精霊の愛し子   作:建宮

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2話

 鬱陶しい朝が来た。低血圧でいつも朝の調子が悪いルイズは不機嫌さを前面に出して布団から這い出る。

 

「あの、えと、おはよう、ございます」

 

 声のする方に首を向けると、純白の祭服を着た少女が両手を世話しなく動かしながら朝の挨拶をしてきた。手元を見ると布巾らしき物が置いてあるので、恐らくテーブルでも拭いていたのだろうと結論付ける。

 

「おはよ、フランメ。朝は早いのね」

「……修道院では朝の勤めがありましたから」

「ふぅん」

 

 気の重い体を持ち上げて、ルイズはフランメに近寄った。

 

「な、なんでしょう、ルイズ様」

「いや、なぁんか昨日と」

 

 ぐるりとフランメを中心にルイズは観察しならが回る。そして、自らが感じた違和感に気付いた。

 

「あ! 微妙に昨日と違う祭服じゃない!」

「え、はい。昨日のは祈りを捧げる為の物で、これは普段用です」

「なるほどねぇ……ちょっと待ってなんで普段用なんて持ってるの。私は身一つで呼んだはずよ」

 

 まだ完全に目覚めていない頭でも昨日の事は容易に思い出せる。フランメを召喚してから部屋に入り、そして自分の寝巻きを強制的に着せて寝かせた事を振り返る――間違いなくフランメは何も所持していなかった。

 

 メイドが準備した。とも考えたが、ロマリアの修道女が着る普段服をトリステイン学院のメイドが持っているもはずも無いので、即座にルイズはその考えを破棄する。

 

「精霊様のお力です」

「精霊? え、なに、そう言う先住魔法って事?」

「い、いえ、精霊様の」

 

 フランメが嘘を付いてはいない、ルイズからすればフランメが隠す感情など大抵は見通せるので当たり前に看破できた。しかし、それでも精霊がしてくれたと言うフランメの言は全く信じていなかった。

 きっと先住魔法の事を信仰の深いロマリアではそう表現するのだろうと結論付ける。

 

「ふぅん、なら主人としてお礼を言わないといけないのかしらね」

「ふぇ?! それは! でも!」

 

 ルイズとしては他意は無く何気なく呟いた言葉だったのだけど、フランメが素で動揺したの事が思いのほか意外だったので口の端が自然と吊り上る。

 

「だって当然じゃない?」

「精霊様はみかえりを求めたわけではありませんのでっ」

「それでも私は貴族よ。施しを受ける気は無いわ――私の使い魔がこんなに綺麗な贈り物をもらったのだから、当然お返しをしないと……ってまた泣くのね。嘘よ、冗談、精霊様にはいつも以上にお祈りさせてもらうわ」

「る、るいず様!」

 

 ルイズはフランメをからかいながら家で姉に同じようにからかわれた時の事を思い出す。姉もいまの自分と同じ気持ちだったのだろうか――思えば、あの時の姉様も随分と楽しそうに笑っていた。いまこの瞬間だけならルイズは苦手に思っている姉と楽しく会話を出来る気がした。

 

 

 

 

 

 

 ルイズは同級生が嫌いだ。何故なら自分に無いモノを当たり前のようにもっているのに、その癖まったく努力をしようとしないから嫌いだ。

 

 ――それとは別に。

 

 同級生の中で嫌いな個人がルイズには存在する。それが、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。先に使った違う意味で自分に無いモノをもっているのも憎たらしい。

 

「あら? 今日は早いのね、ルイズ」

「キュルケ……そう言うアンタこそ、なんでまだ寮塔にいるのよ」

「なんでもいいじゃない」

 

 キュルケは興味あり気にフランメを観察する。

 そして、何故か祭服の下を捲ろうとしたので、ルイズは慌ててキュルケの手を叩き落とす。油断も隙も無いと吐き捨てるようにルイズはフランメの一歩前に出た。

 

「ルイズにしては随分と可愛い使い魔を呼んだのね」

「アンタの臭い香水がつくから離れなさい」

「あら? これは王都で流行の香水よ? ま、お子様ルイズにはちょっと早かったかしら」

「――言い直すわ。アンタの匂いが鼻につくから離れなさい」

「ふふっ、言うじゃない。ゼロのルイズ」

 

 睨み合う二人に、終始自然に見える笑顔を崩さないフランメ。一見険悪な会話だが、不思議とルイズとキュルケの間に不穏な空気は生まれていない。

 

「だいたい、アンタはどんな使い魔だったのよ」

「ん? あたし? ふふん、立派な子よ。フレイム」

 

 サラマンダー、もしくは火トカゲと呼ばれ、珍しさで言えばそれほどでも無いがキュルケの言うとおり、特徴である尻尾の炎は平均的なモノを軽く超える。

 

「フレイム?」

「なに? どうしたの」

「いや、なんだか、フレイムが緊張してるみたいなの……そう言えば、名前を聞いてなかったわ。初めまして、あたしはキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。見ての通りゲルマニアの貴族よ」

「初めましてツェルプストー様。ルイズ様の使い魔、フランメと申します。よろしくおねがいします」

「ツェルプストーの人間とよろしくしなくていいわよ」

「そう言われると燃えるのよねぇ~、キュルケでいいわ。もし、ルイズの使い魔を辞めたくなったら言いなさい。あたしが可愛がってあげる」

 

 キュルケはルイズの警戒を掻い潜って、手をフランメの頬に添えて耳元に顔を寄せる。

 

「――をよろしくね」

「ッ」

「離れなさい!」

「はいはい。じゃあたしは先に食堂に行ってるわねぇ~、バイバイ」

 

 内心毒づきながらルイズはキュルケが完全に見えなくなるまで待った。

 

「ルイズ様」

「なに」

「良い、ご友人ですね」

「はぁ? 本気で言ってる?」

 

 信じられない。とルイズは視線で抗議するが、フランメは既に祈りの行っており短い付き合いだけど聞く気が無いと理解する。

 

「狂会で学ぶ精霊様の教義にこう記されています。生れ落ちた命を愛せ。と、私はキュルケ様とルイズ様の間に友愛を見ました精霊様の敬虔なる信徒としてこれ以上の喜びはありません」

「ツェルプストーはね。私の実家、ヴァリエール家に隣接した領地なの、当然敵国同士だし、小競り合いがしょっちゅうよ……つまり、私達の仲は先祖から引き継いた根の深いモノなの。貴方の学んだ教えは素晴らしいけれど、対外的に敵同士なのだから、使い魔の貴方もそれだけは理解してね」

「……はい」

 

 ――ちょっと強く言い過ぎたかしら。

 

 貴族の考えを教える為とはいえ、口調が強くなってなってしまった事にルイズは反省して、一緒に歩くフランメが必要以上に落ち込んでないかを僅かに視線遣って見る。

 

「またなのね」

 

 フランメが浮かべる表情は、キュルケと話していた時から全く変化していない微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 アルヴィーズの食堂についたルイズは、ふと食堂に入る前に足を止める。

 ルイズの見立てでは入れば間違いなく馬鹿にしてくる同級生が一人や二人はいるだろう。その事は別に慣れているので気にもしていないけど、問題はそれをフランメに聞かせて良いものか考えてしまう。

 

「ルイズ様?」

「――なんでもないわ」

 

 頭を振って公爵家の娘として、らしくない考えだと切り捨てる。

 

「ルッイズ~、ちびっこルイズ~」

 

 ルイズの予想は大声で自分を呼ぶキュルケによって裏切られる。いや、悪口を言われる事については結果的に変わってないのかも知れないが、キュルケとなら先程言い合いをしたばかりでフランメも何も思わないはず。

 自然とキュルケの座る席に足を進める。朝食の時間、殆ど全ての生徒が集まり席の取り合いになる時もあるはずなのに、キュルケの周りには彼女の親友である人物以外は座っていなかった。

 

「タバサ、おはよう」

 

 キュルケとは正反対の大人しい性格をしており、タバサと言う名前以外は殆ど知らない。トリステインの生まれでは無い、と言うのだけは聞いた事はあるけれど、それ以外は基本的謎の少女である。

 

 タバサは無言で頭を下げてフランメに視線の軽く向ける、しかしすぐに手に持っていた本へと戻した。

 

「あら? タバサはフランメちゃんに興味は無いの?」

「別に」

「残念だわ。って座りなさいよ、ルイズ」

「言われなくても座るわよ、フランメも隣にいいからね」

 

 ルイズ達の座ったテーブルに並べられた朝食は他所のテーブルより質素に見える。しかし、ルイズは不満そうにするどころか嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「今日も美味しそうね」

「ルイズって変わってるわよね。トリステインの貴族ってもっと豪華な食事が好きなんじゃないのかしら?」

「あんな脂を朝から食べる訳ないじゃない。朝食で見栄を張るのは二流……一流の貴族は自領の作物を素材にあった調理で楽しむものなのよ。成り上がりのゲルマニアは何でもかんでも香辛料を振って満足してなさい」

「まったく、口が減らないのね」

「アンタが突っかかって来ないなら自然と減るわよ」

「あら? そうしたら誰もルイズと話さないじゃない――ルイズも黙ってれば可愛いのに、ねぇ」

「うるさい」

 

 つい話し込んでしまったルイズは、周囲の食前の祈りに慌てて合わせる。ゆっくりと喧騒が引いてゆき乱れていた祈りが合わさっていく。

 しかし、ルイズ一人だけ隣から聞こえる違う祈りに集中していた心が乱れる。

 

「いまある生に感謝し、精霊様に誓います」

 

 ――生れ落ちた命を愛します

 

 ――与えられた役目を愛します

 

 ――限りなく続く世界を愛します

 

「実りある食事を与えたもうルイズ様に惜しみない愛を捧げます」

「貴方……恥ずかしいから、感謝に私の名前を出すのは止めなさいよ。って何で瞳を潤ませるのよ! もういいわよ、勝手にしなさい」

「あらあら、素っ気無いご主人様ね。あ、フランメちゃん、二人の朝食を手配したのはあたしだし、あたしに愛を注いでくれてもいいのよ」

「ありがとうございます、キュルケ様」

「フラれちゃったわ。わぁん、タバサぁ慰めて~」

「邪魔」

 

 ルイズはキュルケが会話の間、フランメを観察し続けていた事は気付いていたけれど、キュルケがそれをする理由が分からなかった為あえて無視していた。

 

 

 

 

 

 

 朝食の後、授業に向かっていると昨日見たメイドから学院長に呼び出されている事を伝えられる。ルイズは優等生であるが、魔法行使に難があるので呼び出される事自体は珍しくも無い。しかし、今日に関しては大方フランメの事だろうと決め付けて学院長質に向かった。

 

「失礼します」

 

 オールドオスマン。年齢不詳で現魔法使いの中では最高峰と言われる使い手、正しく長を務めるのに相応しい人物だとルイズも思っている。

 

 ――性格はちょっと嫌いだけど。

 

 室内にはオスマン学院長と秘書のミス・ロングビル、それとコルベールがルイズを待っていた。

 

「朝食後すぐに呼び出してすまんの」

「問題ありません」

「うむ、それでじゃ、予想はついておるとは思うのじゃが、ルイズ君が呼び出した使い魔について幾つか言っておこうと思っての」

「ミス・ヴァリエール。キミの使い魔はいまどこに?」

「庭園で待たせています。必要であれば呼びますが」

 

 コルベールとオスマンが目配せをして必要は無いとコルベールの口から伝えられる。

 

「優秀なキミの事。あの神官が少々異質だと言う事は気付いてるじゃろ?」

「異質。と言う表現が正しいかは分かりませんが、変わってるとは思います」

「ホッホ、そう目を細めるでない。他意のないそのままの言葉じゃよ、無論ルイズ君の使い魔を悪く言うつもりなど無い……して、精霊狂会。この名に覚えは?」

「ありません。と言うか、精霊教会と言う名前なら珍しくありませんよね?」

 

 フランメを召喚した時にコルベールがその名を聞いて驚いていたので、その名に何かあるとはルイズも思っていたが、ルイズの知りうる限りでは答えは出ていない。

 

「そうじゃな、同じ名前の教会ならトリステイン国内にも幾つかあるじゃろう。しかし、ロマリアの果てとなると違ってくるのじゃ――ロマリアの果ての狂会」

「ロマリアの果て」

「うむ、正確な位置は誰も知らない故に果てと呼ばれる地に存在する教会なのじゃよ。ブリミル教から派生し、精霊に身を捧げた狂信者。と言うのが彼らに対する我らの見解じゃな」

 

 狂信者と言われる人物を未だルイズは見た事は無かったが、それがフランメだとしたら思ったより普通だと思った。

 

「それで、だから何ですか? まさか、学院はフランメを危険思想の持ち主として対処する。そう言いたいのですか?」

 

 学院長を前にしてもルイズの貴族らしさを失われない。

 共にある使い魔の為ならば、学院の長たる人間とだって戦ってやる。そのくらいの気持ちで見据えていたルイズにオスマンは気の抜けるような笑みを向けた。

 

「元気がいいのぅ。流石はヴァリエール家じゃな。」

 

 数秒間だけではあるが、確かにルイズとオスマンは対等に渡り合う。その覇気に、ただ見ているだけのコルベールやロングビルが差し挟む余地は無い。

 

「ふむ、この短期間でそこまで使い魔を想えるなら問題なかろう。追々ルイズ君にはあの神官の事を教えてあげなさい、コルベール先生」

「は、はい!」

「さて、呼び出してすまんの、これで――」

 

 ようやく話が終わろうかとその時、慌しく扉が叩かれ返事も待たずに教員が部屋に入ってくる。

 

「どうされたのですか、そのように慌てて」

「が、学院長! その、学生同士で決闘が行われています!」

「……なんじゃ、そんな事か。私闘くらいはいつもの事。機を見て止めればよかろう」

 

 学院同士の決闘は禁止。貴族が決闘をすれば、その場で丸く解決など絶対に有り得ないので、お互いの為に揉め事は手が出ない範囲と言う暗黙の了解ができている。

 とは言っても、まだ未熟な学生同士、どうしても言葉以上に発展してしまう時がある。なので、教員達からしても少なくは無いが、まったく無いと言う程の事では無かった。

 

「それが、間に例の神官が!」

 

 ピクリとルイズの肩が跳ねる。

 

「へぇ、その話。詳しく聞きたいわね」

「ミス・ヴァリエール?!」

「ああ、どうして私がここに居るかは問わなくていいです。で? 私の使い魔がなんで決闘の立会いをしてるのかしら?」

 

 ルイズの気迫は、この学院の長であるオールド・オスマンと対等。つまり、目の前のただの教員は蛇に睨まれた蛙のようになるしかなく。頭一つ以上も差がある少女を畏れて首を縦に振った。

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