目を開けると、そこには何もなかった。
「――――ここ、は……?」
辺り一面が白で統一されており、どこが壁なのか分からない程、距離感がつかめない。
「俺は、どうなって……」
起き上がろうとすると、カランという棒が転がる様な音がした。手元の方を見てみる。そこに、“
目の当たりにし、思い出した。
あの襲撃の事を。
そして――――敗北した事を。
「そうか……俺は、負けたんだ」
左手を木刀に添え、右手は力強く握りしめ、拳を思い切り地面に叩きつけた。
「――――くそぉっ!!」
表情が苦痛に、憤怒に歪んでいく。
男になす術なく、負けた悔しさ
大切な仲間を守れなかった不甲斐ない自分に対する怒り
「“何が皆を守る”だ……こんなに弱いのに、何が……!」
自責している青年。
白く輝く部屋が、黒で薄く滲んでいく。青年の心の内を表すかの様に、光を闇がどんどん埋め尽くしていく。
「もう、駄目だ……俺は――――」
「馬鹿者っ!!」
「いってぇ!?」
突然、頭に拳骨が落ちた。激痛が走り、青年は頭を押さえる。
「だ、誰だ――――」
振り返った途端、動きが止まった一刀。
「久し振りじゃな、一刀」
「じい、ちゃん……」
目前に、亡くなった筈の愛する祖父の姿があった。
思考が止まりかけるも、一刀は嬉しさと同時に疑問を抱いた。
(でも、なんでじいちゃんがここに?一体どうなって……)
考えをまとめ終えると、力が抜けたように膝をつく一刀。
「ああ、そうか……俺、死んだのか」
「ふんっ!」
「いったぁ!」
「何をぬかすか!この馬鹿者が!」
またまた祖父の拳が一刀に直撃し、一刀は当たった所を押さえる。
「じゃ、じゃあ何で?」
「今のお前は生と死の狭間におる。云わば、一種の仮死状態じゃな」
一刀の祖父、斬刀はそう説明する
「ここは、お主の精神世界。お前の心の中という訳じゃ」
「俺の、心の中?」
一刀は周りを見渡す。自分の心の中だというのに、あまりにも無機質な世界。
何もない……無の世界。
「これが、俺の心?何で、何もないんだ?」
「言ったじゃろ。お前は生と死の狭間におると。中途半端に止まったせいで、混乱しておるんじゃ」
「じゃあ……みんなは!俺の仲間は!?」
「落ちつくんじゃ、喚いても何の解決にもならん」
喝を入れると、一刀は黙る。またも、力なく項垂れる。
「俺は、結局誰も守れずに死ぬのか…?」
「そうでもないぞ」
「え?」
「見てみろ」
そう促すと、一刀は振り向く。
その目に写ったのは、大粒の涙で頬を濡らし、必死で自分の名前を呼ぶ、“大切な少女”の姿。
「愛紗……あの時、愛紗の為にと思って言ったのに、俺は愛紗を、傷つけてしまった……!」
「………」
「それに、あんな事言ったけど……俺も心のどこかでは……ずっと、じいちゃんを助けられなかった事が……」
人の事言えないな、と自嘲気味に呟く。
祖父が死んだ後から、ずっと心の中に後悔が残っていた。
大切な祖父を守れず、家族を全て失い、孤独に生きてきた。その寂しさからか、未だに忘れられずにいた。
「人は、大切な者と死に別れた後、どうしても相手の事を忘れられない。それその筈、愛しい者なら尚更じゃ」
腕を組み、言葉を紡いでいく祖父。
「過去に振り返って、見直すというのも、悪いことじゃない。じゃが、それにすがっても、何も変わらんこともある。そういうもんじゃ」
大事な孫を独りぼっちにしてしまった。祖父として心配しており、ずっと心残りとなっていた。
「それだけじゃない。俺は、怖いんだ……」
両手を見つめる一刀。その手は弱々しく、小刻みに震えていた。
「仲間は守りたい。でも、その為に人を殺すのが……怖くて……怖くて……」
体を抱き締めながら、一刀はガタガタと震えている。
この手で人を殺める。想像しただけで吐き気がしそうだ。
「誰だってそうじゃ。人を殺めるということは、そう相応の覚悟が必要になる」
肩に手を置き、祖父として優しく言葉をかける斬刀。
「一刀、お前はとても優しい子じゃ。だからこそ、儂は心配じゃった。人を殺めた時、立ち直れるかどうか……。だが、一刀よ。今のお前は、もう一人じゃないじゃろ?」
「…………」
「お前は、この世界に降り立ち、何を見た?」
歩み始める斬刀。その歩みに合わせるかの様に、空間に変化が生じる。
歴史の系譜が、映像として流れ始めた。
「この時代は、荒れに荒れておる。中には絶望し、死んでいった者も少なくない。じゃが、それでも人々は立ち上がった」
映っているのは、一国の王。または武人。または職人。または、どこにでもいる普通の青年。
「ある者は野望の為、ある者は生きる為、そしてある者は……守る為に」
三国志として、世間に知らされているこの物語では、血塗られた惨劇が繰り広げられた。
もしかしたら、まだ表に出てない事実もあるかもしれない。
一刀は俯いていた顔を上げる。
「確かに、俺はこの世界で人が争うのを見た。凄く、心が痛む様な感じだった」
服の胸の部分を握りしめ、一刀はそう答えると、今度は微笑んだ。
「でも……“仲間”と巡り会えた。大切な“仲間”と」
「うむ」
「だからこそ、俺は守りたい。今度こそ、この手で!」
「――――人を殺めてもか?」
目を細めて、試すかの様に斬刀は一刀を睨む。しかし、一刀は臆さない。
「俺はもう迷わない!この手で、みんなを守る!それが、俺の“覚悟”だ!」
二人はしばらく睨み合う。一刀の眼には、もう恐れや迷いはない。
その証拠に、空間を染めていた黒という闇が、どんどん無くなっていく。
代わりに、仲間との初めての出会い、そして思い出が映像となって走馬灯の様に流れている。
「どうやら……腹を括った様じゃな」
「ああ、もう迷ってなんか、いられないからね」
二人は、お互いに笑い合う。
「一刀よ。この先、何が待ち受けおるかは分からん。じゃが、お前には“仲間”がおる。きっと、お前の優しさに惹かれて集まった仲間達が、お前を支えてくれるじゃろう。その優しさを忘れるでないぞ?」
「ああ!」
「うむ!これなら、その“剣”も使いこなせるじゃろう」
斬刀は、一刀の手にある木刀を指差す。
「これ、ボロボロになっちゃって、もう……」
「案ずるな。これはちょっとやそっとじゃ傷付かん」
「いや、もう傷付いてるんだけど」
「木刀は仮の姿。お主が覚悟を決めた今、これは真の姿を現す」
斬刀の言葉を合図に、上から光が落ちてきた。あまりの眩しさに、一刀は顔を隠す。
流星の如く、ソレは木刀に直撃した。一瞬だけ輝きを増すと、光は収まった。
「こ、これは?」
「これが、お前の“剣”じゃ」
一刀の前には、ボロボロの木刀――――ではなく、“一本の刀”が浮いていた。
日本刀と酷似した形、鞘は漆黒で、柄の部分は光を思わせる様な、白で染まっている。
おそるおそると手を出し、刀を掴んだ。
「これが、俺の……」
「名は、お主の好きにせい」
一刀は握る力を強める。
腹を括った。もう逃げない。そう決意を固める。
「さて、もうそろそろかの」
「あっ……」
時間が迫っている。斬刀の姿が段々薄れてきた。
「一刀よ……強く生きろよ!」
「うん……ありがとう!じいちゃん!」
涙は頬に零れ落ちていた。しかし、一刀は笑顔で見送った。
最後の、感謝の気持ちを込めて
そして、師匠――――祖父は、光となって消えた。優しい笑みを浮かべながら。
すると、景色が更に光を増し、一刀は目を閉じた。
――――一刀は目覚めた。
最初に目に写ったのは、天井。上半身を起こすと同時に、全身に痛みが走り、顔を歪ませる。
「ゆ、夢……?」
横を見ると、すぐに夢ではないことを悟る。
机にあるのは、丁寧に折り畳まれた自分の白い制服。その上に、師匠から譲り受けた木刀――――否、刀が置いてあった。
「ありがとう……じいちゃん」
この場には、もういない親愛なる師匠に礼を言う。
そして、外がやけに騒がしいことに気づく。
窓から外の様子を伺い、すぐに察した。この村に危機が迫っている事、そして大切な仲間にも。
「俺が……みんなを守る!」
刀を掴み、腰に携え、制服を羽織り、一刀は出陣する。
◇◆◇◆
新たな得物――――流星丸を構え、横一閃に斬る。
「ぐはっ!」
「があっ!」
「うぐっ!」
「ぐへっ!」
賊は呻き声を出しながら、後ろに倒れる。
「はあっ!!」
続けて一刀は、攻撃を回避しながら、斬っていく。次々と断ち切られていく賊の四肢。肉を切る感触、吹き出る血潮。体が完治していない事もあり、全身に痛みが迸る。
鈴々も、体を動かそうとするが、力が入らずに顔を歪ませていた。
「はぁ……はぁ……!」
「くそっ、一斉にやっちまえ!」
号令と共に、賊が束になって襲いかかる。刃が眼前に迫りながらも、全員の得物を流星丸で防いだ。
「くっ――――ぅぉおおおお!!」
何とか力で押し返し、賊達は後退する。しかし、一刀は満身創痍。最早、立っているのがやっとの状態だ。
「今だ!やっちまえ!」
好機と見て、賊は攻撃を再開する。
杖代わりに立つも、震えが止まらない。しかし、その瞳に諦めの色はなかった。
「まだだ……まだ、倒れる訳には――――」
得物の刃が、一刀に迫る――――直前、賊の武器が弾き飛ばされた。
弾き飛ばしたであろう武器――――“青龍偃月刀”が、地面に突き刺さる。
偃月刀が視界に入り、一刀は急いで顔を上げた。
月に反射する艶やかな黒髪を靡かせ、嘶く馬に誇る軍神が、そこにいた。賊の軍団を飛び越え、彼女は一刀と鈴々の元に降り立つ。
「愛紗っ!」
「鈴々、よく頑張ったな」
「愛紗……うん!」
愛する妹の頭を撫で、褒め称える愛紗。鈴々が微笑み返すと、愛紗は一刀と向き合う。
「「――――」」
見つめ合う二人。両者共、言いたい事もあるだろう。しかし、それは後だ。
今、“やるべき事”がある。
「一刀……」
「愛紗――――行くぜ!」
「はい!」
一刀は刀を構え直し、愛紗は偃月刀を手にすると、賊に突き立てる。背中合わせの一刀と愛紗。
「妹と仲間が世話になったな――――礼は十倍、いや百倍にして返させてもらうぞ!」
愛紗は覇気を込め、偃月刀を突き立てる。
「く、“黒髪の山賊狩り”まで……」
「えぇい!弓だ!弓でやれ!」
四人の賊が弓矢を構える。
しかし、どこからか飛来してきた矢が腕に刺さる。その全てが、弓兵に命中。矢が放たれた場所を見ると、高台に一人の女性が弓矢を構えていた。
「弓なら、この黄忠がお相手致しますわよ」
「黄忠さん!?」
「どうして、ここに?」
「話は後!今は屋敷の守りを!」
弓の名手、黄漢升が加勢に加わった。
一方、門の反対側では、賊の大将二人が、陣取っていた。
「屋敷は、まだ落ちねぇのか?」
「ここは粗方制圧したってのに」
「て、敵襲だ!」
そこへ、馬超が馬に誇り、夏候惇の部隊を引き連れてやって来た。
「西涼の馬騰が一子!馬超推参!」
「者共!我等が力を見せてやれ!」
「「「はい!」」」
全員が女性で構成された騎兵だが、鋭利で強固な鎧で体を包み、数と錬度は非常に優れている。
「何っ、曹操軍が!?」
「その数、およそ三十騎!」
伝令の報告を聞き、動揺する大将達。
「悪党共っ!」
突如、発せられた声の方角を向くと、仮面――蝶をあしらった――を付けた武芸者が屋根の上にいた。紅い刃が特徴的な直槍――――龍牙を携えている。
「どうやら、年貢の納め時の様だな」
「誰だ貴様!」
「ある時は、メンマ好きの旅の武芸者。またある時は、美と正義の使者、華蝶仮面。しかして、その実態は――――」
「星っ!」
「来てくれたのか!」
「……星?」
一刀と愛紗が発した名前。後方で鈴々が訳も分からずに首を傾げる。
すると武芸者は、ごほんと咳をし、仕切り直す。
「またある時は、美と正義の使者、華蝶仮面。しかして、その実態は!」
そして、蝶の仮面を外す。
「常山の趙子龍!ここにあり!」
華蝶仮面改め、星は屋根から飛び降りる。瞬く間に賊の大群を蹴散らしながら、一刀達と合流する。
「次々と邪魔しやがって!こうなったらみんなまとめてやっちまえ!」
賊は再び攻撃を行う。
「星、一刀、背中を預ける!」
「うむ。一刀、愛紗、任せたぞ!」
「ああ!二人共、頼んだぜ!」
各々、武器を構えて、背中合わせで戦う。
「反撃に出ます!戦える人は三人一組になって、一人の敵に当たってください!」
「怪我人は、此方へ!」
朱里も、軍師として指揮を執り、瑠華は怪我人の避難誘導、治療を手伝っている。
「よいしょ。お母さん、しっかり」
矢が入った新しい
「奪う事しか知らない賊共よ!守るべきものを持つ我が手が放つ矢を受けてみよ!」
村の反対側でも、錦馬超が馬に誇り、槍の銀閃を巧みに使いこなして、賊を蹴散らしていく。
「あたしは今、燃えに燃えてるんだ!火傷したい奴はかかってこい!」
こうしてはいられない。
鈴々は、両頬をパンパンと叩いて喝を入れ、立ち上がる。
「こうなったら、鈴々も負けてられないのだ!」
「無茶はするなよ?」
様子を見に来た星に、大丈夫なのだ!と元気よく答える鈴々。
張翼徳も戦に参加し、戦況は圧倒的にこちらが有利となった。
「く、くそっ!まずいぞ!」
「このままじゃ、全滅だ!」
賊の大将二人は、手下を置いて、その場から逃走する。そして、村の正面にある門前。そこに辿り着いた瞬間、足元に何かが転がってきた。
「ぐおあっ!?」
賊軍のリーダー格である頭。地面の上を滑り、逃走していた二人と合流する。
驚いて見ると、刀を携えた一刀と、偃月刀を構えた愛紗がそこにいた。
「後は、お前達だけだ」
「観念するんだな」
刃を突き立てる二人。両者から放たれる怒りの氣に押され、狼狽え始める賊三人。
「こんな野郎……!」
「なめんじゃねぇぞ……!」
「ぶっ殺してやる!」
最後の悪足掻きなのか、三人はそれぞれの武器を手に、襲いかかってくる。図体は、二人を優に越えている。力も上だろう。
しかし、そんなものは関係ない。二人は冷静に、得物を構え直した。瞳を閉じ、精神を集中させる。
一刀は刀を鞘に入れ、抜刀術の構えに入る。愛紗は偃月刀を下に構えた。
「「「死ねぇえええええ!!!」」」
一斉に武器を下ろす賊達。迫り来る刄――――その刹那。
「「っ!!」」
瞳を見開き、氣を解放する。
「流星斬!!」
「青龍逆鱗斬!」
刀を抜刀、偃月刀を切り上げる。
一瞬にして、賊三人を倒した。
「がはっ!」
「ば、ばけもん……!」
「勝てる訳、なかったの、か……」
大将が討ち取られた――――これが意味する事。
「お、お頭方がやられた!」
「に、逃げろ~~!」
所詮は、烏合の衆。賊達は皆、尻尾をまいて逃げていった。
正に、劇・的・勝・利。
「ざまみろなのだ!」
「鈴々、風邪はもういいのか?」
「なんか一暴れしたら、治ったのだ♪」
「えぇ!?まったく、お前という奴は 」
「にゃはは〜♪」
愛紗は笑顔で、鈴々の頭を撫でる。それを微笑みながら眺めている一刀。二人だけでなく、星、馬超、孔明、黄忠、璃々。そして瑠華。
――――皆を守れた。
「本当に……よかった……」
「か、一刀!?」
限界を越え、力尽きた一刀。前のめりに倒れ、愛紗が慌てて抱き止める。
「……無事で、本当によかった」
慈愛に満ちた笑みを浮かべ、ぎゅっと抱き締める愛紗。彼女の胸の中で、一刀は静かに、眠りに落ちた。
その顔は、どこか誇らしげに見える。
遥か頭上にある夜空。一筋の流れ星が、煌めいた。