ゆらちゃん、京言葉じゃない言葉もしゃべっているよね、よね!
雪女のつららは家事は一流と自負している。
たとえ氷があろうとも味噌汁は美味しく作り、掃除洗濯もこの道百数十年のエキスパートだ。
そのつららが奴良家の門を掃除する事は珍しい。
たいていは何か怒ってグチを言う時か、リクオが遠出から帰ってくる時にする位だろう。
今回、つららが門を掃除しているのはグチを吐き出すためだった。
「まったく、若もあんな所に行かなくても。せめてもうちょっと近い所に散歩でも・・・いえいえ、家長さんのお家はダメですけど、もうちょっと近い所に」
グチを吐き出している所で肩を叩かれたので振り返った。
「あら、貴方様は」
知らない相手だが、風貌で知り合いの一族とわかったつららは困惑した。
ありていに言えば奴良家と繋がりがまったくないからだ。
「急に申し訳ありませんが、奴良リクオ様は御在宅でしょうか」
「ああ、リクオ様に」
合点がいったが、そこでつららは申し訳ない顔になる。
つららはリクオの側近筆頭なので予定は把握している。目の前にいる相手が事前に会う予定を組んではいない者だとはわかっていた。
「リクオ様は予定がないので外出しておりまして、ご用件がありましたら側近筆頭の私が承りますが」
丁寧に頭を下げるつららに、相手は滅相もないと手を振った。
「いえ、ちょっとお話しできたら良いなという程度だったので。では失礼します」
「はい、ごきげんよう」
相手も特にがっかりした感じではなかったので、つららは軽く頭を下げて見送った。
もしもつららに雪女以外に、タイムリープの能力があったなら慌てて過去のつららの頭を叩いて去っていく妖を奴良家に招き入れただろう。
残念な事につららには未来を知る能力もなかった。
つららはのほほんと見送り、グチを続けながら門を掃き続けてしまった。
花開院ゆらは自室で早目に就寝していた。
いきなりだった。
門の方からダンプカーが追突したような轟音と悲鳴、そして異様な妖気。
ゆらはパジャマのまま自室から門へと駆け出した。
まだ寝ていなかった陰陽師の中には、門のなにがしかと一戦交えたらしく、負傷してこちらに運ばれている者もいる中、ゆらは最前列へと躍り出た。
すでに右手には式神を装着済みだ。
丁度秋房が弾かれてこちらに倒れこんできたのを素早く躱し、撃つ態勢に入った時にこちらを見た敵に硬直する。
「土蜘蛛?! アンタ何しはるつもりか!」
門は跡形もなく食い荒らされ、いまだバリバリと門を食う土蜘蛛に思わずツッコミを入れるゆらに気付いたらしい土蜘蛛が般若の顔に喜色が躍った。
「ゆら! あなたは花開院家のゆら様ですか!」
「ハ?! 土蜘蛛とちゃう! アンタ誰や!」
終始ゆらを「陰陽師娘」と呼んでいた土蜘蛛とは違う言葉遣いに、警戒心を強めるゆらだったが推定土蜘蛛は目に留まらぬ速さで肉薄してゆらに抱き着いた。
「ゆら様ぁぁ! あなただけが、あなただけが頼りなのですぅぅ!!」
「ギブギブギブ! 出る、中身が出る、ギブギブギブ!!」
土蜘蛛一族の怪力で抱き着かれたゆらは式神を操るのも解いて腕を叩きまくる。
遅れて来たマミルも無言で反対の腕を叩くが痛い素振りを見せない。
「話だけでも、話だけでも、せめて良案があったら良いのでぇぇ!!」
「聞く! 聞くから! 離して! ギブギブギブ!!」
「絶対聞いてくださいね!」
最後にギュっとつぶされて離されたゆらは、一瞬先代花開院家当主に会えた気がした。
とりあえず食堂に案内すると、土蜘蛛っぽい妖は自己紹介してくれた。
「阿蘇の土蜘蛛一族の土蜘蛛美です」
「・・・よろしゅう、私は花開院ゆらいいます。もしかして前に奴良くんとお見合いになってかけた方でっしゃろ」
「はい、カラス天狗様からどうしても言われて断れなく、釣書だけ送らせていただきました」
「ああ、災難どしたね」
「異種同士の見合いでしたから、初めから成り立たぬと思っておりました」
落ち着いてお茶を飲む土蜘蛛美に、ゆらは内心ほっとしながら先を促す。
「実はあの騒動で私も自分の心に気付きました。ええ、私にも愛しい方がいる、と」
「あ、はぁ」
色恋方面に話が行くとは思わなかったゆらは、ゆるい返事になってしまった。
「家出していた方なのですが、最近やっと里に居ついて下さりまして。雄々しいお姿を見るともう」
「・・・なぁ、マミル君、竜二兄はどこ行かはった」
訥々と話す土蜘蛛美を見ながら、横に座っているマミルに小さい声で問いかけるとマミルはいつもの無表情で応えてくれた。
「夕方頃にいきなり「ちょっと野暮用ができた。帰りは明日だ。いいか、良く学べよマミル」と言い残して出て行った。思えば竜二はコレを予期したのかもしれない」
「竜二兄~~」
水式神以外に占いにも才があるらしい竜二に、ゆらが恨みを込めて名前を呼ぶが負け犬の遠吠え。
誰かこの場に来ないものかと願って扉を見ていたら、不意に扉が開いた。
「よぉ、なんか門がひどい事になっていたがどうしたんだ?」
扉をあけ放ったのはこれまた妖だった。
白と黒の長髪を妖気になびかせ、紅の瞳に涼し気な顔・・・が部屋にいる土蜘蛛美を見た瞬間引きつった。
「邪魔したな」
一瞬で撤退を決行したリクオに、ゆらとマミルの式神達が襲いかかったのは必然だった。
長い説明を要約すると、土蜘蛛に恋をした、仲を取り持って欲しいという事だった。
勿論土蜘蛛一族の何名かには話を持ち掛けたが、取り持ってはくれなかったらしい。
彼ら曰く「思いの丈をこぶしに宿せ! 打ち倒せ! 勝者の権利を行使しろ!」。ゆらとマミルは何も言えなかった。妖のリクオも引きつった顔をしているので土蜘蛛一族が特殊なのだろう。
「バレンタインデーまで待てばええ。そこでチョコ渡して告白すればOKやろう」
ゆらは確実安定(結果は未定)な提案をしたが、土蜘蛛美は納得してくれなかった。
「土蜘蛛様は雄々しいお方なので私以外にも狙っている者はいるのです。ああ、こんな所で相談している間に誰かがあの方を奪っていくかもしれないと思うと・・・!」
土蜘蛛美がギラリと目を輝かせて手に持っていた茶碗を握りつぶす。
そして、がばりと机につっぷした。
「もうあの方を思うと夜も眠れず!」
「・・・眠らなくてもいいけど机をかじるのはやめてほしいかな」
つっぷした勢いで机をかじって食べる土蜘蛛美に、マミルがツッコミを入れるがストレスで食欲が出るんです、と相手にされなかった。
「ふ、ここは俺が知恵を授けよう」
土蜘蛛美が机をかじり出して一番に遠くに退いていたリクオが自信ありげに腕組をする。
「既成事実で婚約してしまえばいいんだ。アイツ、絶対世間知らずで漢気はあるからな。チョロいぜ」
「既成事実と申し上げますと、アレとかコレとか、いやですわぁぁぁ!」
悲鳴をあげながら勢い良く机をかじる土蜘蛛美にゆらとマミルがリクオの後ろに退避してしまった。
リクオは土蜘蛛美の恥じらいに若干冷や汗をかきながら訂正する。
「いや、アイツは世間知らずだからな。額にチューで責任とるって言いだすヤツだ」
「えええ、アレとかコレとか、やらないのですか・・・」
リクオの訂正に少し落ち込んだ土蜘蛛美を見ながら、ゆらはリクオの肩をつつく。
「さすがにそらへんんやないか?」
「ヤツをワナにはめて穴に落として、額にコイツがチューすれば良いだけだ。現場を俺と土蜘蛛数人で目撃すれば尚良し。ハハハ、楽しみだな」
本当に楽しそうに笑いながらリクオは席を立つ。
「よし、思い立ったら吉日。即土蜘蛛の里に行くぞ! 準備は良いな!」
「ハイ、リクオ様!」
「行くぞ!」
ヒラリと土蜘蛛美の頭に飛び乗ると、土蜘蛛美はムクムクと大きくなり天井をパンチ一発で穴を開ける。
「何するんや!」
「では行ってくる!」
「ゆら様、マミル様、ごきげんよう!」
妖2人組は高笑いしながら夜の京都の空へと消える。
「帰ってくるな! マミル君塩! 塩持ってきて! 二度と来るなぁぁ!!」
ゆらは消える二人に思いっきり怒鳴りつけるしかなかった。
土蜘蛛美騒動から2日後の夜、竜二とマミルとゆら3人は見積書にため息をついた。
「とりあえず応急処置の見積もりが来たが・・・土蜘蛛一族が天災でも保険が下りないのが痛いな」
眉間のシワがすごい事になっている竜二に、ゆらマミルは返事することができない。
門と食堂の応急処置の金額が、言葉を奪っていたからだ。
「そういえば、奴良くん家は結構半壊とかしてはるよね、あれってあの家の妖怪達が修理してはるんやろ。あの人材を貸してもらえんやろか」
「昔は家を直すのも住人がやっていた。ノウハウがあるのだろう」
「妖を花開院家に入れるという心のハードルが無ければ、喜んで脅し、いや頼みに行っていたぞ」
おのれ奴良リクオ、と血涙を流す勢いの竜二にゆらは冷や汗を流す。
「そういえばゆら、そろそろ花開院も落ち着いてきたし、復学したら」
マミルはこの一件が終わったと見たらしく、見積書を机に置いてゆらに問いかけて来た。
ゆらも見積書を机に置いて、首をかしげる。
「そろそろ復学しよけと思うけど、家の事考えると京都内がええかな~ 浮世絵町やとえらいやろうし」
「さすがに当初の目標は立ち消えたからね」
「今後の事を考えると、中学までは浮世絵町に・・・なんだ?!」
竜二もゆらの復学の話題に入ってきた所で異様な気の接近に気付いた。
神気とも妖気とも判断し辛い力の塊が数個、こちらに急接近してくる。
席を立つのと同時に、また門の方から衝突音と悲鳴が聞こえて来た。
「今度はなんだ!」
竜二が勢い良く門の方に向かうのを見ながら、ゆらとマミルは遠い目になる。
「マミル君・・・」
「ゆら、気持ちはわかる。確かめに行こう」
「せやな」
のろのろと部屋を出て竜二の後を追う2人だが結果は想像通り、いやそれ以上にひどかった。
門から土蜘蛛一族数人が建物を食べながら邁進して来る。
立ちはだかる陰陽師には、もれなく手に持つ酒ビンを突っ込んで強制アルコール中毒にしている。
竜二もあえなく真っ赤になって沈没している。
「妖芋焼酎・・・度数高そうやな」
「ゆら、未成年だから飲んじゃダメだよ」
マミルの注意がなくても、竜二を見れば飲もうとも思わないゆらの前に妖が陽気に笑って仁王立ちした。
「おお、おぬしがゆら殿だな! 未成年であるだろうから酒はふるまえないが、祝い酒のおすそ分けじゃぁ!」
妖が宣言した瞬間、マミルが倒れた。
驚いてマミルを見ると、口に酒ビンが生えている。突っ込まれたらしい。
「土蜘蛛美が土蜘蛛と夫婦になりたいと頑張っていたのだが、ゆら殿とリクオ殿が知恵を授けて下さったとか。
あの2人は昨日結納を済ませてな! 報告がてらおすそ分けに来た訳じゃ!」
「うむ、兄者。この建物美味いぞ」
「さすがは花開院家、酒のアテが美味しいぞ!」
衝撃の告白に固まったゆらの横で、土蜘蛛一族が酒を片手にバリバリ建物を食っている。
「これで土蜘蛛もちぃとは落ち着くだろう」
「土蜘蛛美は一族一の器量良しじゃしな!」
「ささ、遠慮なく酒を飲まれよ! ワハハハ!」
花開院家でゆら以外で未成年なのはパト位しかいない。それ以外は皆酒の餌食になって倒れて行く。
土蜘蛛一族が騒ぐのを尻目に、倒れた人間達に水を飲ませてやるしかゆらには方法がなかった。
奴良家では定例の幹部朝食が始まっていた。
リクオはつい先日、ふらりと散歩に出たまま数日帰らなかったので、定例会に出られないのではないかと側近達はやきもきしていたが、2日前に二日酔いで帰って来たリクオに心配しつつも安堵した。
今のリクオは二日酔いも治り、シャキンと正座をしている。
二日酔いで帰って来た事は幹部達にも知れ渡っていたが、皆ちょっとお小言を言いつつも若い大将の成長に談笑する穏やかさがあった。
味噌汁を口にしていたリクオの耳が数人の足音をとらえる。こちらに向かってくる3人とつららと首なしの足音、そして障子が勢いよく開かれる。
「よぉ、邪魔するぞ」
器を膳に戻したと同時に現れたのは花開院竜二だった。眉間のシワ数が過去最高な凶悪面だ。
刀を抜こうとする猩影を手振りで抑えていると、竜二の後ろからゆらとマミルも現れた。
「朝早くから3人共、どうしたの? えらく怒っている様に見えるけど」
幹部達も現れた狼藉者達があまりに怒った顔をしているので、様子を見る事としたのか中腰から席に座りなおしている。
ゆらはズカズカとリクオの前に来て懐から紙を掲げて見せる。
「屋敷の見積書? すごい額だね」
「そこか、そこじゃない所を突っ込んで欲しいのだが」
ゆらの後ろにいる竜二が睨み付けるので、リクオは端の方に書いてある文章に目をやる。
「・・・土蜘蛛一族による天災は保険適用外です。あ、これ土蜘蛛一族がやらかしたんだ」
「ああ、お前がゆらが土蜘蛛美に知恵を授けたって事にした結果がコレだ」
「え、そんな事言ったんだっけ? ボクも妖芋焼酎を飲まされたから土蜘蛛をはめた後がうろ覚えなんだよね」
奴良家幹部はマミルに見せられた見積書のコピーを見て、笑うリクオに感謝の念を送る。もし自分だけでなんて言っていたら、この災厄は奴良本家を襲っていただろうから。
「うちら、家なき子や。責任とってや」
「え、家ないの?」
「俺達2人は本家筋だからな。秋房達は実家があるからそちらにいる。マミルは護衛だ」
「そっか、困った時はお互い様だし、部屋は空いているからいいよ」
異を唱えずに快諾したリクオに、竜二が意外そうな顔をする。その竜二の前でゆらがパンと手を合わせる。
「ついでに妖の手ぇも借りたいんや。屋敷ん再建を手伝っておくれやす」
「・・・まぁ、困った時はお互い様って今言っちゃったからね、今はこちらも落ち着いているから手伝いもできると思うよ」
「おおきに!」
「つららと首なし、3人を部屋に案内して」
「「はい」」
障子の外でおろおろしている2人にリクオが声をかけ、3人が外に出るとリクオは味噌汁を再び口につける。
「・・・良いので、若」
不満そうな顔の猩影の横で、呼ばれて朝食を共にしてた牛鬼が問うとリクオは食べ終わった器を膳に戻す。
「恩を売る絶好の機会だ。ゆらはともかく竜二に恩を感じさせるのは良い機会だよ。
・・・まぁ、こちらの内情は探られるだろうけど、そこは皆頑張ってね」
牛鬼に向ける眼差しは、いつもの穏やかな茶の瞳ではなく、夜を思わせる紅がかった妖しい瞳だった。
猩影と牛鬼はニヤリと笑い、他の幹部と共に頭を下げた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
色々修正しています。
2016.10/7
体制×→態勢
「へんんやないか」は翻訳サイトからなので修正保留。私、関東人なのでわからん。
「復学しよけと」も以下同文。我が家系、関東と東北人しかいない。
しずらい×→し辛い
「止めようと~」は削除