村に別れを告げ、張飛を仲間に加えた一刀と関羽。三人は森を抜け、一本道を歩いていた。そんな中、張飛は何故だか難しい顔をしていた。
「どうした?張飛。お腹でも痛いのか?」
「おかしいのだ!」
関羽が心配そうに聞くと、張飛は不満そうに叫んだ。
「おかしいって、なにがだ?張飛――――」
「そこなのだ!」
「はぁ?」
関羽が張飛の名を呼ぶと、そこを指摘する張飛。
「関羽は鈴々と姉妹の契りを交わしたのに、どうして鈴々の事、“鈴々”って真名で呼んでくれないのだ?親しい者同士は真名で呼び合うのが普通なのに、おかしいのだ!」
「確かにそうだが、知り合ってまだ間もないし……」
(なるほど、それでか。それにしても……)
今まで疑問に思っていた事もあり、一刀は漸く口を開いた。
「あのさ、さっきから真名真名って言ってるけど……そもそも真名って何なの?」
「真名を知らないのですか!?」
そう聞くと、関羽は驚きを露にする。張飛も呆気にとられている。彼女達にとっては常識に等しい事の様だ。
驚きながらも、関羽は一刀に説明した。
真名というものは真実の名。親から頂いた神聖なもので、親しい者や自分が認めた相手にしか教えてはいけない。
「仮に真名を知っていても、その人の許可もなく口にすれば、首をはねられても文句は言えません」
(そんな大事なものだったんだ……)
関羽がそう説明すると、一刀は心の中で驚いた。それから、軽々しく口にしない事を心に誓った。
「それなのに鈴々は関羽の事、真名で呼びたいのに教えてくれないし…」
子供のように拗ね始める張飛。すると関羽は微笑みながら、妹と向き合った。
「わかったわかった……。私の名は関羽、字は雲長、真名を“
「っ……うん!」
微笑みながらそう言うと、満足した様に、張飛は笑顔で返事をした。
(“真名”か……。こうして見てると、スゴく大切なものなんだって分かる気がするな……)
「お兄ちゃん!お兄ちゃんも鈴々の事、鈴々って呼んでくれる?」
改めて実感していると、いつの間にか近くにいた張飛が、こちらを見上げていた。
突然、真名で呼んで欲しい、というお願いをされ、対応できずにいた。
「え?でも俺は、真名を持ってないんだけど……」
「それでもいいのだ!お兄ちゃんには鈴々って呼んでほしいのだ!」
満面の笑顔で答える張飛。
目にするだけで癒される。確かに、自分には真名と呼ばれる物――恐らく、“一刀”がそれに当てはまるかもしれないが――はない。しかし、こうして大切な真名を口にする事を、可愛い妹は許してくれている。
無論、これも断る理由はない。
「……うん、わかった。ありがとう“鈴々”」
「にゃはは~♪ 」
感謝も込めて、鈴々の頭を撫でる。鈴々はくすぐったそうに、首をすくめていた。
「一刀殿、私もあなたに真名を預けます」
「関羽も……いいのか?」
「ええ。鈴々も預けた訳ですし。何より、あなたにも、私の事を真名で呼んでもらいたい」
「……ありがとう。じゃあ、改めてよろしくな!“愛紗”!“鈴々”」
「ええ」
「おうなのだ!」
こうして一刀は二人から真名を授かり、三人は絆を深めた。
それからしばらく歩くと、とある町に辿り着いた。そして、門番らしき二人の男性に、呼び止められた。
「ちょっと待て」
「何か?」
「違っていたらすまぬが……。お主、最近噂の黒髪の山賊狩りではないか?」
門番が訪ねると、愛紗は照れ臭そうに頬をかく。
「いや、まあ、そう呼ぶものもいるようですが、自分から名乗っているわけでは……」
「よかった。近くの村に現れたと聞き、それらしき武人を見かけたら声をかけていたのですが、“黒髪の絶世の美女”との事だったので危うく見過ごすところでした」
「うっ!そ、そうですか」
門番の何気ない言葉。それが心にグサッ!と刺さる愛紗であった。確かに自分から言っている訳ではないが、こうして言われると、どこか思う所もあるのだろう。
「そうと分かれば早速、我らの主に知らせねば。しばらくここでお待ちを」
門番はそう言うと、町の方へと走っていった。
「愛紗は綺麗で有名なのだ」
「ああ、黒髪がな……」
「う~ん……俺は、それだけじゃないと思うんだけどな」
えっ?と、愛紗は一刀の方を向く。
「俺からすれば、愛紗は充分美人に見えるけどね」
「っ!あ、ありがとうございます……」
「にゃはは、顔真っ赤なのだ♪」
「う、うるさい」
鈴々に言われ、顔を更に紅潮させる愛紗。本音を言ったまでであり、一刀は平然としていた。とはいえ、面と向かって言うのはやはり恥ずかしかったのか。少し赤くなった頬をかいていた。
◇◆◇◆
それから門番が戻ってきて、この町の太守の屋敷に案内された。
屋敷の庭園に設けられた、中国式のテラス。整備された木々や、澄んだ池を眺めながら、一刀達は椅子に腰かけて待機していた。
しばらくすると、二人の女性が入ってきた。
一人は、鈴々の髪よりちょっと濃い赤毛で、ポニーテールに纏めている女性。
もう一人は水色の髪をしており、蝶をモチーフにした様な袖が大きい、丈の短い白の着物を着ている女性。切れ長のやや紅い瞳で、冷静さを印象づける美しい顔立ちだ。
「いや、待たせてすまない。我が名は
「我が名は
(この人があの趙子龍か……。あの、劉備の妻子を救ったっていう……)
またもや有名な武将との出会いを果たし、一刀は心中で驚いていた。
そんな一刀の思いを露知らず、公孫賛は話を続ける。
「趙雲殿には客将として、私の元に留まってもらっている」
「お招きに預かり光栄です。私の名は関羽、字は雲長。それでこちらは」
「初めまして。俺は北郷一刀と申します」
「鈴々なのだ~♪」
「こ、こら!真名ではなくちゃんと名乗って挨拶を――――」
「関羽殿」
いきなり真名を口にする鈴々。一刀は思わず苦笑し、愛紗は注意する。すると、急に趙雲が会話に入ってきた。
「旦那殿との間に、ずいぶん大きなお子様をお持ちですな」
「なっ!」
「へっ?」
突如として投げ掛けられた発言に、愛紗は顔を真っ赤にした。耳にしてしまった一刀も、間の抜けた声を漏らしてしまう。
「ち、違います!一刀殿とは、そういう関係ではないし!鈴々も私の娘ではなくて……。ふ、二人とは、き、兄姉妹の契りを交わした仲でして」
「ほう、ではどちらが攻めで、どちらが受けですかな?」
「「えっ!?」」
続けて言われた発言に、関羽と一刀は同時に声を上げる。そんな二人とは相対して、鈴々は腕を組みながら唸っていた。
「う~ん、どちらかと言うと鈴々が攻めなのだ」
「おいおい、何言ってんだ鈴々!?」
「こ、こら!よく意味も分からんくせに適当な返事をするな!」
「じゃあ、どういう意味なのだ?」
「「そ、それは……」」
純粋な心で投げ掛けた質問に、何も言えない一刀と愛紗。解答にただただ困るばかりであった。
クールな印象があった趙雲。意外にも茶目っ気がある人物の様だ。会話を終わらせる為、公孫賛は躊躇い気味に声をかける。
「ま、まあ、そういう話は後でしてもらうとして……。実はお主達に折り入って頼みがあるのだが」
「私達に?」
公孫賛は顔を引き締め、語り始める。
「辺境の小領主ではあるが、この公孫賛、今の世を憂いる気持ちは人一倍あるつもりだ」
「…………」
「冀州の袁紹、江東の孫策。都で最近、頭角を現してきた曹操と、天下に志を抱く者は皆、優れた人材を求めているとか。漢王室の権威既になく、乱れに乱れた世を正す為、お主達の力を是非私に!」
思いの丈をぶつけ、力説する公孫賛。
彼女の言うとおり、今は正に“群雄割拠”の時代。熾烈な覇権争いが絶えず行われている。
沈黙していた趙雲も、会話に加わってきた。
「公孫賛殿。お話の途中で申し訳ないが、それは少し
「と、言うと?」
「黒髪の山賊狩りの事は、私も旅の最中に風の噂で耳にしました。だが噂とは得てして尾ひれが付きがちなもの。ここは一つ、関羽殿の実力を見極めてからお決めになっても遅くないのでは?」
「ふむ、なるほど……」
まずは細部まで見通し、真意を確かめてから決心した方がいい。冷静な判断力を備えている様だ。趙雲の助言に、公孫賛は納得したように頷く。そしてまた、趙雲は提案をする。
「差し支えなければ、私がその役をお引き受けしますが?」
「おお、そうか!いかがかな、関羽殿?」
「いや、しかし私は――――」
「臆されましたかな?」
「っ!」
試す様に、愛紗に向かって、挑発する。愛紗も一人の武人。武を志す者として、相応の誇りは持っている。一刀は無言で見定めていた。すると、先に口を開く鈴々。
「そんなわけないのだ!」
「こ、こら鈴々!」
反論するように叫ぶ鈴々を愛紗は止めようとする。しかし、尚も止まらない。
「愛紗はす~っごく強いのだ!だからお前なんかにぜ~ったい負けたりしないのだ!お前なんか、愛紗の出る幕はないのだ!鈴々がちょちょいのぷ~で、コテンパンにしてやるのだ!」
「ほう、随分な自信だな?それでは一つ、その自信とやらを見せてもらおうか」
「望むところなのだ!」
「「はぁ~」」
あろうことか、鈴々が趙雲の挑発にまんまと引っ掛かってしまった。上手い事、誘導された事に、当の本人は気づく様子もない。保護者二人は、同時に溜め息をついた。
早速、模擬戦へと取りかかる。
鈴々と趙雲は、それぞれ武器を手に、屋敷の広場にて対峙する。鈴々は蛇矛を構え、趙雲も紅い刃が特徴的な直槍【
二人は武器を構えたまま、相手の出方を待つ。そして――――
「――――始めっ!」
「うりゃりゃ~!!」
公孫賛の開始の合図。それと共に、鈴々は駆け出し、陀矛を降り下ろした。
趙雲はそれを真正面から受け止め、その際に重い金属音が鳴る。
「ほう……」
押し返さず、そのまま受けきる趙雲。力む様子はなく、それ所か感心している様にも見える。
「うりゃ~!!」
鈴々は続けて攻撃を繰り出した。しかし趙雲は一歩、また一歩と横向きにかわしていく。
宙を舞う蝶、或いは青空に漂う雲の様。両者共、容易に掴むという事は出来ない。それと同じように、鈴々は未だに趙雲に攻撃を当てる事が出来ずにいた。
一刀と愛紗は、二人の戦いを、じっと見守っていた。思うようにいかず、鈴々に苛立ちが募る。
「ヒラヒラ逃げてばかりなのだ!」
「どうした?もう終わりか?」
「まだまだなのだ――――」
「そこまでだ!鈴々!」
「愛紗!?」
急に戦いの制止を呼び掛ける愛紗。訳が分からず、鈴々は声を上げる。
「何で止めるのだ愛紗!鈴々はまだやれるのだ!」
「わかっている。ただ、私も趙雲殿と戦いたくなったのだ」
「……なるほどね」
関羽の言葉に、一刀はどこか納得した様であった。認めてはいないものの、鈴々は渋々、愛紗と交代した。
偃月刀を携え、趙雲と対峙する。
「それでは、はじめっ!」
開始とほぼ同時。愛紗の体に、すさまじい氣が流れていた。武に携わっていない者には、一切目にする事が出来ないとされる“氣”。彼女の体を、オーラが包み込んでいる様に見える。
(すごいな……こんな大きな氣を出せるなんて)
彼女が身に纏う氣を目にし、一刀は感嘆する。例え得たとしても、体の一部分に集中させるのがやっとの事。それを全身を包み込む程にまで発生させている。
軍神の名は、伊達ではない。
「…………」
すると突然、趙雲が武器を下ろした。意図が見えず、ついこちらも武器を下ろしてしまった。
「本当に強い相手なら、戦わずとも分かるもの。関羽殿の力とくと見ました」
(さすがは趙子龍。只者じゃないな)
観察眼も優れている様だ。愛紗の力量を見極めた彼女に、一刀は心中で感嘆する。それに、と、趙雲は唐突に、一刀の方を向く。
「北郷殿。そなたも、なかなかの手練れと見える」
「俺?……いや、俺はそんなに強くはない。せいぜい剣を振るう位さ」
「ふふ、ご謙遜を。まあ、そういう事にしておきましょう」
頬をかきながら否定する一刀。強さを悟られない為、という考えもあるかもしれない。しかし一刀の場合、本心からそう思っているのだ。
驕らない、見下さない、油断しない。
祖父からの教えもあるが、彼自身も謙虚な性格をしている。
そんな彼の性格を何となく感じ取ったのか、趙雲は微笑んだ。嫌な気はしない。むしろ好印象が大きい。
しかし……。
(強さは関羽殿と互角……いやそれ以上か。私でも勝てるかどうか……)
逆に、得体が知れない。故に、不思議な感覚に見舞われる。
趙雲は、心の中でそう感じ取るのであった。