八雲『藍』の儚愛譚   作:カルタネット

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五月雨の転機 前

 

 

 例年より少し早く始まった梅雨入りは、皐月に入って本格的に降り頻っていた。

 しかしそんな五月雨の降り落ちる音は、大広間にゆったりと流れる三味線の発せられる音と善く合っていた。

 

 

「上皇様、1つお尋ねしたいことがあるので御座いますが……」

 

 

 が、人以外の音が支配する大広間を、一人の女子の銀の鈴のような透き通った一声によりその均衡は破られた。

 その人物は大広間の中心付近へ座しており、その双眸は怪訝気に広間の最奥で胡座をかいている上皇に向けられていた。

 

 

「どうした、我が姫」

 

 

 薄気味悪い笑みを浮かべながら応答する上皇。その表情からは何かを企んでいることは明らかであった。

 

 

「私めがこのような場所を占領して宜しいのでしょうか。こんな……まるで客人のような」

 

「それは玉藻前が気にすることではない。この催し物は謂わば姫の為に催されるものなのだからな」

 

「……左様で御座いますか」

 

 

 大広間の周りには各地の大名が正装の姿で囲まれており、その中でも名を都中に轟かせた偉人も幾らか見受けられている。しかもその頂点である鳥羽上皇を差し置いて特等席を確保できている事に玉藻前は違和感を感じていた。

 しかしこの場ではあまり多くの言葉を口にしてしまっては、場の雰囲気を壊してしまう。それを理解していた玉藻前は己の中に感じた違和感を奥へと押し込んだ。

 

 ___そんなことを気にしている場合ではないことも知らずに。

 

 

 

 

 程無くして三味線の音が鳴り止み、代わりに外から竜笛の鳴る音が聞こえてきた。

 一定の間隔で鳴らされる小鼓の音と共に複数人の足音が近付いてくる。

 

 その音源は大広間の、丁度玉藻前と上皇の間の距離の障子前で動く音が止まる。

 そして音源の前に立ちはだかる障子が開けられ、ついに音源の正体が大広間にいた者達に姿を現した。

 

 

「お待たせ致しまして申し訳ありません。安倍泰成、参上任りました」

 

 

 障子が開けられ、大広間へと入ってきたのは、楽器を持った女衆に囲まれた安倍泰成であった。

 この催し物の主催者の一人であり、要。その安倍泰成が登場したということはつまり、ついに演舞が始まるということなのだろう。

 

 

「お集まり頂いた各地の大名様方、まずは私めの演舞をお見えになってくださることに____」

 

 

 安倍泰成は玉藻前と上皇の間の空間で立ち止まると、早速大名陣に一礼をし、無駄と言っても過言ではない小話を始めた。

 

 そんな一寸の時間の中、安倍泰成の話を聞いていた玉藻前の内心は穏やかではなかった。

 

 

「(……止まらない)」

 

 

 野生の勘なのか、玉藻前は悪寒が走っていた。

 考えては霧がない、疑心暗鬼になり鬱になるということで考えないようにしていた以前の嫌な予感が頭を過る。

 あの三人の瞳、表情、動向。それによる違和感。

 

 一度考えてしまうと、何もかもが己を陥れるための作戦だと考えてしまう。

 

 ___これから行われるのは本当にただの演舞なのだろうか。あの二人の行動に違和感を感じ始めたのはこの演舞が皐月に行われると決まってからだ。

 何故陰陽師の安倍泰成が演舞をするのか。何故専門ではない彼が。しかも何故なにも祝い事のないこの日に。

 

 

「___それでは、陰陽頭が安倍泰成。演舞へと移させて頂きます」

 

 

 嫌な予感が玉藻前の頭を支配している最中、遂に安倍泰成が演舞をする構えになった。

 その一瞬、安倍泰成は玉藻前の顔を見やった。玉藻前は終始安倍泰成の顔を見ていたため、自然と瞳と瞳が合う。

 

 瞬間、玉藻前は身体中から嫌な汗を流した。

 

 

「あ、あぁ……」

 

 

 玉藻前の口から小さく呻き声が漏れる。

 何故彼女がそのような声をあげたのか、それは安倍泰成が彼女を見やった時の瞳が原因であった。

 

 瞳の奥底から嫌悪する漆黒の眼。彼が始めて玉藻前に見せた誠の眼であった。

 

 その眼を見た瞬間、玉藻前は全てを理解し、そして確信した。

 この催し物の意義、彼等の言動の違和感。

 

 だから彼女は絶望した。理解、確信した、してしまったからこそ。

 

 

 そして無慈悲にも安倍泰成は扇を取りだし、演舞を始めようとした。

 

 その時____

 

 

「お止めください!!」

 

 

 玉藻前の叫び染みた中断の声が、大広間の中を響き渡たった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ーーー

 

 

 とある山の定食屋。旅人の休息所としても使われるこの店は、二階に寝泊まりできるようになっており、宿屋としても機能している。

 そんな定食屋の外に設置されている長椅子に腰を掛け、つまみの煮干をちびちびと頬張る一人の男がいた。

 

 

「お客さん、荷物が整いましたよ」

 

 

 若干年老いた老人が荷物の詰まった風呂敷を手に、店から出てくる。

 

 

「それにしても、武士にしては珍しいですな。太刀ではなく、どちらも脇差とは」

 

 

 老人は男の腰に差された二つの刀を見て、珍しげに呟く。

 それを聞いて、彼は軽く()()()()()

 

「はは、いえ、この少し長いのは打刀というものです」

 

 と、訂正した。

 

 

「う~む、打刀とな。聞きなれないですな。

 つまりは二刀流ってことですか?」

 

「ん~、まあ、そんなところです」

 

 

 老人が疑問符を浮かべたのはこの頃の武士の武具といえば太刀が主流であった為であろう。

 それだというのに男が太刀ではなく打刀を使っているのには訳があるのだが、それについて話す義理はないだろうと男は考え、早々に折れて肯定し、話を逸らした。

 

 

「それにしてもお客さん、先払いのお台分だとその煮干しで尽きるけどどうしますかね。荷物を持ってきたはいいんですが、こんな雨じゃ……」  

 

 

老人はそう言うと外の方を見やる。土砂降りとまではいかないものの、外に出れば1分と満たないうちに全身が濡れるのは確実である程雨は降り頻っていた。

 

 

「いえ、もう出ます。そろそろやらなければならない仕事があるのでね」

 

 

 そう言って男は横に置いていた蓑を羽織り、笠を頭に被る。

 

 

「こんな雨に大変ですな」

 

「ええ。しかしまあ、雨に濡れるのはわりと好きな方なんで」

 

「ほう、濡れるのが好きとな? 見る分はわしに共感できる部分があるんですが……因みに理由を聞いても?」

 

 

 中々がつがつ来る老人である。お喋りな老人に男は思わず顔を歪め、頬を掻く。

 しかし、これぐらいのことならば良いだろうと判断した彼は老人からの疑問に、愛想笑いをしながら答えた。

 

 

「雨に濡れる日は大抵、“俺”の人生において転機が訪れる日ですから」

 

 

 




今回は短めです。
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