真・恋姫†無双~北刀伝~   作:NOマル

36 / 38
~一刀、仲間と絆を深めるのこと~

翌日、朝食の場にて、鈴々と馬超は、がむしゃらに食い尽くす。大食い、やけ食いをしていた。いつもとは違う二人に、皆手を止めていた。

 

「「おかわりっ!!」」

「はわわ……」

 

目を合わせると、即座に顔を背ける二人。どう見ても、険悪の仲となっている。

 

白米の入った釜の近くにいる朱里に、二人はおかわりを要求。剣幕に近い表情で睨まれ、朱里はビクッと怯える。

二人は一度視線を合わせると、不機嫌そうに顔を背ける。

 

「ご馳走さまっ!」

「あ、あの、おかわりは……」

 

馬超はそのまま立ち去っていった。

何かあったのだろうか、と皆顔を見合わせる。

 

(鈴々と馬超、喧嘩してるのか?)

 

二人の様子は、早々に食堂から去っていった“少年と一刀”の現状を思わせた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

鈴々は、鍛練場で一人、蛇矛を振るう。

しかし、その動作は荒く、どこか自棄になっている様にも見える。

その傍ら、璃々は近くの壁にもたれ、俯いていた。

 

「鈴々お姉ちゃん……」

「何なのだ!」

「馬超お姉ちゃんと喧嘩した?」

「ギクッ!?」

 

図星だったようで、鈴々は蛇矛を地面に突き刺してしまう。実に分かりやすい。

 

「こ、子供には関係ないのだ!」

「むぅ……そうなんだ!折角仲直りの方法を教えてあげようと思ったのに!」

 

邪険にあしらう鈴々。

それに対し、頬を膨らませ、璃々は答えた。

 

「えっ、どんな方法なのだ!?」

「教えてほしい?」

「うんうん♪」

 

さっきまでの態度はどこへ行ったのやら。藁にもすがる思いで、鈴々は興味津々に尋ねる。

 

「じゃあ、教えてあげる。あのね――――」

 

鈴々は腰を下ろし、璃々はボソボソと耳打ちをする。

 

 

◇◆◇◆

 

 

村から外れた河川敷。馬を洗いによく来るこの場所で、馬超は石を川に投げた。ボチャンと水が跳ね、波紋が広がる。

 

「本当に西涼に帰っちまおうかなぁ……」

「あっ、こんな所にいたのだ!」

 

鈴々の口から出た言葉により、深く落胆してしまった馬超。一人途方に暮れていると、向こう側から鈴々が駆け寄ってきた。

馬超は咄嗟に、顔を背ける。

 

「馬超!馬超ってば!」

「なんだよ――――っ!?」

 

振り返ると、馬超は動きを止めた。

 

「――――馬超」

「ええっ!?」

 

いつもとは違う雰囲気の鈴々。未だ穢れを知らない一人の乙女に見えた。

顔を赤くし、戸惑う馬超。

 

そして、鈴々は徐に、彼女の頬に唇を近づけ、接吻。

 

「っっっっっっ!?」

 

脳が爆発。一気に顔を紅潮させる馬超。

 

「馬超?」

「馬鹿ぁ〜〜!!」

「へっ?」

「馬鹿っ!馬鹿っ!バカバカバカバカぁ〜〜!!」

 

当然、こうなる。

大声で叫び、馬超はその場から走り去ってしまった。

鈴々は一人取り残され、開口したまま茫然とする。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「なんだよ!何でいきなりあんなことを!?ああもうチクショウ!」

 

只今絶賛混乱中。

鈴々の行動に訳が分からず、馬超は無我夢中で宛もなく走り続けた。

 

「あれ……どこに行ったんだろ鈴々?」

 

一刀は、道に迷っていた。

二人の事が心配――瑠華の事があるから尚更――になり、内緒でついてきたのだ。所が、途中で見失ってしまい、加えて道が分からなくなってしまった。

 

「困ったなぁ……」

 

どうしたものか、と頭をかきながら、思考する。周りを見渡し、やや前傾姿勢で、前方に目を向けた。

 

その為、一刀は気づかなかった。

 

横から飛び出してきた茶髪ポニーテールの少女に。

 

「「――――えっ?」」

 

ゴンッ!!!と、頭と頭がぶつかった。

 

「「っっ!!?」」

 

そして、二人は衝突。

走っている体勢がやや前傾だった事もあってか、両者共に頭を強くぶつけた。

視界が回り、よろよろとその場に崩れ落ちた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

その頃、鈴々は桃花村へ帰宅。不機嫌丸出しで、強い足踏みで歩く。

 

「まったく!何が仲直りの方法なのだ!言われた通りにしたら余計怒らせちゃったのだ!これだから子供の言うことは当てにならないのだ!!」

 

その子供に頼った癖に……。

 

 

 

そして、夕食時。二人の姿がない。

 

「馬超さん、遅いですね……」

「そういえば、一刀の姿も見当たらないな」

「ふむ、山中の人気のない所で“しっぽり”やっているのかもな?」

「何ぃ!?」

 

星の言葉に反応し、鬼気迫る表情で愛紗は立ち上がり、椅子が倒れる。

 

「はわわっ!星さん、ややこしくしないでくださいよ〜」

「関羽さん、落ち着いて?ね?」

「う、うむ……つい取り乱してしまった」

 

はっと気がついた愛紗は、椅子に座り直す。どこから取り出したのか、“偃月刀”を壁に立て掛けた。

 

「もしかすると、また三日草に寄生されているのかもな?」

「趙雲さん、変なこと言わないでください!」

「でも、様子がおかしい様でしたし…」

 

黄忠は頬に手を当てて、馬超の身を案ずる。

 

「とはいえ、いくら気鬱の病が高じた所で山に出て首を吊るような事はあるまい」

「山で!?」

 

表情に焦りが出る鈴々。そして、立ち上がった。

 

「探しに行ってくるのだ!!」

「探しに行くって……おい!?」

 

愛紗の制止を聞かずに鈴々は飛び出していった。

 

「一刀と馬超もそうだが……」

「瑠華……」

 

もう一人、この場にいない者がいる。

前は、早めに食事を終えて帰る事が多かったが、ここ最近は一人で済ませる事がほとんどだ。山へ赴き、川で魚を捕って食する等、明らかに自分達と距離を取っている。

話をしようにも、生返事が殆どで、聞く耳を持たない。

 

「どうしたものか……」

 

腕を組み、愛紗は重いため息をついた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

森の中、いち早く目を覚ました馬超。額から感じる鈍い痛みに顔を歪ませる。

 

「いってぇ……!何が起き――――ん?」

 

ゆっくりと下を向くと、よく見知った顔がそこにいた。しかも、仰向けになっている彼に、自分が跨がっている状態である事にも気づいてしまう。

 

「〜〜〜〜〜っ!?」

「うぅ……」

 

顔の温度が一気に上がり、急いで立ち退く。一刀は痛む頭を押さえながら、上半身を起こした。

 

「あれ……馬超?」

「お、おう……一刀」

「あれ、何でこんな所に?」

「いやいや、それはこっちの台詞だよ」

「えっと、俺は確か鈴々の後を追って……」

 

一人で思い出していると、不意に声が聞こえた。

 

「お〜い!お兄ちゃ~ん!馬超どこにいるのだ〜!聞こえたら返事するのだ~!」

 

見ると、鈴々が大声で自分達を呼んでいた。

 

「鈴々、探しに来てくれたみたいだな」

「………」

 

草陰から鈴々を目にする二人。馬超はどこか複雑な気分でいる。

 

「馬超!首吊っちゃダメなのだ〜!!」

「なんだよそれ……」

「多分、星に吹き込まれたんだな……」

「お兄ちゃ~ん!えっと、しっぽり?やってないで帰ってくるのだ~!」

(あいつ)……なんつう事を……!」

 

とんでもない事を吹き込まれたらしい。

お願いだから大声で言わないで……と、一刀は切に思う。馬超も馬超で、苦笑する。

 

「まったく……鈴々の奴、なんで」

「そりゃあ、馬超の事を心配してるからじゃないかな」

「でも……西涼に帰れって」

「それは、馬超の身を案じての事で……」

「へっ?」

 

初耳だと言わんばかりに、呆気な表情をする馬超。一刀は全員が思っていた事を話した。

驚きを隠せずにいると、馬超も話し始める。自分が悩んでいた事を。

 

「成程、真名を呼び合いたいけど、中々きっかけを掴めずにいる、か」

「ああ……まさか、こんな事になるなんて思わなかったよ」

 

表情は暗くなり、俯く馬超。すると頭に何かが乗った。

顔を上げると、一刀は優しい笑みを浮かべ、茶色の髪を撫でていた。

 

「そんなに落ち込むなって。こうして森の中まで探しに来てくれたんだ。鈴々は仲直りしたいと思ってる筈。馬超は?」

「そりゃあ、したいよ……」

「じゃあ、何も心配いらないじゃないか」

「えっ?」

「喧嘩する程仲が良いってよく言うだろ。今回はただの勘違いだったんだ。もう一度、鈴々と話し合ってみようぜ?そうすれば、絶対に仲直りできる。俺達は仲間だろ?」

「……そう、か」

 

一刀は笑顔で励ましながら、優しく撫でる。その手は温かく、とても心地よい。

安心出来たのか、馬超は小さく微笑む。

 

「ありがとな、北郷」

「どういたまして」

 

軽く笑い、二人は鈴々の方を向く。

 

「う〜ん……山の中に走って行ったから山の中を探せば見つかると思ったのに、見つかんないのだ!!」

「相変わらず大雑把だなぁ」

「まあ、あれが鈴々だから」

「それもそうか」

 

二人は、楽しそうに笑い合う。

また鈴々の方を向くと、二人は異変に気づいた。

上の道から、“黒い塊の様なもの”が鈴々目掛けて急接近している。

 

「鈴々!!」

「危ない!」

「あ、お兄ちゃん!馬超!」

「後ろ!後ろだ鈴々!!」

「後ろ?」

 

同時に飛び出し、馬超は太めの木の棒を手にし、一刀も鈴々を庇う様に前に出る。

黒い塊――――否、黒い体毛の巨大猪が、速度を落とさずに突進してくる。

 

「カンカン♪」

「「……へっ?」」

 

鈴々の声音に、二人して呆気に取られる。

 

すると、猪もスピードを緩め、三人の前で急停止。鈴々は懐く様に、猪に抱きついた。

 

「やっぱりカンカンなのだ♪にゃはは」

「お、おい、鈴々。カンカンって?」

 

馬超は恐る恐る、鈴々に問いかけた。

話によると、鈴々が昔飼っていた猪……“らしい”。

 

「ちっちゃい頃からずっと暮らしてたのだ。でも、じっちゃんが大人になったから山に返してやれって、泣く泣くお別れしたのだ」

(あれ……この展開どっかであったような……)

 

一刀は一人、嫌〜な予感がしてならなかった。

 

「まさかこんなところで会えるなんて感動の再会なのだ♪」

「いや、感動はいいけど、本当に昔飼ってた奴なのか?」

 

馬超が半信半疑で質問する。

 

「そうなのだ。その証拠に、こっちの脇の下に白い毛のふさが――――」

 

鈴々は猪の右足を上げる。

そして脇を見た瞬間、顔全体に大量の冷や汗がダラダラと流れ出した。

 

「えっと、鈴々?念の為に聞くけど、その……やっぱり、俺の――――いや、俺達の目には、白い毛のふさなんてどこにも見当たらない様に見えるんだけど……」

「にゃはは……ないのだ。どうやら猪違いだった様なのだ」

(あぁ、これがデジャヴって奴、なのかな……)

 

“デジャヴ”――――目の前で起きた現象が、過去に見た事のあると錯覚してしまう現象。

 

 

「てことは……」

「またかよぉおおおおおおお!!」

 

一刀は鈴々を脇に抱え、馬超の手を引いて走り出した。馬超は引っ張られながら、追いかけてくる猪の頭を、棒でベシベシと叩く。

 

ひたすら山の中を走り回り、なんとか猪を撒くことに成功。

 

気がつけば、空は夕焼けの色に染まっており、三人は大きな岩の上で、荒くなっている息を整えている。

 

「何が感動の再会だぁ!!」

「あ、ああいう繰り返しは基本中の基本だから、しょうがないのだ……」

「はぁ、はぁ……こんな繰り返しは、真っ平御免だよ」

「確かに」

 

馬超は呆れながらも、一刀に同意する。

 

「やれやれ、これだから鈴々は――――」

 

その時、馬超は気づいた。いつの間にか、張飛の事を“真名”――――鈴々と呼んでいる事に。

 

「あ、あのさぁ……あたし、真名で鈴々って呼んじゃってるけど、いいのかな……?」

「馬超がそうしたいのなら、鈴々は構わないのだ」

 

あっけらかんとした返答に、馬超は目を見開いた。

 

「だって、馬超は鈴々の“友達”だから♪」

 

笑顔で、そう言い切った。

 

「あ……あは、ははは!ははははははは」

 

馬超は顔を手で覆い、大きく笑いながら、橙の空を見上げる。

 

「そっか、そうだよな!鈴々とあたしは友達だもんな」

「何が可笑しいのだ?何で笑ってるのだ?」

「まあいいじゃん。友達なんだから気にすんなって」

 

馬超は鈴々の肩を持ち、二人は肩を寄せ合う。目尻に涙を浮かべながら楽しそうに笑う馬超。鈴々は訳も分からず頭を傾げていた。

 

そんな二人の姿を一刀は嬉しそうに眺めている。

 

「ほらな、言った通りだろ?」

 

一刀は、よっこらせっと立ち上がる。

 

「さ、二人共。早く帰らないとご飯がなくなるぞ〜?」

「あ、そうだったのだ!」

「おっと、やべぇ!」

 

食べ物の事になると、二人は急いで立ち上がる。

 

「帰るか」

「おうなのだ♪……お兄ちゃん?」

「ん?ああ二人共、先に戻っててくれ」

「えっ?」

「それじゃあ!」

「お、おい!!」

 

二人とは正反対の方向へ、一刀は走っていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

森に位置する湖。水面には、夜空に輝く星々が写っている。その近くの草むらに、少年は一人で座っていた。

少年――――瑠華は閉口し、何もせず、ただ湖に写し出されている星を眺めていた。

 

――――お前だって、経験したことあるだろ?

 

青年から発せられた、昨日の言葉が脳裏を過る。

即ち、人を殺めた時の罪悪感。恐怖。哀しみ。青年はそれの事を聞いていたのだ。

 

しかし、少年はそんな事はないと答えた。

 

確かに、罪悪感なんて感じた事なんてない……“あの時”だけは。

 

暫く経った後、待っていたのは悪夢という地獄だった。愛する人達の死、醜い断末魔、手に残る生々しい感触。そして“血”

 

まだ幼い彼にとっては耐え難いものだった。しかし、それでも生きなければならない。

 

“あの男”を殺すまでは……。

 

いつの間にか敵を威嚇する様な面持ちになっていた。

すると、ザッザッと雑草を踏む音が聞こえる。少年な振り向きもせず、横目で一瞥すると、ため息を吐いた。

 

「……何?」

「別に?ここにはよく来るから、立ち寄っただけ」

「あっそ」

 

素っ気なく返すと、青年が隣に腰掛けてきた。

お互い見向きもせず、無言の状態が続く。

 

不意に、青年が静寂を破った。

 

「なあ瑠華」

「…………」

「あれから、お前の事を考えてたんだけどさ」

「…………」

「やっぱり、お前をほっとくなんて、できねぇよ」

 

まただ。この人は何故こんな事を言うのだろう?自分がいたらいつか不幸になるかもしれないのに……。最初に出会った時から、自分の事を何もかも理解しているかの様に、言葉をかけていく。

 

今は良き日常を送れても、長くは続かない。

 

でも、こうして気にかけてくれる事が、嬉しかった。だからこそ、この人を危険な目に合わせたくない。

 

「あのさ、僕がいたらみんな不幸になるんだよ。分かる?僕は疫病神で、そんな奴はとっととどっかに行ってしまった方が――――」

「そんなの御免だ!!」

 

突如として放たれた怒鳴り声に、思わず肩を竦める瑠華。彼の迫力に押され、押し黙る。

 

「誰が何と言おうと、お前は、俺達の大事な仲間だ……そんなこと言うなよ……自分を傷つけるなよ……!」

 

少年の肩に手を置き、訴えかける様に、懇願する様に、声を震わせる。

瑠華は俯き、顔を見る事が出来ない。

 

「……だからこそだよ。大事な人達だから……僕は」

「瑠華、何か勘違いしてないか?」

「えっ?」

「仲間っては、助け合うものだろ?支えあうものだろ?」

 

瑠華の肩に手を置き、目を見て答える。

 

「一刀の言う通りだ」

 

優しい声音に気づき、その方向を向く。月光に照らされ、長い黒髪がよく映える。

愛紗は、二人の元へ歩み寄る。

 

「愛紗……」

「瑠華、一人で背負い込むな。仲間である私達にも、その苦しみを分けてくれ。な?」

「で、でも……」

「言ったはずだぞ?“子供が遠慮することはないぞ”と」

 

愛紗は瑠華の隣に座る。優しく微笑んで、頭を撫でた。

 

「どんな事になっても、私達が守ってやる。絶対に」

「……本当に?」

「ああ、約束だ」

 

視界が潤んでいるのに気づき、見られまいと下を向く瑠華。唇を噛み締め、ぐっと堪える。

 

「瑠華、本当は辛かったんだろ?誰だって、人を初めて殺めた時ってのは、嫌なものだよな」

 

すっかり日が暮れてしまった夜空を眺め、一刀は静かに語りだす。

 

「俺がいた世界じゃ、昔と比べると平和で、これが当たり前だってそう思ってた――――でも、この世界は違う」

 

人同士が争い、憎しみ合い、苦しみ、死んでいく。これは現実の事だと、理解させられた。

 

「そして、大切な人を守る為に師匠から習った剣術で、俺は初めて、人を殺した……」

 

両手を握りしめる一刀。俯いて表情は分からないが、それでも彼の心情が伝わってくる。二人は悲痛な表情を浮かべていた。

 

「悪夢に魘されて、夜も眠れなくて、何度も吐いたよ。でも、それと引き換えに良い事もあった」

 

良い事?と、二人が疑問を抱く。

 

「訳も分からずに、この世界に飛ばされて、最初は戸惑ったけど、ここで愛紗と出会えた。それが、一番最初の良い事かな」

「一刀……」

「次に、鈴々と出会って、あの子の兄貴になった時は、本っ当に嬉しかった!可愛い妹が出来て、本当の家族になれたみたいで……全てを失った俺にとって、救いになった」

 

愛紗と鈴々との出会いを、懐かしむ様に思い出す一刀。

 

「それから一緒に旅をして、星に馬超、孔明ちゃん、黄忠さんに璃々ちゃん、そして瑠華という大切な人達に巡り会えた。それが、俺にとってこの世界で得た、かけがえのないものだよ」

 

その言葉に、二人は嬉しい気持ちで一杯になる。彼は、照れ臭そうに頬をかいていた。

 

「ま、まあ、こんなこと恥ずかしくて皆の前では言えないんだけどな……」

「いや、もう遅いと思うよ」

「えっ?」

 

苦笑いを浮かべた瑠華と愛紗は、横の方向を指差した。つられて振り向く。

 

「あ〜、皆さんお揃いで……」

 

仲間が全員集合していた。

 

にゃははは♪と笑う者や、気まずそうにする者もいれば、にやにやと笑みを浮かべている者もいる。結果、全員に聞かれていた、以上。

 

しかし、全員心が穏やかだった。あんな嬉しい事を言われて嫌なものか。彼の仲間でよかったと、全員思うのであった。

 

因みにだが、鈴々が馬超の事を真名で呼ばない理由――――いや原因は星にあった。

 

曰く、西涼の民は血の繋がりのない者に真名を呼ばれると馬になる……らしい。

 

「お母さん、そんな事ないよね?」

 

当然、そんな事はない。璃々ちゃんは引っ掛からなかった。星も、まさかこんな大事になるとは思ってなかった様だ。

案の定、馬超には怒りをぶつけられた。何やってんだが……と、一刀は苦笑していた。

 

「成程、只者ではないとは思っていたが、まさか別の世界から来た者だったとはな」

 

話を変える為か、気になっていたからか、星は一刀の話題に入る。

 

そういえば、まだ全員に話していなかった。自分が、“この世界”の住人ではないという事を。

言えば、皆の自分に対する心が変わってしまうんじゃないか。そんな不安があったからだ。

 

「道理で、面白いお方だと思った訳だ」

「にわかに信じがたいけど、まあ北郷は仲間だしな」

「北郷さんが北郷さんである事に、変わりありませんからね」

「はい、私もそう思います」

「お兄ちゃんは、お兄ちゃんなのだ♪」

「お兄ちゃん大好き♪」

 

しかし、彼女達の対応は、何も変わらなかった。違う世界の住人?それがどうした。

そう言わんばかりの、優しい笑顔に思わずこっちも笑ってしまう。

横にいる愛紗と瑠華。二人も微笑み、首を縦に振る。自分は、良い仲間に巡り会えたと、心の底から安堵する。

そして、一刀は閃いた。

 

「そうだ!良い機会だし、皆で真名の交換ってのはどうだ?」

「大賛成なのだ♪」

「それはいいな」

「異論はない」

「あたしもいいぜ」

「いい考えですね」

「いいですわね」

 

一刀の提案に、皆が承諾してくれた。

 

「ああでも、流石に結構年上の黄忠さんを真名で呼び捨てにするのは、まずいかな?」

「北郷さん、何が仰りたいのかしら……?」

「へっ!?あ、いいや〜黄忠さんはお若い!お若いな〜!あははははは!!」

 

年長者からの笑みを浮かべての睨みに、ただならぬ殺意を感じ取った一刀。

下手な発言は、自らの命を縮めるものだと悟った。

 

「では、私から。我が名は【関羽】字は【雲長】。真名は【愛紗】。この真名、皆に預けよう!」

「鈴々は【張飛】、字は【翼徳】。真名はもちろん【鈴々】なのだ♪この真名、皆に預けるのだ」

「あたしは【馬超】、字は【孟起】。真名は【翠】。みんなに預けるぜ!」

「我が名は【趙雲】、字は【子龍】。真名は【星】。この真名、皆に預けたい」

「私は【諸葛亮】、字は【孔明】。真名は【朱里】。この真名、皆さんに預けましゅ……はわわ」

「私は【黄忠】、字は【漢升】。真名は【紫苑】と申します。この真名、皆さんに預けましょう」

「璃々は璃々で~す♪」

 

女性陣が真名を交換し終え、続いては青年と少年の番だ。

 

「僕の名は【月読】。字はない。真名は一刀からもらった【瑠華】。この真名を、皆に預けるよ」

「よしっ!最後は俺だな」

 

瑠華の紹介を見届け、自分が取りを務める。

 

「改めて、俺の名前は【北郷 一刀】。生憎、真名はない。だから、一刀って呼んでくれ」

 

真名がない。その事に、一同は驚いていたが、今更特に気にしなかった。

 

「これからも、お互いに協力しあい、絆を大切にし、乱世を鎮めよう!!」

『おう(なのだ)!!』

 

真名を預け合い、真に仲間となった。こうして絆がより深まった一刀達。

 

 

そして、全員のお腹が一斉に鳴った。

 

「あっ……」

「そういや、ご飯まだだったな」

 

その場は、明るい笑い声に包まれた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

そして夜、寝間着姿の愛紗は、一人月を眺めていた。そこへ、星が通りかかる。

 

「どうした、眠れぬのか?」

「いや、そういうわけではないが……」

 

星も隣に立ち、共に月を眺めた。

 

「平和なものだな」

「ああ、だが……」

「何か、気にかかる事でもあるのか?」

 

星の問いかけに、愛紗は答える。

 

「確かに、この辺りは平和になった。しかし、世の中にはまだまだ苦しんでいる人々がいる。そう思うとこのままこうしていいのかどうか……」

「また、旅に出るか……?」

「うん、そうだな。それもいいかもしれん

「分かっているとは思うが、その時は私もついていくぞ」

「それは構わぬが、また途中でいなくなったりするなよ?」

 

失踪した覚えのある仲間に、呆れ半分に言う。

 

「鈴々も一緒なのだ!」

 

突然の大声に振り向くと、寝相が悪い妹が寝言を言っていた。

 

「鈴々はずっとお兄ちゃんと愛紗と一緒なのだ……ずっと……」

 

その姿を、二人は微笑ましく見る。

 

「それに私達には、頼れる仲間がいるしな」

「確かに、それは言えてるな」

 

愛紗と星は優しい笑みで隣の部屋を見る。

 

その寝室では、仲直りした二人の兄弟が眠りについていた……。

 

 

◇◆◇◆

 

 

晴れ渡る青空の下、籠を背負った一人の少女が茶店の主人に尋ねる。

 

「あの、すいません」

「へい、何でしょう?」

「その、桃花村へはどっちへ行けばいいんでしょう?」

「桃花村?ああ、あの義勇軍の……」

「はい」

 

主人が道を教えると、少女は礼を言い、その道を歩み始めた。

 

一羽の鷹の鳴き声が、青空に響き渡る。

 

 

 

 

 

新たな旅が、始まろうとしていた――――

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。