思いつきで行動するのは大抵の事ができる貴族の悪い癖だ。ルイズは頭の片隅で考えながら浴場の端で縮こまるフランメを見詰めていた。
「あ~もっと近くていいのよ? 貴方はメイドではないのだから。私の隣に来ても咎めないわ」
ルイズは自分でこんなに優しい声を出したのは初めてでは無いか。そう思ってしまうくらい慎重に、離れているフランメに声をかける。
「くしゅん」
「そんなところにいるから体が冷えてしまってるのね。メイドも外に出して二人っきりなんだから、何を気にしてるのよ」
「るいず様」
「なに?」
「るいず様は……へんです」
「ふふっ、なに? 主批判?」
ようやく近くまで来てお湯の中に入ったフランメを見てルイズは満足そうに微笑んだ。
「ちがいますよぉ」
「分かってるわよ。で、私のどこが変なのかしら?」
貴族とは。フランメの口から正しく平民が悪い意味で理想とする貴族像を聞かされる。粗暴で乱暴で横暴――何かを思い出しながら語るフランメにルイズは真剣な表情で口を挟まずにゆっくりと頷く事で答える。
「なるほど、身形の割に本当に平民みたいな子ね」
神職に就いて日が浅いのかも知れない。
元平民なのだろうと言うのは前から推察していた。何らかの理由で平民落ちした貴族などトリステインでも毎年一定数出ているし、その子供ならば魔法が使える平民だとしてもおかしくはない。
「正直に話してくれてありがとう。怖がっていたのはそんな貴族に囲まれているって思ってたからかしらね」
フランメの想像する貴族ならば、一挙手一投足に気を遣い神経を張っていなければいけなかっただろう。ルイズもいままでのフランメの行動にひとまずの納得を得る。
「――安心しなさい。貴方はこのトリステインでも王族に次いで権威を持つ、ヴァリエール公爵家の私に召喚されたの。この国で貴方が怖い思いをする事なんてない」
「ほんと、ですか?」
「ええ、もちろん。嘘はつかないわ……不満なら絶対遵守のギアスロールでも持ってきましょうか?」
高位の商人などの間で使われる約束を必ず守らせるマジックアイテム。その強制力は平民でも知ってるだろうとルイズは例えに出し、フランメもそれがどれほど高価で強力なのかを分かっているので首を大きく横にふってルイズに示した。
「いつまでも暗い話をしてもいても興ざめね。そうそう、フランメ」
「はい」
「貴方、おしりから洗うって変わってないかしら?」
「あ、え、くせです」
「ふぅん、癖ね。分かったわ、それと泡立ちにくい石鹸を不思議そうにしていたわね。修道院にある石鹸は使い古された泡たちが悪いのが普通だと思ってたのだけどロマリアは違うの?」
ルイズのこれは別に修道院を悪く言っている訳では無い。そもそもトリステインの教会施設、例えば孤児院や修道院は、善意による寄付によって設備がなりたっている。
もちろん新しいモノを買う事もあるが、それは清潔にしないと命の危険がある幼子に使用される事が多く、フランメくらいの子供だと使い古されたお下がりが与えられているとばかり思っていた。
なので、離れた位置から見ていたルイズは、フランメが古い石鹸を使い慣れてない事に首を傾げていた。
「……えと」
「ん? そんなに驚く事かしら? まぁ確かに洗っているところを観察するのはマナー違反だったわ」
「ふだんは、せっけんをつかってません」
「そうなの? ああ、平民の間では粉状の物があるのだったわね。それを使ってたの?」
「いえ――えきたいです」
「液体?」
ルイズが液体と言われて真っ先に思いついたのはポーションであった。
しかし、いくら何でも体を洗うたびにポーションを使っていたのでは金貨がどれだけあっても足りない状況に陥ってしまう。だから、フランメの言う液体石鹸はロマリアが他国に輸出しないようにしている秘密の特産物なのだろうと考えた。
平民でも手が届く程度のモノ。しかし他国に渡るのは決して防いでおきたいモノ――興味は惹かれるがそれだけのモノとなると下手に聞くのは薮蛇としか言いようが無い。
「変わったモノを使っていたのね。ありがとう、参考になったわ」
結局、ルイズは深く考えずに流す事にした。
フランメもルイズがさほど興味を示さなかった事に安堵し軽く息を吐く。
「ん~っはー」
大きく背を伸ばしたルイズは、微かに靄のようなモノがかかった気がして、のぼせ気味だと自覚する。
「ちょっと長風呂しすぎたかしら? フランメはどう?」
「はい、おなじくです」
「ならあがりましょうか」
二人が浴室からあがると、メイドが四人ほど立っており、ルイズに三人、フランメに一人が、静かに近寄った。
「あの子、着替えを手伝ってもらうのも慣れているのね」
「え?」
「ああ、私の使い魔よ。平民だと思っていたけれど、小間使いの一人くらいはいたのかしら?」
「フランメ様ですね。ミス・ヴァリエールの仰るとおり、普段から私達のような者が傍にいたと思います。私達が着替えさせやすいように気遣ってくださいますから」
「あら? 私も気をつけているわよ?」
「存じております」
からかう口調で言ったはずなのに、淡々と返事をされたルイズは面白くないと呟いて力を抜き身を任せた。
着替えを済ませて外に出ると、女子寮にも関わらずギーシュが申しわけなさそうな表情で立っていた。
「ここは女子寮よ、ギーシュ」
「すまない、ルイズ」
ギーシュはルイズに、と言うよりはフランメに向いて頭を下げる
ルイズは許す気なんかまったく無かったけれど、誠意の見える態度に、貴族として無視は出来ないと足を止めた。
「理由は聞かせてもらえるのかしら?」
「言いわけはしない」
「言い訳でも聞かないと納得できないわね。先生から伝え聞いただけなのだけど、本当に貴方がフランメに決闘を申し込んだの? そんな馬鹿じゃないわよね」
「……僕としては決闘を申し込んだつもりはなかったよ。ただ、周りがそう解釈してしまってね」
「ふぅん」
なんとなくルイズは状況が読めてきていた。
貴族は自由であって不自由なのである――貴族が貴族である為に守らなければいけない像と言うモノがあり、お互いその像で縛りあっている。ルイズも含まれるが、一学生のギーシュ程度では、周囲が思う貴族からは早々抜け出せない。
「それでも、騎士を目指す身として。レディに杖を向けた事を謝罪したい」
ギーシュは下げていた頭を更に深く下げる。
「ギーシュにしては過剰ね」
「……。」
「フランメ、貴方が決めていいわよ」
ルイズはギーシュがここまで真摯に謝る事を意外に思い、どうしても何か裏があるのでは無いかと疑ってしまっている。
しかし、自分の経験ではギーシュは嘘を付いていないし、それならば許すも許さないもフランメに任せてみる事にしようと思い立った。
「グラモン様」
「すまない」
「グラモン様……精霊様は――生れ落ちた命を愛せ。そう仰いました。だから、私は精霊様の信徒として貴方に接したいと思います」
「それは、許してもらった。そう思っていいのかい?」
「もちろんです」
「ありがとう!」
喜びの余りフランメに近寄ろうとしたギーシュは、目の前に突きつけられたルイズの杖によって止められる。
「ストップよ、ギーシュ」
「あ、ああ、すまない。ミス・ヴァリエール。嬉しくてついね」
「ギーシュ。フランメは許したけど、人の使い魔に杖を向ける意味を分かってるわよね」
「うっ……もちろんだよ」
慈愛に溢れるフランメの表情に、ギーシュは完全に気を抜いているが、ルイズはギーシュが近寄ろうとした瞬間にフランメが怖がっているのに気付いて、素早くフランメとギーシュの間に割り込んだ。
「だいたいグラモン家がヴァリエール家に宣戦布告したって取ってもいいのよ?」
「い、いや、僕も四男だし、キミも三女じゃないか。家の意思が介在していないのは、ね? ほら、お互い困るだろ?」
「私は別に困らないわよ。ヴァリエール公爵が娘に甘いのは周知でしょ? 貴方のところはどうか聞かないけれど、私の方は十分な理由になるわ」
「……すまない! そこをどうか!」
「ふん」
自分の行いのせいでヴァリエール家と事を構えるとなると、恐らくグラモン家はギーシュを切り捨てて、謝罪の代わりに好きに扱うようにと、ギーシュを奴隷にでもして放り出すかも知れない。
ギーシュには自分の為にグラモン家がヴァリエール家に意見する未来が欠片も想像できないので、フランメの時とは違う意味で必死に頭を下げた。
「冗談よ、学生同士なのから。お互いの両親がそこまでなるとは思えないしね。けれど、次は冗談ではすまさないわ」
「もちろんだ。それと、困った事があれば頼って欲しい。微力ながら力になろう」
「―それなら」
ルイズはギーシュの言葉を聞いて少しだけ葛藤を見せると、フランメを見詰めて決意を固める。
「ちょっとお金を貸してくれないかしら?」
「……は?」
さっそく頼られるとは。しかも、物凄く俗なお願いにギーシュは目を丸くし、それでも騎士が一度した約束を破るわけにはいかないと、他言し無い事を誓ってルイズ達の前から去っていった。
ギーシュと別れた後、ルイズはそのまま午後の授業も休む事にして自室に戻っていた。流石に一日の全部を休むとは思わなかったが、一日二日程度の遅れなどルイズには意味の無い事だったので、迷いは少しで後は気にならなくなっていた。
「は~、やっぱりお風呂あがりはベットに寝転ぶのが一番よねぇ。ほらほら、フランメも来なさいよ」
「祭服が乱れるので遠慮させて頂きます」
「なら着替えなさいよ、今日も私の着ていいから。適当に引き出しあけて好きなの選んでいいわ」
「……。」
「ああ、もう! また脱がされたいの!」
「せ、精霊様~!」
戸惑うフランメにルイズが我慢できずベットから起き上がると、逃げるようにフランメは衣装ダンスの傍に寄った。
「……貴方、別にそれ以外を着たら駄目って訳じゃないのよね?」
「はい。ですが、わたしは普段用か儀礼用かしか持ち合わせてません。精霊様はあまり衣服を拘らないので」
「え、なに、貴方の服装って精霊が決めてたの? まぁでも、決まってる訳じゃないなら安心した。ロマリアの服を何着か送ってもらうように実家に手紙を出したから何日かで届くわ」
「――ありがとうございます」
「いいのよ、貴方は私の使い魔なのだからね」
ロマリアの服より、むしろキュルケを更に赤くした髪を持つフランメならばゲルマニアの服装が似合うかも知れないと考えて、トリステイン貴族の使い魔に着せるには合わないと考えを捨てる。
フランメの背丈はルイズより小さい。なので、どうしてもルイズの服だとサイズが合っていなかったけれど、ワンピースなどの比較的に緩い服は紐を縛る事で丁度いいサイズに調整できた。
「うんうん、やっぱり部屋にいる時に祭服は無いって思ってたのよね」
「あの、るいず様? わたしは別に祭服でかまわなかったのですけど」
「暑苦しい!」
「ひゃっ」
「それに祭服を着てるフランメはよそよそしさが増すのよね。無理に私に接しろとは言わないけど、やっぱり自然体でいて欲しいの」
「るいず様」
瞳を潤ませていまに泣きそうなルイズは困った表情をして目を逸らす
「……明日は一人にさせてしまうけど平気?」
「え?」
「あー、授業よ。流石に二日連続で休むのはね。フランメは人間だから怒られはしないだろうけど、使い魔は基本外で待機なのよ」
「んっぅ」
「メイドを付けさせるから暇はしないでしょうけど」
フランメは不安な表情をしてルイズを見詰める。
「やっぱり素直が一番ね。ああ、フランメは最高に可愛い使い魔だわ! でも我慢ね、その代わりに次の虚無の曜日には買い物に行きましょ。ね?」
「……はい」
「うん、よろしい」
手招きでフランメを呼び寄せたルイズはそのまま抱き寄せて自分のベットに入れると静かに目を閉じた。
月明かりが差し込んでフランメを優しく照らす。ルイズは穏やかな寝息をたてるフランメを見つめて思わず口元がほこばせる。
さらさらとした髪を撫でると、くすぐったそうに身を動かしてルイズに押されるまま胸元に頭を寄せた。
「――ゃん」
穏やかだったフランメ顔に曇りがさす。
「よしよし」
ルイズはただ優しくフランメを撫でる。
一人で遠く離れた国に召喚されたフランメが寂しくなるのは当たり前なのだろうけど、両親ではなく兄の名前を度々口にする事を気になっていた。けれどそれを、深くは追求していない。
それはルイズの性格もあるのだけど、単純に聞いても教えない事をフランメの態度からルイズが察しているからでもあった。
「兄がどんなモノか分からないけど、姉っぽくできてると思うのだけど。やっぱりエレオノール姉さまやちぃ姉さまみたいにはいかないわね」
自分より幼いフランメを召喚した時から、ルイズは姉のように接しており、その参考に自分の二人の姉の事を思い出しながら行動していた。
もちろん、あくまで自分をベースにである。しかし、怖がりで寂しがり、そして泣き虫なフランメの不安は払拭できていないようなので、ルイズはフランメの見えないところで落ち込んでいた。
「ま、焦らずよね。お小遣いはそんなに使ってなかったし、ギーシュのやつからもらったお金もあるしで、大抵のモノなら買ってあげられるはずだわ」
決してモノで釣ろうとしている訳では無いけれど、それでもプレゼントをもらって嬉しくない人はいないだろうとルイズは考える。
「あ~久々に楽しい気分。ほんとう、フランメが使い魔に来てくれて良かったわっ」
「るいずさま」
「ん?」
気付けば元の穏やかな寝顔に戻っていたフランメの寝言に反応する。
「ありがとう、ございます、るいずさま」
「……いいえ、こちらこそだわ。フランメ」
ルイズは毛布をフランメに合わせてかけなおして、心成しか体温の高いフランメに抱きついて眠りに付いた。
作品内で神官服を法衣と書いてましたが、祭服に修正しました