森の中を一人の少女が歩いていた。長く艶やかな黒髪が、風に舞う。
名を関羽と言う。彼女はこの世を正す旅に出ている。先程、降りかかった賊の一味を撃退した所だ。
「はぁ……さっきの賊といい、この世はどうなっていくのだ………」
ため息をつきながら、一人歩く。
賊の増加、漢王朝の腐敗。この世は正に、乱世の時代と化していた。
今の現状に憂いの表情を浮かべる。
そんな時だった。突如、空が光り出した。
「っ!な、なんだあれは!?」
青空だけでなく、辺り一帯を覆い尽くす程の規模だ。天高く昇っている太陽が迫っているかの様に感じる。
突如として現れた光に怯んでいると、段々と光が弱まってゆき、いつの間にか消えていた。
「くっ、今のは何だったんだ……?」
奇怪な出来事に、未だ警戒を解かない関羽。
光があった所に目を向ける。そこには一人の青年が倒れていた。それに気づくと、関羽は急いで青年の元へと駆け寄った。
「おい!しっかりしろ!大丈夫か!?」
上半身を抱き起こし、肩を軽く揺する。関羽の声に反応したのか、青年は重い瞼を、ゆっくりと開けた。
「――――ん………ここは?」
「よかった、気がついたか。」
青年の意識が戻り、関羽は安堵の息を溢す。
「俺、どうなって……」
「目が覚めて何より。それにしても、一体なにがあったのだ?」
「何がって――――」
青年は、彼女を見るや否や、石のように硬直してしまった。 目を見開き、完全に停止している。怪訝に思い、関羽は声をかける。
「あの~、どうなさいましたか?」
「――――っ!あ、ああ、ごめんごめん!あまりにも綺麗な人だったから、その……見惚れてた」
「なっ!」
頬を仄かに赤くした青年がそう言うと、関羽の顔も、瞬く間に真っ赤になった。
普段、言われ慣れていない為、彼女は戸惑うばかりだ。
「なっ、ななな、何を言い出すのですか!?」
「えっ?」
「えっ?じゃなくっ!………はぁ~~」
キョトン、とした顔でこちらを見る青年。下心がまったくないのだろうか?そう思わせる程、あどけない表情だった。
埒が明かないと察し、関羽は顔を赤くしたまま、大きなため息をついた。
(どうしたんだろ……?)
青年は首を傾げた。
こちらは全く気づいていない様だ。
「そういえば、まだ自己紹介していなかったな」
「……まあ、そうでしたね。」
そういうと、二人はお互いに自己紹介を始めた。
「まずは私から――――我が名は関羽。字を雲長と申す。」
「へぇ~関羽さんか――――えっ?」
「えっ?」
関羽が自己紹介をし終えたら、青年は間の向けた声を出した。
それもその筈、聞いた事が有りすぎる名が、一刀の耳に入ったからだ。
「……えっと……関羽、さん?」
「はい」
「…………」
真顔で言われ、青年は戸惑う。何か間違った事でも言っただろうか?と言わんばかりに、首を傾げる関羽。
彼女が嘘を言っているようには見えなかった。青年は沈黙し、思考に走る。
(えっ?ちょっと待っ、え?関羽ってあの関羽?あの軍神の?あの美髭公で有名な?)
関羽 雲長
蜀の王、劉備玄徳と桃園の誓いを交わした、伝説の軍神。青龍偃月刀を手に、戦場にてその武勇を振るった。
その関羽と同じ名を言った美少女が、目の前にいる。何より、彼女が肩に背負っている得物。
博物館等でしか目にした事のない代物。青龍偃月刀そのものだった。何故だか、まるで別世界に来たかの様な感覚に陥ってしまった。
(………もしかして、タイムスリップ?いや、でも、そんな……)
青年は続けて考えた。
「何がどうなってるんだ?そもそも俺は、この鏡を拾って――――」
青年は、右手にある鏡を取り出す。一瞬、太陽の光に反射したと思えば、鏡に変化が生じる。瞬く間に塵と化し、空に舞うように、消えていった。
「消え、た…………?」
「如何なされた?」
「ああ、ごめんごめん!」
茫然と立ち尽くしていると、関羽に声をかけられる。何とか平常に保ち、青年も自己紹介を始めた。
「俺の名は北郷 一刀。助けてくれたみたいだね、ありがとう」
「北郷殿ですか。礼はいりません。私は当然の事をしたまでです」
二人が自己紹介を終えると、一刀が口を開いた。
「それでさ、関羽さんに頼みがあるんだけど……」
「何でしょう?」
「実は俺、ここら辺のことに関して何も知らなくてさ……。よかったらついていってもいいかな?」
一刀がそう頼むと関羽は、笑顔で答えた。山道に一人で取り残すのも酷か、と考え、関羽は同行を許可する。
「ええ、構いませんよ。近くに、村があるようですし、とりあえずはそこまで行ってみましょう」
「本当に!?ありがとう、関羽さん!」
「ええ。それから、私のことは関羽でいいですよ」
「そっか、じゃあ俺のことも一刀って呼んでくれ。関羽」
「わかりました。一刀殿」
こうして一刀は、関羽に同行する事となった。
二人は森を抜け、近くの村へ行くことにした。
歩いている最中も、辺りを見渡す。都会では見られない、自然に溢れた道。遠くから見える村も、時代の背景を語らせる造りであった。先程の鏡の事もあり、嫌でも、認識せざるを得なくなってしまった。
村までの一本道を歩いていると、その途中で一本の木を見つけた。その下には小さな石があり、花が供えてある。
「ん?これは、何だろう?」
一刀がそう言うと、村の方から籠を背負った一人の年老いたおばあさんがやって来た。おばあさんは一刀の問いに答える。
「最近は、この辺りまで賊が出るようになっての。身ぐるみ剥がされて殺されたものも何人もおってな。花はそん人らへのせめてものたむけじゃよ」
「そうだったのですか……」
「………」
関羽がそう言うと、一刀は黙って墓の前で手を合わせた。関羽も続いて合掌する。
「お役人様がしっかりしとったら、こんな物騒なことは起こらんかったろうに。いやな世の中になったもんだで……」
おばあさんはそう言い残して、通り過ぎていった。
関羽がおばあさんを見送っている中、一刀は両手を強く握りしめていた。
村に入り、二人は村の様子を見ていた。
村人達が数人歩いているが、どこか活気がない。
「こんな村の近くにまで賊が出没しているとは……」
「確かに、な」
「一体、この村はどうなって――――」
「ひぃ~!出た~!」
突然、どこからか悲鳴が聞こえた。関羽と一刀は、咄嗟に身構える。
「賊か!?」
「いや、待て。あれは……」
「「子供??」」
叫び声を聞き、前方を確認する。砂煙と共に数人程の子供たちが、こっちに走ってきた。
「どけどけぇー!鈴々山賊団のお通りなのだー!」
「「鈴々山賊団??」」
豚に跨がり、そう叫んだ親分らしき少女。赤毛で小さな虎の髪飾りをしており、活発な印象を与えると少女だ。
「うりゃりゃー!!」
「きゃあっ!!」
「おっと!!」
鈴々山賊団は猛スピードで二人の前を通り過ぎていった。勢いに負け、関羽は尻餅をついてしまい、一刀は後ろに飛んでかわした。
砂煙を立ち込めながら、鈴々山賊団は凄まじい速度で去っていった。
「まるで台風みたいな勢いだったな……」
「やれやれ、全くですね」
「あっ、関羽大丈夫、か――――」
「ありがとうございます、一刀殿――――」
一刀は関羽に手を貸そうとしていると、二人して硬直してしまった。なぜなら、尻餅をついてしまったせいで関羽のスカートがめくれてしまった。純白に染まったその布が、一刀の視界に写ってしまったのである。
「えっ…と………」
「っっっ!!」
関羽は急いでスカートを押さえ、同時に一刀をギロリ!と睨み付けていた。羞恥心で、顔は真っ赤に染まっている。
「………………………見ましたか?」
「い、いやいやいや!み、見てないよ!?」
関羽が睨み付けながら聞くと、一刀は慌てて否定した。下手な事は言えない。本能的に察する一刀。
「――――本当、ですね?」
「あ、ああ!関羽の可愛い白いパンツなんて見てな――――」
ジャキッ!と、偃月刀を携える関羽。切れ長の瞳が、更に鋭さを鋭さを増している。
「………………あっ」
余計なことを。
直ぐ様に弁解の言葉を模索するが、時既に遅し。ジリジリと、関羽は迫ってきている。
「……………………」
「あ、あははぁ~………」
関羽はさらに睨み付け、青龍偃月刀を一刀に向けた。
(ま、まずい…!絶対にまずい!このままじゃ天に召される!眼福です!とか言ってる場合じゃない!!…よしっ!こうなったら!)
考えた挙げ句、一刀がとった行動は以下の通り。
「ごめんなさあああああああい!!」
「待てええええええええええい!!」
偃月刀を携える軍神から全力疾走で逃走する一刀。先程の鈴々山賊団とは比にならない程の砂煙が村を包み込んでいった。
結局、村中を追いかけ回され、青龍の餌食となったのであった。