誰かが呼んでいる気がする。
竜二がうっすらと目を開けると、そこにはのぞき込む妹と友がいた。
「竜二兄さん、やっと起きた。朝食の時間や」
「・・・タイマーが鳴らなかったのか」
「鳴ったけど起きへん兄さんに、小ものらが気を利かせて私ら呼んで来たんよ」
「竜二、遅い」
むくりと起き上がると、ゆらとマミルは気を利かせて部屋から外に出てくれた。
あくびをしながら着替える間、ふとさっきまで見ていた夢が気になるが、夢という物は目覚めたらあやふやな物になってしまうものだ。
ただ、懐かしい夢だった気がする。
今日の朝食は奴良家にいる皆でとるスタイルだ。
大部屋の障子は開け放たれて、心地よい風と和風庭園を見ながらの朝食は昨今の日本の朝食風景から隔絶したものだろう。
奴良一族も今日はこちらで、竜二達客人の横にいる。
竜二は半分庭を見ながら箸を進めていた。
「今日は一日何するの?」
「・・・勉強や。どこかの誰かさんが邪魔しなければ小テストの追試を受けへんかったのに」
「ハハハハ、一応家についてから起こしたよ?・・・くしゅん」
なごやかなゆらとリクオの言葉の最後、リクオのくしゃみで場が静まり返った。
何だ、と庭から食卓に視線を戻すとゆらとマミルと奴良家以外の者達が全て驚愕の表情でこちらを見ている。
「リクオ様! い、今、今くしゃみしませんでした?!」
ズサっとリクオの前に走りこんで来た首無の手がワナワナ震えている。
「いや、ちょっとくしゃみがしたかっただけだか」
「「「「「一大事だぁぁぁ!!!」」」」
叫び声と共にリクオの姿が竜二達から見えなくなる位に妖達が詰め寄ってきた。
「風邪ですか? お熱ですか? 腹痛はしませんか!」
「きっと昔と同じく妖気に中てられてしまったのですよ、おいたわしい!」
「お薬だ! お薬だよ!」
「その前にお布団にお運びしなくちゃ!」
「うわぁぁ?!」
妖達の絶叫の後、あっと言う間に小もの達に持ち上げられてワッショイワッショイと掛け声と共にリクオが姿を消えた。
「えらい事じゃぁぁ! まだ14歳なのに、二代目にどう申し上げれば! 大変じゃぁぁ!!」
小もの達の後を巨漢の一つ目男が叫びながら部屋を出て行ってしまう。
騒ぎがリクオの部屋へと移動したので竜二達が大部屋に視線を戻すと、そこにいた妖達が全ていなくなっていた。
いや、まだ一人いた。背が高くがっしりした男が。
「まずはゆっくり考えなければ。リクオ様の目は充血がなく、お体もしっかりしていた。頬が赤くなってはいなかったからお熱も然程あるとも思えん。お声もかすれる事なくいつものご様子だったのでお疲れが出たのであろうな」
長々と独り言にしては大きな声でリクオの状態を言い続けた後、パンパンと手を叩くと庭に2人の男が忍者の如く現れて頭を下げる。
「牛鬼様、お呼びで」
「馬頭丸、お前は近くの薬局で一番高い栄養ドリンクを3本買ってこい。
牛頭丸はハーゲンダッ○のバニラとストロベリーと期間限定の何かを1つずつ買ってくるんだ。行け」
「「ハ!」」
素早く消える2人を満足そうに見て、牛鬼と呼ばれた男はゆっくりとリクオの部屋へと姿を消していく。
「まぁリクオったら、体調悪かったのかしら」
「いや、リクオは悪くはなかったぞ」
「もう、みんな過保護なんだから」
「過保護だな。まぁ後で見に行くか」
「まぁ、おじいちゃんも過保護ですよ」
騒動を動じる事無く見ていた若菜とぬらりひょんは世間話の様に妖達の騒ぎを評して食事を続けている。
マミルはともかく、ゆらも無言で見て食事をしていたが、最後のおしんこを食べ終えて呟いた。
「奴良くん家って大変やな」
「・・・でもどこかでこんな風景見た気がする」
「そやろか」
マミルの言った通り、竜二もどこかで見た風景・・・な気がする。
惚けてしまったが、今日は竜二にもやるべき事がある。ちろり(他称ギロリ)とゆらを見ると、ギョっとしてこちらを見るなんていじめ甲斐のある妹だ。
「わかっているな?」
「ヒィ?!」
「花開院家の名を名乗るものが小テストとはいえ追試などと・・・今日はビシバシ行くぞ!」
「ヒェ?!」
「返事はハイか応かイエッサーのみだ!」
「ハイ!」
元気の良い返事がしたので竜二は機嫌よくうなずいた。
「今日はスペシャル英語テキストで勘弁してやろう」
「うぇぇぇ」
「竜二、それってきっと勘弁になってない」
マミルの制止を振り切って、青ざめるゆらを引きずって竜二も勉強用に借りた部屋へと去って行く。若菜はにこやかに、ぬらりひょんが気の毒そうに3人を見送った。
「やっと・・・やっと半分終わったぁ」
「もう少しで昼飯だな。遅いぞゆら」
「遅いと思うなら勘弁してや」
ぐったり机にダウンしているゆらに、マミルがうちわであおいでくれている。
ゆらの頭は英語でヒートダウン寸前だった。その代わり次の追試はなんとか行けそうだが。
「昼食の前に奴の顔色を見てくるか」
「そやな。・・・竜二兄さんも優しいトコロあるんやなぁ」
竜二の言葉にゆらは柔らかな表情をするが、マミルは無言で頭を振った。横に。
「ふ、俺の予想では奴は今とんでもない事になっているぞ。その見物だ」
「え、ここって奴良くんの家やろ。奴良くんにひどい事あるわけないって」
凶悪な顔で部屋を出る竜二に、ゆらとマミルがついていく。奥の方にリクオの部屋があるが近づくにつれ暖かく・・・いや暑くなっているのは気のせいではない。
リクオの部屋の前では先程の忍者もどきの男が2人、座っている。特に何もしてこないので竜二は障子を開けた。
予想通り、リクオは部屋の真ん中に敷かれた布団の上にいた。正確には座っていた。
予想外なのは奥にいる一つ目の男が松明を持っている事と廊下側に雪女のつららが得意の雪風吹3秒前のポーズでいる事位か。
「リクオ様には温まっていただかなきゃなんねぇんだ! ファイヤー!」
「こんなに暑かったら体に毒よブリザードォー!」
一つ目男が松明から炎の息を吐き出して、つららが吹雪の吐息で鎮火している。温度的には炎が優勢になっている。
「一ツ目入道もつららも、落ち着こうよ」
間にいるリクオはなんとか止めようとしているようだが、彼には第三の刺客がいる。座っているリクオの隣にいる、先程牛鬼と呼ばれていた男がアイスクリームカップを片手にリクオに迫っていた。
「ささ、あやつらの事は気にせず、今は若のご静養が大事。若は昔からイチゴ味がお好きでしたね。はいどうぞ」
「牛鬼、今はそれどころじゃ」
「ささ、この気温では溶けてしまいますぞ。なんでしたら私があ~んをして進ぜましょうか」
「・・・わかった。ありがとう、いただくよ」
苦笑いをしながらリクオが牛鬼からアイスを受け取ろうとしたが、牛鬼はさっさとアイスをスプーンですくって無表情のままリクオの口に持って行った。
その瞬間、竜二が障子を閉めた。
「「「・・・」」」
無言で頭を下げる牛鬼の(多分)配下に免じて3人共無言で食事をする部屋に行くと、すでに配膳がされている。
せっせと運んでくれたのは若菜だった。
「あら、リクオと一緒に来るかと思ったんだけど」
にこやかにごはんをよそって渡してくれるのをありがたく受け取る3人だったが竜二とマミルは武士の情けとばかりに口をつぐんだが、ゆらは違った。
「行ったんやけど取り込み中やったんでお先に来ました」
「そう、じゃぁ私が声掛けに行ってくるわ」
「いえ、この首無がシメに行ってまいります」
「そう? じゃぁよろしくね首無君」
誰をシメるのか、ちょっと想像してしまうが3人は関わらない様に口をつぐむ。首無が部屋を出て数分後、男の野太い悲鳴と少女の悲鳴が聞こえた気もするが。
昼食後、相変わらずのスパルタ教材に悲鳴をあげつつもマミルの応援と午後のおやつになんとか耐えきったゆらは夕食前に教材を全て終え、またもや机につっぷした。
竜二が添削している間にマミルが頭をうちわであおいでくれて、とても涼しい。
「そういえば思い出した。さっきの奴良」
マミルがうちわを動かしながら呟く。
「ああ、あの構い倒し地獄?」
「アレ、竜二が昔、本家でされてた」
「・・・・・・・・・そうだったか?」
マミルに言われて、竜二がペンを止めて昔を思い出そうとした。
遠い昔、まだ死んだ兄がいた頃、父がいた頃、母がいた頃。
兄と自分が熱を出す度、父と母と使用人達が大袈裟に騒いでどでかい氷嚢を頭にのせて凍傷になりかけて爺様に両親が怒られていた頃。
兄の葬式に出て熱を出して倒れ、目を覚ました時には両親が揃って竜二の頭を撫でてくれた事。
そういえば、今日の朝に見た夢はその頃の思い出だったような気がする。
「いや、アレ程ではないぞ」
照れ臭くなって、逃げる様に腰をあげる竜二に表情を変えないマミルと興味津々の顔をしたゆらがついていく。
「へぇ、うちらの両親、あないだったんか」
「ゆらは小さい頃から病気はしなかったからあんな感じではなかったし、竜二はその頃には病気をしなくなった」
竜二の後ろで昔の花開院家の様子を話すマミルに竜二はギロリと睨んだが、マミルはけろりとしている。
ゆらとマミル以外の足音が聞こえて来たのでちらりと見ると、そちらからリクオが一人、歩いて来ていた。
「ひどいよ花開院さん達、お昼にボクを置いて逃げたでしょ」
口をとがらせて昼の事に文句を言うリクオは、常より幼く見える。
最近の子供は大人びている、というがゆらといいリクオといいどちらも子供っぽくて竜二はため息をつく。
「あれをどうしろと」
「竜二さんなら止めてくれると信じてたのに」
「自分でやれ」
部屋につくと、配膳がほぼ終わっており、今回も客人という事で奴良一族の近くに席を設けられている。
皆でいただきます、と手を合わせ食事をする風景は、昨今の食事情景からすると珍しい類だろう。
朝食の時より数が多く見えるのは、寝坊な妖がいたせいだろうか。
竜二は職業病か、早くに食事を終えて最後のお茶を飲んでいると首無がお便りです、と封書を竜二に差し出した。
受け取って後ろを見ると京都に残してきた雅次からだ。
「あ、雅次兄さんからや。なんて?」
「・・・予定より早く工事が進んでいるそうだ。青田坊がショベルカー顔負けらしいな」
「青田坊、すごいでしょ」
聞いていたリクオが笑顔だ。こちらとしても早くに終わる事に越したことはないので曖昧に頷きながら妖達の報告もする。
「河童は平地に均すのが上手いみたいだな。皿に水が無くなるとヘタるみたいだが・・・ゴホン」
瞬間、騒ぎがいきなり止んだので竜二が手紙から顔をあげる。
奴良一族とゆらとマミル以外がムンクの叫びを体験している様な恰好で竜二を見ていた。
手前にいた首無が震える手を前に突き出す。
「い、い、今、竜二さん咳をしました?」
「・・・ああ、それがどうした」
嘘を言う場面ではなかったので正直に答えた瞬間、竜二は妖達に囲まれる。
「風邪ですか? お熱ですか? 腹痛はしませんか!」
「きっと昔と同じく体調を崩されたのですね! ざまぁみ・・・おいたわしい!」
「お薬だ! お薬だよ!」
「その前にお布団にお運びしなくちゃ!」
「うわぁぁ?!」
あっと言う間に小もの達にワッショイワッショイと担がれて竜二は運ばれて行く。
ゆらとマミルの視界が晴れると、大広間には奴良一族と幹部数人が残っているだけだった。
残っている一ツ目入道がスックと立ち上がる。
「これは一大事だなぁ。お客人に何かあったら二代目に顔を向けられん。火鉢じゃな」
一ツ目入道の言葉につららがス、と立ち上がる。
「何言っているんです。お風邪には冷たい氷嚢と氷柱と暖かい布団ですよ。これだから大昔の妖は」
「なんだと」
「なんです?」
「「フン!!」」
火花を散らしてから2人共駆け足で広間を出て行った。おそらく竜二の部屋でまたバトルが始まるのだろう。
牛鬼は何がしか、配下2人に命じた後にゆっくりと広間を出ていく。
ゆらとマミルは黙って事の成り行きを見ていたが、ちょっと気の毒になったゆらがリクオに顔を向ける。
「大丈夫だよ、気の良い奴らだから竜二さんを困らせる事はするけど、殺しはしないよ」
「そうね、みんないい妖よね」
「気の良い奴らだからな。心配ならちぃと見てくるとエエ」
「・・・そうやな。おじいちゃんと奴良くんのお友達やもんな。皆悪い事せぇへんよな」
奴良家一族はのらりくらりと返事をするので、ゆらもまぁ少ししたら見に行くか、という気にさせる。
マミルは黙って頭を横に振っていたが、マミルはゆらの護衛。
食事が終わってひと時を過ごしてからゆらとマミルは竜二の部屋へと赴いた。
障子を開けると竜二の布団が部屋の真ん中にあり。窓側には火鉢、廊下側には氷柱が置いてあり暑いのか寒いのかわかり難い感じになっている。
部屋の主の竜二は、牛鬼に栄養剤を口に突っ込まれる所だった。
「何、貴殿が幼い頃に体験した懐かしき時を我らが忠実に再現するのも手かと思いましてな」
ズポンと栄養剤を口から抜いた牛鬼の目にあふれているのは生暖かい視線だった。
「私は親にはなったことはございませんが、リクオ様を皆で育てた経験があります。さ、寝ていなさい」
「呪詛で体を縛って寝かせるのは子育て経験とは言わん!」
「おやおや、恥ずかしがって抵抗する貴方様に、我らのとっておきの子育て秘術でございますよ。
リクオ様みたいに素直であったらこの様な真似はいたしませぬが」
「ぬかせ!」
「なんでしたら子守歌を歌いましょう。呪詛に聞こえるかもしれまぬが、そこはご容赦の程を」
「やめろ! ゆらマミル! こいつを止めろ!」
止めろと言われても、ゆらとマミルは牛鬼に危険性を感じなかったので牛鬼の向かいに座る。
牛鬼が歌いだす子守歌は低いバリトンで、呪詛というより本当に子守歌であったし。
ゆらは眠くなって目をつむりつつ、この歌はどこかで聞いた気がする。
遠い昔、そう、遠い昔。爺様がゆらを抱きながら、あやしてくれた様な遠い懐かしい時間に。
お昼に首無がリクオの部屋に参上した時、牛鬼は部屋の隅に退避していました。
シメられたのは一ツ目とつららです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
色々訂正しました。
2016.10/7
解けて×→溶けて
昔堅気×→昔の妖
お友達だもん×→お友達やもん
子守歌も進ぜましょう×→を歌いましょう
所々の文末