魔法少女リリカルなのは~月光の鎮魂歌~   作:心は永遠の中学二年生

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超が付くほどドン亀時系列です。
打ち切り臭がするとか言われそう…。
私なら、そう言う。



第三話

 

ソフトボール事件(勝手に命名)の翌日のことである。

梅雨という季節の最中にありながら、台風の目のごとく突発的に晴れた土曜日。

僕は酷く途方に暮れていた。

 

「なんであの時投げた本が行方不明になるんだ…」

 

うん、困った。

あれは図書館からの借りたものだし、返却日は今日だ。

あの後っていうか帰宅後、あの本の続きを読もうとして鞄の中に本が無いことに気が付いた。

私立聖祥大学付属小学校…っていうか日本は土曜日学校ないんだ…。

当然僕は翌日、つまり今日、事情を話して教室を開けてもらって探したんだけど、見つからなかった。

正直凹む。

過ぎたことは仕方がない。

図書館行って、延長のお願いして、見つからなければ謝ろう。

…鬱だけど。

 

「ん?」

 

ガシャッ、と自転車が倒れたような音が聞こえた。

 

…この角を曲がった先か。

図書館行くにも大した回り道にならないし、見に行くか。

 

誰かが自転車倒した程度に思っていた僕は、走ればよかったと後悔した。

そこには車椅子のタイヤが溝に落ちて困っている女の子がいたから。

急いで駆け寄って車椅子を引き上げる。

 

重いとか言わないよ。

デリカシーある紳士だからね!

でもちょっと、力は要ったかな?

ひ、引っかかってただけだよ!?

 

「大丈夫?」

 

「はい、大丈夫です。すいません助かりました、ありがとうございます」

 

ぺこりと頭を下げてくる、なんというか日本語の発音がおかしい女の子。

よくよく見ると、僕と同い年くらいの女の子だ。

別の学校に通っているのか、それとも僕が例によって覚えていないだけか…。

…どっちでもいいか。

 

「気にしないで。困ったときはお皿洗い様だろ?」

 

「ぷっ…お皿洗い様ってなんや?それを言うならお互い様やろ?おもろいなぁ、お兄さん!」

 

うん、やっぱり日本語の発音おかしい。

僕と同じで日本の子じゃないのかな?

日本語間違えたことに気付いて訂正してくれるってことは、たぶん僕よりそれなりに前から日本に住んでるんだ。

 

「お兄さんって…どう見ても大して変わらないだろう?ちなみに僕は、先月8歳になったとこ」

 

「あ、同い年なんや!てっきり年上やと思とった!うちはホンマについこの間、8つになったところや!」

 

お?僕の見立て通りで合ってたか。

 

「僕はフォルテ。フォルテ・L・ブルックリン」

 

「あ、やっぱ外人さんか。うちは八神はやていいます、よろしゅうなフォルテくん」

 

世論?シュウナ?あ、シュウナって襲名って書くのか?

世論襲名フォルテくん?

…どういう意味?

フォルテは僕の元々の名前だし、新しくついた名前じゃない。

八神はやてか、顔立ちからしてもアジア圏ってことはわかるけど、アジア圏の名前ってイマイチよくわからない。

聖徳太子とか、曹操とか、第六天魔王とか、孔子とか、ペ・ヨンジュンとか、猿飛佐助とか、ガンジーとか………正直よくわからないけど、適当に合わせよう。

 

「よろしく八神さん。ところで時間大丈夫?梅雨の時期に珍しく晴れてるんだし、どっか行く予定だったんだろ?」

 

「あ、せやった!あぶないあぶない、忘れるとこやった。そっちもどっか行くとこやったんやろ?ごめんな?」

 

あ、催促とかしたつもりじゃなかったんだけど…日本語、難しい。

 

「そういうときは、『ありがとう』でいいらしいぞ?じゃ、僕は行くからまたタイヤ落ちないように気を付けてな!」

 

「うん、ありがとうな!」

 

………

………………

………………………………

 

「もしかしなくても、なんだがな八神さん…」

 

「うん、言わんでええよ。言いたいことはようわかるから…」

 

「だよな?ここまで並走しといて違いますとか言ったら、遠慮のし過ぎって言わなきゃいけない確率大だもんな?つーわけで確認、君の行き先も市立図書館?」

 

「正解や」

 

だよな?この道からって考えても、行き先なんて図書館くらいしかないし。

 

「…押すよ?」

 

「いやいや、ええって!そんなん気ぃ使わんでも!」

 

八神さんの後ろに回って車椅子を押そうとすると、なぜか全力で拒否されたんだが…解せぬ。

遠慮?でもそれは、いくらなんでもできない相談だぜ?

 

「じゃ質問。同じ目的地に向かって、同じ道を並走する二人の人がいます。見かけからしても歳は同じくらい。んで、片方は車椅子で女の子です。もう片方は男の子で鞄一個持ってるだけです。ちなみにこの先には、ゆるやかだけど上り坂とかあります。………どう見える?」

 

「…お手数おかけします」

 

だよな?どう見ても、お前押してやれよ!だもんな?

僕も同じことを言う。

 

「だから、“ありがとう”でいいはずだろ?日本にいる歴って意味じゃ先輩っぽいのに、妙なところで間違えるよな?」←発音から外国人だと思ってる

 

「あはは!せやな、ありがとう。先輩らしく、気ぃつけとくわ」←勘違いに気付いてない

 

微妙にすれ違った会話は遠くない将来、近年稀に見るほどの凄まじい大爆笑を生むことになるのだが、この時二人は全く気付いていなかった。

 

僕は車椅子を押しながら、八神さんといろんなことを話した。

八神さんが実は学校に行っていないこと。同じ学校で忘れてるわけじゃないことにホッとしたのは内緒だ。

八神さんは料理が得意なこと。僕も多少はできるので、それなりに盛り上がった…ごめんなさい嘘です超盛り上がりました!むしろ醤油という日本最強の調味料を使った料理について議論が白熱した!

八神さんの主治医の石田先生とかいう人のこと。美人でいい人なのになんで結婚しないのかと首を捻っていたから、絶対に石田先生って人には言わないように口止めした!!←超重要

そして…

 

「そっか、八神さんも親いないんだ?」

 

「そや、うちの小さいころに交通事故で。薄情やとは思うけど、もう思い出せることなんてないから、写真見て顔だけ覚えてるんよ。『も』ってことはフォルテくんも?」

 

「小さいころの話なんだし、薄情なんてことないんじゃないかな?僕の方も事故。んで今は伯父さんと二人暮らし」

 

「なるほど、日本に住んどった伯父さんのとこに引っ越してきたっちゅうわけか」

 

八神さんがうんうん頷いているけど一応訂正しておくか。

 

「違うよ。伯父さんの家も、職場も、全部向こうにあった」

 

「へ!?じゃあフォルテくんはなんで日本に来たん?言うたらあれやけど、遠かったやろ?なんか海鳴に縁でもあったん?」

 

聞きようによっては酷いことを言われているが、悪意がないのは分かっているので普通にスルーで。

 

「父さんの方のお婆ちゃんがここの出身だったんだよ。ちなみに、今一緒に住んでる伯父さんは母さんのお兄さん。本当はこういう場合、父さんの方の親戚に頼るべきなんだろうけど駄目だったんだ。日本に来たのは、お婆ちゃんがよく話してくれた海鳴で暮らしたいっていう僕のわがまま。こんなわがまま聞いてくれた伯父さんには、本当に頭が上がらないよ…。ジャパニーズ土下座したほうがいいかな?」

 

「されても困るだけやろし、全然意味違うで?そうか、なんや変な感じやな?国境越えてできた知り合いとの共通項目が『両親が事故で死んだ』やなんて。もうちょいマシなんが良かったわ…」

 

「確かに変な感じだな、ものすごく縁起悪いし。マシなのか…んー………王子様とお姫様みたいな?」

 

「へ!?い、いや…それはちょっと///」

 

確か女の子が好きなお話って、そういうものだって母さんが言ってたけど、なんで八神さん顔真っ赤にしてるんだ?

 

「聞いていいか悩んだけど、親が死んでるなんて突っ込んだ話題してるくらいだし、聞いちゃうけどさ…その脚、事故の後遺症?」

 

本当に聞いていいか悩んだけど、逆にここまで話して切り出さない方が、変に気を使ってるみたいで嫌な思いをさせそうだ。

 

「あー…これは怪我ちゃうよ、原因分かってへんねん。4歳か5歳くらいの頃から段々動かんようになって、今じゃもうこの有り様や」

 

「怪我ではないんだ?それってハイハイから歩けるようになって以降の話でしょ?段々ってことは…先天性にしては発症が遅すぎるから…でも後天性にしては普通に血色良さそう…パッと見た感じ姿勢が悪くて神経を圧迫してるっぽくないし…神経に異常があるか、あるいは脳?脳の確率が一番高そうだけど…」

 

医学か…多少は勉強してるけど、まだまだ先が長いからな。

医学を極め切った人間なんていないけど、僕の場合はそもそもの知識の絶対量が足りていないから全くわからない。

既に故人である八神さんの両親が隠していたわけでもない限り、怪我である可能性は低いはず。

とするとやっぱり単純に神経伝達に問題があると考えるのが自然なわけだから、腦か…いやいや、この判断は早計だ。

脊椎やそれより先の可能性もある。

じゃあ神経伝達経路から辿っていって、どこで信号が途絶えているかを………

 

「……………………………」

 

「っとと、ごめんごめんつい考え込んじゃった。どうかした?」

 

思考の海に潜っていると、八神さんが妙にホケッとした顔でこっちを見ていた。

 

しまった、会話の最中に考え事なんて失礼だ。

本当に気を付けないと、あの世で父さんに殺される。←確実

 

「いや、なんて言うたらええんか………ようそんなこと知っとるなーって思うて。フォルテくんの将来夢、医者?」

 

「いや、研究者っていうか科学者。ところにより一時テロリスト」

 

「なんでやねん!天気予報みたいにテロリストになったらあかんやろ!あんたその歳でそこまで知識あるのにテロやったら大事件やわ!」

 

失礼な。

真面目に人生設計したらそうなるだけだ。

ま、とりあえず大事なところを訂正しておこう。

 

「テロリストが僕であるとかないとかって事件の大小に関係なくない?はい到着」

 

というわけでやってまいりました市立図書館!

帰りたい!!←切実

 

「僕はカウンターに用があるから」

 

「うん、うちは奥の児童書コーナーに行くわ。押してくれて助かったわ、ありがとうな」

 

八神さんはそうお礼を言って笑顔になった。

その笑顔は、なんだかさっきまで話してた時とはまた違った笑顔で…

 

「………」

 

「どうかしたん?」

 

「…いや、なんて言えばいいか、よくわからないけど…うん。その…笑顔、可愛いなって思って」

 

「ちょ!?//////////」

 

瞬間的に八神さんの顔が赤くなった。

っていうかちょ!?

 

「え?ちょ、八神さん!?どうした、熱でもあるの!?あ、あれか!熱中症か!?み、水!水筒!無い!自販機どこだ!自販機来い!来ねぇ!って来るわけねぇー!井戸だ!井戸はどこだ!?」

 

「…っぷ、あはははは!なんやフォルテくん慌てすぎやわ、あはははは!ごめん、ごめんな、フォルテくん、うちは大丈夫やから」

 

僕が八神さんを心配して慌てて何とかしようとしたら、なんか…腹抱えて笑われた。

心外な気持ちだったけど、笑ってくれてるならいいか。

…別の意味で大丈夫か心配になったけど。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「うん、ほら!」

 

そう言って力こぶ出されても、その力こぶ、すごく頼りないんだが…。

………自己申告だけど、大丈夫ならいいか。

 

「そっか、んじゃ、あとでそっちに寄るよ」

 

「うん、わかった」

 

八神さんが角を曲がって見えなくなってから、僕はどんよりした足取りでカウンターに向かった。

 

あぁ~……なんていうか、月曜日真剣に学校中探そう。

 

「あ、いた。フォルテくーん!」

 

「ん?」

 

階段を急ぎ気味に降りてくる女の子がいた。

 

誰だっけ、あの青髪少女?

あ、クラスメイトだ。

確か名前は月…月なんとか!

そうだ、月沼だ!

 

「どうかした、月沼さん?」

 

「つ、月村だよ?月村すずかだよ?クラスメイトだよね?」

 

「ごめん、30人近い名前覚えるとか無理。クラスメイトなのは覚えてたから大丈夫!」

 

「それ大丈夫じゃないよ~!」

 

なんというか、すごく苦笑いの似合う娘だな。

真面目だけど将来絶対苦労するタイプだ。

 

「どうかしたの?」

 

「フォルテくんを探してたんだよ」

 

ん?僕を探していた??

僕、探されなきゃいけない理由なんてあったっけ?

そんなに親しいわけじゃないんだけど…。

 

「これ、フォルテくんのかな?」

 

「こ、これは…!?」

 

月村さんの手に握る本…僕が一生懸命探していた本、『エネルギー工学の発展と展望』(市立図書館より貸与中で返却日は今日)だ…!!!!

 

パッパラパ~!

フォルテハ月村サンカラ本ヲ受ケ取ッタ!

 

「昨日の放課後に教室で見つけたんだ。先生に渡しても良かったんだけど、返却日が今日みたいだったから、ここに居れば渡せるかと思って…」

 

「ありがとう!ものすごく助かったよ!」

 

いや本当にマジで!カウンターに行くのが憂鬱だったんだ!

…今日中に返せばいいから、十分に読み切れる!絶対に間に合う!

一冊にそんなに時間かけてられないしね!

 

「ううん、気にしないで。最悪そのまま返して月曜日に謝ろうと思ってたくらいだし…」

 

「え?なんで謝るの?超助かるじゃん?」

 

むしろ感謝しろっていうもんじゃないの?

 

「だって…返しちゃったら、次の人が借りて行っちゃうかもしれないでしょう?」

 

あー…なるほど、そういうところを気にしてたわけか。

でもいらない心配なんだよなー…。

 

「大丈夫だよ、この本あんまり人気ないみたいだから」

 

「あ、そうなんだ…よかった」

 

「僕は4階に他の本借りてくるつもりだけど、月村さんは?」

 

「私はこれからお稽古があるの」

 

なんと、ギリギリ到着が間に合ったのか!

あとちょっと遅かったら心臓に悪い思いをするところだった。

 

「4階って技術書とかばっかりだよね?フォルテくん、そういうの読むんだ?」

 

「うん、そのうち変身ベルト作るわ」

 

「変身ベルトはちょっと無理なんじゃないかな…」

 

うん、月村さんは本当に苦笑いが似合うな。

 

「じゃ、そろそろ時間だから」

 

「うん、この本ありがとな!」

 

月村さんを見送って、僕は今度こそ4階に向かった。

 

…やっぱり月村さんはどこか僕に警戒しているらしい。

僕から離れるときちょっと早足だったし、クラスメイト同士の会話にしては通常より半歩と少し距離が遠かったし、僕の一挙手一投足をしっかり見ていたし…。

嫌われるようなことなんて、していないはずなんだけどな…。

会話自体、今日が初めてと言っても過言じゃない程度の頻度だぜ?

 

この後、大量の本を持って行って八神さんにものすごく驚かれるという微妙なイベントが発生するのだけど、とてもどうでもいいほどに日常の一コマである。

 

そして帰り道、当然のことながら僕は八神さんの車椅子を押していた。

 

「にしてもホンマ驚いたわ。フォルテくんって本読むのん、めっちゃ速いんやね」

 

「…速いか?まあ熟読してたわけじゃないけど」

 

「いやいや!あんな速度でページめくってたら、流し読みしてるだけにしか見えへんからな!絶対内容読めてるとは思えんわ」

 

「そんなに速くないつもりなんだけどな…。まあ、技術書とかばっかりだし、ストーリーがあるネタバレ禁止なやつじゃないから、複数行同時に読んで進められるだけだよ」

 

「複数行同時って…普通はできんからな?しかもあの後、借りられる限界冊数まで借りて…そんなに本好きなん?」

 

「いや…単純に知りたいことがあるだけだよ」

 

談笑しつつも僕は今、必死でシミュレートしていた。

 

このまま直進だったk…違う!階段がある!迂回路にスロープがあったはずだ!

その次に抜け道…は使えないんだ。じゃあそのまま進んで左の道から進もう。

 

閉館時間ぎりぎりに図書館を出た後、特にこの後予定がないという八神さんに見せたいものがあると、ちょっと移動しているのだ。

当然、知っている道には階段や段差などいろいろバリアだらけだったので、問題ない道を全力シミュレートしつつ談笑という、地味に難易度が高いことをしている。

 

「八神さん、ちょっと目をつむっててもらえないか?」

 

「へ?ええけど、なんで?」

 

「あとでわかる」

 

こんな言葉であっさり目を閉じてしまうあたり、八神さんの人の好さがうかがえるが…正直心配になるレベルだ。

しばらく車椅子を押して右へ左へ…そして目的地へ到着すると、どうやら時間はちょうどだったようだ。

 

「よし、八神さん…ゆっくりだよ?ゆっくり目を開けて」

 

「うん…………………………っ!うわぁ~~~………!!」

 

そこは、小高い丘の上にある公園の…その一番奥。

海鳴を一望できる、僕オススメの絶景スポットだ。

ちょうど夕日が海鳴の町並みを夕焼け色に染めて最も綺麗な時間だけど、海と町がセットで見えるこの場所は、それだけで僕の秘密の場所だ。

 

「どう?春先に探検してて発見した、僕の一押しの絶景スポットだ!夕焼け以外の時も綺麗なんだけど、やっぱり夕焼けが一番だよ」

 

「うん…めっちゃ綺麗や…」

 

呆けたように呟く八神さん。

実際呆けているのだろう。

人は自身の器以上の感情があふれると、呆けてしまうらしいからな。

 

「フォルテくん…」

 

「ん?」

 

「今日はありがとうな。初めてや、こんなに楽しい一日は」

 

「そう言ってもらえると、嬉しいよ」

 

八神さんはそう言うが、実際タイヤ落ちてるのを助けて、車椅子押して、一緒に本読んで、ここに連れてきただけだ。

本当に大したことはしていない。

 

「…また来たい」

 

「来よう、何度だって。いつかは脚を治して自分の脚でここまで来ると良い。駅から遠いから、待ち合わせ場所には向かないけどね。………………やっぱり治らないって思ってるな?」

 

「ばれたか」

 

脚の話をした途端、まるでどこかとても遠いところを見るような目をした八神さん。

指摘すると、八神さんは悪戯がばれた子供みたいにバツ悪く笑った。

でもその瞳には、出会った時からどうしようもないほどの諦めと癒しがたい疲れがにじみ出ていた。

 

「原因がわかってないから?」

 

「どんだけやっても、年々悪化して行ってるからや」

 

どれだけ努力しても、進行を遅らせることすらできない。

いや、遅らせているのか加速しているのかすらもわからないのだ。

何をどれだけやっても、どれがどう作用しているのかわからないのだから。

それは緩慢な死。

 

「……………………八神さん、ちょっと両手出して」

 

「今度は何?魔法でも使って治してくれるん?」

 

「あははは…なんか、八神さんの中での僕の評価が非常に気になるね」

 

さすがに八神さんのその言葉には疲れた…というより、その言葉が疲労感としてのしかかってきたみたいだ。

 

素直に出してくれた八神さんの両手を握る。

瞬間集中。

 

……………………………………これか?

 

生命力…とでもいうのだろうか?

人体に満ちている()

僕の知る限りにおいては、これは万人が持っているもので、健常者は必ず満ちているものだ。

そう、僕にはちょっとした()がある。

僕は『力』を使って、八神さんの中にある()を調べた。

そして八神さんのそれは、満ちていなかった。

むしろ枯渇が見えかけているような気がする。

あくまで視覚的に見えたりしている訳ではないが、ちょっと試してみたいことができた。

八神さんの両手から、僕の()を慎重に流し込むのだ。

あくまで微量に、絶対に流しすぎないように、最悪即座に引き戻せるように、薄い紙で出来た器に水を入れるかのごとく細心の注意を払って。

輸血のようにうまくいくものなのか、それもわかっていない。

もしかしたら僕は今、八神さんを殺そうとしているのかもしれない。

助かる他の道を閉ざしているのかもしれない。

それでも…僕は八神さんを助けたいと、そう思った。

八神さんの様子を見る。

 

「な、なんかちょっと暑いっちゅうか、くすぐったいな///////」

 

顔を赤くなっているように見えるが、おそらくは夕日のせいだろう。

健康に問題が発生しているようには見えない。

 

このまま満ちるまで続けるか…?

いや駄目だ!

今まで満ちていなかったものを突然満たせば、必ず不調が出る。

それでなくても、満たしていたものが急激に減ればそれでも不調になる可能性が高い。

そもそも、この()がどうやって作られ、どうやって補給されているのかわからないのだから、最悪補給の当てがなくなって毎日僕から()を注ぎ続けることになるかもしれない。

それ自体は別にいいけど、僕が何かの理由で注げなくなったり、あるいは枯渇したりしたら共倒れになる。

…ほんの少しだけにしよう。

あくまで、治療の目処が立つまで。

 

なんとなく、穴の開いたバケツに水を注いでいるような嫌な感じがしたけど、そんな不吉な感覚はいったん忘れることにした。

 

「おまじないだ。八神さんは、この景色が好きか?」

 

「好きやで。今まで見た中で最高や」

 

「またここに来たいか?」

 

「もちろんや」

 

「また、歩きたいか?」

 

「……………歩きたい」

 

「自分の脚でここに来たいか?」

 

「………来たい」

 

「なら大丈夫だ。僕が保証する。八神はやては、いつか自分の脚でここに来る。絶対、必ず」

 

「なんやそれ?」

 

苦笑いと共に八神さんはちょっとだけ呆れたような、どこか楽しそうな声で言った。

 

「なんか不思議やわ…フォルテくんが手ぇ握って、ちょっとしたら脚になんか感覚が戻ったみたいな…なんて言うたらええんかな?脚がこそばゆいみたいな不思議な感覚になってん」

 

「…………立てる?」

 

「ちょっと待ってな?………………………あかんわ、やっぱり無理や」

 

「そっか」

 

ちょっぴり残念だけど、正直想定内だ。

夜冷えする前に、八神さんを家に送るとしよう。

 

 

 

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

 

 

 

八神さんを家に送った後、僕は帰ってすぐ部屋に戻り、本棚から一冊のノートを取り出す。

背表紙には『6/12~』とだけ書いてある。

本棚には他にも無数のノートがあり、どれもこれも使い古した感が出ている。

奇妙なことに、本棚に本はほとんどなく、代わりにノートがぎっしり並んでいるのだ。

 

「なんとしても、僕が生きているうちに完成させないとな」

 

小学生の分際で生意気なことを、と言われることだろう。

正直なところ、わからないのだ。

目処などつくはずもない。

それでも、僕は胸を張って「我輩の辞書に諦めという言葉は存在しない」と言わせてもらおう。

 

「新しいノート、要るな」

 

そう言って僕は本を片手に、ノートに書き込みを始めた。

そしてその内容は小学生…否、大学生でも書かないであろう程に複雑数奇、難解な数式だった。

 

 

 




私は純粋な日本人です。
外国だと土曜日に学校があるかとかは、実は知らないです。
どっかの国ならなくて、どっかの国だとあるんでしょう、くらいに気楽に設定してます。

ちなみに、はやてがチョロインな理由は…
長い通院生活、ずっと学校に行っていない、ゆえに同年代の友人もいないし、同年代の男の子と話すことすらほぼなかったので、交友関係に関して初心で男の子に対する免疫などないのです。

あと、なにげにはやては自分が一人暮らしであることを隠しました。
嘘は言ってないんですよ?
読み返していただけるとわかります。

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