真・恋姫†無双~北刀伝~   作:NOマル

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~張飛と馬超、口論するのこと~

部屋に戻ると、馬超は机と向き合い、紙に筆を走らせていた。

 

「まつ毛は、多い方が可愛いよな。ああ髪飾りを忘れてたぜ」

 

馬超は一心不乱に筆を走らせ、紙に何かを描いている。完成し終え、筆を置いた。

 

「これでよし、我ながらよく書けてるじゃないか。張飛にそっくりだ」

 

恐らく鈴々の似顔絵を描いたつもりなのだろうが、お世辞にも上手いとは言えない。まるで幼稚園児が描いた様な出来だ。

 

しかし本人は気にせずに、その紙を枕に張り付け、正座して向き合う。

 

「やっぱ、いきなりは無理だったよな。先ずはこれをあいつだと思って真名を呼ぶ練習だ」

 

コホンと一回咳き込む。一呼吸置き、言葉を発する――――が。

 

「り、り、り、っ………!!!」

 

そうそう、うまくはいかない。呼ぼうと思っても、ついつい口がごもり、中々言い出せない。

 

「くっ、中々手強いな……よっ、張飛♪」

 

真名ではなく、姓だけなら何の躊躇いもなく言える。しかし真名を呼ぶという事自体が、大きな壁が立ちはだかるのだ。

普段の流れでいけるかと思いきや、真名を呼ぼうとすると口が動かない。馬超はまたまた深呼吸をする。

 

 

 

隣の部屋で、愛紗と鈴々の部屋から璃々が出てきた。

 

「鈴々お姉ちゃん、関羽お姉ちゃん。お休みなさい」

「お休みなのだ。明日は瑠華も誘って蹴鞠で遊ぶのだ♪」

「うん♪」

 

璃々は笑顔で答えると、階段へ向かう。その途中で明かりが点いている部屋を目にする。部屋では顔を赤くした馬超が枕と向き合って何かを呟いていた。その様子を見て璃々は頭を傾げるのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

辺りは静寂に包まれ、美しい満月が村を照らしている。皆が寝静まった中、屋敷の屋根に登り、両手を後頭部に置いて、寝転んでいる少年が一人。

 

「綺麗だな……」

 

ぼそっと、小さく呟く。満月同様金色に輝く瞳は、夜空に点々と存在する星々を眺めていた。

 

荒れに荒れている乱世。

風景を眺める、といった束の間の安らぎでも、心を休ませられる。

 

そんな中、ふと思い出していた。

 

 

 

“あの時”の事を。

 

 

 

全てを失い、復讐に取り憑かれ、闇に身を投げた自分。

それ以来、何かを守ろうとしても“あの姿”のせいで怖れられ、蔑まされ、人々に受け入れてもらえない自分。

 

忘れたくても忘れられない記憶。どれもが頭の中を黒く染めていく。

 

 

この先、希望なんてあるわけない。

 

諦めに近い感情を抱いていた。

 

 

だが、それでも少年は生きてきた。

 

 

全てを奪った“あの男”をこの手で……。

 

 

そう、あの男を殺すまで自分は死ぬわけにはいかない。その為にはどんなことだってする。闇に堕ちようが、人を殺めようが。

 

「一刀……?」

 

廊下を一人の青年が歩いているのを見つけた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

青年は鏡の前に立ち、もたれかかる様に洗面台に手を置く。息は荒い上に、顔色も悪い。全身が汗でびっしょりと濡れていた。

 

「はぁ……はぁ……またか……」

 

手に染み付く様に残っているあの感触。そう、“人を斬る感覚”だ。

目に写ったのは、飛び散る血。鼻に入っていく顔を背けたくなるような匂い。

 

これが毎日続いていた。悪夢として蘇っているのだ。いつか、慣れる日が来るのだろうか?しかし、慣れたら慣れたで、怖いのも事実。非情な人斬りにはなりたくない。

当分は、苛まれる事だろう。

 

「――――やっぱりね」

 

声をかけられ、振り返る。暗闇の中から少年が浮き出てきた。見知った顔であると確認し、安堵する。

 

「瑠華か……」

「無茶しちゃってさ」

「ははは……」

 

笑みを作るも、どこか暗い。体調は優れていない様に見える。

 

「誰だってそうなんじゃない?初めて人を殺めた後っていうのは……」

「そう、なのかな……。瑠華も経験したことあるか?」

「ないよ」

「えっ?」

 

予想だにしない返答に、一刀は戸惑う。構わず瑠華は続ける。

 

「初めて会った時に言ったよね?僕は平気で人を殺す悪魔なんだって…」

「そんな事言うなよ。お前は悪魔なんかじゃない。とても優しい、俺達の大切な仲間じゃないか」

「本当の事を言っただけさ。あの日、僕は何の躊躇いもなく命を奪った。あんな屑共、罪悪感すら感じなかったよ…」

 

悪びる様子もなく、目を細めて淡々と少年は語る。さも当たり前の事をしたまでと言っている様に。

 

「なぁ、瑠華……やめることはできないのか?」

「……復讐を、かい?」

 

一刀は小さく頷く。少年の目が少し細くなる。

 

「お前の過去に何があったか、俺には分からない。偉そうな事を言うなって思うかも知れない。でも、このままじゃお前は本当に――――」

「一刀」

 

声をかき消して、青年の名を呼ぶ少年。言い争いになるか、という青年の予想とは違い、瑠華の表情は穏やかだった。

 

「僕はね?一刀や愛紗達に出会って、本当に良かったと思ってる。一人ぼっちだった僕に、手を差し伸べて、仲間にしてくれて……感謝してるんだ」

「瑠華…」

 

子供らしい笑みを見て、一刀もホッと口が緩む。心配はなかったか――――と思っていたが、

 

「でも“これ”だけは譲れない」

 

つまり、復讐をやめるつもりは毛頭ない。

 

さっきの表情が嘘の様に、瑠華は無になっていた。一気にその場の温度が下がる。思わず固唾を飲んでしまう一刀。自分が思っている以上に、少年の闇は深い。どれほど甘い考えで口走ってしまったのかと、実感してしまう。

 

「それにね、この楽しい時間もそろそろなくなると思うし」

「えっ、それどういう――――」

「さぁ?みんなの前から、いなくなるのかもね」

 

目を見開き、少年を見つめる。冗談を言っているのではなく、本気でそう思っているのが伝わってくる。

 

「や、やめろよ……そんな事二度と言うな!お前はもう一人じゃない。俺達の――――」

「僕を知らないからそんな事が言えるんだよ」

 

瑠華は目を吊り上げて、鋭く睨み付けた。僕の何を知っているって言うんだ。そう告げている様に聞こえる。

一刀は何も言うことができなかった。

 

そして、お互い無言のまま向き合う。

しばらくして、瑠華はゆっくりと振り向き、その場を後にした。

 

「じゃあね」

 

振り返る最中、一瞬だけ金色の瞳が紅く輝いた。

 

「……瑠華」

 

一刀は引き留める事もできなかった。何もできない自分が情けなくなる。それと同時に嫌な予感が過った。

その時が来ないように、青年は心の中で祈るしかなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

翌朝、朝食の場は、静寂に包まれていた。

 

「………」

「………」

 

無言。ただただ無言。

 

女性陣の視線は、青年と少年に注がれている。その当人達も無言だ。一人は気まずそうに頭をかき、もう一方は黙々と食事をしている。

 

「なぁ、瑠華――――」

「ご馳走さま」

 

静寂を破って、一刀は意を決して声をかける。しかし瑠華は気にも留めず、その場を去ってしまった。

伸ばしかけた手を徐に下ろし、一刀は深い溜め息を吐く。

 

その様子を目にし、皆が困惑する。

 

朝食を終え、一刀は一人廊下を歩いていると、黒髪の少女に呼び止められた。

 

「一刀」

「あ、愛紗」

「一体、どうしたというのだ?瑠華と何かあったのか?」

「いや、その……」

 

当然ながら、愛紗は心配し、事情を聞く。そして一刀は、昨日の事を話した。

少年が抱えている負の感情が、予想以上に大きいという事。

 

「瑠華が、そんな事を……」

「ああ、今までこんな事なかったのに」

「……」

「なぁ、愛紗。瑠華と初めて会った時、何を感じた?」

 

一刀は突然、愛紗にそう質問する。

その問いに、戸惑いながらも答えた。

 

「計り知れない程の孤独……あの子からは、そんな感情を感じ取りました」

「やっぱり、か」

「ええ。きっと、この子も辛い過去を背負って生きているのだと」

「うん……だから俺、どうしてもほっとけなかった。一緒に過ごしていく内に、ほんの少しずつでも、良い方向に向かえば……そうすれば復讐なんて」

 

しかし、そう簡単には心は変わらない。

 

あの少年の決意は揺るぎない。

何か良くない事が起きる。

やがて、その身を滅ぼす様な。一刀は廊下の手すりをぎゅっと握り締める。

 

「もしかしたら、俺には手もつけられないかもしれない……だとしても、俺はあいつを助けたいんだ。簡単な事じゃないとしても……」

「私もです」

「えっ?」

 

力んでいる手に、優しく包み込むように、愛紗は手を重ねる。視線を向けば、とても穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「一刀だけが重荷を背負う必要はない。背負うなら、私も一緒に」

「愛紗……」

「あの子の仲間は、一刀だけじゃない。もっと我々を頼ってくれ」

「……うん、ありがとう」

 

一刀は支えてくれる大切な仲間に、感謝を述べた。

 

自分は一人じゃない。頼れる仲間が、こんな近くにいる。

 

決意を改める様に、自分に言い聞かせた。

 

 

 

そして、夕食の場。瑠華は早々に食事を済ませて立ち去った。

すると、またまた問題が発生した様だ。

 

「えっ?馬超の様子がおかしい?」

「ええ。昨日の夜、璃々が馬超さんの部屋の前を通り掛かったら、扉の隙間から変な声が聞こえてきて……」

 

黄忠の話に、皆が耳を傾ける。

 

「それで気になって覗いてみたら…」

「激しく指を使って天国への階段を昇っていたと……」

 

星のトンデモ発言により一刀、愛紗、朱里は顔を赤くし、鈴々は理解できずにいた。

 

「それだったら別に心配ないのですが」

「いやいや、いいんですか黄忠さん!?」

「おや一刀。何を想像していたのかな?」

「あ、いや、俺は別に、そんな如何わしい事なんてぜぇ〜ん然!うん!これっぽっちも、思ってませんよぉ!?」

 

ニヤリと口元を吊り上げ、からかい出す星。隣にいる軍神に睨まれ、一刀は咄嗟に言い訳を述べる。

ぽろっと本音を漏らしていることに気づかず、誤魔化しを続けた。

 

「実際は、枕に変なお札を張り、その前に正座して何かぶつぶつ言ってたらしくて……」

「変なお札?」

「夕食もそこそこに部屋に戻って行ったが、今日一日奴には珍しく、あまり食も進まなかった様だが」

 

確かに、大食いの馬超にしては少ない量の食器を目にし、星はそう答えた。

 

「昨日の夜は、あまりよく眠れてなかった様ですし、今日も殆ど部屋に閉じこもりっぱなしで。これはもしかすると、気鬱の病かもしれませんね」

「えっ、病気!?」

 

朱里の解析に、驚きの声を上げる鈴々。

 

「聞くところによれば、西涼の民は“人馬一体”となって広大な野を駆け回り、狩りで捕らえた獲物を、生で頭からバリバリとかじる生活を送っているという」

「故に、こうした里での暮らしは性に合わぬのかもしれんな」

「おいおい、西涼の民から抗議の文が来ても知らんぞ?」

「てか、聞いたこともねぇし…」

 

星の冗談話に、一刀と愛紗は共に苦く笑う。

 

「趙雲さんの与太はともかく、環境が変わって本人が気づかぬ内に、鬱憤した気が蓄積され、心の具合が悪くなるというのは侭ある事。もしそうなら、西涼に帰ってしばらく療養した方がいいかもしれませんね……」

 

朱里がそう説明する中、鈴々は焦りの表情を見せる。

 

「でも、早くに結論付ける事もないだろ。なっ?」

「ああ、そう急ぐことはない。しばらく様子を見よう」

「そうですね」

 

一刀、愛紗、黄忠がそう言うと、鈴々は一人で席を外した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

早々に自室に戻り、真名を呼ぶ練習をしている馬超。

しかし、羞恥心が勝ってしまい、中々上達する事が出来ずにいた。

 

「何で肝心なのが言えないんだよぉ……ああもう!ちょっと休憩」

 

やけくそ交じりに、ベットに寝転ぶ。

 

『璃々はもう家族みたいなものだから、真名で鈴々って呼んでもいいのだ』

 

ふと、鈴々の言葉を思い出す馬超。

 

「だったら、あたしの事も真名で呼んでくれたっていいじゃん……」

 

不貞腐れる様に、ボソッと呟く馬超。どこか寂しそうにしている子供の様に。

 

「それとも、あいつはあたしの事をそんな風に思ってくれてないのかな……」

「馬超」

「っ!?な、何か用か!?」

 

突如、鈴々が部屋に入ってきて、挙動不審になる馬超。

 

「ちょっと話があるのだ」

「は、話ってのは何だ?り、り、り……」

 

寝台の端に座る鈴々。

こうなれば、ぶっつけ本番。馬超は思い切り、真名を呼ぼうとする――――。

 

「馬超は、西涼に帰った方がいいのだ」

 

予想だにしない言葉に、馬超は言葉を失う。

驚愕のあまり、目は大きく見開かれていた。

 

「ここにいると良くないから、帰った方がいいって、みんな言ってるのだ」

「――――なんだよ、それ」

 

どうしたのか、と鈴々は馬超の方を向く。彼女は両手を握りしめ、俯いて体を震わせていた。

 

「あたしが、いなくなった方がいいっていうのかよ……」

「そうじゃなくて、鈴々は馬超が西涼に帰った方がいいって」

「同じだろ!!」

「同じじゃないのだ!」

「じゃあどう違うんだよ!!」

「えっ、それはつまり、帰るってことはいなくなるってことだけど、いなくなった方がいいってことじゃ……」

 

鈴々が告げた不器用な言葉に、怒りを露にする馬超。

 

「出ていけっ!!」

「出て行けとはなんなのだ!せっかく鈴々が心配しているのに」

「うるさいうるさいうるさい!!お前の話なんか聞きたくない!!」

 

怒りのあまり、怒鳴り付ける馬超。鈴々に物を投げつける。

 

「分かったのだっ!出てってやるのだ!!」

 

鈴々も怒り、頬を膨らませ、部屋を出ていった。

 

そこを偶然通り掛かった瑠華。鈴々はそれに気づかず、横を通り過ぎる。

 

「鈴々……?」

 

何かあったのかと怪訝に思い、瑠華は鈴々が後にした部屋に入る。

 

「馬超、今鈴々が……」

 

部屋の主である馬超は、布団を頭から被り、うずくまっている。

寝台の前には、びりびりに破り捨てられた、似顔絵付きの紙があった。

 

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