真・恋姫†無双~北刀伝~   作:NOマル

38 / 38
~劉備、旅に出るのこと~

 

厚意に甘え、一泊することにした劉備。そして今、屋敷の風呂場にて疲れを癒していた。

 

「お風呂なんて久し振り〜……うふふ♪」

 

桃色の長髪をタオルでまとめ、湯に浸かる。愛紗に匹敵する程のプロポーションが露となっており、肌が紅潮してやや艶やかに見える。

 

「えっと……黒髪が綺麗なのが関羽さん、お利口な方のチビッ子が孔明ちゃんで、そうじゃない方が鈴り……じゃなくて張飛ちゃん」

 

劉備は、今日出会った人達の名前を覚えようと、口に出して答える。

 

「言葉にしにくい雰囲気の趙雲さんに、強気な雰囲気の馬超さん。おっぱいが一番大きい黄忠さんと娘の璃々ちゃん、そして最後に……」

 

助けてくれた際に見せてくれた、あの優しい笑顔が思い浮かんだ。

 

「北郷、さん………」

 

のぼせたのか、顔はどんどん赤みを増していく。気づけば、彼の事を思うだけで鼓動が早くなっていた。

 

こんな事は、生まれて初めての経験だ。

 

「真名、何て言うんだろう……?」

 

唐突に、自分は何を言ってるんだろうか。

恥ずかしさのあまり顔を湯に浸けて、ブクブクと泡立てる。誤魔化す様に、顔を上げた。

 

「でも、みんな優しい人達でよかったなぁ……」

 

桃花村の住民達による優しさや温もりを、その身に感じ取る。

 

「ふぅ、良いお湯だった〜♪」

 

風呂から上がり、タオルで髪を拭きながら廊下を歩く劉備。寝間着姿で、豊かな胸のせいか、谷間が露となっており、中々に艶やかだ。

 

「やあ、劉備」

「へっ?あ、北郷さんっ!?」

 

曲がり角で、一刀とばったりでくわした劉備。急な事で声が裏返ってしまった。

 

「どうかしたか?」

「い、いや、何でもないですよぉ〜?あ、あはははは!!」

「なら、いいけど……」

 

あたふたし始める彼女に、一刀は頭を傾げる。

 

「と、所で、北郷さんはどうしてこんな所に……?」

「ああ、劉備を探してたんだよ」

「えっ?私を?」

「うん。屋敷は結構広いからな。来たばかりじゃ迷っちゃうかもしれないし、部屋まで案内しようと思って」

「そうだったんですか」

「じゃあ、行こうか」

「はい、ありがとうございます」

 

一刀が部屋まで先導して、劉備は彼の横に付いて歩く。

 

「北郷さんって、やっぱり優しいな…」

「なんか言った?」

「い、いえ!別に何も……」

「そう?」

 

劉備は彼の横顔を見ながら、そう思った。自然に彼女は笑顔になる。

 

そして、かくいう一刀も、少なからず緊張していた。

 

ふと、横目で彼女の方を見る。タオルで髪を拭く、という普通の動作でさえも魅力的に写ってしまう。

 

更には風呂から上がったばかりのせいか、肌が紅潮している様に見え、少しはだけた寝間着から見える胸が中々に艶々しい。

 

愛紗と同じ位だろうか?という風な事を思う思春期の男の子。

 

(はっ、いかんいかん!何を考えているんだ俺は……!)

 

とは言うものの、ちょっとは意識してしまう。次に思い浮かんだのは、あの可愛らしい笑顔である。あんな至近距離でやられたら大抵の男はイチコロだろう。

 

「ん?何ですか?」

「い、いや!何でも、ない…」

 

目を丸くして、首を傾ける劉備。その動作も、また愛らしい。

お互いがお互いの笑顔に見惚れている事を、二人は知る由もなかった

 

そんなこんなで、劉備が泊まる部屋に辿り着いた。

 

「ここが、君の部屋だよ」

「案内してくれて、ありがとうございました」

 

劉備は一刀に礼を言う。

 

「宝剣、見つかるといいな」

「そうですね……」

 

宝剣という言葉を出すと、劉備は暗い表情になり、俯き始めた。

 

「どうしたんだ?」

「その、自分が不甲斐ないばかりに、大切な宝剣を失って……そのせいで周りに御迷惑をお掛けして……」

 

自らの不注意によって、大事な家宝を奪われたばかりか、悪事に利用されてしまう事になってしまった。

劉備は、改めて自分の失態を嘆く。

 

「確かに……この時代は、騙し騙されるのが当たり前になっている。宝剣が奪われたのも、相手を疑わず簡単に人を信用した君の責任でもあるな」

「そう、ですよね……」

 

表情が更に曇り、ぎゅっと裾を握り締める。

 

「でも、そこが君の良い所でもある」

「えっ?」

「この乱世の中、人と人とが手を取り合う為には、信頼する心も必要だからな。疑う事も大事だけど、人を信じるってい事も大切だから」

「北郷さん……」

「だから、気を落とすなよ。御先祖様の大事な宝剣、取り戻さなきゃいけないんだろ?」

「そう、ですね……ありがとうございます、北郷さん」

「どういたしまして」

 

笑顔で優しく励ましてくれる彼に、劉備も笑顔で返す。

そんな二人の近くで、一人の少年が廊下を歩いてきた。

 

「よぉ、瑠華」

「あ、一刀」

 

瑠華に気が付き、一刀は声をかける。まるで子犬の様に、瑠華は兄代わりである青年の元に寄る。

 

「腕はどうだ?」

「ああ、ようやく治りかけたって感じ」

「そっか。あんまり無茶な運動はするなよ?」

「人の事言えるの?」

「そ、それはその……」

 

図星をつかれて口ごもる一刀。それを見て、笑みをこぼす。

 

「あのぅ、誰かいるんですか?」

「ああ、そういえば今日一日医者に見てもらってたから、あの場にいなかったんだっけ」

「一刀、誰と喋ってるの?」

 

T字状になっている通路で、真ん中、つまりは曲がり角にいる一刀しか、二人の目には写っていない。

 

「紹介するよ、劉備」

 

一刀は彼女を瑠華の目の前に案内する。

 

最初は誰だろう?と瑠華は思っていた。

 

 

 

彼女の姿を見た瞬間、目を大きく見開いた。驚愕という表現が今の彼の状況に相応しい。

 

「この子は、月読って言うんだ」

「そうなんですか。私の名前は劉備って言います。よろしくね、月読君」

 

二人の声が全く耳に入ってこない。

 

少年の体は石の様に硬直し、瞳孔と声が微かに震えている。

 

 

 

劉備の姿を見た瞬間に、だ。

 

 

 

「え、えっと……」

「おい瑠華、どうしたんだよ?」

 

劉備は気まずそうに声をかけ、一刀は様子がおかしいことに気づく。

 

 

そして、二人は唖然とする。

 

 

少年の頬を一つ、また一つと涙が濡らしていた。そして溢れんばかりに金色の瞳から流れだし、一滴の雫として、地面にポタリと落ちた。

 

二人は驚きで硬直。少年は自分の状態に気づいたのか、服の裾で乱暴に拭き取る。

 

「だ、大丈夫?」

「ご、ごめんなさい……!」

「あっ……」

 

手を差し伸べる劉備。その彼女の手を逃げる様にかわす瑠華。そしてそのまま、小走りで去っていった。

 

「私、何かしたんでしょうか……?」

「分からない……」

 

二人はその場に取り残され、少年の後ろ姿を見送った。

 

 

 

部屋に入った瞬間、瑠華は寝台に飛び込み、顔を埋める。シーツをぎゅっと千切れる位に握りしめ、己の涙で濡らす。

声を噛みしめ、嗚咽を吐きながら、悲しみの感情を爆発させる。

 

今、少年の脳裏に浮かんでいるのは“一人の女性”の笑顔だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

快晴の青空の下、劉備の見送りに一刀、愛紗、鈴々と朱里、そして星の五人が村の前の一本道に来ていた。

 

「それじゃあ皆さん。お世話になりました」

「ああ、また賊に襲われぬ様、道中気を付けてな」

「はい。けど、いくら私がぼんやりでもそう度々襲われる程、間抜けじゃないですよぉ?」

「い、いや、そういう意味では……」

 

愛紗に対して、ふてくされた様に言った後、すぐに笑顔を返す劉備。

 

「あの、北郷さん……」

「ん?」

「月読君の事なんですけど…」

 

今、この場にいない少年の事を、恐る恐る一刀に聞いてみる。

 

「私、嫌われちゃったんでしょうか?」

「ああ、いや……別に嫌ってる訳じゃないと思う。昨日はあんな感じだったけど、優しい奴なんだ」

「そう、ですか…」

「だからさ、暗い顔じゃなくて、笑顔で出発してほしいな」

「北郷さん……はい、ありがとうございます」

 

礼を告げ、劉備は旅立った。

見送り終えた五人は、村へと戻る。

 

「一刀。さっき劉備殿が言っていた事なのだが、何かあったのか?」

「昨日の事なんだけどな」

「喧嘩でもしたのか?」

「いや、そんなんじゃないよ」

 

何でもない、と一刀は笑いながら愛紗にそう伝える。彼も昨日の事は気になっていた。劉備を見た瞬間に、栓が抜けた様に大量の涙を流していた。

 

「そういや、瑠華どうしてんだろ?」

「言われてみると、さっきから姿を見ませんね」

 

昨日の事もあり、やはり気になってしまう。一刀の言葉に同意する愛紗。朝食の場で見たっきり、誰も彼を見ていないのだ。

 

「きゃああああああっ!!」

 

森のある方角から、聞き覚えのある悲鳴が聞こえ、一刀達は急いで駆けつける。

 

 

◇◆◇◆

 

 

昨日、劉備を襲った三人組が、彼女を襲撃。アニキは劉備の胸元を掴むと、力一杯引っ張った。服はビリビリに破け、劉備の胸が露になる。

 

「嫌っ!!」

 

顔を羞恥に染め、嫌がるように胸を隠す劉備。

 

「昨日はしくじったが、今日こそは……」

 

厭らしい顔をして近づく賊。手を出そうとした、その時、何者かがアニキの頬に衝撃を与えた。

 

「べほっ!!」

「えっ…?」

 

飛び蹴りをお見舞いした少年は、距離を置くように地面に着地して、吹っ飛んだ賊を威嚇するように睨み付ける。昨日会ったばかりだった為、劉備もよく知っている少年。

 

「つ、月読君…?」

「こ、このクソガキっ!!」

 

頬を押さえながらこっちを睨んでくる山賊の一人。瑠華は怖じ気づく事なく、姿勢を低くして次の攻撃に備えている。

 

「おらぁっ!!」

 

(しまった…慌てて出てきたから、村に武器を……)

 

腰に手を当て、撃剣がないことに焦りを見せる。

目前の山賊が剣を降り下ろすも、咄嗟に回避する事に成功した。

 

「このっ!すばしっこい野郎がっ!!」

 

空気を切りながら、苛立って愚痴を溢すアニキ。瑠華は体を反らしながら、何とか攻撃を避けていた。すると、背中に硬い感触を感じる。驚いて横目で見ると、一本の木に追いやられてしまった。

 

アニキは好機と見たのか、ニヤリと口角を曲げ、剣を思いきり振り下ろす。

 

「死にやがれっ!」

「よ、避けてっ!!」

 

剣が頭に当たる寸前、劉備の叫びに応じるかの様に、瑠華は地面を転がる。男の剣は空振り、そのまま木に突き刺さってしまった。

 

「く、くそっ!」

 

今度は、瑠華が男に向かって走り出す。

 

その時、右腕に鈍い痛みが走った。

 

敵にやられた傷が疼き、右腕を押さえて膝をついてしまう。

 

「無茶、しすぎたか……!」

「このガキがぁっ!!」

「ぐっ!!」

 

がら空きとなった瑠華の腹部を、思いきり蹴飛ばすアニキ。ごろごろと地面を転がる瑠華。

その瑠華に近づき、アニキは足を振り上げた。

 

「おらっ!」

「ぐぁ……!!」

 

細い右腕を踏みつけ、そのままジリジリと捻る。メキメキッと腕から伝わってくる激痛に、瑠華の目は大きく開き、口からは小さい呻き声が出てくる。

 

「このっ!よくもっ!やってくれたなぁ!」

「ガキの癖になめやがって!」

「や、やめてっ!!やめてくださいっ!!」

 

アニキとチビの二人は、無防備となった瑠華を蹴りでいたぶる。

 

目尻に涙をためて、劉備は止めに行こうとするが、デブに押さえられて身動きがとれない。

 

(く、そぉ……!)

 

蹲りながら、少年は痛みに耐える。

 

 

 

 

――――コロシテヤル

 

 

 

瑠璃色の髪が、一部分だけ黒くなる。

 

「そこまでだっ!!」

「あぁっ?」

 

力強い叫びが聞こえた。全員が声のする方を向く。

 

「貴様らっ!性懲りもなく悪行を働き、そしてよくも我らの仲間を……成敗してくれるっ!!」

 

皆それぞれ、武器を構える。しかし、賊は慌てる様子を見せない。

 

「はんっ!この状況でどうやるってんだよ?」

 

アニキは木から剣を抜き取り、瑠華の頭を踏みつけたまま、劉備に剣を向ける。

 

「くっ、卑怯な…!」

(このままじゃ、二人が……)

「ほらどうしたどうしたぁ?」

 

愛紗と一刀は賊を睨んで顔を歪ませ、アニキは得意気ににやけている。

 

「そこまでだっ!!」

 

第三の声が聞こえ、全員が上を向く。大木の頂に、蝶の仮面を被った一人の女性がいた。

 

「何だてめぇは!」

「ある時は、メンマ好きの旅の武芸者。またある時は、お茶の間に華を添える全裸美女」

 

賊に聞かせる様に、名乗りの言葉を紡いでいく。

 

「しかしその実態は、乱世に舞い降りた一匹の蝶!美と正義の使者!華蝶仮面推参っ!!」

 

とうっ!という掛け声と共に、“せ――――”じゃなく、華蝶仮面は飛び降り、華麗に着地する。この名乗りを何度も聞いた一刀達は、呆れ混じりに見ていた。

 

「悪党共、観念するなら今の内だぞ?」

「へっ、何言ってやがる。こっちには人質がいるんだぞ?」

 

賊が余裕綽々といった表情を浮かべる中、劉備はキラキラと尊敬の眼差しを送っていた。

 

「くっ、この技だけは使いたくなかったが……秘技!【影分身の術】!!」

 

技名を口にした直後、華蝶仮面――昇り龍――は、賊の周りを走り出した。円を描く様に回り、残像により、彼女が数人いる様に見える。

 

「か、仮面野郎が何人もっ!?」

「た、只の目眩ましに決まってるっ!!」

 

凄まじい程の速さに、賊の三人は動揺を隠せない。

 

暫くすると、華蝶仮面が動きを止めた。

 

「こ、今度は何しようってんだ……?」

 

恐る恐る聞くと、彼女は頭を押さえ、膝に手を置く。

 

どうしたのかと、皆が沈黙。

 

 

そして、華蝶仮面――○雲○龍――は口を開いた。

 

「――――目が、回った……」

 

賊は勢いよくずっこけた。

 

その瞬間、華蝶仮面――日生――は目を光らせ、行動に移す。

 

「隙ありっ!」

「あ、てめぇっ!!」

 

彼女は瑠華を抱き抱え、劉備の手を引いて賊から離れる。

 

「さぁ、もう大丈夫だ」

「あ、ありがとうございます……」

「怪我はないか?」

「はい、華蝶仮面様……」

 

うっとりとした表情を浮かべ、羨望の眼差しを向ける劉備。

 

「相手がずっこけざるを得ない状況に追い込んで、その隙をつく。人間心理を巧みに利用した見事な策と言えましょう」

「それ、本気で言ってる?」

「いえ……冗談です」

 

真顔で解説する朱里に、瑠華は苦笑して閉口する。

 

「く、くそぉ……」

「「おい」」

 

ドスの効いた威圧感のある声。肩を震わせ、賊三人は振り返る。一刀は鞘から刀を抜き、愛紗は偃月刀の切っ先を突きつけ、睨み付けていた。

二人の体からは、怒りのオーラが滲み出ている。

 

「「覚悟はいいか?」」

「「「ひぃぃぃぃぃ〜〜!!」」」

 

一刀と愛紗は、目にも止まらぬ早さで賊を叩きのめし、遠くへと吹き飛ばした。

 

「ざまぁみろなのだ!」

 

見るも無惨な姿となり、重なりながら倒れる賊達。そんな賊達に対し、舌を出す鈴々。

一刀は刀を納め、愛紗は偃月刀の石突きを地面につける。

 

「賊はどこだっ!?賊は!?」

 

すると、何食わぬ顔で草の茂みから出てきた華ちょ――――ではなく星。

 

「賊なら、北郷さん達が退治してくれました」

「くそっ、出遅れたか……!」

 

劉備が説明すると、星は悔しそうに歯軋りをする。一方で、他の四人は小さく集まりだした。

 

(ど、どうするのだ?)

(取り敢えず、付き合ってあげた方がいいと思います……)

(だな。後でへそ曲げられたら面倒だ)

(そんじゃ、その方向で)

 

話し合いの結果、黙っておく事にした。

 

「そういえば、お主人質にとられていたのだろう?一体どうやって助かったのだ?」

「はい、華蝶仮面と名乗る、とってもかっこいい人が現れて、私を賊の手から救いだしてくれたんです」

 

どうやら、本人が目の前にいることに全く気づいていない様子。えっ?と、四人は呆然とする。

 

「ほう、そんな事があったのか」

「せめて一言お礼を言いたかったのに、いつの間にかいなくなっていて……」

(いや、目の前にいるんだけど……)

 

はぁ、と劉備は息をつく。そんな彼女を見て、心中で呟く一刀。

 

「かっこいい上に、礼も言われぬ内に姿を消すとは。きっと謙虚で慎ましい人柄なのであろう」

(よく言うよ……)

 

初めて目にした瑠華も、正体が分かった様だ。今、劉備に膝枕してもらっている状態であり、フードを深く被っている。

 

「凛々しく、美しいあのお顔。きっと仮面の下の素顔も、さぞ素敵なのでしょうね」

「そうかそうか!その華蝶仮面とやらはそんなに凛々しく美しかったか!」

「はい!」

 

純粋な賞賛の言葉に機嫌を良くした星は、一刀達の方を向く。

 

「なぁ一刀、愛紗。なんと言ってもこのご時世だ。劉備殿一人では、また賊に襲われるとも限らん。公孫賛殿の所まで、我等で送り届ける事にしてはどうだろう?」

「星さん、劉備さんの事すっかり気に入っちゃったみたいですね」

「らしいな」

「どうだ?久し振りに旅に出るというのも」

 

星の提案に、少し考える一刀と愛紗。

 

「旅か……うん、それもそうだな」

「じゃあ、決まりだな」

「しかし、何はともあれ、まずは劉備殿の格好を何とかしないと」

「えっ――――あっ!」

 

今の状態に気づき、劉備は体を隠す。

一刀は直ぐ様、白い制服を劉備にかけた。

 

「とりあえず、それ羽織って……」

「あ、ありがとうございます……」

 

見ないように顔を背ける一刀。見ない様に注意するも、どうしても視界の端に写ってしまう。若い女子の柔らかな上半身。

劉備も恥ずかしさを感じており、二人の顔は仄かに赤くなっていた。

 

「うっ……!」

「瑠華!大丈夫かっ!?」

 

泥で汚れている瑠華は右腕を押さえ、痛み故に、顔を歪ませる。

 

仲間の治療の為にも、一行は村へと戻った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

村へ戻ったと同時に意識を手放した瑠華。直ぐに医師の治療を施され、一刀の部屋で睡眠をとっている。

 

「よかった。寸法はぴったりだな」

「昨日、街で買った愛紗さんの替えの服が役に立ちましたね」

 

鏡を前に立つ劉備に、愛紗と朱里は感想を述べる。

 

愛紗の普段着によく似たもので、白のブーツに金色の羽を表している服。赤いミニスカートで、全体を見てみると、彼女の美貌と相まって、高貴な雰囲気を出している。

 

「あ、あの、良いんでしょうか?こんな服まで頂いて……」

「なに、これから暫く一緒に旅をする仲だ。つまらぬ遠慮はなしにしよう」

 

別に構わないと、愛紗は遠慮気味の劉備にそう答える。

 

「よし、着替えも済んだし、そろそろ出発するか」

「鈴々、お主はどうする?」

「愛紗が行くなら鈴々も行くのだ!」

「朱里は?」

「私もお供します。そろそろ、また旅に出て、見聞を広めたいと思っていましたから」

 

鈴々と朱里も旅に同行する事となった。

 

「なるほど、旅をしながら未知の様々な体位を見て回ろうと言うわけか」

「はい、広い世界にはきっと私達には想像もつかない様な格好で“くんずほぐれつ”……って、それだけの為に行くんじゃありません!」

 

何かを口走りそうになり、朱里は顔を真っ赤にして否定する。途端にその場は笑いに包まれた。

 

「所で、体位って何なのだ?」

 

理解していない鈴々の言葉に、他四人は派手にずっこける。

 

 

――――所変わって、一刀の部屋。

 

「……っ」

「目が覚めたか」

 

目を開けると、見慣れた天井があった。少し横に傾けたら、一刀が椅子に座ってこちらの様子を見ている。どうやら、介抱してくれた様だ。

 

「ここは…?」

「俺の部屋だよ。村まで戻ってくる間に、意識が飛んじゃったんだな」

「そう、なんだ……」

 

起き上がろうとすると、右腕に痛みが走る。医師の話によると、腕が赤く腫れ上がり、病状が悪化してしまったらしい。ようやく治りかけたのが、逆戻りとなってしまった。

 

一刀は瑠華にそう告げる。

 

「だから、その……」

「僕は旅に同行できない、でしょ?しょうがないさ」

 

微笑を浮かべる瑠華。それが、誤魔化している様に見えて辛く感じる。

 

自分がもっと早く助けに行っていれば……と自分の無力さに腹が立ってくる。そんな彼の心中を察してか、瑠華が静かに声をかけてきた。

 

「そんな暗い顔しないで。僕の無茶が原因なんだ。一刀のせいじゃない」

「瑠華……」

「それに、劉備さんが無事なら、僕はそれでいいから」

 

大丈夫だと言ってくれる少年に、一刀は幾分か心が軽くなる。

 

「そういえば瑠華。お前、昨日どうして泣いてたんだ?今日だって、劉備の危ない所をいち早く駆けつけたし」

「……」

 

一刀が聞いた途端、瑠華は顔を反らし、分かりやすい程気まずい様子を見せる。聞かなければよかったか、と後悔した一刀であったが、瑠華は静かに口を開く。

 

「――――似てるんだ」

「えっ?」

「すごく、似てるんだ。亡くなった、僕の姉さんに……」

「瑠華の、お姉さん……?」

 

首を縦に振り、肯定する。今は亡き親族の面影を感じたのだ。

 

「だから、つい思い出しちゃって……」

「そうだったのか」

 

――――過去に何があったのか。

 

一刀は強引に聞くような事はしなかった。いつか自分から話してくれる様になるまでは、干渉しないでいよう、と。

 

「ま、たまには留守番してゆっくりするのもいいしね」

「安静にしておけよ?」

「分かってるよ」

 

何気ない、どこにでもいる兄弟が交わす様な会話。

一瞬にして、二人の雰囲気は、明るくなった。

 

 

 

旅のメンバーは、一刀、愛紗、劉備、鈴々、星、朱里の計六人に決定した。

 

「それでは、留守を頼みます」

「はい、旅の無事を祈ってます」

「あたしと紫苑と瑠華は留守番かぁ……」

 

すると、劉備が瑠華の前に出た。瑠華の腕に巻かれた包帯を見て、劉備の顔が暗くなる。

 

「月読君、本当にごめんなさい。私のせいで、こんな大怪我まで……」

「気にしないで下さい、劉備さん。僕は平気ですから」

「でも……」

「僕の分まで一刀が動いてくれる筈ですから、安心して下さい」

「えっ、俺?」

「主に雑用係として」

「おいっ!」

 

半目で睨んでくる一刀を、何食わぬ顔でかわす瑠華。自分を元気づける為に言ってくれた様にも聞こえ、くすっと小さく笑う劉備。少年の優しさのお陰で、罪悪感が少し和らいだ。

 

「そんじゃ、村の事は頼んだぜ」

「うん、任せてよ」

「一刀お兄ちゃん、お姉ちゃん達、いってらっしゃい♪ちゃんとお土産買ってきてね」

「これ璃々…」

「ははっ、分かったよ璃々ちゃん」

「わぁ〜い♪」

 

微笑みながら、璃々の頭を撫でる一刀。璃々は嬉しそうに、可愛らしい笑顔で見送る。

 

「翠」

「ん?ああ!」

 

鈴々と翠はお互いに笑い合う。

 

「なんだ?新手のにらめっこか?」

「そうじゃないのだ。人は別れ際に相手の顔を覚えているものだから、鈴々は翠に飛びっきりの笑顔を覚えてもらっているのだ」

「で、あたしも鈴々に飛びっきりの良い顔を見せて、それを覚えてもらってるって訳」

「ふむ、それでは私も……」

 

星は息を吸い、“飛びっきりの良い顔”を見せた。

 

「「「っ!?」」」

 

見た瞬間、翠と紫苑の顔色が青ざめ、頬が引きつっている。紫苑は見せない様に璃々の目を手で隠した。

 

「どうだ?私のとびきりの良い顔をしっかりと覚えてくれたか?」

「あ、ああ……今のは、忘れようとしても、忘れられないと思う……つか今晩、夢に見るかも……」

 

翠は弱々しく呟いた。

ふと瑠華の方を向くと、微動だにしていない。大丈夫か?と全員が困惑していると、徐に倒れた。

 

「「「瑠華っ!?」」」

「「瑠華君っ!?」」

「月読君っ!?」

「んにゃ?」

 

顔は蒼白に染まっており、完全に白目を向いている。少年の目にも、趙子龍の“とびきりの良い顔”がしっかりと刻まれた様だ。

トラウマにならなければいいが……。

 

「よしっ!それじゃ出発だ!」

「おうっ!!」

「おうなのだ!!」

 

紫苑と璃々と翠。そして、翠に支えてもらっている瑠華は、手を振って――後ろから見ると、翠が腕を掴んでいる――見送る。

一刀達も手を振り返して応えた。

 

 

一行の新たな旅が、始まった……。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。