終業のチャイムが鳴り響き、掃除当番以外の者が席を立って教室の外に出ていく中、ゆらは幽霊の様に席を立った。
リクオは相変わらず色々と頼まれているようで、クラスから出ていくのを横目にゆらはカナからノートを貸してもらう。
「はぁぁ~、勉強がこない進んでると思わんかった」
「がんばってね」
「ユウウツや」
近くのコンビニでコピーをするのに付き合ってもらってノートを返した後、ゆらは一直線に奴良家に帰る。
竜二に隠れる様に部屋に入り、勉強をするがさっぱり進まない。
「大変ですね、お茶でもどうぞ」
ぐったりした所で首無がお茶とお菓子を持って来てくれたので肩に手をやりお礼を言うと、障子の後ろから見慣れない少女がひょっこりのぞき込んできた。
「ゆらさん、そろそろお時間ですよ」
「は?!」
ゆらは少女を見るが、見覚えのない少女だった。顔等にうろこ状のものがある異相なのでココにいるのなら妖の類なのだろうけど強くは見えない。
首無の方は時計を見て慌てて立ち上がる。
「今日は運動公園でしたね、凛子さん」
「そうそう、あら、もしかして初めましてかしら。奴良組白蛇組の白沢凛子です」
出ていく首無をハテナ顔で見送っていると、凛子がいつの間にか、浴衣と帯を手にゆらへと迫って来ていた。
「ゆらさんなら、この手のかわいくて華のある浴衣が似合いますね」
「ささ、早く早く」
「は? いやいつの間に?!」
凛子の言葉に呆気に取られている間に、いつの間にか後ろに来ていたつららに服を掴まれていた。
「私は明日の小テストの勉強が・・・きょわわわわ?!」
抵抗は空しかった。
浴衣に着せ替えられたゆらは、凛子に手を取られながら玄関へと向かうと、朧車が用意されていてどこに行くとも告げられずに凛子と一緒に入ってしまった。結構広い朧車の中には首無とリクオがいて2人を出迎えてくれた。
「凛子さん遅かったね。ああ、花開院さんを連れて来てくれたんだ」
「どうです、私のコーディネイトですよ」
「凛子さんは趣味が良いから安心して任せられるね。ありがとう」
いえいえ、と盛り上がる2人にゆらがずずいと身を乗り出した。
「奴良くん、これはどないな事や」
「あれ、聞いてなかったっけ。今日は日暮れから妖合戦だよ」
「ハ?!」
「九州で一緒に戦った獺祭を覚えている? 彼の酒呑愚連隊と」
「ああ、あの酔っ払い・・・」
思い出した酔っ払いの妖とリクオは比較的仲が良かったような気がするが、妖同士ではあるので仲が良かろうと争う事になるんだろうと無理やり納得した。
そして、ひっぱり出された理由もなんとなくわかった。
「あんたらが争ったら妖気で私が出張るってわかって連れ出した、って事やろか」
「まぁおおむね当たっているかな。良い所でやぁやぁ我は花開院家の、ってやられると興醒めでしょ」
「あんたらが妖気をばらまくのが悪いんや」
自分でもやりそうなので、ちょっと反論してから身に着けた浴衣を見る。
「妖合戦なんだから、洋服なんて風情のない物はボクの名前が許さないよ。
花開院さんだって、きちんと恰好を整えれば歩く牡丹になるんだからもったいないよ」
「・・・・・・・・・」
「まぁ! リクオ様ったらお口が上手い!」
「リクオ様! 二代目みたいになっちゃってますよ!」
カチンと赤くなって固まったゆらの左右でキャーと囃す凛子と突っ込みを入れる首無にリクオはちょっと首をかしげる。
<これってナンパ・・・いやいや、深く考えたらアカン。こいつは善意の塊、これっぽっちも深く考えずにポロっと言う奴や、考えたらアカン>
ブンブン首を振って考えを追い出していたゆらの頭にリクオが触る。
「ほぁ?!」
「あと、これを着けたら完璧だな」
目を向けると、いつの間にか妖姿に変わっているリクオが右耳の上に何かお面のようなものをつけて来た。
凛子が素早く鏡を差し出してくれたので見ると、そこにはなぜかオカメのお面がある。
「猩影とおそろいだ」
「なして妖とおそろいなん?! 帰る!」
「あ、おい」
パシっとリクオの手を振り切り、勢い良く朧車から出ようとしたゆらにリクオが慌てて追いかける。
ゆらは気付かなかったが、朧車は既に発車している。空を行く朧車から出ようとすれば人間のゆらは地面に落ちるのが道理なので、落ちかけたゆらをリクオが抱き上げて救うが、これがまたゆらを慌てさせる。
「離せ! 離して!」
「いやいや、離したらマズイだろ」
言いながら故意ではないがズルリと落ちそうになってリクオが更に抱き寄せようとするとゆらは身をくねらせる。
数分後、ぐったりしたゆらと飄々としたリクオが揃って公園に着くと、そこはゆらの想像と違った場になっていた。
公園の中心に簡単なやぐらが組まれており、その周りにゴザが敷かれ、酒やつまみ、簡単な食事をしている妖と人間が三々五々、隅には屋台があり、こちらで食事が提供されている。どう見ても小さなお祭りだ。
リクオは唖然としているゆらを残してやぐらに上ると、大きな赤い盃を取り出して酒を満たし、ふうっと息をふきかける。
すると盃から桜の花弁が舞う。花弁はゆっくりと会場の上空を漂いながらぼんやりと光りながらゆらり、ゆらりと会場を照らしていく。
妖く美しい灯りの演出に、酒を飲んでいた人間と妖がやんやと拍手をしていると、リクオの隣に男がぬぅっと現れた。
獺祭である。
相変わらず酒ツボを肩に背負って酔っ払い気味だが、首無が用意した白い盃をリクオと共に手に取り掲げる。
「「合戦の始まりだ」」
両大将の宣言と共に、妖合戦が始まった・・・が、ゆらの想像とは違った。
酒呑愚連隊から進み出た者と、指名を受けた者が何らかの勝負事をする。
先陣は大きな男と青田坊の腕相撲だった。
3回勝負で2回勝った青田坊にやんやと喝さいが贈られる。妖からも人間からも。
多分特等席であろうリクオの横にゆらは座り、そっと聞いてみる事にした。
「戦争みたいに妖同士が争う事はマレなんだよ。あの百鬼夜行大戦なんかレア中のレアだったんだ」
ちょっと不機嫌気味に酒を飲むリクオだったが、次に出て来た妖を見てため息をついた。
ゆらも場の雰囲気が変わった事に気付いて慌てて左右を見まわす。
「いや、こう、ヤツラにとっては真剣な事なんだ、真剣なんだけどなぁ・・・。
おい首無、お前がしっかりしていないからこうなるんじゃないかと俺は思うんだが」
「わ、私ですか?!」
主従が言い合っている内に、進み出て来た妖はドドン、と太鼓の音を背にして指名を始める。
「私の相手は・・・毛倡妓様!」
野郎共のオオオ! という雄たけびにリクオと首無がため息を吐き、ゆらは固まった。
確かに妖は争う時に男女別の概念は無い。無いが男が女に争い事をふっかけるのはどうも見目が悪い。
何も言えないゆらの前に、リクオではない妖が鬼火を使って後方にあった朧車をライトアップした。
ドドン、という再度の太鼓の音を合図にしたように朧車の御簾が上がる。
朧車の中から怪しい煙があふれ出て来た。
「つららの演出だ・・・」
ゆらに解説してくれているリクオはちょっと呆れ気味だ。
スっと出て来た妖に、ゆらは茫然とする。
毛倡妓だろう。
髪をきっちり結い、頭にはきれいな簪や笄、櫛で彩られて体は歌舞伎の様な重そうで華やかな着物を纏っている。
いつもの万倍色っぽい毛倡妓に、妖はともかく人間側の声援が凄まじい事になっている。酔っ払いに妖と人間の違いは無いようだ。
「これが噂の花魁の魅力ってものやろか・・・」
「元花魁ですから・・・コレ見たさにアイツら合戦吹っかけてくるんですよね」
「お前が毛倡妓をオトしていたら、そもそもこんな事になってねぇ」
頭をコンコン叩くリクオの前で妖と毛倡妓が始めたのは野球拳だった。
5回戦だったが、ぶっちぎりのストレート勝ちを収める毛倡妓。元とはいえ花魁、酒宴の遊戯にはえらく強いのだろう。
次の妖も毛倡妓を指名、それもストレートに下す毛倡妓にブーイングを飛ばす妖はきっちり首無が仕留めて転がす。
3回続けて愚連隊が毛倡妓を指名し、容赦なくストレート勝ちする毛倡妓はピースサインをしてから朧車に戻って行った。
最後は大将の獺祭が出て来た。
さすがに大将は大将を指名するだろう。多分。
酔っぱらっている獺祭にゆらは不安になる。リクオと首無も不安そうな顔をしている。
「さすがに、大将は大将を指名しますよね」
「するはずだよな、大将だからな」
酔っ払い共だが最初はともかく、最後まで女妖に合戦をひっかけまい。
獺祭を睨み付ける3人の前で、当人はビシリと指をさす。
リクオの気のせいでなければ、その指は毛倡妓が引っ込んだ朧車に向けられている。
「つらら」
合図と共につららの技が炸裂した。
一瞬で氷の像になった獺祭が内部から氷を壊すと目の前に引きつった笑顔のリクオがいて右手を鷲掴みにする。
「最後は大将同士じゃなきゃ、終わりが締まらないよな。なぁ獺祭」
「え、オレお前とヤルのはイヤだぜ。アレだろ、鬼火合戦になるんだろう、アレ、苦手なんだよ」
「問答無用」
ドドン、という合図と共に獺祭とリクオが間をとる為に後ろに退く。
獺祭が右手を揮い5個程鬼火をリクオに向けるが、リクオは盃から出でる陽の桜吹雪の形の鬼火。
「不利すぎる!」
桜吹雪が竜の様に群れを成して獺祭の鬼火を消し、上空を滑空する。
最後のあがきとばかりに獺祭が10個程鬼火を向けるが、くねるように花弁が舞い鬼火が食われた。
ついでに獺祭も食われて男の悲鳴が木霊する。
やぐらの上でこぶしをあげて勝利宣言をするリクオに人間と妖が拍手した後に宴会へと突入した。
「やっぱり奴良組が勝ちましたねぇ」
「徳川幕府の始まりから江戸に根付いた奴良組が負けるわけないでしょう」
「お酒を飲むだけじゃぁ始まらないってわけですかね、はっはっは」
町内会長と副会長に酒を注ぐ首無を見ながら、ゆらはさて帰るかと腰を上げた所で、どこかに行っていた凛子とつららがゆらの両腕を掴んだ。
「な、なんや?!」
「もしかして帰ろうなんて考えていませんよね」
「これからが本番よ、帰るなんてヤボはなしでしょ」
がっしり掴んで2人は屋台へとゆらを連れ出す。
見た目は金魚すくいなハズなのに、幻を駆使して逃げようとする金魚達。じゃんけんでおまけがつくあんず飴をかけて真剣勝負をするつらら対屋台主。どれも桜の花弁の灯りの下で妖しい楽しみにあふれていた。
「見つけた、つららと凛子さん・・・と花開院さんどうしたの?」
人間の姿になったリクオがベンチに座った3人娘に出会った時には、ゆらは真っ赤になって凛子に支えられていた。
「水飴だと思ってたんだけど・・・酒飴だったの、リクオ様」
「ねんねだったのねぇ、陰陽師娘」
ふふふと笑うつららの頭をこつんとして、リクオはゆらをのぞき込む。
完全に酔って寝ていた。
「そっか、じゃぁ帰ろっか」
ひょいとゆらを背負って、つららと凛子を促すと2人共あんず飴を食べながらついてきた。
「朧車でお帰りには」
「いいよ、途中下座だからね。花開院さんは途中で帰らせて勉強させてあげようと思ったんだけど・・・無理だよね、これじゃぁ」
「無理でしょうねぇ。大丈夫でしょうか、明日の小テスト」
「はははは。まぁ、うん」
ずるりと落ちそうになるゆらをよいしょ、と持ち直して3人は帰路につく。
明日の朝に響く悲鳴と放課後にゾンビの様になるゆらを想像しながら。
リクオがゆらちゃんをお姫様だっこをしたらつららと凛子が文句を言っていたはずです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。