精霊の愛し子   作:建宮

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6話

 短い付き合いではあるが。いま、この瞬間ほどルイズはフランメが使い魔で良かったと思った日はないかも知れないとさえ思っていた。

 

 いつも着ている祭服を脱いで恥ずかしそうに、少し露出させた内腿を摺り合わせる。

 

 淡い緑のミニスカートドレスに白のエプロン。機能性を無視されて、ふんだんに使われた衣装のフリルは一つ一つに職人の業を見せていた。

 

 

「やっぱりあの商人は当たりね!」

「あのあの、るいず様? わたしは精霊様の信徒ですので」

 

言外にいますぐ祭服に着替えたい。と言う、フランメの意見をルイズは笑顔で却下する。

 

「それでもいまは私の使い魔でしょ? 精霊も少しのオシャレくらいは見逃してくれるわよ。むしろこんなに可愛いのだから喜んでくれるはずだわ!」

 

 普段から着慣れていない服装の違和感にフランメは、絶えず落ち着きを見せずに着替えの為に控えていたメイドに訴えかける視線を向けた。

 

「うん、フランメの可愛さを独り占めできなかったのは悔しいけど、流石ね。えぇと……」

「シエスタと申します、ミス・ヴァリエール。僭越ながら、お嬢様方のお世話係を専属でさせて頂いております」

「シエスタ。覚えたわ、ありがとう、シエスタ」

 

 俯き加減で頭を下げていたシエスタは、ルイズのお礼を聞いて思わずといった様子を顔を上げた。

 

「む、あら? 私がお礼を言うのが意外かしら?」

「め、めめっそうもございません!」

「貴方の顔にはそうは書いてないのだけど」

 

 学生とは言え貴族は貴族。むしろ感情で行動する子供の内だからこそ、平民であるシエスタは拗ねた口調のルイズに過剰に反応してしまう。

 

「フランメもそうだけど、私、そんな怖い言い方してないわよ? まぁいいわ」

 

 言葉を重ねても無駄だと判断したルイズは、それより。と朝食の準備を言い付けてフランメに向き直る。

 

「今日の授業は午後からだから午前中は一緒にいられるわ。なにをしようかしら、ね、フランメ」

「るいず様」

「なにかしら、なにかしら」

 

 興奮気味に近寄るルイズから、気持ち身を引くフランメはスカートの端を握り締めて決意を瞳に宿す。

 

「字を、おしえていただけませんか?」

「字? 文字のこと? 別にその程度ならいいわよ。いまはどの程度書けるのかしら?」

「精霊様におしえていただいた程度です」

「精霊が教えてくれたの? ふぅん、そう言う事もあるのね。って言うか、それ精霊言語とかじゃないわよね。実は古代のルーンとかってオチがありそうで怖いわ」

 

 それならむしろ私が教わる側になりそう。と口ずさみ机に置いてあるの教材を漁る。しかし、幼い頃がら勉学に触れている貴族にとって読み書きの取得は学院でするモノでは無い為か、丁度良いモノが見つからない。

 

「ん~後で図書室に本を借りに行きましょう」

「はい」

 

 

 

 

 

 約束通りフランメを連れて図書室に訪れたルイズは、本棚を背凭れにして立ったままの姿勢で本を読むタバサが目に入った。

 

「あら、おはよう。タバサ」

 

 タバサは顔を上げて頷くと、すぐに本に視線を戻す。

 

「その姿勢、疲れないの? 椅子に座ったら?」

「問題ない」

「そうなの? ……ねぇタバサ、本を探しているのだけど、聞いてもいいかしら?」

「……。」

「タバサ?」

「分かった」

 

 本を閉じたタバサはルイズから条件を聞くと、テーブルの上に次々と本を積み重ねていく。初めは感心していたルイズも自分の目線より高くなってきた辺りで慌ててタバサを止める。

 

「あ、ありがとう! もういいわ、タバサ!」

「まだある」

「いい! いいの! ね、フランメ」

 

 フランメは、いつもの微笑のまま血の気が引いた顔色をしていた。

 

「あとはまた今度。今度読ませてもらうわ!」

「そう、残念」

 

 飛行魔法を使って高い位置まで飛んでいたタバサは、ゆっくりおりてきて壁に凭れ掛かり、手にしていた本を開く。

 

「流石タバサね」

「貴方ほどじゃない」

 

 本から視線を外さないまま淡々とタバサは答える。

 

「ふふっ、トライアングルの貴方に褒められるなんて悪い気はしないわね」

「嘘じゃない」

「ごめんななさい、少し、嫌味のような言い方だったわ」

「貴方は優秀。実技を除いて、殆どがトップ。並の努力で可能な事では無い……だから、私は……なんでもない」

 

 言いかけたその先が気になったルイズではあるが、自分の努力を純粋に評価してくれているタバサの言葉に思わず目頭が熱くなり制服の袖で目元を拭った。

 

「さて! お勉強よ、フランメ」

「はい」

 

 とりあえずと、積み上げられた中から一番初めに手に触れた本を引き抜く。

 

「イーヴァルディーの勇者。うん、これは分かりやすくて有名だわ、当たりね。なんだか最近引きが良い気がするのよね。これもフランメと一緒だからかしら」

 

 ルイズはフランメに文字を教えている間、時折タバサが強い視線を送ってきている事には気付いていた。

 しかし、タバサのそれはルイズが晒され慣れている蔑みなどの視線とは違うモノで、またルイズが疑問を持ってタバサを見ると、露骨に逸らされてしまったので結局分からずじまいでフランメの勉強会は終わった。

 

 

 

 

 

 

 午後の授業。使い魔召喚の儀が成功したからと言って、ルイズが魔法を使えない事には変わりは無かった。なんだか少しだけ成功しそう気もしていたけど、そんな気ならいままでも無かった訳じゃない。

 だから、ルイズは取るに足らない内容を話している教師の事を完全に追い出して、庭でまどろむ様々な使い魔達を眺めていた。

 

「あ、フランメだわ」

 

 傍には迷子防止用とメイドが付いている。距離があるため表情などは見えないけれども、不穏な感じはしないので退屈しのぎはフランメの観察にしようと決める。

 

「あら、熱心に何を見てるのかと思えば、フランメちゃんだったのね」

「ちょっと、アンタの席は向こうでしょ。キュルケ」

「寂しいこと言うわねぇ、せっかく慰めにきてあげたのに」

 

 嫌味を言う為に来たのかとルイズはキュルケを睨むが、キュルケの悪意の無い笑みに顔を背けてしまう。ヴァリエール家の自分が、ツェルプストーに慰められるなんてと心の中で本気で落ち込んで肩を落とした。

 

「あ、フレイムとも遊んでくれているのね」

「あの子、火の精霊から好かれてるし、相性良いんじゃない」

 

 サラマンダーのフレイムをまるで犬か猫かのように撫でているフランメ。

 

「ご主人様同士は微妙なのにね」

「分かってるなら離れなさいよ。重いのよ――胸が」

「タバサがいないから暇なの」

「胸が重いって言ってるの聞こえない? 乗せないくれる? なに? 垂れてきてるから疲れるの?」

「もぉ小さいことを気にする子ねぇ」

「小さくない!」

 

 思わず叫んでしまったルイズに視線が集まる。

 

「す、すみません」

「フランメちゃんの格好は貴方の趣味?」

「そうよ、可愛いでしょ?」

「認めるわ、良い趣味ね」

 

 気付けば、フランメの周りには使い魔達が集まっていた。

 

「ん? あんな子、学院にいたかしら?」

「新入りのメイドとかじゃないの?」

「浮浪児みたいな格好だけどね」

 

 キュルケの言う通り見たことのない小さな女の子がフランメに足取り悪く近寄っている。

 フランメはその少女に気付くと他の使い魔達を下がらせて、少女へ両手を広げて向かい入れる体勢をとった。

 

「大丈夫なの、ルイズ。なんか変じゃない?」

「ちょっと言ってくる、適当に言い訳お願い!」

「いってらっしゃーい」

 

 フライの使えないルイズは歩いて下までおりるしか無く。フランメのいた庭まで行くのに時間がかかってしまう。

 

 そしてルイズは、倒れ付すフランメを見てしまった。

 

「フランメ!」

 

 ルイズは周囲を見回して上から見た女の子を探す。しかし、その姿はない……仕方が無いので、次に震えてへたり込むメイドへ早足で近づく。

 

「シエスタ!」

「ミス・ヴァリエール?!」

「立って! そして、手伝いなさい!」

「は、はいぃ!」

 

 フランメの胸に耳を当て次に口元に手を当てる。

 ルイズは母親に教えられていた応急手当を思い出しながら、一先ずは無事だと胸を撫で下ろす。しかし、すぐに首元に特徴的な傷を見つけた。

 

「なにこれ」

「きゅ、吸血鬼……です」

「はぁ?! なんで吸血鬼が学院に」

 

 吸血鬼。

 

 最悪の妖魔の一種に数えられており、伝説では国をも滅ぼした固体がいる程に強力な存在。しかし、人々が重要視しているのは、力より容姿……人と見分けが付き難い事の方が重要であった。

 

 ルイズは即座にシエスタの吸血鬼が上から見た女の子だと理解して舌打ちをする。

 

「学院の警備は何をしてたのよッ!」

「わたし、てっきり……」

「メイドの貴方にそこまで期待してないわよ。フランメを運ぶのを手伝って、その後は報告と水の秘薬の注文をお願い」

「はい!」

 

 水の魔法が使えれば。いや、せめて浮遊魔法くらい使えれば。優秀ゆえに考え出したら収まらず、自分の能力不足が嫌になっていた。

 

「貴方が居てくれて良かったわ。私じゃ、フランメを背負えないもの」

「フランメ様は小さいのでラクチンです」

「私には無理なのよ」

 

 いくらフランメが十を超えたばかりの少女でも、重い荷物を自分で持つ機会などない貴族のルイズには持ち上げられても移動など夢のまた夢であった。

 

 

 

 

 

 

 水の秘薬。癒しの力が篭った魔法の液体で、質の高いモノであれば一本でも平民が数ヶ月は暮らせるほどの価値を持つ貴重なポーション。そんな品が、しかも上から数えた方が早いと思われるレベルが湯水のように使われる光景にシエスタは住む世界が違うと改めて理解させられる。

 

「あ、あの、ミス・ヴァリエール。貴重なポーションをこんなに使って良かったのでしょうか?」

「安くしてフランメに後遺症が残ったら事だもの。これぐらいはしないと安心できない」

「は、はぁ」

 

 ルイズは更に一本あけて首元の傷に惜しげなく振り掛ける。効果はすぐに現れて、小さな二つの穴が消えた。

 

「屍人鬼にはなってないようね」

「グール、ですか?」

 

 首を傾げるシエスタにルイズは言葉少なめに答える。

 

「吸血鬼の手足となる僕の事よ。ま、彼女は精霊の寵愛を受けているし、屍人鬼になってしまえば異端として精霊の火が自身を焼いていたのだろうから、最初から疑ってはいなかったけどね」

 

 シエスタからハンカチを受け取り、手に付いたポーションを拭う。そして改めてカラになった小瓶の数を見て小さく溜息を洩らす。

 

「ミス・ヴァリエール?」

「いえ、確かに私でもちょっと痛い出費と思ったのよ。 前に使ったばかりだし、小遣い足りるかしら?」

「あの、下級貴族の年収レベルではありませんか?」

「準男爵くらいなら平民と変わらないわ。本当に貴族と言えるのは、せめて伯爵家以上ね」

「そう言うモノですか」

「そうよ」

 

 ルイズはフランメの穏やかな寝顔を確認して次に吸血鬼の事を考えていた。

 

 吸血鬼は気に入らないけれど、あの時のフランメは受け入れているようにも見えた。しかし、それはフランメが起きないと解決しそうにもないのにルイズは考える。

 

 メイドのシエスタに報告してもらっているので、いまごろ学院長を含めて大騒ぎとなっているのは間違いない。それに、その雰囲気が生徒にも伝わり、何かが起こっているだろう。と言う不安は広まっているはずだ。

 

「ルイズ!」

 

 ――柄にも無いわね。

 

 慌てて扉を開けて入ってきたキュルケに余った思考能力でぼんやりとルイズは思う。

 

「貴方ねぇ! 普通あたしのところにも伝言くらい寄越すでしょう!」

「……何を怒ってるのよ」

「ッ! ああ、もう、なんでタバサといい――そこのメイド」

「はい!」

「現場にいたメイドって貴方でしょ? 学院長が探してたわよ。ルイズのせいにして良いから早く行きなさい」

「ちょっと、なんで私のメイドに貴方が指示するのよ」

「はぁーこの子の立場も考えなさいよ。ほら、早く行く」

「わ、分かりました!」

 

 ルイズは玩具を取られた子供のような表情でキュルケを睨み、キュルケはと言うとそんな視線を受けて愛おしそうに苦笑した。

 

「フランメちゃん、大丈夫だった? 吸血鬼に噛まれたって来る途中に聞いたわよ」

 

 キュルケは首元を確認して、その下に指を這わす。人一倍に美に拘るキュルケだからこそ、フランメの肌質の良さを理解して内心首を傾げる。

 

「あら? これは……」

「キュルケ。前から思ってたんだけど、アンタってそっちの気もあるの? 私も貴族だし、性癖には肝要なつもりだけど、私の使い魔には手を出さないでね」

「違うわよ」

 

 フランメに触れる指を軽く杖で軽く退ける。

 

「だいたい、性癖ってちんちくりんの割にませてるわね」

「魔法の才能が無かったから花嫁修業が早かっただけ。ま、それも魔法の才が無い嫁はいらないって断られまくってるけどね」

「もったいない」

 

 キュルケは嫌味では無く本心でそう思う。ルイズは自分の事を卑下するみたいに言ったけれど、魔法の才能を抜いてもルイズと結婚するメリットくらい他国のキュルケにも簡単に見出せる。

 

「おかげでお父さまがキレて今度は嫁にやらんって言い張ってるのよ」

「素敵なお父様ね。まぁルイズは三女なのだし、御家騒動からは無縁よね。そう考えればお父様がずっと囲っても問題ないわよね」

「はぁ? 嫌よ、私だって結婚くらいしたいの。それに、魔法は使えないけど、それだけが貴族の全てじゃないわ、領地経営だったり社交だったり、立派にトリステイン貴族として姫様の役に立てる事はいっぱいある」

「ふぅん、大変ねぇ」

 

 結局のところは他人ごとなのだけど、それでも、頑張るルイズは微熱の二つ名を持つキュルケには好ましい存在だった。

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