポケットから携帯を取り出すと、どこかに電話を始めた。うわー、凄い勢いで怒鳴ってるよ。体育座りのまましばらくその光景を見ていたけど、まだずーっと喋ってる、てゆうか怒鳴ってる。電話を切り、肩ではぁはぁ息をしてる。私はぽりぽりと頬を掻くと、片膝をつきよっこらせ、と掛け声を掛けて立ち上がる。潮時だねぇ、でも一晩夜露がしのげて助かったよ。

 

 あれ? 何でこの人がそんなに深々と頭を下げてる訳? ……え、元提督? へえ……こんな田舎町に元海軍関係者が二人も揃うなんて奇遇だねぇ。ん? ついて来いって? 私の返事を待たずに、元提督はエプロンのポッケから鍵を取り出し手の中で遊びながら、建物をぐるっと回って裏口に行くので、仕方なくついて行く。

 

 「おじゃましまーす。……うわぁ、よくこれで人を招こうなんて思ったね。掃除とかぜんぜんまだじゃーん……うひー……」

 

 てゆかね、元提督のエプロンさん、戦後のお仕事は家政夫なのかな。開封していない段ボール箱、使い込んだ感じのダッフルバッグ、家具らしい家具はミカン箱かぁ。着任……じゃなくて引っ越ししたばっかりみたいだね。足で乱暴に荷物をかき分け、空いたスペースに置いたぺったんこの座布団を私に勧める。地面よりはマシだね。あ、ども。缶コーヒー、嬉しいねぇ。

 

 

 なるほどなるほど。

 

 

 聞けば割と有名な泊地の元提督で、帰国して退職金でこのお店を買ったんだって。ここが故郷なんだ。そうかー、私ら艦娘にしたら母港みたいなもんか、そりゃぁ帰って来たくなるよね。へ? この小さなお店が築浅スーパーマーケット? どうみても大きめの駄菓子屋だよ、しかもおんぼろの。それ……騙されたんじゃないのかな? 俺もそう思う……って、笑ってるけど呑気な人だねぇ。そっか、じゃあ『店長』って呼ぶね。で、店長はさっきそんなに怒ってた訳? この話になった途端、店長が引き締まった顔に変わった。おぉ、戦う男の顔。

 

 「ふぅーん。いいとこあるね、店長!」

 

 応急処置だけ済ませ着の身着のまま外界に出た私のために、海軍のお偉いさん相手に色々掛け合ってくれたんだって。でもダメだった、と。あぁ、いやぁ、店長が頭を下げる事じゃないから。え? 元提督として当然の事? ほ、ほら、私もいろんな請求の締め切りの日とか、一日中爆睡してたし。でも……ありがとね、本当に嬉しいよ。私なんかのために一生懸命になってくれる人がいたなんてさ。

 

 あ、でも……ちょっとだけズルいこと言ってもいいかな。店長の罪悪感みたいなのに付け込むみたいでイヤなんだけど、私も当てもなくフラフラするのに疲れちゃったし。

 

 「いやー、あの……店長がさ、ちょっとぐらい私の事可哀そうとか思ってくれるなら、しばらくこのお店に置いてもらえたりすると嬉しいかなー、なんて、あははー。ほ、ほら、同じ元海軍の(よしみ)ってことでさー、私も住む所とかないと困るし……。お店なら手伝うからさ」

 

 店長がきょとんとした顔で私を見ている。何か大井っち以外にマジマジと見られたことなんかないから、ちょっとこれは……。空気を変えた方がいいね、うん、そうだ。

 

 「え? あたしのこと気になってんの~? そりゃあ趣味いいね、実にいいよ!」

 

 ……またまずった? 店長は笑いを堪えるようにして肩を大きく動かしている。え、いいの? ほんとに? いやー、助かるねえ。

 

 「や~、めでたいね~。改めてよろしくね~。さ、今日くらいはのんびりしなきゃだね~」

 

 店長は無言で私に箒と塵取りを渡してきた。あ、やっぱり掃除から。ソウデスヨネ、ハイ……。

 

 

 

 私が店長と一緒に暮らし始めて早いもので一年が経った。同じ時間が静かに流れる、田舎の小さな町で続く繰り返す日々。

 

 最初の頃はお店の掃除と修繕に追われたねぇ。まぁ元が古い建物だから新築みたいに綺麗にはならないけど、古いなりにいい感じになったよね。お店の屋根に掲げた手作りの看板には、微妙なヘタウマ文字で書かれた『スーパー北上』の文字。何かまるで私の店みたいなんだよねー。私は今でもどうかと思ってるんだけど、店長が気に入ってるから、まぁいいかぁ。

 

 お店とおうちが一緒になったこの建物の、通りに面した側がお店。木製の引き戸を開け朝日を店内に呼び込むところから一日が始まる。これは店長の仕事。私はほら、早寝遅起だから。通りから目に入るところに作った棚に日用品とか雑貨を並べて、縁台みたいなのを軒先に出してオモチャや駄菓子を並べ、夕方になったら仕舞う。こっちは私の仕事。店番は二人で。お店の中は、隣町の農家さんから仕入れる野菜と、おうちの隣に作った畑で取れる野菜、それに漁港から仕入れる魚とか貝。

 

 「毎度ありー」

 

 駄菓子を紙袋に詰め、駆け出してゆく子供の背に手を振りながら見送る。まぁ……あんまり売れないよね、正直な所。一日のお客さんは一〇組来るか来ないか。雨の日だとゼロってこともある。いわゆる過疎の町で、周りは農家か漁師しかいないからね。売れるのはこの辺の畑で作っていない野菜、あと日用品とか雑貨かな。でも一番の売れ筋は駄菓子。だけど客単価低くてねー、これで経営成り立つの……? と思っていたら、店長はいたって平気そう。え、提督の退職金ってそんなにあるんだ、すごいねぇ……。私がポカーンとした顔をしていると、艦娘の退職金はもっとすごいって教えてくれた。

 

 「うーん、でもさぁ、そんなにお金あっても使いきれないじゃない? 私はこのままの暮らしでも、けっこう気に入ってるんだけどなー」

 

 店長はこっちを見てにっこり笑う。私もつられてにへらっと笑う。この人とは時間の流れるペースが一緒。だからとても心地いい。

 

 いやぁ、何ていうの、私、この人の事好きだなぁ。

 

 こんだけ一緒にいて、すっごい自然っていうか、波長が合うんだよねー。店長がどう思ってるかは知らないけど。例えば、食事をするのにお皿や箸を並べるじゃない? 頼んだ訳じゃないのに、『そう、その位置』って所に並んでる。後は声かなー。大きすぎず小さすぎず、高すぎず低すぎず、何か眠気を誘う声なんだよー。

 

 

 

 この頃になると、私にもいい加減分かってきたことがある。

 

 うちのお店が繁盛しない理由。元海軍関係者がやってる小さなお店、しかも一人は艦娘ってことで、町の人に敬遠されているんだって。ふーん、じゃあしょうがないねぇ。無理矢理来てなんて言う気もないし、嫌なら買うな、べーっ! でもねぇ、私のせいで店長まで他の人間の人たちと溝ができるのは嫌だなぁ。それに店長も、いわゆる適齢期ってやつだし……。

 

 「ねー店長ー、晩御飯まだぁー? あとさー、結婚とかしたいと思わないわけー?」

 

 私は人間の女の人と、というつもりだった。いや、そりゃね、私は店長のこと好きだよ、うん。でもほら、艦娘だしさ。なんて言うの、その辺はわきまえた方がいいかなー、なんて……。あれ、店長顔怖いんですけど。久々にまずったかな。怖いってゆーか緊張だね、あの顔。店長は近づいてくると、私の左手をそっと取り、綺麗な銀の指輪を薬指にはめる。

 

 「わ、私、っていうか私たちこういうのガラじゃないってゆーか、あははー」

 

 やべ、声上ずってる、私。こういうの心臓に悪いよ〜。そ、それにほら、エプロンのポッケからそんなの取り出されても。あー、でも私も褞袍(どてら)着てるし、似た者同士だねぇ、本当に。

 

 「いいね〜、しびれるねー。……ありがとね、いい妻になるからさ♪」

 

 大真面目に、心からそう言った。だけど店長は、やっぱり前と同じように、笑いを堪えるようにして肩を大きく動かしていた。

 

 

 

 一緒に暮らし始めて五年、ケッコンしてから四年目になる今年、畑は諦めるしかないかー。

 

 何かね、以前に比べて体が自由に動かないってゆーか、まぁ……他にも色々あるんだけどさ。今までは店長に知られないようにしてたけど、ちょっともう無理、口元の吐いた血を拭い残すとか、私の大チョンボだねぇ。やっぱり応急処置だけだと無理があったって事かなぁ。

 

 店長は店長で薄々思う所はあったみたいだけど、正常性バイアスってゆーの? 私の誤魔化しを信じる事で自分を納得させちゃってたのを酷く酷く悔やんでる。そして今ならまだ艦娘用の施設や設備が残っているはずだから、と私を入渠させるために海軍に戻るって言い始めた。それって私のため、ってことだよね? やだなー、そういうこと言われると自惚れちゃうよぉ~。

 

 でもね。

 

 私はふるふると静かに首を横に振る。こんだけ一緒にいるとよく分かるんだよねー、店長は店長の方が合ってるよ。能力的なものなら間違いなく、すこぶる付きに優秀な提督だと思うよ。少し話せば十二分に伝わってくる。いやぁ、その……惚れたひいき目も入っちゃってるかもだけど。

 

 けれど……こんなに優しい人だから向き不向きで言えば……殺し合い向きじゃ絶対にない。深海棲艦との戦いが終わったって事はさ、次にもし海軍が動くなら……それはヒトとヒトの殺し合いじゃない? 店長にそんな事させらんないよー。私のためなんかにもう一度軍服を着るなんて……だめだよ、そんなの。

 

 何よりさ、自分の体って、ちゃんと分かるんだよねー。入渠でも無理。当分大丈夫だけど、でもいつまで保つか分かんないかなー。店長は気付いてやれなくてごめん、ただ黙って見ているのは辛い、ってはらはら涙を流し続けた。やだなぁ、そんなに泣かないでよ。

 

 「まぁ、なんてーの? そうねぇ……いい感じじゃん、私たち? まぁ、なんかそう思うんだよね、うん……まぁ、そんな感じ? だからこのままがいいんだよね」

 

 

 

 しばらくの間、『スーパー北上』は臨時休業で改装を始めた。

 

 店長は今まで野菜や魚を売っていた場所を潰して炉辺を作った。炉辺に並ぶように私たちは座り、おせんべいを焼く。店長が上新粉で団子を作り薄く延ばして天日で乾燥させる。いい感じに乾いたら炭火で焼き、程よく焼けたおせんべいを私の方に移す。私はそれに醤油だれを塗ってまた焼く。ぱちぱちと爆ぜる炭の音、菜箸でおせんべいを引っくり返す時に金網が小さく鳴る音、炭に垂れた醤油が焦げるじゅって音、焼きあがったおせんべいを一枚一枚紙袋に入れる時のかさかさとした音、それだけがお店の中で響き、私たちは無言。けれど安心するねー、こういうのって。

 

 ところで何でおせんべい? あ、そう……。私があんまり動かなくても済むように、それでいつも一緒にいられるから、ってまったくもー、そんな事言っても何もでないよー。でもね、これだけは言っておこうかな。

 

 「……ありがとね♪」

 

 

 

 新装開店したけど、店名は『スーパー北上』のまま。

 

 品揃えは日用品と雑貨と駄菓子、そしておせんべい。そんなある日、唐突に開店以来最高の売り上げを記録した。みんなそんなにおせんべいに飢えてたのかねぇ。何か知らないけど観光客みたいのが増えていた。誰かがブログに私たちのお店を紹介したみたい。へー。『シブい店長と元艦娘が息のあった作業で作る絶品せんべい』なんだって。まーいいけど。

 

 

 けど、お客さんが増えると、変なのも増える。

 

 ある夜、お店の前にどさっと何かを放り投げる音と急発進する車の音。店長がパジャマ姿のまま、おっかなびっくり菜箸を持ちながら外に出ていった。それで何しようってのさ? 私もよろよろと起き上がってパジャマに褞袍(どてら)を羽織りながら、店先まで出て行くと、店長が女の子の肩を抱きながら、家の中に連れてくる。しょんぼりした顔で地面に座り込んでたんだって。

 

 「卯月、だねぇ……。どうしたのさ、一体?」

 

 卯月は睦月型駆逐艦の四番艦。一緒の部隊になったことはないけど、顔くらいは知っている。店長が卯月の持っている小さなバッグのポケットに入ってる手紙みたいのを見つけ、卯月に断りを入れてから読み始め、読み終えてキレた。キレる、そうとしか表現できない怒り方で、卯月に矢継ぎ早に質問する。あー、そんなことしたら余計ビビっちゃうだけなんだけどなー。案の定泣きはじめた卯月。そりゃ店長が悪いって。店長が私にその手紙を渡す。どれどれ――。

 

 知り合いからもらったウチのおせんべいをすっかり気に入ったどこかのご夫婦。子供がいないから戦後に卯月を引き取ったけど、自分達の子供がひょっこり出来ちゃった。たまたまブログで見た店長と私には子供がいないのが分かった。艦娘の事は艦娘にお任せ、あとはよろしく。

 

 要約するとそういう意味の事を、いかに自分たちが悪くないか説明しようと長々と書かれた手紙。くしゃくしゃぽいー。

 

 「こんな人たちに食わせるせんべいはないねっ!」

 

 店長も深々と頷いているけど、いつの間にか私の傍に来てあたまをぽんぽんとしている。いやー、珍しく熱くなっちゃった。そして二人で深呼吸、それから卯月に向かって同時に手を伸ばしていた。やっぱり似た者同士だねー。

 

 

 その日は、三人で川の字になって眠った。しばらくの間卯月のすすり泣く声が続いていたけど、やがて小さな寝息に変わっていった。

 

 

 

 ずびしっ。

 

 「ちゃんと片づけなよ」

 

 痛い、と涙を浮かべ、頭を押さえながら卯月はジト目でこっちを見ている。そりゃそうだ、チョップしたからねぇ。それでも卯月はちゃんと床に落ちた食器を拾い上げ、汚れた卓袱台を拭いて、畳も拭いて、それからぷっぷくぷーと言いながら走って逃げてゆく。

 

 卯月が来てから結構な時間が経った。まー気持ちは分からない訳じゃないけどさー、卯月はすっかり拗ねちゃってる。親だと思っていた人間にあっさり捨てられて、見も知らぬ場所に連れてこられて、これまた知らない人と一緒に暮らすんだからねぇ、同情はするよ。でもね、それでも私たちは生きてるんだから生きていかなきゃならないの、分かるかなー?

 

 いい加減私たちとの食事になれてほしいよね。機嫌がいい時と悪い時の差が極端。機嫌悪い時はちょっとした事で両手で卓袱台の上を薙ぎ払っちゃうんだよ、これがまた。今日もそう。その度に、ずびしってオシオキする。片づけとかはいいのよ別に。普通にしてたって子供はこぼしたりするもんでしょ? でもさ、せっかく店長が作ったご飯を無駄にされると、何かこう勘弁できないってゆーの? 店長はいつも通り困ったように笑って、それでも卯月のためにお握りを何個か作りおかずをお皿に取り分けてラップしている。

 

 

 でも毎朝毎晩一緒に食卓に付いて、しょっちゅうケンカして、時々こっそり私たちの寝室に潜りこんでくる卯月。

 

 

 おっと、もうこんな時間? 私は店長に向かって両手を差し出す。前かがみになって近寄ってくる店長の首に抱きつき、膝の下に腕が通ったのを確認してから体重を預ける。居間からお店に移動するのに、お姫様抱っこで毎日運んでもらう。いやぁ、こういうのはいいもんだねぇ。まあ、その……何て言うのかな、最近本当に体を動かすのが辛くてね、ついつい店長に甘えてるんだけどさ。歩けない訳じゃないよー、でもね、簡単に言うと暇さえあれば眠っていたい。

 

 「ありがとね」

 

 私は指定席の右側に座る。店長は左側。そして炉辺でおせんべいを焼きはじめる。以前よりゆっくりしたペースで店長はおせんべいを焼くようになった。私に合わせてくれてるんだねぇ、嬉しいねぇ。私も自分にできるペースでゆっくり焼き上がったおせんべいに醤油を塗って、また網に戻して引っくり返す。いつの間にか卯月が私の横に来て、焼き上がったおせんべいを一つ一つ紙袋に入れてゆき、時々つまみ食いをする。

 

 ずびしっ。

 

 痛い……と言いまた涙目になった卯月は頭を押さえる。そんな私たちのやり取りを見て、店長は笑っている。つられて私もにへらっと笑う。卯月もつられて笑ってる。これだから駆逐艦は……ウザいんだ。いや、ウザ可愛い? 口には出さないけどね。

 

 

 ところでさ……なんか今日はあったかくて気持ちいいね、眠くなってきちゃった。

 

 

 「いろいろあったねぇ。でもさぁ、なんかそれも仕方なかったのかなぁってさ、今は思うんだ」

 

 こうやって、店長と一緒に笑い合えるのはいいもんだねぇ。ん? 来世? なんでもいいよー、でも最初からずっとこんな風に暮らせたらいいなーって思うねぇ。


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