八雲『藍』の儚愛譚   作:カルタネット

1 / 5
崩壊の序章

 

 

 _______鈍感

 

 

 

 感覚、反応が鈍い人のことをいう。

 しかし、今の単語だけでは鈍感という単語が、ただの薄鈍にしか聞こえない。鈍感とは精神的のことでも言えるのだ。

 よくある例でいえば、色恋沙汰である。

 ある女の子が鈍感な男の子を好きになったとしよう。女の子は男の子に色々なアプローチを仕掛け、どうにかして振り向かせようとする。しかし鈍感な男の子はそのアプローチに気付くことはない。アプローチをただの友好的なものだと勘違いしているからだ。それ以外にも理由はあるだろうが、結局のところ男の子は女の子の好意に気付くことはない。気付くとすれば女の子が面と向かって男の子に告白するときぐらいだろう。

 

 

 何故鈍感について話したのか。

 それはこの物語に深く関わりがあるからだ。

 

 

 これから繰り広げられるのは、感情が空回りし、最後まで好意に気付く事が出来なかった哀れな妖狐の恋愛譚である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 玉藻前ーー旧名、藻女。

 

 子に恵まれぬ貴族の夫婦に大切に育てられ、弱冠十八という若さで宮中の仕える。後にその美貌が都中に知れ渡られることとなり、鳥羽上皇に見初められ、寵姫となる。

 

 

「玉藻前様、鳥羽様がお呼びで御座います」

 

「___そう」

 

 

 鳥羽上皇の屋敷の中でも一際大きい一室に響き渡る二つの声。

 一人は力のみで上皇の側近にまで上り詰めた上皇の懐刀。

 そしてもう一人は、前述した玉藻前である。

 彼女の声はたった一言でさえ、部屋の隅々まで響き渡る。しかし決して煩くはない、逆にいつまでも聞いていたいような心地好さのある声だ。

 その声を間近で聞いた上皇の懐刀は、表面上では無表情を貫いてはいるが、内心では心臓の鼓動が通常の倍は活動していた。

 

 

「……」

 

 

 そして彼女は下ろしていた腰を上げ、立ち上がる。その一挙一動が様になっており、何重にも着込まれた十二単衣がそれに拍車をかけている。それに加え、金髪という日の本において異端なるその髪は恐ろしい程に彼女の容姿に当てはまっており、その妖艶さも兼ね備えている。

 おそらく、都中どこを探しても彼女のような美しさかつ妖艶さを持った女はいないだろう。

 

 仏頂面と巷で噂される上皇の側近も思わず喉を鳴らしてしまう。

 

 

「___それでは、参りましょう」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「(はあ……)」

 

 

 彼女は内心、ため息をついていた。

 目の前で嬉々として話をする中年、鳥羽上皇。それに適当な相槌を打つ。

 それがどれだけ退屈なことか。彼女ーー玉藻前ははっきりいってうんざりとしていた。

 好きでもない中年に見初められ、なりたくもない愛人と同意義の寵姫の地位を設けられ、一日に一度興味のない談笑を聞かされる。

 

 断ることは出来た。前の二つは後に仕打ちが来るので難しいが、談笑については少なくても断ることは可能であった。

 しかし、彼女はそれをしない。それは何故か。

 それはこの会談にたまに来る『ゲスト』がいるからだ。

 

 

「___すいません、少々遅れました」

 

「!!」

 

「おお、来たか。“安倍泰成”」

 

 

 襖を開けて入ってきたのは、都でも屈指の陰陽師とされる安倍泰成であった。

 鳥羽上皇いわく、昔世話になった恩人ということに()()()()()

 

 そう、稀に来る『ゲスト』というのは安倍泰成の事である。

 彼が来るからこそ玉藻前が上皇との会談に付き合っていたのだ。

 

 

「泰成様、お久しゅう御座います」

 

「玉藻前様、此方こそ」 

 

 

 先程よりも声の高さが一段階上がる玉藻前。

 それを見て若干眉根を寄せる上皇。

 

 

「此方です、泰成様」

 

「うむ」

 

 隅にいた侍女が泰成の座る位置へと案内する。

 

 

「上皇様、この度はお招きして頂き、有難う御座います」

 

「なに、私と御主の仲ではないか」

 

 

 そう言って上皇は言うと泰成は軽く口端を吊り上げ、「滅相もない」と謙遜し、下座の位置へと移動しその場で腰を下ろす。

 

 

「今回はどのような用件で?」

 

「我が姫の自慢をしたくてな」

 

「まあ、鳥羽様ったら」

 

「はは、この前と同じ用件ではないですか」

 

 

 それから一時間程、三人による和やかな会談は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ーーー

 

 

 会談が行われている部屋から少し離れた廊下で、上皇の懐刀は無言で佇んでいた。

 

 

「…………」

 

「あ、ーー様」

 

 

 そこへ、先程まで部屋の中にいた侍女が襖を開けて出てきて、側近の名を呼んだ。

 

 

「ーーか。もう会談は終わられたのか?」

 

「いえ、泰成様がいらしてから終わる気配が無くなりましたので、お邪魔かと思い退出させてもらいました」

 

「……そうか____安倍泰成が…………!」

 

 

 侍女から泰成の名がでると、側近は見るからに機嫌が悪くなった。

 腰に掛けた刀の鞘を握り締め、ぼさぼさの髪は覇気が纏っているかのように逆立ち、目が狐のようにつり上がる。

 その豹変様は、間近で見た侍女が「ひっ」、と小さく悲鳴を上げ、側近から二、三歩引くほどであった。

 

 

「ーー様、さ、殺気が……!」

 

「ん? あっと、すまない」

 

 

 何故、彼が泰成に対してそこまで怒りを露にするのか。それはとてつもなく単純なものであるのだが、それは彼自身すら気付いていない。

 なので今彼自身も何故殺気を纏っていたのか疑問を抱いていた。

 

 

「それでは、私はこれで……」

 

「あ、ちょっと聞きたい事があるのだが」

 

 

 側近の殺気に当てられ、彼に対して恐怖心を抱いた侍女は、早々に彼の元から離れようとしたが、それを止められる。

 

 

「な、何でしょうか?」

 

「た、玉藻前様と安倍泰成はどんな感じであったか?」

 

「は?」

 

 そう言って彼は柄にもなく頬を紅く染める。

 どんな感じ、とはおそらく、玉藻前と安倍泰成が好意的な関係なのかどうかについてだろう。

 側近から発せられた質問に、一瞬だけ理解できなかった侍女は思わず、素っ頓狂な声が出た。が、その後すぐに質問の意図がどういうものか理解した彼女は質問に答える。

 

 

「はっきりといって、玉藻前様は泰成様のことを好いていらっしゃいます。おそらく、上皇様もその事に気付いておいでです」

 

「……そうか」

 

 

 それを聞いた彼は、みるみるうちに紅く染めていた頬が元に戻っていくのに気付かないまま、元からあまり興味のなかったように振る舞う。

 その姿を見て侍女は、

 

 

「分かりやす過ぎる」

 

 

 と呟き、微笑んだ。

 今の彼の言動により、先程の殺気を発したのかも理解した彼女は、恐怖心を失い、代わりに哀れみの目で彼を見つめる。

 

 

「それでは、今度こそ失礼します」

 

「うむ、引き留めてすまなかった」

 

 

 改めて彼の前から去っていく侍女。

 その姿が角を曲がり見えなくなるまで見送る。

 

 

「……」

 

 

 そして完全に姿を見失ったあと、

 

 

「はあぁ~……」

 

 

 側近は、深いため息を吐いて、乱暴に頭を掻き毟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ーーー

 

 

 先程まで会談が行われていた部屋。

 障子越しに月明かりが透過し、ぼんやりと部屋の一部が見えている。

 その部屋の中に二つの影___鳥羽上皇と安倍泰成がいた。玉藻前は既に部屋を退出しており、その後一度も退出していない二人が未だにこの部屋にいた。

 

 

「どうであったか?」

 

 

 そう言いつつ侍女に持ってこさせた酒をお猪口に注ぐ上皇。

 

 

「あれは“黒”ですね」

 

「誠か?」

 

「これまで通いつめて導きだした答えで御座います」

 

 

 泰成の応答に上皇は呑もうとしていたお猪口を止め、中の液体を揺らす。

 

 

「やはり、か……」

 

「どういたしますか」

 

 

 即答は出来ない、そう思わせるように目を閉じる上皇。それを泰成は神妙な顔つきのまま、彼を見つめる。

 

 

「……御主の言うとおりならば生かしておくわけにはいかん」

 

 

 そして幾らかの時が過ぎさった頃、上皇は瞼を上げ、そう言い放つ。

 

 

「そうですか」

 

 

 上皇の判断に驚く様子もない泰成。まるでそれが妥当な判断とでもいうかのような態度だ。

 

 

「次の皐月の初めに、奴ーー玉藻前を伐つ」

 

「___御意」

 

 

 

 この上皇の判断により、玉藻前の運命の歯車は大きく狂い出す。

 

 しかしその事実を知る(予知できる)者は、この場で密会している鳥羽上皇と、陰陽師安倍泰成だけであった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。