王都トリスタニア。
歴史あるトリステイン王国の首都であっても、人が集まる以上は治安の低下は避けられない。いちおうルイズとフランメが訪れた通りは、貴族がよく利用する区画である為マシな方ではある。
もちろんルイズはそれを分かった上で区画を選んでいた。
「建物がいっぱいですね」
「大通りはもっと店でぎゅうぎゅうよ。この辺は一つ一つの建物が大きいから、数としては少ないの」
フランメが物珍しそうに周囲を見て、視線の留まったところをルイズが丁寧に説明していく。
「フランメ。あの店に寄ってもいいかしら」
「た、高そうですね」
「まぁ高くないとは言わないけど。割と安い方よ、安心しなさい」
周囲の店の中でも人一倍立派な建物に、特に躊躇もなくルイズが入り、その歩みに数歩送れて入ったフランメは内装の豪華さに驚く。衣類を扱っていると一目で分かるものの、雑多に並べられるのではなく一着一着おいてあり、離れたところからでも質の良さが分かってしまう程に綺麗だった。
ルイズ達が入ると、すぐに姿勢を正した商人が向かい入れる。
「いらっしゃいませ、お嬢様方……これはこれは! ヴァリエール家のご息女様ではありませんか! いつも我が商会を贔屓にして頂いてありがとうございます」
「ん? 貴方とは、どこかで会ったかしら?」
「はい。以前ご当主様といらした際、ドレスを購入して頂きました。それ以降も、奥様へのプレゼントとご当主様には何度も利用して頂いております」
「そう、お父さまが気にいってるなら安心ね」
商人の話ではルイズとは一度しか会っていないはずなのだが、そこは商人、大事な顧客の顔は忘れないと言う事なのだろう。とルイズの中で目の前の商人の評価を上げる。
「この子に何着か見繕いたいの」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
「オーダーもしてるわよね」
「もちろんでございます。気に入らなければ、即座に気に入るモノを提供させて頂きます」
商人に進められるまま、ドレスを手に取りフランメに宛がう。しかし、ルイズが思うにフランメが喜んでいるようには見えない。
「ん~、なんかこう、珍しいのはないかしら?」
「珍しいですか。でしたら、商品では無いのですが我が商会のコレクションをお目になられませんか?」
「商品ではない? 欲しくなった私は遠慮なく強請るわよ?」
「ハハハ、麗しくも可憐なルイズ様に強請られたとあれば、私とて男です。気前よくプレゼントさせて頂きますよ」
「あら、お上手」
疲れない程度の、それでいて飽きさせない商人の会話に、興が乗ったとルイズも芝居めいた口調で掛け合う。元々口数の多い方ではないフランメは、いつも以上に表情を固定させている。
「へぇ、言うだけはあるわ」
商会の二階に案内されたルイズは、見たことのない生地で出来た服に素で驚いてしまった。
「こんなモノを織れる針子いるのね」
「自慢一品です。その昔、私の二代ほど前の者が、旅人が路銀稼ぎに売ったこれを珍しく思い、固定化の魔法をかけて保管する事にしたそうです」
「その目利きは間違いないわね」
「なんでも、ワフク。と言うそうですよ」
見た感じでは、気軽に着脱可能なワンピースだろうか。ルイズはその手触りの良さに再度驚きながらフランメの方を振り向いた。
「フランメ?」
いつもと変わらないルイズのあまり好きではない微笑を浮かべてはいるけれど、瞳からは涙が溢れて頬を伝っていた。
「後ろを向いてなさい!」
商人がフランメに見るのが速いか、ルイズが言葉で制すのが速いか。ルイズは、まず直感的に強い命令口調を口にしていた。
「はい!」
「フランメ? どうしたの? どこか痛い?」
「ち、ちがいます」
――いつから涙を流していたのかを考える。
そしてすぐにワフクの事を話していた時だと思った。しかし、理由が見当も付かない、このワフクはルイズすら見たことのない一品。特別ルイズが収集家と言う意味ではないけれど、公爵家にはお気に入りの商会になろうと貴重なモノや珍しいモノが幾つも贈られてくる……そうすると自然に審美眼が養われるしモノに対する知識も増えていた。
「これは、ロマリアの品なの?」
そうこうしている内に何日か前の液体石鹸の出来事を思い出した。
けれども、フランメはルイズの予想を裏切り首を横に振ると口を閉ざして下を向いた。
「じゃあ嫌な思い出の品なの?」
フランメは強く首を横に振る。
「そうなの? だったら、良いモノなのね?」
「はい」
「とりあえずこれで涙は拭いておきなさい……話は聞いていたかしら?」
「もちろんです。代々守ってきた大変貴重なモノですが、どうやらそちらのお嬢様の縁の品のようですね」
「あら? 吹っかけてもいいのよ?」
後ろを向かせていたとは言え百戦錬磨の商人。話と雰囲気でだいたいの事は予想が付いただろう。ならば、いまのルイズにこのワフクも店一番の値で買わせる事も不可能ではなかっただろう。
「それは、三流のする事です」
「いいわね、お父さまが気に入るのも納得だわ。――ありがとう、素直に頂く。ただ、私も貴族としてただ受け取る事はできないから、いままで見せてもらったモノ全部を購入させて頂く事にしたいのだけど。いいかしら?」
「確認など不要ですよ、お嬢様」
服を購入しに来た。と言っても信じて貰えないような金貨の枚数を、二人は少ないやりとりであっさりと終わらせる。
フランメは実際に金貨が目の前で動くのを見ていないので実感はしていないし、ルイズもその程度で驚く金銭感覚をしていないので表面的には少し高い買い物をした。くらいで終わっていた。
洋服屋での買い物を済ませたルイズとフランメは、小腹を満たす為にレストランを探し歩いていた。ただ美味しい店ならばルイズも何軒かは知った店があるのだけど、フランメの為にロマリア人好みの店を探そうとした事がまだ店に入っていない要因に含まれる。
「ん~この辺なら他国の貴族も来るし良い店があると思ったのだけど」
「ルイズ様。わたしは食に対する貴賎はございません。等しく、命を頂く行為ですのでルイズ様の好みで……」
「その言葉は嬉しいけれど、せっかくフランメとの初お出かけなのだもの。どうせなら好きなモノを食べたいでしょ? と、言うより、フランメ。貴方の好きな食べ物ってなにかしら?」
そろそろ決めないとランチと言うには晩い時間になりそうだったので、ルイズは正直にフランメに話題をふった。
「――わたしは精霊様の信徒です」
聖職者として好き嫌いをあまり言いたくないと言うフランメに、ルイズは小さく溜息を吐いてアプローチを変える事にする。
「分かったわ、貴方の好き嫌いは今度ゆっくりじっくり聞くとして。なら、ロマリアで貴方が特別な日に食べていたモノを教えてくれないかしら?」
聞くだけだから。と後ろに付け加えるとフランメが少しだけ緩んだようにルイズには見えた。
「……グラタン」
「ぐらたん?」
「お、お兄ちゃんが、よく、つくってくれて」
「家庭料理なのね?」
フランメの言葉の何かが引っ掛かり、一度首を傾げたルイズはそれが何なのか分からず横にふって思考から追い出す。
ぐらたん。初めて聞く名前だけど、ルイズもフランメからの初めてに慣れ始めていたので、とりあえず家庭料理なんだろうくらいのあたりを付けて店を選ぶ事にした。
「家庭料理。それなら、庶民の店の方が意外と見つかったりするのかしら?」
庶民で賑わう界隈にはルイズも護衛付きで行く事が殆どだったので、フランメと二人だけで行く事に不安を覚えはしたけれど、一度フランメの好きな食べ物でランチを。と決めてしまっていたので覚悟が決まるのは思いのほか早かった。
うるさい。静かな食事を好むルイズがまず感じた事は一言に尽きた。食事中に会話する事を悪とまでは思ってはいないものの、ここまで喧騒になってしまう事があるのだろうか。
入り口で出迎えられないのも新鮮で戸惑っていると、意外にもフランメがルイズより先に歩き出した。
「いらっしゃい! ッ、魔法学院の生徒さん」
「ええ、でも気にしないでいいわ。申しわけないのだけど、ぐらたん。と言う食べ物はおいてあるかしら?」
「も、もうしわけございません、貴族様! うちには……」
「そう」
平民の態度としてはありきたりだが、フランメに長く見せるのは憚れたのでルイズは手を適当にふって下がらせる。
「フランメ、ごめんね。ちょっと期待させるような事を言ってしまったわ」
「気にしないでください、ルイズ様」
そう言われるとよけい気にしてしまうルイズなのだけど、無いモノは仕方が無いのでメニューを見て口に合うモノを探す。
フランメは平民の大衆料理屋が珍しいのかメニューより周囲を見ている。
「あの、あの、るいず様」
「ん?」
「あのひとがたべているのは」
興奮気味に素で話すフランメを、楽しそうに見詰めながらルイズはフランメが視線を追った。
「チーズと野菜のオーブン焼きかしらね。あの白いのはミルクを使ってるのかしら?」
「あれです!」
「あれ? 貴方が食べたかった、ぐらたん。なの?」
ロマリアではそう呼ばれているだろう。
ルイズは頭の中で結論を出して、さっそく近くにいた店の人間を捕まえて注文をとる。
「良かった、これでどうにか私の面目が保てそうね」
「ルイズ様と精霊様の導きに感謝します」
「はいはい」
注文後はいつも通りに戻っていたのに、運ばれてきた瞬間は相応の笑顔を覗かせたフランメを見て満足しながら同じ物を口に運んだ。
ランチを食べ終わった二人は帰路に着いていたのだが、フランメが途中で祈りを捧げ始めたので少し休憩をする事にしていた。
ルイズは木に馬を繋ぎ、座りやすそうな場所を見つけて腰を下ろす。
「祈る時間もまちまちなのよね……なにか法則性でもあるのかしら?」
――今回の祈りはちょっと時間がかかってるわね。
火の精霊を漂わせながら祈りの言葉を口にするフランメを、ぼんやりと眺めながらも退屈になってしまい目蓋がゆっくりと下りていった。
ルイズは思考が定まらないまま目を開けた。まだ、寝ぼけているのか。そう思い周囲を見渡すと、自分が先程までいた場所とはまったく違う場所に居る事に気付き、その事を自分がそれほど大きな事と思っていない事に驚いた。
清潔で綺麗な部屋だとは思った。でも、ルイズはこの部屋を見て、まるで牢獄のようだ。とも思ってしまう。
「どうした? 炎珠」
「お兄ちゃん?」
「ん? 本当にどうしたんだ?」
――エンジュ? オニイチャン?
訳が分からない。しかし、目の前の黒髪の同い年くらいの男性を見て安心しているのは確かだった。
「お兄ちゃん、がっこうは?」
「今日は午前中まで、だからいつもより長く一緒だな」
「ホント?! やった!」
「それより、新しい先生はどうだ? 良い人そうだったし、治療も炎珠の負担の少ない方法にするって言ってたよ」
「……。」
嫌な気持ちになる……ノイズのように変な記憶が走り、手が自然と口元に向かう。
――我慢しなきゃ
――我慢しなきゃ我慢しなきゃ我慢しなきゃ我慢しなきゃ我慢しなきゃ我慢しなきゃ我慢しなきゃ我慢しなきゃ
……何も考えられなくなる。だけど、まさにいまの状態こそ自分が求めていたモノ……そしてゆっくりと手をおろして出来上がった微笑を浮かべた。
まるで頭から水をかけられた気分だった。
「なんなのよ」
改めて見渡すと変わりのない道と木々しかなく、微笑と共に首を傾げるフランメと目が合った。ルイズは溜息を吐いて馬を連れて近づく。
「あら、祈りは終わったの?」
「ルイズ様、お加減が悪いようですが大丈夫ですか?」
「ちょっと夢ををね」
フランメ。とルイズが呼ぶとフランメは間を置かずに反応する。ルイズは続けて夢の中で自分に向けて呼ばれたエンジュと言う名を口にしようとしたが、曇りなく、ただ不思議そうにルイズを見詰めるフランメを見て考え直す。
――いまは、よしましょう。
切り替えれば動きは早く、ルイズはフランメと共に馬に乗り学院まで再び蹴った。
基本的にルイズを中心に物語を進めようと思っています。なるべく、訳が分からないと言う風にはならないようにしたいですが、場合によっては別視点も追加していこうと思っています